秋晴れの空の下。満席となったスタジアムの観客全員が、サイドからゴール前に放り込まれたボールの行方を見守っていた。
 逆に行くと見せかけてマークを外したFWが、ボールの落下地点へと走り込む。追いすがるDFが滑り込みながら懸命に足を伸ばすが、その手前で長身のFWは弾かれるように低く飛んだ。
 渾身のダイビングヘッドは飛ぶタイミングも狙った高さも完璧で、ボールは軌道を変え、横っ飛びしたGKの指を掠めてゴールネットを揺らす。
 時間が止まったかのような一瞬の静寂。そして次の瞬間、地響きのような歓声が巻き起こった。
 芝生に倒れ込みボールを見送っていたFWは、倒れたまま仲間達からの祝福を受け、手を引っ張られて立ち上がる。彼は自陣へと戻る途中、左手の薬指にキスをした。その拳を、自校の生徒達の陣取る観客席に向かって掲げる。近くにいた女子達が悲鳴のような歓声を上げた。
「今の見た?左の薬指にキスしたよね?彼女に向けたガッツポーズかな?」
「サッカー部の話では、彼女はいないらしいよ」
「じゃあ、今のも深い意味はないってこと?でも、いないわけないから、隠してるだけでやっぱりいるんじゃないの?」
 試合の残り時間が少ない中で点差が2点差に広がり、勝利が濃厚となったことで、彼女達は試合そっちのけで噂話に興じ始める。

 ――かっこよすぎんだろ。
 文句を吐きつつも、胸の内には感動が渦巻いていた。
 そのガッツポーズが誰に向けられたものかは、僕だけが知っている。
 速くなり過ぎていた鼓動を落ち着かせるために、僕は左手をそっと胸にあてた。