会社を辞めて不死身のフェニックスとのんびりスローライフ&ダンジョン配信生活!

 世界各地で出現したダンジョンには、探索者委員会により難易度が指定される。
 それは各国の連携によって基準は統一されており、ランクによって入場が可能である。

 A級:上級~中層程度で戦える能力を持ち、価値のあるアイテムを収集することが可能。
 B級:中層程度で戦える能力を持ち、価値のあるアイテムを収集することが可能。
 C級:下層~中層戦える能力を持ち、アイテムを収集することが可能。
 E級:下層で戦える能力を持っている。
 F級:初心者、護衛が必要なレベルの探索者で、個人での入場は認められていない。

 そして更に上が、S級だ。
 彼らは上級で戦える能力を持ち、価値のあるアイテムを収集することが出来るだけではなく、単独でダンジョンを制覇することができる。

 そしてS級とA級には、決して超えられない壁が存在する。

 これは ”世界共通認識” である。

 そしてそのS級探索者、雨流《うりゅう》・セナ・メルレットが目の前に立っていた。
 俺に敵意を向けて。

「――だったら……力づくで奪い取るんだから」

 思わず後ずさりしそうなるほど、彼女の身体から、湯気のように魔力が溢れていた。
 おもちの強さに慣れた俺でも考えられないほどの力が伝わってくる。

 だが――逃げるわけにはいかない。

「田所!」
「ぷいにゅー!」

 俺の言葉に呼応して、田所は炎の剣に変身した。メラメラと燃え上がり、その熱波が雨流の肌に突き刺さったのだろう。
 不敵な笑みを浮かべる。

 こいつ、戦いが好きなタイプか!

「ファイアスライムまで懐いてるなんて……ズルいズルいズルいズルい」

 あ、田所が羨ましいんだ。やっぱりそこはブレないのね。
 というか――。

「……お前、ファイアスライムを知ってるのか?」
「私だってテイムしたいのに……仲良くできるはずなのに」
「いや人の話聞けよ……」

 ファイアスライムのことはネットでも情報はない。それを知っているということは、やはりS級なのだろう。
 だが、人形を買ってほしいと駄々をこねる子供のようだ。ある意味言葉が通じなくて性質が悪い。

 おもちは上空で様子を伺っているが、俺の指示で動いてくれるだろう。
 極力その場にいてほしいが、力を借りることになるかもしれない。

「阿鳥、油断しないで」
「ああ、てか、あいつの魔法はなんだ? 気づいたら天地が待っ逆さだったぞ」
「それが……わからないのよ。千の魔法を扱うとも聞いたことがあるわ」
 
 千の魔法? 一体どんなスキルだよ。

「まあつまり、何もわかんねえけど強いってことか」
「そういうことね」

 そして気づいたら、周りに人だかりが出来ている。
 だだっ広い公園だが、俺たちを取り囲むように様子を伺っていた。

「あれ、セナちゃんじゃない?」
「ほんとだ、お人形さんみたいでかわいいー」
「おい、上空にいる鳥、燃えてないか!?」

 どうやら雨流は有名人らしい。まあ、俺が知ってるぐらいだからそうか。
 おもちのことも騒がれつつある。逃げ出したいが、後ろから攻撃されるかもしれない。

「おもち、こっちおいで!」

 そのとき何を思ったのか、雨流は天に手を翳した。いや、おもちに向かって手の平を向けたのだ。

 次の瞬間、おもちは自由が利かなくなったのか引っ張られていく。
 な、なにをしてるんだ!?

「キュ、キュウ!?」
「ほら、おいでおいで。お家に帰ろう?」

 炎のブレスを吐くには周りに人が多すぎる。おもちもそれをわかっているのか、手を出そうとはしない。
 ……仕方ない。雨流の能力はわからないが、戦うしかない。
 小さな少女といえどもS級探索者だ、俺が全力を出しても死ぬわけがないだろう。

 って、そんなこと言ってらんねーな。

「御崎、援護は任せたぜッ!」

 思い切り地を蹴って距離を詰め、雨流に田所ソードを振りかぶる。
 しかし雨流は、空いているもう片方の手の平を俺に向けた。

「な!? が、があああああっっっっ!? く――」

 次の瞬間、俺は地面に思い切り叩きつけられる。背中にもの凄い衝撃、いや誰がが乗っているような感覚に陥った。

「なんだなんだ!? すげえ、大変なことになってるぜ!」
「何が起きてるんだ!?」

 周囲が更に騒ぎ立てている。

 もしかして御崎のスキルとおなじ……か? かろうじで動く頭部で上を見上げると、おもちがゆっくりと雨流に引っ張られている。

 そして、俺が雨流の攻撃でやられてしまったと思ったのか、おもちが今までに聞いたことがないような怒りからくる金切声をあげた。
 その瞬間、御崎が「動かしてあげる」のスキルを発動、俺の身体を強制的に起こしてくれた。

「キュウウ、ピイイイイイイイイイイイ!」

 おもちは思い切り魔力を貯めている。間違いない、炎のブレスを雨流に放つつもりだ。だが、周囲には一般人が多い。

「おもち、まずいぞ! ここでは! 俺は大丈夫――」
「ピイイイイイイイイイイ!!!!」

 次の瞬間、嘴からありえない威力の炎のブレスが雨流目がけて発射された。

 正直、目を疑った。

 昼間にも関わらず光が溢れ、太陽光が付きつけられてるかのように熱波が空気を温め、一瞬で真夏のようになる。
 同時に、ブレスが空気を切り裂いて乾いた音を響かせた。

 慌てて雨流に顔を向けると、茫然と目を見開いている。
 S級といえども、あれほどの威力に驚いたのだろう。

 間違いない、彼女は死ぬ。

「御崎っ! 俺を雨流のところまで吹き飛ばせ!」
「え!? 何をするつもり!?」
「はやく!!!」

 突如、背中から圧力がかかって、思い切りぶっ飛ぶ。
 そのまま通り過ぎそうだったが、田所ソードを地面に突きさし、雨流の前に立った。

「おい、下がってろ!」

 雨流を突き飛ばし、炎の耐性(極)を極限まで向上、両手を広げた。

「ピイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!」

 そして俺は炎のブレスを――身体で受け止めた。
 倒れ込んでしまうと、まき散らされた炎が周囲に飛び散ってしまう。

「す……げえ威力だな……く――っっ」

 それをわかっていたので、なんとか踏み留まろうと必死に食らいついた。
 奇跡的に受け止めることはできたが、足に炎が伝達するかのように焼けてしまい、地面から焦げ臭い匂いが漂う。

 直後、脳内にアナウンスが流れる。

『炎をフル”充填”しました』

 今それはどうでもいい……が……。

 地面に膝をつくと、おもちが着地。俺の体に寄り添って傷を舐めてくる。

「キュウキュウ……」
「はっ、大丈夫だよ。ありがとな」
「ぷいいいいいいいいいいいいい」

 田所も急いで俺の体にくっつくと、すりすりしてくれていた。御崎も駆け寄り、心配そうに声をあげた。
 その隣では、俺に吹き飛ばされて尻餅をついた雨流がいる。

 御崎は鋭い目つきで顔を向けると、恫喝する。

「あんたのせいで死ぬところだったじゃないの! おもちおもちって! S級のくせに駄々こねて!」

 まるでお母さん。いやでも、そんな怒ったら矛先がまた俺たちに――。

「うぐ……うっ……うう……うぁぁああああああ、ごめんなさい、ごめんさい。だって、もっちゃんに似てたんだもんんんああああああああ。がわいぐでがわいぐで、それに田所にも会いだくでええええええええ」

 突然泣きじゃくって叫び出す。嘘泣きかと思ったら、ガチ泣きしている。
 まじでなんなんだ……? もっちゃんって誰だ?
 
 その時、ハッと思い出す。
 スパチャの名前――『USM』。

 U・雨流
 S・セナ
 M・メルエット……? まじか?

 しかし炎のブレスの破壊力が段々と効いてきたのか、意識が薄れていく。

「く……」
「阿鳥、大丈夫!?」

 ……って、誰だあの人……?

「セナ様っ! やりすぎです!」

 最後に見えたのは、どこぞの執事みたいな髭を蓄えた渋いおじさんが駆け寄って来る姿だった。
 太もものような柔らかさを感じる。
 凄くいい匂いがして、まるで母親に包まれているかのようだ。

 これは……膝枕だ。

 夢見心地だが、御崎で間違いないだろう。
 ああみえて優しいもんな。
 にしても太ももって、こんなぷにぷにしてるん……だな……。

「ぷいにゅー?」
「…………」

 目覚めた瞬間、田所が部分的に太ももに擬態していた。
 って、擬態する必要なくないか?

「……って、S級!」

 バッと起き上がると、そこは見慣れた場所。――自宅だった。

「うっ……うう……起きた、起きたよかっただあああああああああああ」

 そして俺の目の前で号泣しているは、雨流・セナ・メルエット。
 なんで、なんでこいつがここに?>

「おはよう。阿鳥、よく寝てたね」
「キュウキュウ~」

 そしてテレビを見ている御崎。あまり心配していなさそうだった。

「おっ、打った打った!」
「キュウ!」

「ごめんなざいいいいいいいいいいいいい……」

 逆だろ、普通……。

 ◇

「はい、セナちゃん、ハンカチ」
「あ、ありがとう……」

 雨流はずっと泣き続けていたが、御崎が優しくしてあげたりして、ようやく落ち着きはじめた
 記憶が少しあやふやだったが、おもちを奪おうとしたことだけは覚えている。

 正直怒鳴ってやろうと思ったが、ずっと泣き続けていたのだ。
 冷静に見るとただの子供だし、なんか可哀想になってくる。
 おもちも怒っていないらしく、なんだったら雨流に寄り添っていた。

「本当にごめんなさい……もっちゃんに似ていて、それで……」
「そういえば、もっちゃんって誰だ?」

 なんか言ってたな。そもそもUSMって絶対こいつだろ……。
 親はどうした、躾はどうした!? てか、なんか執事みたいな最後にいたような――。

「私から説明させていただけませんか? 山城様」
「へ? う、うわああああああああ!?」

 俺の真横に、いつのまにか執事のようなおじさんが立っていた。
 口に白いひげ、武骨な顔立ち、歴戦の勇士みたいなたたずまい。そういえば、最後に見たおじさんだ。

「な、なんでここにいるんだ!? ってか、誰だよ!?」
「申し遅れました。私《わたくし》、佐藤・ヴィル・エンヴァルトと申します」
「佐藤……?」

 何もかも頭に入らない状況で、佐藤という馴染みのある言葉だけはすんなりと入る。
 どうみても見た目は外人のおじさんなんだけど……。

「阿鳥、聞いてあげて」

 いつもは厳しい御崎がそう言ったので、俺はしぶしぶ二人の話を聞くことにしたのだった。

 ――――
 ――
 ―

「……なるほど」
「ぐすん……ごめんなさい……本当に悪いことをしたってわかってます……」
「私からも謝罪致します。大変申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げる二人。

 雨流は、幼い頃に『もっちゃん』という、鳥を飼っていた。といっても、厳密には魔物らしいが。
 何をするときもいつも一緒、二人はずっと仲良しだった。だが『もっちゃん』は、突然居なくなってしまった。
 たまたま動画で見つけたおもちがそっくりだったらしい。
 それから毎日配信を見て、気持ちが高ぶってどうしても会いたくてたまらなかったとのこと。
 ただカフェにいたのは本当に偶然で、奇跡だと思い我を忘れてしまったらしい。

「理由はわかった。だが、お前のやったことは一つ間違えれば犯罪だ」
「はい……」

 とはいえ俺も幼い頃、犬を飼っていた。いなくなった時の辛さはよくわかっているつもりだ。
 しかし、やっていい事と悪いこと、子供でも許されないことを雨流はしたのだ。
 そこはしっかりわかってもらわないといけない。
 普通なら、警察に突き出してもいいくらいだ。

 だが――。

「おでこをだせ」
「え?」
「ほら、だせ」
「は、はい……」

 俺は、それなりの強さでデコピンをした。雨流は「痛いっ」と声をあげて、額をすりすり。
 おもちは、雨流に駆け寄って羽根を寄せてすりすり。

「おもちが許してやると言ってるから今回だけは勘弁してやる。それに許したのはお前が子供だからだ。もう二度と悪さをするなよ」
「はい……わがりまぢだ……」

 人は失敗する生き物だ。最近は一度の失敗で全てを失わせたほうがいいという過激な世の中になってきているが、俺はそうは思わない。
 失敗を重ねて人は成長していく。
 最近まで真面目に会社員をやっていた俺でも、昔は悪いことをしたこともある。そんな俺でも何度も許してもらった。
 彼女にも、その権利はある。

 まあそれに、おもちが許してあげてるのが大きいけどな。

「じゃあ、仲直りだ。うどんパーティーでもするか」
「……うどん?」
「ああ、最高に美味しい食べものだ」

 ◇ ◆ ◇ ◆

 ダンジョンは未だ謎に包まれている。
 最下層にはボス、もしくは核というものが存在し、破壊することによって跡形もなく消えてなくなる。
 だが、需要のあるダンジョンはそのまま残されることが多い。
 グルメダンジョンなどはいい例だ。

 だが上級ダンジョンと呼ばれるものは、魔物も強く、討伐が追いつかないことがある。
 そうなると弱肉強食が加速、最悪の場合、凶悪な魔物が外に逃げ出してしまう。

 過去にダンジョンスタンビートと呼ばれる事件があって以来、明らかに異質なダンジョンは制覇だけを目的とされていた。

 そしてその役目は、S級やA級によって世界各地で行われている。

「――ってことはつまり、雨流はダンジョンの制覇の為に日本に来たってことか?」

 雨流の執事、佐藤・ヴィル・エンヴァルトこと、佐藤さん(そう呼ぶことにした)が丁寧に教えてくれた。

「左様でございます。ですが、セナ様のお転婆が過ぎまして……大変申し訳ありません。別の場所に出向いていたので、遅れてしまいました。心からお詫び申し上げます」
「お転婆ねえ……」

 御崎は昔から子供好きだったこともあり、今は雨流と一緒におもちや田所と遊んでいる。
 こうしてみればただの子供にしか見えない。

「雨流、おもちが好きか?」
「え? うん……」
「ただおもちは俺の家族なんだ。あげるとか、あげないとか、そういうのは違うが、会いたくなったらいつでも来ていいぞ。こんな家で良ければだけどな」
「ほんと? やったあああああああ!」
「キュウキュウ!」

 おもちを抱きしめてぐるぐると回転する雨流。
 S級っていっても、ただの少女だ。

「ふふふ、じゃあ視聴者さんもそれでいいかな?」
「はい?」
 
 よく見ると御崎はスマホをスキルで動かしていた。
 コメントが――流れている。

「って、配信!?」

『ようやく気づいたwwww』『アトリの大人なところを見てしまった』『こんな家で良ければ歓迎するぜ』
『多分ドラマとか好きなタイプ』『酔ってそう』『おもちは俺の家族なんだ』
『人は失敗する生き物、泣けた』『正直、めちゃくちゃ格好よかった』『主、お前が好きだ』

「いつから……」
「あなたがセナちゃんと公園で戦ってた時も撮影してたのよ。まあ、証拠というか、何かあった時の為だったけど、反響が凄くて……」
「反響?」

 アーカイブになっているのを別のスマホで見させてもらうと、視聴回数が飛んでもないことになっていた。
 以下、コメント抜粋。

『S級とおもちが戦ってる!?』『やべえ、おもちが奪取される』『セナちゃん可愛いよセナちゃん』
『アトリ強くなってない?』『ミサキが子供を泣かしている』『子供っていってもS級だがw』

 数えきれないほどだが、とにかく盛り上がっていた。
 てか、ニュースに乗ってるとも書いてある。

「ニュースって?」
「セナちゃんが来日したってテレビしてたでしょ? それでまあ結構話題になってるみたいで」
「そういえば……サウナのテレビで映像も見たな。S級はそれだけ凄いのか」
 
 こんな子供が? と雨流に視線を向けたが、おもちと田所と無邪気に遊んでいる。
 確かに見たこともないスキルを使っていた。手を翳すだけて引き寄せたり捕まえたり……。

 てか、もう流石に――

「今日は疲れたから何も考えたくない……」

 いつまでも考えるのは良そう。いい加減、スローライフがしたい。

 それからも雨流はおもちと遊んでいた。

 ずっと。

 ずっと。

 ずっとずっと。

 いや、いつ帰るんだよ!?

「おい雨流」
「おもちぃ~! へ?」

 雨流の頭を掴むと、不思議そうに首を傾げた。

「そろそろ帰りなさい」
「泊まっていこうかと……」
「ダメだ。布団がないし、なにより俺もおもちと田所と遊びたいんだ」
「えー、そんな意地悪な……」
「そうよそうよ、阿鳥はケチなんだら」

『ケチ』『夜中も配信してくれ』『アトリが外で寝ればよくないか?』

 コメントも言いたい放題だ。

 ヴィルさんはテーブルに座ってコーヒーを飲んでいる。そのお洒落なカップティー、うちに置いてないんだけど、どこで買ってきたの?

「今日はもう疲れたから解散! おじさんは寝るの!」

 ありとあらゆるところからのブーイング、そしてカップティーのカチャカチャ音が鳴り響いていた。

 ◇

「それでは失礼します。山城様、セナ様と遊んで頂き、ありがとうございました」

 結局、それから数時間も粘られてしまった。生放送は今までで一番の盛り上がりだったのは少し気に食わない。

「おもち、田所、またね。また会いに来るからね!」
「キュウ!」「ぷいいいいいいい」
「抱き合って感動の別れみたいにするな。今日会ったばかりだろ」

 ちなみに御崎は酔って潰れているので、俺の布団でぐーすかぐーすか。

「そういえばどこに帰るんだ? アメリカからってことは家とかないんじゃないのか?」

 もしかして……だから、泊まりたかったのか?
 気を遣って、俺にそれを言えないんじゃ――。

「ブルルルル」

 しかし突然現れる長い車。くっっっそでかいリムジンだった。
 見た事もないほどツヤツヤしている。

「あ、お迎えがきたわ」
「『あ、お迎えがきたわ』、じゃねえ。何だこの車」
「私の車だけど、どうかしたの?」
「どうかしすぎてるだろ」

 俺は自転車しかないのに!
 執事なんていることからすぐに考えればよかった。雨流《こいつ》金持ちだ……。

「それでは失礼します」

 佐藤さんがドア開けて、雨流が中に入るのを待っている。振り回されて佐藤さんも大変そうだな。
 今度ゆっくり話でも聞かせてもらう。

「あ」

 去り際、雨流が声をあげて固まる。そして振り返る。

「……あーくん、ありがとね。何時でも来ていいって言われて嬉しかった。また遊ぼ」
「あーくん……?」

 頬をぽっと赤らめながらサッと車に入って行く。
 阿鳥だから、あーくん?

「ご迷惑をおかけしてすみませんでした。今後、何かありましたらいつでお申しつけください。」
「ありがとう。まあでも、雨流の躾を頼んだぜ」
「痛み入ります。それでは」

 そうして嵐のように去っていった。おもちと田所は泣いていたが、絶対悲しくないだろうと疑いの目で見てしまった。

 まあでも雨流も性根は悪いやつではなさそうだ。
 S級は狂ってると聞いたことはあるが、あんな子供でもなれるなら俺もなれるかもしれない。

 しかし翌日、朝一のニュースで俺は思い知った。

「まじかよ……」

 テレビに映っていたのは、見たこともないほど大きなダンジョンだった。
 俺でも知ってる、小さな子供でも知ってるだろう最強最悪の『死のダンジョン』。
 そこにいるモンスターは浅瀬ですら狂暴凶悪で、過去に死者が数百名いると聞いたことがある。
 なんとA級でもパーティーを組んでやっと入場が認められるとか。

「モンスターが活発化し、危険だと言われていた死のダンジョンですが、今! なんと制覇された模様です! それもほんの数時間で! なんと、たったの数時間です!」

 レポーターの男性は興奮気味で叫んでいた。テレビのテロップがピピピと鳴り響き、速報でS級の”二人”が死のダンジョンを制覇をしたと流れていた。
 そして崩れ落ちるダンジョンから現れたのは――。

「つかれたーっ、おもちと田所に会いたい……」
「そんなすぐに会いに行っては怒られますよ」

 魔物の返り血を浴びた雨流と、スーツに皺一つ、返り血一つない佐藤さんだった。
「準備はいいか? 武器は持ったか? 防具は完璧か? そして――お腹はペコペコか!?」

 俺の問いかけに、おもち、田所、御崎は左手をお腹に、右拳は天高く上げた。

「ぺこりんちょーッ!」
「キュウキュウ!」
「ぷいぷいっー!」

 配信は始まっているので、コメントが鬼のように流れていく。

『腹減り軍団w』『グルメダンジョン編きたあああああああ』『セナちゃんはいないのか』
『おもちおもちおもち!』『田所の活躍が楽しみ』『お腹を鳴らせー!』『てか、予約よく取れたなw』

 テンションは最高潮。いま俺たちはグルメダンジョンの前に立っている。
 入口からは既に甘い香りが漂っていた。ものすごく食欲がそそられ、胃袋が暴れそうだ。

「コメントにもあるが、よく取れたな御崎。予約でいっぱいなんじゃないのか?」
「動画の撮影も兼ねてるっていったら是非にって。おもちゃんとたどちゃんのおかげっ!」

 グルメダンジョンとは、世界各地の中でも類を見ない珍しいダンジョンだ。
 その名の通り、中は美味しい物が山ほどある。なんと、魔物でさえも食べられるとのこと。
 だがそ土地を所有しているのは、大手食品会社なので、誰でもウェルカムというわけではない。
 完全予約制で、何年も先も埋まっており、更に入場料も高い。
 ただそれでも人気は凄まじく、難易度が低いこともあって子供から大人が行きたいベスト3に毎年ランクインしている。

「とにかく細かいことはお腹が空いてるのでもいいだろう。よし行くぞ!」

 入口の甘い匂いがする水晶に手を翳す。そして俺たちの視界が切り替わった。

 ◇

「ここが……グルメダンジョン?」
「なんか……普通だね?」

 俺と御崎が唖然とするのも無理はなかった。
 所謂、一般的な狭いダンジョンという感じだ。以前の始まりのダンジョンよりも随分と普通だ。
 いや……くんくん、くんくんっ。違う、いい匂いが鼻腔をくすぐっている。

 一体どこから――。

「キュウキュウペロペロ」
「ぷいにゅーっ!」

 そこには、一心不乱に壁を舐めているおもちと田所がいた。

「え、な、何してるんだ!?」

『何してるんだww』『なんちゃ茶色い?』『二人して可愛いw』『狂っちまったのか!?』

 しかし俺はすぐに気づいた。映像では匂いが伝わらないが、確信を得た。
 御崎と顔を見合わせ、無言で頷く。
 二人で近づいて、舌をんべっと伸ばした。

「ぺろ……これは……うまいっ、チョコレートだ!」
「んまっ……最高っ!」

 理由はわからない、いやそんなのは必要ないのだろう。
 壁の上から下までチョコレートが滝のように流れている。名づけるなら、チョコレートウォール。
 濃厚な旨味が口いっぱいに広がる。少しだけ苦味があるのは、大人味なのだろうか。
 試しに違う壁を舐めてみると、また別の味がした。甘いっ。

 なるほど、場所で味が違うのだ。

「んまいっペロペロペロペロ、ここは天国だな、ぺろぺろペロ」
「そうんね、ぺろぺろぺり、最高っぺろぺろ」

 俺たちは一心不乱に壁を舐めていた。多分、凄いシュール。
 もちろん、おもちと田所もだ。

『何この映像wwww』『面白過ぎw』『壁舐め一族』『楽しそうw』

 一通り舐め終わると、満足して先に進むことにした。
 当然のことかもしれないが、俺たちの服はもうチョコレートまみれだ。

 だがこんなこともあろうかと前掛けをしていた。
 ありがとう前掛け、ありがとう前掛け!

『赤ちゃんかよw』『伏線回収早かったなw』『もうお腹いっぱいなってそう』

 その時、悪魔的発想が脳裏に過る。

「……でも考えると、別の人が舐めてる可能性ってあるんじゃないのか……?」

 しかし、御崎は微笑みながら首を横に振った。

「グルメダンジョンは雑菌も全て排除されるらしいわ。だからこそ人気で、安全も考慮されてる。だから、いくらペロペロしても大丈夫。注意項目にも、ペロペロし放題と書いてあったわ」
「最高だな、誰だよこれ作ったやつ……」

 なんともまあ都合のいいダンジョン。だが最高のダンジョンだ。

 狭い通路を渡っていくと、微量だが、魔力を感じた。

 ――魔物だ。いくら美味しいとはいえ、ダンジョンなのだ。

「油断するなよッ!」

 俺はリーダーとして仲間に声をかけた。
 誰一人欠けてはいけない。そう、円を描くピザのように美しくありたい。
 ……なんか変なことばっかり言ってないか?

「阿鳥、よくみて!」

 御崎が叫び、俺は注意深く魔物を見つめた。スライムだ。だが、なんだか黄色い……もしかして、はちみつか!?

「ハチミツスライムだわ、身体が全部濃厚な蜜で出来ていて、ここでしか食べられない希少価値の高い魔物よ」
「最高じゃないか、でも……」

 俺は田所に視線を向けた。これって、あれじゃないか?
 共食なんちゃらってやつになるだろ? 流石にそれは倫理的に――。

「ぷいぷいっー!」

 次の瞬間、スライムを一撃で倒す田所。そしてしぼんだハチミツをペロペロと舐めはじめた。

「ぷいぷいっっ♪」
「あ、そういうの気にしないんだね。そうだよね、美味しかったら関係ないよね」

 至高な表情を浮かべる田所。おもちも駆け寄り、とても微笑んでいる。

『弱肉強食すぎるw』『美味しそうな田所が何より』『お腹空いた……』

 続いて何体かハチミツスライムが出てきたので倒してみたが、驚くほど弱かった。
 味は最高。このダンジョンの人気も頷ける。ちなみに持ち帰りは有料だが、可能だ。

「次だ! 行くぞお前たち!」
「キュウ♪」

 そして段々と俺たちのお腹が満たされていく。

「何だこのキノコ……んまいぞ!」

 マグマキノコ - ダンジョン内部に生息するキノコの一種。外見は通常のキノコと似ていますが、赤黒い色をしており、触れると熱くなります。食べると、ピリッとした辛さと独特のコクがあります

「キュウキュウ! キュウー!」

 アイスバター - ダンジョン内の寒冷地帯に生息する昆虫から採れるバター。風味は濃厚で、口の中でとろけるような感触があります。また、寒さに強く、保存性にも優れているため、バターを使った料理に最適です。

「この果実、美味しいわあ」

 エンチャントベリー - ダンジョン内部に生える小さな実の一種。食べると、心地よい甘さと香りが広がり、食後にはリフレッシュ効果があります。また、特別な魔法がかかっているため、食べた後に一時的に魔力が高まるとされています。

 ◇

「ふー、満腹だ」

 それから数時間後、お腹は何倍にも膨れ上がっていた。
 地面に倒れ込み、なでなでといたわってあげる

「キュウ……」「ぷにゅー」「苦しい……」

 みんなも同じなのか、一歩も動けなくなっていた。
 袋には食材がいっぱい詰め込んである。

「これだけあれば当分は幸せに浸れそうだな」

『シンプルに羨ましいw』『白ご飯食べながら配信見てました。僕もお腹いっぱいです』『バターまみれになってるところが面白かったw』『飯テロ動画すぎた』
 
 そのとき、またもや赤スパチャがポップした。それも連続で。
 名前は――『USM』。

 50000円『ズルい』『USM』
 50000円『なんで誘ってくれなかったの?』『USM』
 50000円『私も行きたかった』『USM』
 50000円『うぇえええええん』『USM』

『メンヘラキター』『なんで誘ってくれないって、もしかして繋がってる?』『女性っぽい』

 ちなみにUSMは、やはり雨流だと佐藤さんから教えてもらった。
 もしかして親の金をつぎ込んでいるのかと思ったが、きちんと自身で働いたお金らしい。
 S級はそれこそ億万長者もいると聞いたことがある……ズルい。

 苦笑いしたあと、配信を閉じることにした。
 家に来ていいとはいったが、できるだけ面倒に巻き込まれたくないしな……。

「さて、今日は帰りますか」
「はーい」「キュウキュウ」「ぷいっ!」

 ◇

「ふわああああ、ねむ……」

 翌朝、ダンジョン疲れもあってすぐに眠っていた。
 あまりの重たさに、庭にダンジョンの食材を無造作に置きっぱなしだったことを思い出す。

 ……あれ?
 しかし探しても探しても見つからない。

 ……盗まれた? その時、脳裏に『USM』が過る。

 まさか……いや、でもそんなことするか?

 そのとき、いい匂いがした。

「昨日……の匂い……」

 俺の家は古ぼけた一軒家だが、庭はそれなりに広い。
 手入れをさぼっているので木々が生い茂っているが、そこにぽかんと無造作に空いた穴を見つけた。

 そこから、良い匂いが漂っている。

「……嘘だろ?」

 微量な魔力を感じる。おそるおそる中を覗き込むと、そこは出来たてほやほや、けれども間違いなく――ダンジョンがあった。

 しかも普通のじゃない。

 ――グルメダンジョンだ。
 あ……ありのまま、今起こった事を話すぜ!

『グルメダンジョンの食材を庭に置いていたら、そこにダンジョンが出来てたんだ』

 な……何を言っているのか……何わからねーと思うが、そういうことなんだ。

「嘘だろ……」

 入口からはチョコレートのような甘い香りがぷんぷんと漂っている。
 おもちや田所を起こすか? 炎の充填はもう切れているので、俺一人では危険かもしれない。

 いやでも……魔力は全然感じない。

 勇気を出して、おそるおそる穴に入っていく。回りは茶色い土のようだったが、よく見るとチョコレートだ。
 指に取って舐めてみたが、カカオの豊潤な味がする。

 ……うまっ。

 そしてもう少し歩くと、大きな広場のような場所に出た。
 天井も高く、だだっ広い感じだ。

「いい匂いだ。けど、魔物はいないのか」

 地面は普通の土だということがわかった。
 幼いころ、田舎のおじいちゃんの家で畑仕事を手伝っていたことがあるが、そんな感じの手触りを感じる。

「気持ちいいな……」

 外から涼しい風が入ってくる。
 なぜこのダンジョンが出来たかどうかはわからない。
 けれどもなんだか懐かしく、その場に寝っ転がって――気づいたら眠ってしまっていた。

 ◇

「キュウウウウウウウウウ!」
「ぷいぷいっ」
「……んっ……」

 何かの声で目を覚ますと、おもちと田所が元気に走り回っていた。

「はっ、楽しいかお前ら」

 さながら運動場だ。普段、家の中では動き回れないし、飛ぶこともできない。
 ここはそういう意味では最高の場所だ。
 ある程度高さもあるので、おもちも羽根を伸ばすことができる。

 そのとき、壁を舐めている女性を見つけた。
 いや――御崎だ。

「ここのチョコレート美味しい……。てか、ここなに? なんでグルメダンジョンが?」
「いきなりびっくりするだろ……。てか、いつの間に来てたんだ」

 それから俺はありのままの説明をした。

「……それで魔物がいないからってすぐ寝ちゃったの? 危機管理能力ゼロすぎない?」
「だって気持ちが良くて……」
「まあ、そういうところが魔物に好かれるのかもね。のんびりしてるところが」
「そ、そうかなー? あっははは」
「褒めてないけど」
「はい……」

 それから俺はおもちと田所とかけっこした。
 そんな中、御崎はスマホで何か調べたり、土を触ったり、チョコレートを舐めたりしていた。なんかごめん。
 

「もうわかってると思うけど、これはグルメダンジョンで間違いないわ。正しくはミニグルメダンジョンって感じかしら」
「まあ確かに、状況的を見てもそうだよな。でも、魔物がいないのはなんでだろう」
「さっき調べてみたけど、ダンジョンは突然出来たりするらしいわ。といっても、魔物がいないのは書いてないし、聞いたこともないけど」

 だよなあ、と答えつつ、壁のチョコレートを少し舐める。ここにいたら太りそうだ。

「これってどうなるんだ? 所有権というか、管理というか」
「ダンジョン管理委員会ってのがあるから、そこに申請する必要があるみたいね。魔物が強いと政府の管理下になるらしいけど……」
「そうじゃない場合は? もしかして……」
「その土地を持っている人が所有者になる」

 つまり俺はミニグルメダンジョンをゲットしたってこと!? タダで!?

 ……いや、チョコレートダンジョンか?

「なるほど……でも、チョコレート以外は何もないもんな。おもちと田所の運動場と思えばいいか」

 そう言ったあと、ハッと自分がさっき考えたことが脳裏に過る。
 おじいちゃんの――畑。

 土を触ってみると、改めて手触りがいいと思った。
 これなら――いける。

「まあそうね。チョコレート美味しいし、いいんじゃない?」
「なあ御崎、ここに畑とか作れないかな?」
「……畑? 大根とか、キャベツとかってこと?」
「それもだが、グルメダンジョンから取って来た食材を植えたら、同じように生えたりしないかな? あそこには色々あっただろ?」

 想像の段階だが、そうなったら面白いと思った。
 ただもしそれが実現すればとてつもないことになる。
 なんだったら、販売することも可能なんじゃないか?

 好きなことをして、好きに働く。そして誰かに喜ばれる。
 それこそが、俺の求めていたスローライフに近いかもしれない。
 
「でも、そうなると管理が……コストが……もしそうだとして……」

 それからぶつぶつと何かを考えこむ御崎。俺は知っている。こうなった時の彼女は頼りになる。
 会社でも、経理やらなんやら全て彼女が行っていたのだ。

「……いける。まだ食材が取れるかどうかわからないけど、私たち二人でミニグルメダンジョンを作って食材を売れば……大金持ちよ! 億万長者だわ!」
「はっ、億万長者か」

 俺は横目でおもちと田所を見た。そこまでは望まないが、二人が苦労せず、それでいて楽しく遊べる場所を提供出来ればそれでいい。
 質のいいフード、幸せな住環境、俺がもし事故で亡くなったとしても暮らしていけるだけの施設。

「そうだな、そうしよう。ちょうど昔、おじいちゃんの畑を手伝ったことがあるんだ。ダンジョン委員会とやらの申請が終わったら、俺と一緒にやってみよう」

 御崎は俺の顔を見て、微笑みながら頷いた。
 そして――。

「キュウウウ!」
「ぷいぷいっ!」

 おもちと田所が、俺の背中に勢いよくぶつかって来た。
 僕たちも、という感じだ。

「はっ、ごめんごめん。そうだよな。皆で作ろうか」

 そうして俺たちは、庭に出来たミニグルメダンジョンを開拓していくことを決めたのだった。
「すごーい! ひろーい! おもち、田所、おいでーっ!」
「キュウキュウ♪」
「ぷいぷいーっ!」

 庭に出来たミニグルメダンジョン、その利用を申請する為にダンジョン管理委員会に連絡した。
 それから後日、危険性の確認をする必要があるので、人を送るとのことだった。

 だが現れたのは、S級探索者の雨流・セナ・メルエットと、その執事である佐藤・ヴィル・エンヴァルトさんだった。

「なんで雨流《コイツ》が……」

 呆れて声を漏らす。御崎は管理手続きの為に、直接委員会に出向いてもらっているので留守だ。

「魔物については私たちが一番よく知っています。なので、手の空いたS級、もしくはA級が行うことになってるんですよ」
「まあ、理屈はわかるけど……佐藤さんはともかく、雨流はちゃんと見てくれてるのか?」

 佐藤さん、ヴィルさん、いやエンヴァルトさんがふっと微笑む。

「確かに以前の行いは少々悪戯が過ぎましたが、本来は真面目なお方です。それにセナ様は魔力に敏感なので、あれだけ無邪気に遊んでいるという事は、何も問題はないでしょう」
「ま、おもちと田所も喜んでるし、別にいいんだけどね。ただ、もうあんなことにはならないように見張っといてくれよ」
「固く約束させて頂きます」

 深々と頭を下げる佐藤さん。
 てか、この人もS級だったらしい。世界で数十人しかいないんじゃないのか? そんなホイホイ出て来ていいのか……?
 どんなスキル持ってるのか聞きたい、ちょー聞きたい。でも、失礼に当たるって聞いたことがあるからなあ……。

「それでダンジョンの申請は降りそう?」
「問題ありません。むしろフェニックスやファイアスライムの住環境としてこれほど安全な施設もないでしょう。運動も出来ますし、何かあった時の避難場所としても最適です」

 ひとまずほっと胸を撫でおろす。俺もあれから色々調べて見たが、政府から立ち退きを命じられる、なんてケースもあるらしい。
 そうなった場合、叔父からもらったこの家を引き取ることになっていたので、それは嫌だった。

「しかしなんで出来たのかわかるかな? 食材を庭に放置していたら出来る、なんて普通ありえるのか?」
「ダンジョンについては未だにわからない事のほうが多いのが現状です。といっても、この家にはおもちさんや田所さんがいらっしゃいますので、全くの無関係とは思えませんね」
「とはいえ、何もわからないってことか」
「残念ながらさようでございます」

 ま、雨流もおもちや田所も楽しそうだし、最高の形っちゃ形か。

「あれ? なんでセナちゃんとヴィルさんが?」

 そのとき、御崎が戻ってきた。
 手には大量の袋を抱えている。

「一堂様、またお会いできて恐悦至極に存じます」
「お帰り、早かったんだな。どうだった?」
「書類を事前に用意してたから早かったよ。あと、頼まれたもの買ってきたけど」
「さんきゅっ――ってええええええ」

 俺は御崎から袋を受け取ると、あまりの重さにその場で倒れそうになる。

「ぐぎぎぎぎぎ、重っ!」
「スキルで軽くしてたからね、あ、ヴィルさんもありがとうございます」
「力仕事は男性の仕事ですので」

 横目でひょうひょうと持ち上げる佐藤さん。うーん、やっぱりS級は違うのか。
 それから御崎に二人が来た理由を話すと、縁があるねえと呟いた。

 縁か……。だったら最大限利用させてもらおう。

「さんねーん、魔物組ー! 全員集合! ぴぴーっ!」
「キュウ?」
「ぷいっ?」
「なになにーっ?」

 金七先生ばりに前髪をかき上げて叫ぶ。
 その時、荷物を取り出したヴィルさんが、ふと微笑む。

「なるほど、これは面白いですね」
「以前の借りを貸してもらおう。最初が肝心なんでな」

 俺は取り出した小さめの鍬《くわ》を、雨流に手渡した。
 彼女は首を傾げて「なにこれ?」と呟く。

「阿鳥家庭菜園の第一歩だ」

 ◇

『なにこれ、どういう状況?』『セナちゃん回w』『なんでみんな一直線で並んで鍬《くわ》を構えてるの?』
『ここどこ? なにこれ?』『説明はよw』『ミサキかわいい』『ダンジョン?』

 せっかくだからと、御崎に配信をお願いした。
 コメントの対応もしつつ、庭にミニグルメダンジョンが出来た事を説明すると、皆驚いていた。

『すげえw そんなことあるの?』『チョコレート食べ放題だあああ!』『楽しそう、でも今から何するんだ?』

 今から行うことを説明しようと思ったが、もう既に鍬《くわ》を構えている。
 だったら、行動で見せた方がはやい。

「お前ら、アトリリーダーに続け!」
「キュウキュウ!」
「ぷいにゃー!」
「畏まりました」

 いい返事をするおもちと田所、あと佐藤さん。
 だが不満そうな二人。

「おもちと遊んでたかったのにいいー!」
「私は経理担当なんだけど……」

 タイトスカートで鍬《くわ》を持っているミサキは意外に可愛い。
 だが雨流、君だけは我儘を言う資格はないぞっ。

『もしかして……これは……』『始まるぞ! 掛け声の準備だ!』『一直線に並ぶ理由はないだろww』

 コメントをよそに、鍬《くわ》を大きく振りかぶる。
 おじいちゃんの畑を手伝っていたという素晴らしい知識をフル稼働。そう、手伝っていただけだが。

「はい、せーのっ! 1っ! 2っ! 3っ!」

 俺の掛け声で、皆で一斉に土を耕やしはじめる。その絵面はかなりシュールらしく、コメントも盛り上がっていた。

『面白いww』『S級がクワもって農業?w』『アトリ、お前、偉くなったな……!』
『おもちの知能レベルどうなってんだ。可愛すぎるだろ』『田所の体にクワが入り込んでる』

 農業は甘くない。汗水流して一生懸命でようやく実がなるのだ。
 初心者の俺たちが初めから成功するとは思えない。だが、皆で力を合わせれば可能性はある。

「掛け声が小さいぞ!」
「キュウ!」「ぷいっ!」「これはなかなか堪えますね」「もおおっ経理担当なのにい」「しんどいよお……」

 うん、チームワークバラバラだな。

『ダメンジャーズw』『とりあえず眺めとくか』『本人たちが楽しそうならよし』『おもちが可愛ければよし』

 疲れがくると、流石に無言が続いた。御崎はスキルを使いたいと言ったが、俺が却下する。
 決して楽をしてはいけない。

 雨流もスキルを使いたいといったが、よくわからないし怖いので却下した。
 佐藤さんは楽しいと言っていた。この人のことは好きだ。
 おもちと田所は後半泣いていた。魔物も頑張ればしんどいらしい。ごめん。

 
 そうして数時間後、人数のおかげと、そこまで大きくないということもあって立派に土を耕すことができた。

 視聴者に阿鳥家庭菜園を作っていずれは販売したいということを説明。コメントは更に加速した。
 気づけば登録者数は十万人を超えており、同接は現在、5万人だ。約半分の人がリアルタイムで見ているのだから驚いた。

『魔物がいたら災害だったけどいないから利用するってことか』『にしてもそれが畑ってw 斜め上の発想杉w』
『立ってるものはS級でも使え』『ミニグルメダンジョンの需要凄そう』

 中には農業に詳しい人もいて、肥料だったり、こうしたほうがいい、ああしたほうがいいと色々と教えてもらった。
 そのおかげもあって、随分と楽だった。畑は広場の端なので、おもちや田所が遊ぶスペースはきちんと確保されている。

「も、もう動けない……」
「私も……ダメ」

 どさっとその場で座り込む雨流と御崎。そういえば雨流は子供だった。流石にやりすぎたか? と思ったが、おもちを奪おうとしていたことを考えるとこのくらいはいいだろう。うん、いいだろう。

 そして疲れ果てたので、配信も終えることにした。

『ありがとう、今日も楽しかった』『これからの畑に期待!』『コンテンツが増えていくのはいいね』
『セナちゃんと佐藤さんの質問コーナーもしてくれ』『いいね、全員分よろしく』

 質問コーナーか……、なんか楽しそうだな。いつかやってみよう。

 その場に倒れ込むと、佐藤さんが声をかけてくれた。

「山城様、お疲れ様でした」
「いや、こちらこそ。佐藤さんがいたおかげでなんとかチームワークが保てましたよ」
「そう言っていただけると来たかいがありました。しかし、ミニグルメダンジョン、楽しくなりそうですね」
「ひょんなことからって感じだが、上手くいってくれるといいんだがなあ」
 
 俺たちは満身創痍だが、佐藤さんは息一つ切らしていない。何気に一番すごいんじゃないのか?
 そういえば、テレビでも返り血一つなかったもんな……。

「それにセナ様が大人しく言う事を聞くのはめずらしいです。阿鳥様に対して申し訳ないという気持ちと、信頼しているからだと思います。きちんと叱ってくれる人はあまりいませんので」
「そうなのか? でも、あれだけ我儘だと親に怒られたりするだろ」
「……ご両親はいらっしゃらないんです。色々複雑なんですが、養子なので一切身内はいません」
「なるほど……」

 それ以上は聞けなかった。子供がS級で探索者になるだなんて、普通ではありえない。
 佐藤さんは随分親しいみたいだが、それでも家族ではない。
 いずれ話を聞いてみたいが、ゆっくりでいいだろう。

 もっと仲良くなって、俺たちの心が縮まった時に聞いてみよう。

 ……後、ねえどんなスキル使ってるの? はあはあって、聞きたい。
 もうなんだったらすぐに聞きたいけど。我慢我慢。

「よし、じゃあ身体も汚れちまったし、皆でマモワールドいくか。俺がおごってやるぜ」
「キュウキュウ♪」
「ぷいにゅー!」

 御崎も喜んでいたが、雨流は首を傾げる。

「マモワールドって?」
「ふふふ、きっとセナちゃんも楽しいと思うよ。むぎゅー」
「はわわ、御崎さん!?」

 雨流をぎゅーと抱きしめる御崎。姉妹か、それとも親子か――いやこれは殺されるからやめておこう。

 この後、俺たちはマモワールドへ行ったのだが、おもちと田所の人気が凄まじく、更に雨流と佐藤さんがS級ということがバレてしまい、もの凄く大変なことになったのだが、これはまた別のお話。
「すみません、一番大きな家ってどれですか? 出来ればベットはキングサイズだと嬉しいのですが」
「お調べしますね。ちなみにお伺いしたいのですが、お子様のご年齢とかはわかりますでしょうか?」

 俺は数十年ぶりに、おもちゃのトイザラソに来ていた。
 店内にはありとあらゆるゲーム、おもちゃ、ぬいぐるみが陳列されている。
 誰もが子供の時、ここで遊んだことがあるだろう。そして駄々をこねたことがあるだろう。
 かくいう俺も、ある。

「確か……四百歳とかいってたような……」
「はい? よんひゃ……?」

 明らかに怪訝そうな顔をする女性定員。俺はハッとなる。

「あ、すいません。とにかく大きければ大きいほどいいです」
「は、はあ……? わかりました。ではこちらへどうぞ」

 ふう、あやうく変人扱いされるところだった。
 俺の今の気持ちはパパだ。子供たちにプレゼントを買ってあげるパパ。

 そういえば子供達《おもちとたどころ》の姿が見えないな。

「キュウキュウ? キュウキュウ!」
「ぷいにゅーっ! ぷいぷい!」

 音の鳴るほうに視線を向けて見ると、ジェソガをしている二人がいた。
 それも器用にバランスを保ちながらレベルの高い試合をしている。

「もう人間じゃん……」

 ちなみに負けたのは田所だった。

「キュウ!」
「ぷい……」

 ◇

「よおし、パパ帰るゾー」

 念願のプレゼントを購入。
 ただ、想像の何倍も大きかったのと何倍も高かった。
 最近のおもちゃってのはギミックが凄い分、値段もそれなりなんだなあ。

 世のお父さん、お母さんは苦労してるな……。

「キュウキュウ」
「ぷいぷい」
「どうした? おもちゃで変形ロボットを見て覚えたって? だから、それに乗せてやる?」

 俺は自転車に乗り込もうとしたのだが、田所が何か言っている。
 ついさっき遊んでいたロボットになれると言い出したのだ。

「大丈夫かよ……」
「ぷい、ぷいにゃー!」

 すると田所が、みるみるうちにガチャガチャと謎の金属音を響かせながら、おもちと合体しはじめた。
 そして出来上がったのは、身長七十センチぐらいで、顔が田所のロボットだった。おもちはコックピットにいる。

「すげえ……やるじゃねえか!」
「ぷぷー!」「キュウン!」

 でも、どうみても乗り込むところがない。

「もう完成してない?」

 すると田所は、足をぽんぽんと叩いた。

 ……え? つかめってこと?

 ◇

「うわああああああああああ!?」

 俺は今――空を飛んでいる。
 田所ロボット改おもちver with阿鳥。

 といっても俺は足を掴んでるだけで、手を離したら落ちるだろう。
 これ、乗ってるっていうのか? コックピットにいるおもちがどいてくれたらよくないかああああああああああああ!?

 風が吹き、俺はあやうく落ちそうになった。

「ママ、あれなにー? おじさんがロボットの足に捕まってるー」
「見ちゃダメ! あれは会社を辞めてテイムした魔物と遊んでるニートおじさんなんだから! ほら、トイザラソの袋を持ってるでしょ。きっと家も子供部屋おじさんなのよ!」
「はーい、ママー」

 なんか遥か下でとんでもないことを言われている気がする。
 気のせいだったらいいんだが……。

 ◇

「調子はどう、なにこれええええええええええええええ!?」
「照らせー! 輝かせー! 発芽せー! ふえええええええええええええええ!?」
 
 ミニグルメダンジョン内に入ると、ドラちゃん(長いのでこう呼ぶことにした)のいつもの元気な声が聞こえた。
 いや、それとは別に驚いたことがある。
 想像の何倍以上も、畑や植物がにょきにょきと生えているのだ。
 それに広くなっている気がする。

「凄いな……全部ドラちゃんが?」
「あたちの功績というよりはこのダンジョン内の魔力が良いですね! 素晴らしいです! 私も、サイコーです!」
「なるほど、でもあんまり無理するなよ」
「はい! あれ、その手にあるやつなんでちゅか?」
「ああ、ドラちゃんの家だよ。――ほらっ」
「……家? え、えふええええええええええ!? しゅごいですううううううう」

 ――――
 ――
 ―

 後日、俺は初めて編集というのを御崎に教えてもらって動画を投稿した。
 以下は、後日のコメントと映像、そして俺の生反応である。

 タイトル『アトリ、ドラちゃんを白い液体に沈めてみた』

 初めてのドッキリだ。サムネもこだわっているので、これは再生されるはず。
 まずは挨拶だ。

「会えない時の為に、おはようこんにちはこんばんは、どうもアトリです」

『キター! 初ドッキリ?』『なんか過激じゃない?』『ちょっと怖い……』『主どうしたの?』

 明らかにコメントが不安そう。少しやりすぎたか? と思ったが、たまには趣向を凝らしてみるのもいいだろうと。

「今日はいつも頑張ってくれている精霊ドライアドっちこと、ドラちゃんに、ドッキリを仕掛けたいと思います!」

『白い液体ってまさか……』『アトリどうしたんだwww』『おい、これやばくねえか?』『削除されるぞ!』

 もう我慢できねえんだ。


 ダンジョンに入ると、俺はトイザラソで購入した物を置いた。

「ご主人ちゃま、これはなんでちゅか?」
「頑張ってくれているご褒美で家を買ってきたよ。ほらドラちゃん」
「いえ? 家ってなんでちゅか?」

 店で売っていた一番大きいサイズ。ドラちゃんは凄く小さいので、広々と暮らせるだろう。

『これってもしかして?』『懐かしいw』『あれ、ドッキリの雰囲気が変わって来たぞ』

 そしてドラちゃんは、玄関を開けた。

「はわはわわわ、なにこれ素敵、素敵、素敵ですぅ!」
「ははっ、そうだろ。喜んでもらえて良かった」

 そうなんと、俺が買ってきたのは――リコちゃん人形の家だ。
 大きな家で、風呂にトイレ、バスタブまで付いている。

 ちなみにベットはキングサイズ。更に家具付きだ。
 ドラちゃんは多分女性、というか女の子風貌なので、喜んでもらえると思った。

「中も、中も綺麗ですう!」

『ドラちゃん可愛いw』『夢の一軒家!』『アトリやるな!?』『でも、白い液体ってなんだ?』

 喜ぶドラちゃん、そして俺はいくつもの瓶を取り出した。
 臭みがなく、良い匂いがして、肌もツルツルになると言われているものを厳選した。

「ほら、ドラちゃん」
「はい? ご主人ちゃま?」
「服を脱いでくれ」
「え、えええ!?」

 物陰でこそこそと脱ぎ始めるドラちゃん、当然、動画には映していない。
 ドラちゃんは木を枝みたいなのを身体に巻き付け、肌を隠している。もちろん俺は脱ぐところを見ていない。ここ重要です。

「では、白い液体を入れていきます」
 
 俺は湯舟に――白い液体をゆっくりと湯舟流し込む。
 そう、誰もが一度は夢見る『ミルク風呂』だ。

「はわはわ、ナニコレ良い匂いです!」
「どうぞ、入って見て」
「はいっ! ――あ、気持ちいいでちゅ」
「良かった。喜んでもらえて」

 ちゃんと人肌、いやドラ肌程度に温めておいた。
 昔アニメで見たが、ずっと羨ましいなと思っていたのだ。ドラちゃんにはこれからもお世話になるだろうし、ダンジョン内でしか生きられないという彼女にとって住居は大切だ。
 ご主人ちゃまとして、住環境を整えてあげるのは当然のこと。

『白い液体ってこういうことかw』『ミルク風呂羨ましい』『ドラちゃんの恍惚な表情で白米いける』

 ドラちゃんにサプライズプレゼントは大成功。動画も大成功だった。


 ちなみにおもちと田所がうるさかったのでジェソカを買ってあげたのだ。
 二人が遊ぶその動画も撮影し、投稿、それはなんと五十万再生を超えた。

 しかし悪意ある切り抜きがそれを超えてしまう。


『悲報、フェニックスの飼い主である噂の子供部屋おじさん、幼女にセクハラ』

「ドラちゃん、服を脱いでくれ」
「えええ!?」

「白い液体を流し込んでいいか?」
「ふええええええ!?」

 連日の炎上……配信者って難しい……。
「様子を見に行くか」

 昨日のマモワールドが大変だったので色々と疲れていた。
 おかげで昼まで寝てしまったが、充実感の溢れている寝起きだ。

「キュウキュウ♪」
「ぷいっ♪」

 おもちと田所は既に起きていたらしく、二人でイチャイチャしていた。
 最近仲良すぎるので少し嫉妬。ズルいぞ!

 ダンジョンの入口には、いつのまにかドサッと袋が置いていた。中を覗き込むと、大量の肥料や準備物。
 そしてグルメダンジョンで収穫できるありとあらゆる”種”が入っていた。
 ご丁寧にメモも貼られている。

『ご用意しておきました。山城様には返しきれないご恩がありますので』
「仕事が早いな」

 昨晩、グルメダンジョンで見かけた食材をここで育てられたらなあと御崎と話していたら、佐藤さんが用意しますといってくれたのだ。
 雨流のことで散々と迷惑かけたので、そのくらいはさせてほしいとのことだったので快く了承。
 
 だがまさか翌日に置いてくれているとは思わなかった……いつ寝たんだろう。
 それともう一つ、『光と水の精霊を放っておきました』と書かれていた。……どいうことだ?

「お、おもちありがとな」

 あまりにも多かったので、おもちが背中に乗せてくれた。
 どたどたと中に入っていく。

 そこに広がっているのは昨日と変わらな――。

「……あれ?」

 だだっぴろい土だったはずが、天井がホワホワと光っている。
 少し暖かい感じで、何かに似ている。

 これは……太陽光か?

 炎耐性(極)があるおかげで、熱の発信源が何となくわかる。
 もしかして精霊って……。

 スマホで調べてみると、精霊は火、水、地、風からなるもので、ダンジョン内で生息するらしい。
 日の当たらない場所でもダンジョン内に水や植物が存在するのは、そのおかげだという。

「なるほど、でもどうやって持ってきたんだろう……?」

 にしても便利だなあと思いつつ、精霊に感謝する。ホワホワ漂っている感じだが、原理はよくわからない。

「せっかくだし配信も付けてみるか」

 御崎は今日も手続きで管理委員会に出向いてもらっている。
 ミニグルメダンジョンを作る作業が面白いかどうかはわからないが、久しぶりに一人でやってみよう。

 ◇

『ミニグルメダンジョンを作っていく。作業用BGMを添えて~おもちと田所も~』
 *作業がメインなので反応薄めです。
 *ミニグルメダンジョンを作っています。
 *主は農業の経験は少ししかありません。
 *豆知識あったら教えてください。

「さて、今日は肥料を撒いていくぞ!」
「キュウキュウーっ!」「ぷいにゃー!」

『注意点多いなw』『お、昨日の続きだ!』『今日は久しぶりにアトリだけか。頑張って!』
『ミニグルメダンジョン楽しみ過ぎる』『こういう動画って何気に世界初じゃね?』

 スマホスタンドで定点になってしまうので、コメントは読み上げ機能を使っている。
 世界初……なのか? なんか、すげええことしてる気がするな。

「はいっ、はいっ、はいっ」

 世界初、ダンジョンで等間隔に肥料を土に撒いていく。
 マグマキノコ 、クリスタルフルーツ、どれもダンジョン産のものだ。

「はいっ、はいっ、はいっ」

『地味すぎるw』『動画ループしてる?』『喘ぎ声だけが響き渡る』
『さて、落ちます』『おもちと田所を見ているだけも癒される』

 どうやら世界初は凄い地味らしい。でもまあ、そうだよな。
 だが農業ってのはこんなもんだ。
 けれども田舎のじっちゃんは「男は黙って腰を曲げ、肥料を撒き、水を注いで、愛情を与えろ」って言ってた。

 俺はその言葉が好きだ。

「うおおおお、おもち、田所、頑張るぞ!」
「キュウウウウ」「ぷいにゅううううう」

 コメントは少なかったが、俺たちの仲はより一層深まった気がしたのだった。

 ◇

「ふう、ペロペロペロペロ」
「キュウぺろろろっろ」「ぷいぺろぺろぺろ」
 
 休憩中、壁のチョコレートを3人で舐める。
 気づいたのだが、場所によってカカオの濃度や味、液体度が違う。

 俺は苦めが好きなのでビターなところ、おもちは甘いのがいい、田所はドロドロの液体が好きだ。

『シュールすぎるww』『壁舐め三人衆』『アトリの服がチョコレートで汚れてるのか、土で汚れてるのか』

 太陽光も畑を輝かせてくれている。
 というか、自動でこんなことしてくれるってすごくないか?

 そのとき、本当に微かに何か聞こえた。

 声のような、声じゃないような。

「ん……?」

『どうしたアトリ』『おや、様子が……』『挙動不審』

「……れー……せー……」

 目を凝らしながら畑の横にある岩に近づいていく。

「……らせー……らせー……」

 何だ、何の声だ?

「光らせー! 照らせー! 耕せー! せー……ふえええええええええええええ!?」

 するとそこには、小さな小さな、本当に小さな女の子がいた。
 緑色の服を着ている様な、身体が緑っぽいような不思議な感じで、髪は金髪だ。
 背中には羽根のようなものが生えている。

「ふえええええええ/////」
「だ、誰ですか?」
 
 どうやら極度の恥ずかしがり屋らしい。と言うか、何してんだ?

『なにこの小人』『可愛すぎる幼女』『誘拐?』

「キュウ?」「ぷい?」

 何故だか知らないが、いつから住んでいたのだろう。手のひらサイズで可愛いが、光らせって……?

「怖くないよ。何もしない」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、本当だ」

 少女は、というか幼女はホッと胸を撫で下ろしたかのように息を吐く。

 何か……可愛いな。

 てか、もしかして――。

「間違ってたらすまんが、もしかして精霊……か?」
「ふぇふええええええええ/////// そ、そうです」

 なぜだか知らないが恥ずかしいらしい。もじもじとしている姿も――可愛い。

 ただ天井の光はまだ動いている。これが精霊ってわけじゃないのか。

「佐藤さんが連れて来てくれたのは君か」
「さとうさ……ん? あの、ダンディなおじちゃまですか?」
「そうそう、おじちゃまだよ」

 言葉遣いがちょっと変わっているが、いい子そうだ。

「はい! 死のダンジョンが崩壊して死にかけたところを、おじちゃまに救っていただきました! こんな素敵な場所ももらえて、もうサイコーです!」

 なんか想ってたより元気そうな子だ。……死のダンジョンにいた情報は少し怖いが。

「死にかけってのは?」
「あ、ええと、申し遅れまちた。あたち、ドライアドっちという精霊なんでちゅが、所謂人間界はあたちにとって瘴気まみれの酸素多すぎ問題なのでちゅ。だからあたちはダンジョンが凄くサイコーなんでちゅ!」
「なんか変わった喋り方だね」
「えへ、えへへ////」

 褒めてないと思うが、まあいいか。
 つまりドライアドっちは、ダンジョン内にいるのが凄く居心地が良いということらしい。

「それで俺の畑を育ててくれていたのか」
「はいっ! あたちの住環境を整えてくれたご主人様には恩返しをしたいのでちゅ! アトリちゃま!」
「なるほどな。ドライアドッちは他に何ができるんだ?」
「光と水を使って畑の成長を促し、pHバランスの確保、肥料と有機物の配合、畝を整えたり、H2O濃度を確保したりでちゅ! ちゅみません、大したことしかできなくて……」

 いや、十分すごくない!? pHバランスって何!? おじさんわからないよ!?

「……俺もpHバランスは凄く大事だと思う。だったら、宜しく頼む。俺も君の環境をよくするために全力を尽くすよ」
「ご、ご主人ちゃまあああああああ/////」

 嘘ついてごめん。でも、ありがとう。

『絶対知らんだろw』『ドライアドッち、嘘をつかれてるぞ!』『もろバレすぎるww』『弄ぶのよくない!』

 読み上げ機能、ちょっと静かにしなさいっ。


 ドライアドッちは翌日、翌々日も元気にミニグルメダンジョンで頑張っていた。
 おかげで発芽し、思っていた以上の何倍も早い速度で下地が完成しそうだ。

 だが後日、『幼女をこき使うおじさん』『見栄を張るおじさん』『pHバランスニキおじさん』『幼女に嘘をつくアトリ』
 という切り抜き動画が公開され、嘘つきおじさんとして、ぷちぷちぷち炎上したのだった。

 ……ぐすん。

 以下、ウェキペディアから調べたphの意味。

 土壌pHとは、土壌中の水素イオン(H+)の濃度を表す指標のひとつで、酸性度とアルカリ度を示します。
 pHの値は0から14の範囲で表され、7が中性、7未満が酸性、7より大きいものがアルカリ性を表します。
 土壌pHは、土壌中の栄養素の可溶化度や微生物の活動性、根の吸収力などに影響を与えます。
 畑や庭園などで植物を育てる場合には、植物に合ったpHの土壌を選定することが重要です。


 多分、スクスク育つために必要なこと、と俺は認識したのだった。
「すみません、一番大きな家ってどれですか? 出来ればベットはキングサイズだと嬉しいのですが」
「お調べしますね。ちなみにお伺いしたいのですが、お子様のご年齢とかはわかりますでしょうか?」

 俺は数十年ぶりに、おもちゃのトイザラソに来ていた。
 店内にはありとあらゆるゲーム、おもちゃ、ぬいぐるみが陳列されている。
 誰もが子供の時、ここで遊んだことがあるだろう。そして駄々をこねたことがあるだろう。
 かくいう俺も、ある。

「確か……四百歳とかいってたような……」
「はい? よんひゃ……?」

 明らかに怪訝そうな顔をする女性定員。俺はハッとなる。

「あ、すいません。とにかく大きければ大きいほどいいです」
「は、はあ……? わかりました。ではこちらへどうぞ」

 ふう、あやうく変人扱いされるところだった。
 俺の今の気持ちはパパだ。子供たちにプレゼントを買ってあげるパパ。

 そういえば子供達《おもちとたどころ》の姿が見えないな。

「キュウキュウ? キュウキュウ!」
「ぷいにゅーっ! ぷいぷい!」

 音の鳴るほうに視線を向けて見ると、ジェソガをしている二人がいた。
 それも器用にバランスを保ちながらレベルの高い試合をしている。

「もう人間じゃん……」

 ちなみに負けたのは田所だった。

「キュウ!」
「ぷい……」

 ◇

「よおし、パパ帰るゾー」

 念願のプレゼントを購入。
 ただ、想像の何倍も大きかったのと何倍も高かった。
 最近のおもちゃってのはギミックが凄い分、値段もそれなりなんだなあ。

 世のお父さん、お母さんは苦労してるな……。

「キュウキュウ」
「ぷいぷい」
「どうした? おもちゃで変形ロボットを見て覚えたって? だから、それに乗せてやる?」

 俺は自転車に乗り込もうとしたのだが、田所が何か言っている。
 ついさっき遊んでいたロボットになれると言い出したのだ。

「大丈夫かよ……」
「ぷい、ぷいにゃー!」

 すると田所が、みるみるうちにガチャガチャと謎の金属音を響かせながら、おもちと合体しはじめた。
 そして出来上がったのは、身長七十センチぐらいで、顔が田所のロボットだった。おもちはコックピットにいる。

「すげえ……やるじゃねえか!」
「ぷぷー!」「キュウン!」

 でも、どうみても乗り込むところがない。

「もう完成してない?」

 すると田所は、足をぽんぽんと叩いた。

 ……え? つかめってこと?

 ◇

「うわああああああああああ!?」

 俺は今――空を飛んでいる。
 田所ロボット改おもちver with阿鳥。

 といっても俺は足を掴んでるだけで、手を離したら落ちるだろう。
 これ、乗ってるっていうのか? コックピットにいるおもちがどいてくれたらよくないかああああああああああああ!?

 風が吹き、俺はあやうく落ちそうになった。

「ママ、あれなにー? おじさんがロボットの足に捕まってるー」
「見ちゃダメ! あれは会社を辞めてテイムした魔物と遊んでるニートおじさんなんだから! ほら、トイザラソの袋を持ってるでしょ。きっと家も子供部屋おじさんなのよ!」
「はーい、ママー」

 なんか遥か下でとんでもないことを言われている気がする。
 気のせいだったらいいんだが……。

 ◇

「調子はどう、なにこれええええええええええええええ!?」
「照らせー! 輝かせー! 発芽せー! ふえええええええええええええええ!?」
 
 ミニグルメダンジョン内に入ると、ドラちゃん(長いのでこう呼ぶことにした)のいつもの元気な声が聞こえた。
 いや、それとは別に驚いたことがある。
 想像の何倍以上も、畑や植物がにょきにょきと生えているのだ。
 それに広くなっている気がする。

「凄いな……全部ドラちゃんが?」
「あたちの功績というよりはこのダンジョン内の魔力が良いですね! 素晴らしいです! 私も、サイコーです!」
「なるほど、でもあんまり無理するなよ」
「はい! あれ、その手にあるやつなんでちゅか?」
「ああ、ドラちゃんの家だよ。――ほらっ」
「……家? え、えふええええええええええ!? しゅごいですううううううう」

 ――――
 ――
 ―

 後日、俺は初めて編集というのを御崎に教えてもらって動画を投稿した。
 以下は、後日のコメントと映像、そして俺の生反応である。

 タイトル『アトリ、ドラちゃんを白い液体に沈めてみた』

 初めてのドッキリだ。サムネもこだわっているので、これは再生されるはず。
 まずは挨拶だ。

「会えない時の為に、おはようこんにちはこんばんは、どうもアトリです」

『キター! 初ドッキリ?』『なんか過激じゃない?』『ちょっと怖い……』『主どうしたの?』

 明らかにコメントが不安そう。少しやりすぎたか? と思ったが、たまには趣向を凝らしてみるのもいいだろうと。

「今日はいつも頑張ってくれている精霊ドライアドっちこと、ドラちゃんに、ドッキリを仕掛けたいと思います!」

『白い液体ってまさか……』『アトリどうしたんだwww』『おい、これやばくねえか?』『削除されるぞ!』

 もう我慢できねえんだ。


 ダンジョンに入ると、俺はトイザラソで購入した物を置いた。

「ご主人ちゃま、これはなんでちゅか?」
「頑張ってくれているご褒美で家を買ってきたよ。ほらドラちゃん」
「いえ? 家ってなんでちゅか?」

 店で売っていた一番大きいサイズ。ドラちゃんは凄く小さいので、広々と暮らせるだろう。

『これってもしかして?』『懐かしいw』『あれ、ドッキリの雰囲気が変わって来たぞ』

 そしてドラちゃんは、玄関を開けた。

「はわはわわわ、なにこれ素敵、素敵、素敵ですぅ!」
「ははっ、そうだろ。喜んでもらえて良かった」

 そうなんと、俺が買ってきたのは――リコちゃん人形の家だ。
 大きな家で、風呂にトイレ、バスタブまで付いている。

 ちなみにベットはキングサイズ。更に家具付きだ。
 ドラちゃんは多分女性、というか女の子風貌なので、喜んでもらえると思った。

「中も、中も綺麗ですう!」

『ドラちゃん可愛いw』『夢の一軒家!』『アトリやるな!?』『でも、白い液体ってなんだ?』

 喜ぶドラちゃん、そして俺はいくつもの瓶を取り出した。
 臭みがなく、良い匂いがして、肌もツルツルになると言われているものを厳選した。

「ほら、ドラちゃん」
「はい? ご主人ちゃま?」
「服を脱いでくれ」
「え、えええ!?」

 物陰でこそこそと脱ぎ始めるドラちゃん、当然、動画には映していない。
 ドラちゃんは木を枝みたいなのを身体に巻き付け、肌を隠している。もちろん俺は脱ぐところを見ていない。ここ重要です。

「では、白い液体を入れていきます」
 
 俺は湯舟に――白い液体をゆっくりと湯舟流し込む。
 そう、誰もが一度は夢見る『ミルク風呂』だ。

「はわはわ、ナニコレ良い匂いです!」
「どうぞ、入って見て」
「はいっ! ――あ、気持ちいいでちゅ」
「良かった。喜んでもらえて」

 ちゃんと人肌、いやドラ肌程度に温めておいた。
 昔アニメで見たが、ずっと羨ましいなと思っていたのだ。ドラちゃんにはこれからもお世話になるだろうし、ダンジョン内でしか生きられないという彼女にとって住居は大切だ。
 ご主人ちゃまとして、住環境を整えてあげるのは当然のこと。

『白い液体ってこういうことかw』『ミルク風呂羨ましい』『ドラちゃんの恍惚な表情で白米いける』

 ドラちゃんにサプライズプレゼントは大成功。動画も大成功だった。


 ちなみにおもちと田所がうるさかったのでジェソカを買ってあげたのだ。
 二人が遊ぶその動画も撮影し、投稿、それはなんと五十万再生を超えた。

 しかし悪意ある切り抜きがそれを超えてしまう。


『悲報、フェニックスの飼い主である噂の子供部屋おじさん、幼女にセクハラ』

「ドラちゃん、服を脱いでくれ」
「えええ!?」

「白い液体を流し込んでいいか?」
「ふええええええ!?」

 連日の炎上……配信者って難しい……。
「凄い、凄い、凄い、凄いいいいいいい!」
「セナちゃん、落ち着いてね。あんまり走り回ったらダメよ」
「はい!」

 雲一つない晴天、とある田舎まで電車でやって来た俺たちは、ミニモンスター放牧場と書かれた看板の横を通っていく。
 雨流が目を輝かせながらソワソワしているが、御崎が手を繋いで落ち着かせる。

 ……たまの休みに遠出する親子かて!

「キュウキュウ」
「ん? ああ、わかった。でもあんまり遠くへ行くなよ」
「ぷいーーっ!」

 久しぶりの外ということもあって、おもちが田所を乗せて空高く舞い上がった。
 ゆっくり羽根を伸ばしてもらおう。
 
 さて、今日はやることがいっぱいある。

 ツナギを着て作業をしている人たちが大勢いた。
 話はしていると佐藤さんが言っていたが、本当に大丈夫だろうか。

 というのも、ここは一般人向けの施設ではないからだ。
 入口の宿舎へ向かうと、俺に気づいた若い男性が小走りで駆け寄って来る。

「山城さんですか?」

 温和な風貌で帽子を被っている。首にはタオルを巻いていて、手にはバケツだ。

「はい、佐藤さんの紹介で来たんですが、宜しくお願いします」
「よろしくお願いします! 僕の名前は剛士《たけし》です。あの人たちは……お連れ様ですか?」

 少し離れた場所で、雨流と御崎が柵越しに魔物を見つめている。

「そうです、予定になかったと思うんですが、大丈夫でしょうか?」
「いえいえ、構いませんよ。いいですね、家族って見ているだけで幸せになります!」
「あ、いや……家族じゃないんです」

 咄嗟に返答してしまったが、余計にややこしくなったのかもしれない。
 御崎は雨流の手を繋いで、「ほら、あれだよ」と魔物に指を差している。どうみても親子、どうみてもママ。

「あ、そうなんですね……今は色々ありますもんね。僕の親も離婚したんですが、たまに皆で集まったりしてるんですよ。離れても家族は家族ですよね!」

 間違いなく誤解している。離婚してたまに娘に会わせてもらってるパパみたいになってる?
 てか、この人早とちりレベル高くない?

「いや、血の繋がりもないので、家族でもないですよ」
「あ、そうなんですか……でも、僕も連れ子なんですよ。血の繋がりなんて、関係ないですよね!」

 俺の言い方がまずかったかもしれない。しかしエンドレスで話が続きそうなので、諦めて本題に入る。
 今日ここへ来たのは、ミニグルメダンジョンで飼う家畜魔物を譲ってもらいにきたのだ。
 精霊のドラちゃんも平和な魔物が大好きらしく、できるだけ小さな魔物、それも家畜系を探しにきた。

「さっそくですが、ミニモンスターを見させてもらえませんかか? 初心者なので、まだ何もわからないんですが」
「……家族に必要なのは絆……だよな……僕が間を取り持って……彼らを本当に家族にしてやるんだ……」
「剛士さん、あの、聞いてますか?」
「……剛士、お前ならやれるはずだ……。――え? あ、はい! すいません! もちろんですよ! ではご案内しますので、こちらへ!」

 なんだか面倒なことになっているな。まあでも、気にしないでおこう。
 雨流と御崎は、施設の人に魔物の触れ合いをさせてもらっているらしく、俺だけ説明を受けることになった。

 奥へ進むと、テレビで見たことがある牛舎があった。といっても、明らかに小さい。
 ここはダンジョンの崩壊で逃げ出した弱い魔物や、突然変異で小さくなった魔物を保護して育てているとのことだった。
 もちろん慈善事業ではなく、実際の放牧業と同じことをしている。

「これはミニウシと呼ばれる魔物です。元々は放牧ダンジョンに生息していたんですが、ダンジョンコアが経年劣化により崩壊、ペット探索者ハンターが保護し、僕たちが買い取りました」

 大きさは、豚か犬くらいか。見た目は完全に牛で、模様も綺麗だ。「モオー」ではなく、「モ?」と鳴くのが少し気になる。
 何で疑問形?

「続いてこちら、コニワトリです。濃厚な卵を産むので、非常に人気がありますね。一つでご飯三杯はいけます」
「三杯……凄まじいですね」
 
 思わず胃袋が刺激される。それから「コヒツジ」も紹介してもらった。肉が柔らかくて、繁殖も早いらしい。毛皮も高級品とのことだが、解体とかになってくると流石に俺には出来ないが、温厚でダンジョンの有害な魔力を食べてくれるらしい。

 さらに奥に進むと……大きな放牧場が広がっていた。草原が、大きな柵で囲まれている。
 馬に紛れて……岩っぽいのが?

「もしかしてあれってゴーレムですか?」
「ミニゴーレムです。温和で優しい生き物ですよ、知能も高いので僕たちの言葉もわかってもらえます。魔物って怖い印象がありますけど、そうじゃないのもたくさんいるんですよね」

 剛士さんは、優しい目をしながら笑う。そのとき、わかった。
 ああ、この人、本当に魔物が好きなんだな、と。

「僕もわかります。おもちと出会う前、怖い感情はあったんですが、今は愛おしくてたまらないです」
「あああ! そうだ! おもちさん! 後でその……近くで見させてもらえませんか!? それに田所さんも! 実は僕ファンで!」

 剛士さんが、突然テンションが上がってスマホを見せてくる。そこには俺の動画が映っていた。
 でも、履歴には切り抜きの『ドライアド沈めてみた』の炎上が。これは事前に消しといて!?

「ありがとうございます。見てくれていたんですね」
「はい! もう最高ですよね。何度もリピってます。いずれ僕も配信しようかなあと思ってまして」
「はは、いいじゃないですか。放牧場、僕の動画で紹介しますよ」
「本当ですか!? 嬉しいなあ! あ、でも……今はちょっと動画は危険かもしれないか……」

 突然、遠くを見ながら悲し気な目をした。理由を訊ねて見たが、何でもないです、すみませんと返されてしまう。

「では譲渡手続きがあるので、続きは事務所でいいですか?」
「はい、わかりました」

 あの意味深な表情と危険という言葉、一体なんだったんだろうか。