風を切って水田の横を走り抜ける。
青い空には入道雲が広がっていた。
鳥除けなのか、水田を囲むように銀色の細いテープが貼られていて、それが時折キラキラと光を反射する。
蝉の声がカルテットのように響く。
渉は前を見たまま自転車を漕ぎつづけていた。
怒っているだろうか、まだ。
さっきの怒りは本気だった。
それくらいはわかる。だけどどうしてそこまで、自分のために怒るのかがわからない。
「あー、失敗した。自転車倒したせいで、増々変になっちまった」
渉が呟いた。
ギコギコという音が一層激しくなっている。
「……ごめん」
「別に、こいつの調子が悪いのは悠希のせいじゃないけど」
突然、頬に冷たいものが当たった。
空は青いままなのに。
渉が急に自転車を止めたので、悠希も止まった。
「天気雨だ」
渉は胸ポケットから取り出したカメラを空に向けてシャッターを切った。
「ごめんごめん」
片手で拝むようにして謝り、また自転車を漕ぎ始める。
雨は細かい霧のように降り注いでいた。まるでシャワーか、スプリンクラーの中を走っているようだ。
毎朝スケッチをしている土手を通り抜ける。
「なあ、悠希の家ってこの先だろ。俺の家に寄れよ。長くは降らないだろうし、やむまで俺の家にいればいい」
首を横に振る。
「別に、帰るだけだから濡れてもいい」
「よくないって。遠慮するな」
渉が笑う。
さっきの、本気で怒っていた顔を思い出す。
スケッチブックを取り戻してくれた。
御礼として、彼の好意を少しくらいは受け取るべきだろうか。
「……わかった」
渉はこれ以上ないというくらい、満面の笑みを浮かべた。
空に向かうような道を自転車を漕いでまっすぐ進む。
雲間から少しだけ太陽が覗き、幾筋もの光の帯が地上に注がれている。雨は銀糸のように輝いていた。
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