講習を終えた四人は陽が傾くのを図書館で待って、学校を出た。薄暗い道を四台の自転車が走り抜ける。街灯が少なく道しるべのような明かりはないが、慣れた彼らが迷うことはない。
 悠希が通ったことのない橋を渡り、川沿いの道を走った。気が付けば左手に海が広がっていた。夜の海は真っ黒な塊に見える。
 小さいながらも海水浴場として整備されているのか鋪装された駐車場かあり、バイクや車が何台か止まっていた。
「結構人がいるものなんだな。誰もいないかと思ってた」
 悠希のつぶやきに大西がツッコミを入れる。
「誰もいないところでどうやってナンパするんだよ」
 自転車を止めて砂浜へと向かった。カップルや同性のグループが何組かいて、騒いだり花火を楽しんだりしている。
 大西が「あそこ」と指差した先に、高校生くらいの女子が二人いた。渉の腕を引っ張って猛牛のごとく突進する。
「これだよ」
 植田が苦笑した。遠くで女子たちと話している二人の会話は聞こえないが、時折楽しそうな笑い声があがった。
「水沢がいてくれて助かったー。あいつらいつもあんな感じだからさ、俺だけ慣れなくて」
「俺も、植田がいなかったら厳しかったかも」
 そう答えて笑う。女性相手だからというのではなく、初対面の人間と親しく話すというのがそもそも苦手だ。
 大西は背が高くてスポーツマンらしい雰囲気だし、渉はあの笑顔で話し好きだから、女子たちも悪い気はしないだろう。
 雲に隠れていた月が姿を現わした。
 海を明るく照らす。
 打ち寄せる波の音。
 何故か、心の奥底から今までにない感情が沸き上がってきた。
 幻想的な風景とは不似合いな、もやもやとしたものだ。
 楽しそうに話す渉の横顔。
 彼は誰にでも好かれる。それを苦く思うなんて、小学生が友達を奪われたくないと思うようなつまらない独占欲だろうか。
 こっちを見てほしいなんて、そんなふうに思うなんて――。
 まるで思いが届いたみたいに渉がこちらを見た。
「悠希!」
 やましいことなどないのに心臓が跳ね上がる。
 大西もこちらを見ていたが、一緒に話していた女子の姿がいつのまにか消えていた。
「……あの子たちを捕まえたんじゃなかったのか」
 植田と一緒に近付いていく。砂に足を取られて歩きにくい。
「彼氏待ちなんだってさ」
 渉が言い終える前に、大西が「次、あっち」と言って指をさした。その先には、女性の三人組がいた。花火をしながら笑い声をあげている。
「水沢が声かけろよ」
 大西がニヤニヤと笑いながら言った。
「え、無理だって。なんで俺が」
「おまえねー、何もしないで待っていて美味しいところどりしようなんて狡いっての」
「俺、別にいいって。女の子がいなくたって」
 助けを求めるように渉の方を見たが、渉は首を横に振り、わざとらしい溜息をついた。
「挑戦せずに諦めるなんて」
 植田は「かわいそうに」とぽつりとつぶやいたが、助ける気はないようだ。彼も何度かやらされたに違いない。
「無理矢理やらせるなんて、いじめかよ!」
 抵抗したものの大西と渉に背中を押される。二人掛かりなので勝てるわけがない。
「大丈夫だって。悠希ならウインク一つでOK出るから」
 そんなわけあるか!
 逃げようかと思ったが、気付いた女子たちがクスクス笑いながらこちらを見ていた。ここで逃げるのはもっと恥ずかしい。
 渉と大西に同時に背中を叩かれた。
「あ……」
 何を言えばいいのだろう。
 中学生のときは恋愛の真似事みたいな付き合いをしたこともあったけれど、どうせまた転校するのだしと、ここ数年は告白されても断わってきた。どんなことを言えば女子の気を惹けるのかがわからない。
「ええと……」
 催促するように背中を叩かれる。
 なんでもいい。
 断わられてもいいから早くこの状況から抜け出そう。
 ゴクリと喉を鳴らしてから、絞り出すような声で言った。
「一緒に花火、しませんか……」
 全員の動きが止まった。
 間をおいて、爆笑が響き渡った。
「花火しませんかって、社交ダンス誘ってるんじゃねーんだから」
 大西が腹を抱えて笑っている。
 渉も笑っている。
「こういうときは『どこから来たの?』とか、遠回りに攻めていくんだよ」
「そんなこと言ったって」
「あ、珍しい花火持ってるね」
 女子が話しかけてきた。キャミソールにスカートという格好の彼女たちは、濃い化粧をしているわけでもなく、普通の高校生っぽい。見知った顔ではないので隣町から来たか、旅行中か。
「本当だ」
 もう一人の女子が植田の手にある花火セットを指差す。
「打ち上げ花火もあるし、一緒にやろう」
 渉が言うと、女子たちが「やった!」と言って手を叩く。
 一応、成功したと言えるのだろうか。
 慣れない声かけにどっと疲れたが、皆の楽しそうな様子を見ているうちに、まあ、いいか、と思えてきた。
 ささやかな打ち上げ花火で盛り上がったあと、大西は一人の女子と花火をしながら話しこんでいる。口説いているのかもしれない。他の女子たちは植田が出す花火を試して楽しんでいた。