高校に入ってからずっと浮かれていて、勉強は二の次になっていたなんて言い訳にしかならない。
 だってきちんと勉強してたやつもいるんだから。
 
 期末試験の成績上位者が廊下に貼り出され、人だかりができていた。それを遠巻きに見ながら恵介はため息をつく。
 見に行きたいけれど、自分の机の中に入っている試験の結果を思い出すとどうしても足が重くなってしまう。
 クシャクシャに丸めたそれは想像以上に悲惨で、青ざめるのを通り越して恵介は真っ白になった。漫画でいうと顔に縦線が入って、「ガーン」と後ろに効果音があるやつだ。
 
 偏差値の高い有名な進学校を目指していた一晟が、高校に入ってからも勉強の手を緩めていないことには気づいていた。むしろ、受験生だった頃よりも勉強しているような気がした。
 だから、一晟の名前はきっとあるはずだ。
 それもたぶん、かなり上のほうに。
 
 ……俺は俺。一晟は一晟だろ。幼馴染が頑張った結果を一緒に喜んでやらなくてどうする!
 
 やっとそう気持ちを切り替え、恵介がのろのろと足を前へ踏み出すと、人の輪のなかから弾けるようにクラスメイトが数人飛び出てきた。
 
「すげえ、石塚! おまえ、頭もいいのな!」
「おい、学年二位かよ! ってか体育祭の準備だって忙しかったのにいつ勉強してたんだよ!」
 
 興奮し、はしゃいだ声で結果を教えてくる。
 恵介の後ろに立っていた一晟が「二位だったか…」と残念そうにボソリと呟いたのを恵介は聞き逃さなかった。
 
「……まさか、狙ってたのは一位?」
「ああ」
 
 さすがだ。
 頭の出来が違うとしかいいようがない。

「戸田! おまえもすげえじゃん!」
「八位かよ、戸田!」
 
 マジか。
 隣にいた戸田を驚愕の眼差しで見た。
 大急ぎで確認しに行き、そこに並んでいる名前を見つけて興奮する。
 
「すげえじゃん、戸田!」
 
 バンバンと恵介が戸田の背中を叩くと、戸田はうめきながらも嬉しそうに笑った。
 
「おう、結構頑張ったんだ」
 
 そしてニカッと笑ってピースサイン。
 
「でも次はもっと頑張っちゃうぜ」
 
 まだまだ上には上がいるからな、という言葉に「がんばれ!」と返す。
 どこまでもさわやかな奴だ。なんだか応援したくなる。
 
「ありがとう!」「おう!」と二人で肩を叩き合っていると、後ろから一晟の低い声が聞こえてきた。
 
「……で、おまえはどうだったんだ。恵介」
 
 ギクリとする。
 思わず目が泳いでしまい、それを一晟は見逃さなかった。
 
「さっき渡された成績表、見せてみろ」
「え、いやだよ……」
「いいから」
 
 まるで警察官に連行される犯人のような気持ちになって自分の席につくと、しぶしぶ机の中から丸めた紙を取り出した。
 一晟に渡すと一晟が小さくため息をつき、それを丁寧に手で伸ばす。
 
「……こんなふうにするな。ちゃんと結果は結果として潔く受け止めろ」
 
 もう小学生じゃないんだから、と言われて、うん、と頷く。
 そしてそれにゆっくり視線を落とした一晟がぎょっとした。横から覗き込んできた戸田も息を呑む。
 顔が赤くなった。
 
「……ずいぶんと手を抜いたな」
 
 恵介の試験の結果はどの教科も似たようなかんじで、とりあえずなんとか二桁はいった、というような点数だ。学年順位なんか下から数えたほうが早い。
 
「……しょうがないじゃん。俺、元々そんな頭よくないし」
 
 言い訳じみた言葉がつい口を突いて出る。
 ドンマイ、と戸田が励ますように背中を叩いてくれたが、一晟は励ましてなどくれなかった。
 
 腕を組み、睨みつけるように皺だらけの紙を見つめたまま「夏休みの予定は?」と静かに聞いてくる。
 いつになく低い声で怖い。
 
「えっと……部活はあるけど。……そのくらい?」
「今年は家族旅行ないのか」
「毎年行ってるばあちゃんち? うん、なんか腰を痛めちゃったみたいで、今年は母さんが一人で顔を出してくるって言ってた」
「……よし。それなら部活がない日は毎日うちで勉強だ。夏休み中に巻き返すぞ」
「えええ!」