悠希は花火を楽しむ輪から離れ、波が打ち寄せる海岸をぶらぶらと歩いた。夜風が気持ちいい。
「悠希」
振り向くと、渉がいた。
「いいのか、女子たちと話さなくて。渉のこと気にいってる感じだったろ」
冷やかしたつもりだった。
「なんだよ、妬いてんのか?」
渉がニヤリと笑った。
「誰がっ!」
ムキになりすぎたと思ったが遅い。渉が驚いた顔をしたので、意味を取り違えていると気づいた。
女子に囲まれる渉が妬ましいという意味で冗談を言ったのだろうけど。
そうではなくて――。
渉は深く追求せず、濡れていない波打ち際に腰を下ろした。悠希もその横に腰を下ろす。
「はい」
線香花火を一本差し出された。
受け取ると、渉はポケットからライターを出して火をつけた。
炎を譲り受け、赤く膨らんだ先端から小さな火花を散らし始める。
渉はもう一本の線香花火を近づけて、火をもらった。
二つの火花が小さな閃光をぱちぱちと音をたてて放つ。
渉はポケットから取り出したカメラで花火を写した。
それから月夜の海にもカメラを向け、撮影する。
スケッチブックがあれば自分も描きたかった。
それほどにきれいで、心地よい。
まだ話していなかったことを渉に打ち明けた。
「俺、美大受けようと思うんだ」
「本当?」
嬉しそうな表情でこちらを見た。
その顔がすぐ近くにあって、ドキッとした。
何を意識しているのだろう。
ナンパなんて慣れないことをしたせいで気持ちが昂っているのかもしれない。
深く考えないように、言葉を続けた。
「父さんには賛成してもらえてないけど、いきなりだしこの時期だから仕方ないよな。でも本気だってわかれば許してくれるかもしれないから、頑張ってみる」
「そうか」
渉は何度も頷いた。
寄せる波の音。
心地よいリズム。
「渉も、東京行くんだろう」
続いていく。終わらない。
すぐに消えてしまうような今までの関係とは違う。きっと。
「一緒だな」
そう言って、渉は笑った。
一緒だ。
これからもずっと。
笑い返そうとした。
だけど。
「悠希」
見たことのないような真剣な顔が、すぐ目の前にあった。
動けない。
心臓がとくんと打つ音が聞こえる気がした。
「おーい! そろそろ帰るぞ!」
遠くから大西の声が聞こえて振り向く。大きく手を振っている。花火は尽きて、女子たちも帰る様子だった。
手元の線香花火も、静かに炎を落とした。
渉は視線を悠希の方へ一瞬向けて笑ってから立ち上がる。見上げる悠希の手を取り強く引っ張った。勢いで立ち上がると、渉はパッと手を離した。
駆けていく渉の背中を追うように歩いていく。
握られた手に篭った熱のやり場がない。
なんだろう。
今まで感じたことがないような気持ちが自分の中にあった。