広い畑に囲まれた家は、木造に瓦屋根の見るからに年季の入った平家だった。立てつけが少し悪い扉を渉が開く。
「ただいまー」
カバンを放り投げるように置いて靴を脱いで上がる。
「上がれよ」
「おじゃまします」
靴を脱いで上がると、渉の祖母が廊下に出てきた。頭に木綿のタオルを巻いている。
「いらっしゃい。ゆっくりしていってね」
にこにこと笑いながら、サンダルを履いて玄関を出ていく。
悠希は渉の後ろを歩く。廊下に面した部屋の扉は開いていて、退色した畳や砂壁、木製の丸いテーブルや茶箪笥など、昭和が舞台のドラマのような光景が見えた。
「びっくりするくらい、いかにも田舎な家だろ?」
キッチンと畳敷きの六畳間が繋がっていて、その向こうには縁側があった。畑が見渡せる。
渉は冷蔵庫からカルピスを出した。氷を入れたグラスに注ごうとして、手を止める。
「そうだ、風呂場でスイカ冷やしてたんだった。食べるだろ? 持ってくるから、これ作っといてよ」
「え」
返事を待たずに渉は部屋を出ていった。ペタペタと廊下を歩く音がする。とりあえず言われた通りにカルピスの原液を入れ、水を注いだ。都会のマンションとは違い、蛇口から出る水は美味しい。足音が近付いてきて、スイカを抱えた渉が現れた。
まないたの上に載せたスイカを、鼻歌を歌いながら包丁を入れる。
「ねえ、風呂場でスイカ冷やしてるって言ってたけど、どういうこと?」
「冷蔵庫だと冷えすぎて甘味が薄くなっちゃうんだよ。浴槽に水張って浮かべておくと、ちょうど良い冷え具合になるんだよな」
「……へえ……」
渉は手早くスイカを切って皿の上に載せた。流し台の下からお盆を取り出し、スイカとカルピスを載せる。
「縁側!」
並んで座り、間にお盆を置く。
「どうぞ」
「いただきます」
スイカに手を伸ばす。
「待った!」
突然の声に驚き、そのまま硬直する。
渉は胸ポケットからカメラを取り出してスイカを撮影し始めた。
「なかなか……種の配置が芸術的な……」
ぶつぶつ言っていたが、ベストなアングルを見つけたのか四つん這いになってシャッターを切った。終えると、また縁側に座り直す。
「失礼しました」
ぺこりと頭を下げてスイカに手を伸ばし、かぶりつく。悠希も我に返って手に取り、かじった。
ほどよい甘さで、サクッという歯ごたえもいい。
「おいしい」
「これ、ばあちゃんが作ったスイカ」
目の前に広がる畑のずっと向こうに姿が見えた。畑の見回りをしているのだろう。
雨はまだ降っていたが霧雨程度だ。縁側は軒が張り出しているおかげで、雨に当たることはない。
「前は米も作ってたんだけど水田って一人じゃ大変だから、じいちゃんが亡くなったときに殆ど売って、今は趣味程度に野菜作ってんだ」
「へえ……」
元々は農家だったのだ。スイカが美味しいのも当選だろう。
ゆったりとしたムードに気持ちが弛んだのか、素朴な疑問を口にする気になった。
「カメラ、趣味で撮ってるの?」
「今はね。本当は一眼レフのいいやつが欲しいんだけどさ、買うなら半端じゃないの欲しいし、金たまるまではこれで我慢。ちゃんとした撮影や仕事手伝うときは、父さんに良いの貸してもらえるんだけど」
「卒業後は、そっちの方面に行くのか」
「うん。大学か専門学校か、どっちにしろ東京に出ると思う」
「……そうか」
意外にも、将来のことをしっかり考えているのだ。
「写真、見せてよ」
どんな写真を撮るのだろう。
直感的に撮影をしている渉がどんな風景を捉えているのか、興味が沸いてきた。
興味が沸いたのは写真にだ。
渉にではない。
たぶん。
「あー、プリントしたのはないから、これでしか見れないけど」
胸ポケットからカメラを取り出す。
「なんで。いっぱい撮ってるんだろう? 家にプリンタ無くたって、コンビニとかで簡単にプリントできるのに」
町内にコンビニは二軒しかないが。
「これは作品というより記録だから。記憶、かな」
「記憶?」
カメラに手を伸ばして借りる。操作して液晶画面に写真を呼び出す。赤が鮮やかなスイカは画面いっぱいに映っていた。ボタンを押すと雨が降り注ぐ青空に、河原の石や花に切り替わる。
絵と写真は全然違うが似ているところもある。構図の取り方にセンスが必要なのは共通だが、自分の絵よりも渉の写真の方がずっと斬新だ。極端なアップや斜めのカットなどは、水彩や油彩などの風景画ではあまり見られない。
生き生きとしている。
渉そのもののようだ。
「立派な作品だよ。プリントしないなんて勿体ない」
カメラを渡すと、渉はそのまま胸ポケットにしまった。
「今はまだ技術よりも気持ちの方が走ってる感じ。たとえばスイカ見て美味しそうだなと思って、それを撮りたくなる。空を見てきれいだなと思ったら撮りたくなる。そんな感じ。瞬間の気持ちを残したくて。わかるだろ?」
渉はこちらを見て笑った。