「あついよー! あついよー! 撃たれたー!」
スライムは無傷のまま、泣き叫んでいた。
「……なんだコイツ……」
「もしかして、炎に対して無敵ってこと?」
「いや、流石におもちのブレスはそんな生易しいもんじゃないぞ」
『このスライム……強い!』『おもちが……負けただと!?』『炎タイプっぽく見えるけど、どうなんだろう』
「仕方ない。おもち、もう一度炎のブレスだ!」
「キュー!」
「わー! しんじゃうッ、しんじゃうー!」
再び放たれる炎のブレス。二度、三度、四度。
「やーめーてー! やめてー!」
だが、結果は同じ。倒すどころか、傷つけることすらできない。
怯えたスライムはやがて俺たちから離れていく。
「おい、逃げるなッ!」
「ひゃあああ」
が、逃げ足は遅いので、んしょっんしょっと、離れようとしたところを手で掴んだ。
……あれ? 弱いのか??
『貧弱すぎる足』『代走してあげてくれ』『おばあちゃんぐらい遅いw』『ニッチローなら二塁はいけてた』
「ったく、炎に強いだけか」
「じたばたー! じたばたー!」
「黙りなさい。御崎、このまま何かに詰めて持って帰るか?」
「そうね、タッパがあるから入れてみる?」
「ああ、そうしよう」
「やめてー! 窒息死しちゃうー!」
ぎゃあぎゃあとあまりにうるさいので、一旦地面におろす。
それでもまだ騒ぐので、もういいよと言ったら、今度は仲間になりたそうな目で見つめてくる。
何なんだコイツは……。
『これは面倒な構ってちゃん』『メンヘラスライムか……あり』『可愛いから許してあげようよ』
結局俺たちは、スライムの身の上話をなぜか聞くことになった。
「ボク、幼いころの思い出があって、お母さんに――」
「おもちは羽は寝心地がよいなぁ」
「ほんと、眠れそう」
「って、誰も聞いてない!?」
本当に1からだったので、放置していたら、今度はスライムに怒られる。
「手短にしてくれ」
「ぐすん……。えっとね、気づいたらここにいて……多分、フェニックスの炎の魔力に釣られちゃったんだ」
なるほど、もしかするとサイクロプスもその可能性があると、御崎と話していたところだ。
弱肉強食の本能と言うべきだろうか。
「ほう、ならどこから来たんだ?」
「地下45階くらいかな? あ、6かも」
「45……?」
びっくりして、思わず御崎と顔を見合わせた。このダンジョンは初心者に優しいとはいえ、それは浅い階層のみ。
スライムの言葉が真実なら、”S級探索者のみ”しか許されないフロアで生息していたことになる。
『まじ?』『流石に嘘だと思う』『うーん、信用するものがない』『嘘っぽい』『でも、おもちの攻撃は防いだ』
コメントも否定的だ。確かに俺も信用できないが、おもちの件は同意。
「本当か?」
「嘘じゃないよ! 本当なの!」
いくら炎タイプとはいえ、ブレスを防いだことは紛れもない真実だ。
嘘か本当化は別として、それ相応の能力はあるのだろう。……でも、なんで戻りたくないんだ?
「あの場所、皆ギラギラしてて殺意高いし、たまに人間が来ても警戒マックスだから話かけたら逃げられちゃうし、もう嫌なんだ! ボクだって、外の世界みたい!」
なるほど……そりゃ、一つのミスも許されないと言われている最下層で話しかけてくるスライムがいたら怖いだろう。
俺でも無視する、というか殺されると思って逃げるな。
そう言われると、至極真っ当な答えだ。チラリと御崎を見る。まあ、好きにしたら? という表情。
「おもち、どうす――」
「キュウキュウ♪」
するとおもちは、スライムに向かって羽根をこすりつける。……なるほどね。
確かにずっとおもちが一人だと可哀想だと思っていた。お留守番の時にも、友達がいたら寂しくないだろう。
「よし、だったら今日から俺たちは仲間だ。けど、そのためにはテイムが必要だ。それでもいいか?」
「もちろん! わーい!」
まったく、変なやつだな。
俺はおもちの時と同じように手をかざす。
右の甲が光輝き、探索者専用の印が浮かび上がる。そしてそれは、スライムの額にも一瞬だけ浮かび上がった。
『キター!』『名前何になるんだろうか』『メンヘラスライム、略してメンスラにしよう』
『二人目だー!』『てか、おもちとこのスライムめちゃくちゃ強くね?』『声が可愛いから好き』
契約が終了。これで、テイム完了だ。
そういえば、レベル差がありすぎるとテイム出来ないと聞いたことがあるが、おもちとスライムは問題ないな。
『スライムのテイムが完了しました。ステータスをオープンしますか? はい/いいいえ』
次の瞬間、メッセージが表示された。
普通は出ると聞いたことがある。なぜかおもちの時は見れなかったが、なんせ、人生で二人目だ。
はい、をクリック。
名前:ファイアスライム。
生息地:始まりのダンジョン最下層
レベル:非常に高い。
魔法:擬態。
忠実度:非常に高い
一言:甘えん坊の構ってちゃん。
……レベルが非情に高いってなんだ。なんか曖昧だな。
ってか、やっぱり甘えん坊なのかよ。
「阿鳥、お疲れ様。それと、スラちゃんは具体的に何が出来るのかしら?」
早速スラちゃんと略してるのは気になるが、御崎の言う通りだ。あまり考えていなかったが、見た目の可愛さと防御力だけか?
持ち上げて見ると、ゼリーっぽくて気持ちがいい。
人生を駄目にするスライムみたいな活躍で椅子になってもらおうかな。
「変身が得意だよ! この声も、人間の声帯模写なんだ!」
「ほかには?」
御崎の問いかけに、スライムは「じゃあ、みてて!」と可愛い声を出した。
突然俺の背中にくっつき、その形態を変化させていく。そして、赤い羽根のようになった。
炎がメラメラと燃えているが、炎耐性(極)の俺にはまったくが問題ない。中和スキルがなければ、おそらく燃えているだろうが。
「おお、格好いいじゃないか。で、これって?」
『もしかして……まじ?』『飛べ、飛ぶんだジョー!』『スライム、使える……!』
しかし変身している時は会話することができないらしく、俺の脳内に直接テレパシーが流れ込んでくる。
ご主人様――――――いくよ!
次の瞬間、俺は高く舞い上がるった。地面が遠ざかって、御崎とおもちが小さく見える。
空を――飛んでいる。
「すげえ……」
古来より人は空を飛びたいという願望がある。
それによって飛行機、果てはスカイダイビングなんてものまであるのだ。
俺はその願いが、予想外にも叶ってしまった。
『凄いでしょ? ボク、変身できるんだ!』
「ああ、正直見くびってたよ。めちゃくちゃ凄いじゃないか」
『えへへ、あ、でも、思ってたより空飛ぶのって難しい』
すると羽根はバタバタとし始める。
「おい、スライム!? 大丈夫か?」
『あ、えあ、お、落ちるうううううううううう!?』
「って――おい――おい!?」
赤い羽根の変身が解け、徐々にスライムに戻って行く。
当然――自由落下。
「うわああああああああああああああああ!?」
「――動かしてあげるッ!」
しかし寸前のところで御崎がスキルで助けてくれた。
おもちも助けようとしてくれていたらしく、羽根を広げている。
『主、死んだかと思ったwwwwww』『消えたかと思ったら天高く舞い上がってて草』『もうすぐでダーウィン賞だった』
「……スライム、クビだ」
「えええ!? ごめんなさいッごめんなさいッ!」
そうして俺たちに、甘えん坊でドジな構ってちゃんのファイアスライムの仲間が増えたのだった。
俺は信じられないものを見ている。
弱小と呼ばれているスライムが、オークやロプスちゃんをバタバタとなぎ倒しているのだ。
それもどう見ても弱そうな体当たりで。
「ガアアアアアアッ!」
「えいッ」
獰猛な魔物たちは、次の瞬間、炎で燃え盛りながら悲鳴をあげて倒れ込む。
生息していたのが地下四十五階というのは、おそらくガチだろう。
あまりにも強い、強すぎる。
『このスライム只者じゃねえw』『声のトーンと威力が一致してないんだが』『体当たりでS級までいけそう』
「どう、ボク、どう!?」
褒めてと言わんばかりに、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
配信も大盛り上がりだ。
その後ろから、別のロプスちゃんが現れた。
もはや驚きはなく、相手が可哀想だと思いはじめていたが。
「キュキュ!」
その時、おもちが負けじと飛行し、炎のブレスでロプスちゃんのお腹にどでかい穴をあけた。
そして死体に向かって、御崎が嬉しそうに近寄り、スキルで死体を浮かせたあげく、器用に魔石を取り出す。
「大量♪ 大量♪」
恍惚な表情を浮かべる御崎、飛行しながらロプスを倒すおもち、体当たりしながら敵をなぎ倒すスライム。
あれ、俺……いらなくね!?
いや、この人たちの適応能力高すぎッ!?
まずい、このままでは俺の存在意義が……あと、配信での立場が……。
「君たち、集合!」
『このパーティ、最強にて』『明日にはトレンド入りしてそうだな』『このままボスまで突っ走れ』『アトリ、必要ない……?』
「キュウ?」
最強トリオを呼びつけ、事前に受けていた注意事項を思い出させるように伝える。。
初ダンジョンの入場は、制限時間が設定されているのだ。
俺が帰りたいわけではない。これは本当に。
「悪いがそろそろ時間だ。魔物を倒し過ぎるのも、生態系が崩れて危険だと聞いたこともある」
「そうね。鞄に魔石も入りきらないし、今日は帰りましょうか。それにしても阿鳥、あなた役立た――」
「さあ! 帰るぞ! 魔石は俺が持つ!」
御崎が言っては言けないことを言いそうだったので、言葉を遮る。
おもちとスライムに威厳を保つためにも、できるだけ頑張らないと。
『必死感伝わる』『みなでいうな……』『負けたことがあるのが財産になるやつ』
全てが終わり、俺たちは最後の挨拶をして配信を止めた。コメントは今までで一番多かったので、間違いなく大成功だ。
ただ、バッテリーが無くなりそうだったので、今度はモバイルチャージャーでも持ってこようと学んだ。
出口へ戻る前に、スライムに視線を向ける。
「本当にいいんだな? 次にいつここへ戻って来るかわからないし、テイムされている以上、一緒に暮らすことになる」
「了解でありますッ!」
「キュウッ!」
すでにおもちとファイアスライムはニコイチみたいになっている。とはいえ、擬態は予想以上に凄まじいかもしれない。
さながら俺は芸能マネージャー気分。
売れっ子を抱えれば、将来も安泰!?
いずれは阿鳥ーズみたいな会社でも作るか! スローライフするにも、基盤が必要だしな。
がははは!
「ふ、御崎、お前を副社長にしてやってもいいぞ」
「よくわからない妄想をぶつけないで。あと、ニタニタ笑ってて気持ち悪い。わかってる? あなたが一番弱いし、役立たずなのよ」
「ひえ……」
三十五倍ぐらいの反撃を返されてしまい、瞳から涙が零れそうになる。
何でそこまで言うの!?
「ご主人様は弱いんですか?」
「やっぱりここに置いて帰ろうかな」
「ええ、そ、そんなーッ!」
「嘘だよ。じゃあ、みんなで帰ろうか。初ダンジョンは大成功ってことで、ありがとな」
◇
「阿鳥、お酒まーだー?」
「冷蔵庫にあるから自分で取ってくれよ……」
「魔石を眺めてるので忙しいの~」
「それ何もしてないって言ってるのと同じだぞ」
自宅に戻って打ち上げをすることにした。
御崎は魔石をずっと眺めている。確かに綺麗だ。てか、女性っぽいところもあるんだな。
「うふふ、いくらで売れるかな? おもっちゃん、スラちゃん!」
「キュウ?」
「ぷいぷいっ♪」
あ、そっちね……。そして驚いたことに、ファイアスライムは言葉をしゃべらなくなった。
いや、喋れなくなったというのが正しいのだろう。
ダンジョンの外は魔力が少ないらしく、それで喋れなくなるかもと最後に教えてくれた。
声帯模写はそれだけ消費するのだろう。
とはいえ、何の問題もない。むしろ、静かでありがたいと思ってしまった俺はひどいかもしれない。
「ほら、うどんだぞー。今日は豪華にきしめんだ!」
「キュウー!?」
「ぷいっぷいっ♪」
がっつくおもちとファイアスライム。姿かたちは違うが、兄弟みたいだ。
もしくは姉妹か。
「ほら、御崎」
「えへへ、ありがとー! おつまみは?」
「うどんだ」
「またあ!? 少しはお金使おうよー」
「支援してもらえるとはいえまだ俺たちは無職なんだぞ。節約は基本だろ」
「けちー、けちー」
まったく、駄々をこねるところは子供っぽい。けれども、彼女のおかげで俺は仕事を辞める決意もできたし、こうやってダンジョンもクリア出来た。誰よりも感謝している。
「おもっちゃーん、スラちゃーん♪ かんぱーい♪」
「なあ御崎」
「んっ? んっ……どうしたの」
お酒をぐびぐびと飲む御崎。改まってお礼を言おうと思ったが、なんだか恥ずかしくなる。
「いやその……ありがとな。ダンジョンにも着いてきてくれて」
「ふふ、てか顔赤すぎ。阿鳥ちゃんは恥ずかしがり屋だねえ」
「うるせー」
「――私のほうこそありがと。毎日ストレス抱えるより、こうやって笑い合える方が性に合ってるわ」
「確かにな。――そういえば御崎、スライムに名前を付けてあげてくれよ。スラちゃんってのも、なんだかな」
んーっ、じゃあねえとスライムを見つめる御崎。
おもちと関連性のある名前がいいな。そういえば彼女のセンスを俺は知らない――。
「田所さんにしよう。ね、たどちゃーんっ!」
「たど……ころさん?」
「うふふ、いいでしょー?」
絶望的だ。ありえない。おもちと田所は流石に……。
「却下だ」
「え、なんでえ!?」
「わけがわからなすぎるだろ。なんだ田所さんって……」
「近所にいたおじいちゃんなんだけど、スラちゃんに似てるんだよね。温和な感じが」
「おじいちゃんには悪いが、流石にそれは――」
「ぷいっぷい~♪♪♪」
しかしスライムは、いや田所はご機嫌で、御崎に頬ずりをしはじめた。
え、いいの? その名前でいいの? おもちと田所だよ?
「ほら! たどちゃんも嬉しいって!」
「いいの? 本当にいいの? 取り返しがつかないぞ?」
「ぷいぷいっ/////」
嬉しくてたまらないらしい。
まあでも、本人が喜んでいるならいいのか。
「なら田所、これからよろしくな」
「ぷいっ!」
「たどちゃーんっ♪ おもちゃーん♪」
こうしてファイアスライムこと田所が、俺と御崎とおもちの間にやって来たのだった。
「調べさせてもらったところ、田所さんはやはり最下層の魔物で間違いないそうです」
小さなキャリーに入ってスヤスヤと眠っているスライム、もとい田所。
俺は大和会社の紹介で魔物研究所に来ていた。
ファイアスライムの情報がネットでは載っていなかったので、詳しく調べてもらったのだ。
世界でもテイムした人の情報はなく、更にいえば言語を喋るなんて考えられないとのことだった。
「魔力が満ちた状態だとしても、声帯模写なんて高等技術は普通ありえませんよ。おもちさんもわからないことだらけですが、田所さんはもっとわかりません」
正直、田所さん田所さんと真面目に発言する研究員には少し申し訳なく、ちょっとおもしろかった。
いや、申し訳ない。
「そうですか……わかりました。いえ、色々とありがとうございます」
「田所さんから許可を得てサンプルも頂いたので、もう少し調べてみます。あと、頼まれていた部屋ですが、許可が下りたのでご自由にどうぞ。おもちさんは既にいらっしゃるみたいですが」
「本当ですか!? ありがとうございます! よし、田所! いくぞ!」
「すぅすぅ……ぷいっ?」
◇
「よし、まずは準備運動。ラジオ体操第一はじめーっ!」
「キュウキュウ」
「ぷいぷいっ」
スマホから流れる音楽に合わせて、念入りに柔軟運動を始める。
スライムは、ほとんど液体なので必要ないと思うが、本人がやる気なのでいいだろう。
今いる場所は研究所内にある大型訓練室だ。
体育館ほどの大きさで、無機質で真っ白な箱の中という感じ。
元々は大型の魔物を研究する際のスペースだったらしいが、使わせてほしいと無理を言って頼みこんだ。
前回の初ダンジョンで、俺は思い知らされたからだ。
「キュイキュイっ♪」
器用に羽根《て》を動かして運動をしているおもち。
適応能力、ほんと化け物だだな。
「ぷーいぷいっぷいぷいー!」
うん、このスライムも変だ。
◇
準備運動を終えて、本格的に特訓を開始した。
「おもち、最初は軽めに攻撃を頼む。徐々に慣れてきたら威力を上げてくれ」
「キュウ!」
「田所、合体だ!」
「ぷいーーーっ!」
おもちは羽根を羽ばたかせ、高く舞い上がった。
炎中和スキルを少し解除したので、熱波が周囲にまき散らされて、壁に付けられた温度計が上昇していく。
田所は俺の指示通りに手に巻き付い後、イメージ通りに変化していく。
「ぷいぷいっ」
姿かたちを変えて、徐々に手に馴染んでいくと、メラメラと燃え盛る炎の剣となった。
命名『田所ソード』。
昔やっていたゲームの剣にそっくりで、それこっそりを田所に見せてお願いしていたのだ。
ダンジョンの外なので、田所の魔力は少し弱く感じるが、それでも高密度な魔力量で漲っているのがわかる。
「よし、田所ありがとな。――準備オーケーだ! おもち、いいぞ」
俺の掛け声に合わせて空中で飛び交っているおもちが、もの凄い速度で下降しはじめた。
その直後、嘴からとんでもない威力と笑えない速度の炎のブレスが発射される。
「ちょ、ちょっとタンマ!?」
あまりの強さに驚いてしまい回避、ブレスは地面に直撃してメラメラと燃えた。
しかし数秒後、何事もなかったかのように元に戻って行く。
「すげえな……これが最新の施設か」
ここはダンジョンに使われているテクノロジーを利用しているらしく、自己修復機能を持つ生きている建物らしい。
研究員は形状記憶みたいなものだと言っていたが、俺にはさっぱりわからない。
ただ一つ確かなことは、おもちが全力を出しても、周りに影響しないということだ。
「キュウキュウ……」
「すまねえおもち、ちょっとびびっちまった。もう一度頼む! もう逃げねえから!」
以前のダンジョンで俺は思い知らされた。
おもちの強さ、田所の破壊力、御崎のスキルと冷静さ。
そのどれもを持ち合わせていない俺は、本当に役立たずだった。
いくらスローライフが送りたいと言っても、何かも他人任せで生きられるほど能天気じゃない。
炎耐性を持つ俺は、田所の擬態にデメリットなしで合体することができる。
更に田所と合体したことで、魔力が何倍にも膨れ上がることを知った。
つまり俺も、努力次第でやれる。
いつおもちや御崎が危険な目に合うかもしれない。その時に、ただ指を咥えて立ってるなんてありえない。
「キュウウウ! ――ピイイイイイイイイイ!」
おもちが下降。鋭い炎のブレスが、俺目がけて発射された。
マジで手加減なし。風圧と熱が、乾いた空気を切り裂いていく。
「望むところだっ! これでも、ジュニア時代はホームランバッターだったんだッぜッ!」
そして俺は逃げずに、勢いよくブレスを打ち返した。弾き飛ばされた炎は天井にぶち当たると、拡散して燃え散っていく。
しかし続く二発がうまくさばききれず、肩に当たってしまった。
「く――がぁっあああっっっ!」
あまりの威力に吹き飛ばされてしまう。炎耐性(極)があるとはいえ、物理的なダメージは防げない。
田所によって防御力を底上げされていなければ、骨折していたかもしれない。
剣を杖にして、よろよろと立ち上がる。
「キュウ……」
「へへ、すまねえ。よし、もう一回だ。田所、そのまま頼むぜ」
(ぷいぃ~……)
テレパシーのように田所が心配してくれているのもわかる。
けど、ここで諦めるわけにはいかねえ。
「よしこい、おもち!」
「キュ、キュキュウ!」
俺の気持ちに呼応したおもちは、再び舞い上がる。
そうして俺は、何度も何度も特訓を重ねた。
◇
「阿鳥っー、ここにいるって聞いたけど」
「キュッ!?」
おもちの放ったブレスが、突然現れた御崎に直撃しそうになる。
「おらよっおおおおおおお!」
しかし俺は急いで地を蹴り、炎を田所ソードで見事に弾き返した。
特大ホームラン、満塁サヨナラだ。
「ふう、あぶねえ……」
「びっくりした……。って、阿鳥、服どうしたの!?」
「え? うおおおおおおおおお!? な、なんだこれ!?」
気づけば炎に焼かれてしまっていたのか、服が穴だらけになっていた。
大事なところはかろうじて守られているが、もはや全裸に近い。
「キュウ……」
申し訳なさそうに近づいてくるおもち。
気にするなと頭を撫でる。
「ありがとな。おもち、田所、おかげで強くなれたぜ」
「ぷいっ」
その様子を見ていた御崎が口を開く。
「もしかしてずっとここで特訓してたの?」
「ああ、って、もうこんな時間か」
「ぷいっ♪」「キュウキュウ!」
田所はスライムに戻ると、少し疲れたのか俺の肩に乗る。おもちはぐでんとその場でしゃがみ込んだ。
「魔石はどうだった?」
「一つ一つはそこまで高くなかったけど、数が多かったからまとまったお金になったよ」
見せてくれたスマホの画面には、それなりの金額が振り込まれていた。
税金関係もあって会社を作る予定だ。御崎と金銭で揉めたくもないし、それが一番だろうと話し合った。
「このまま法人化の手続き進めておくけど、いい?」
「ああ、何もかも悪いな」
スローライフを目指すほど忙しくなってる気がするが、これも仕方ないことだろう。
そういえば、さっきから体がなんだかむず痒い。
「なんか阿鳥、もじもじしてない?」
「ああ、なんか痒くて――」
その瞬間、俺の脳内にアラームが響き渡った。今まで聞いたことがない、電子音だ。
『ピンポロンピンポロン、経験値を得たので、炎耐性(極)のレベルが上がりました♪』
「何だこの声?」
「え? どうしたの? 声って?」
どうやら御崎には聞こえてないらしい。レベル? 何の話だ?
『新たな耐性スキルを習得完了。山城阿鳥は、炎を”充填”出来るようになりました』
……はい?
「えーと、175番は……ここか」
男性更衣室と書かれた暖簾《のれん》をくぐって中に入ると、もの凄い数のコインロッカーがいくつも並んでいた。
指定された番号の前で止まり、カードキーを差し込んで、水着に着替える。
「キュウキュウー」
「ぷいぷいっ」
視線を落とすと、おもちと田所も裸になっていた。いや、最初からか。
特訓を終えた俺たちは、汗と汚れを流すため、温泉にやって来た。
「つうか、すげえな……あれってゴブリンだよな。うお、ハムスターみたいなやつも。あれも魔物なのか」
更衣室には、ペットと思われる魔物が大勢いた。
ここは『マモワールド』と呼ばれる超巨大温泉施設。
人間の男女だけではなく、魔物も湯舟に漬かることができる。
そして――混浴だ。
ただし注意事項がいくつかあって、人間は水着着用が必須で、巨大な魔物が入れる湯舟は限定されている。
ロプスちゃんも入れると医師から聞いたが、どんだけデカいんだ……?
入場料はその分高く設定されているが、ダンジョンでの疲れを癒しにくる探索者が多いとのこと。
「行こうか、おもち、田所」
二人に声をかけ、さっそく温泉へ向かう。
横幅も広く、天井も高い通路を抜けると、さっそく身体を洗うことができるシャワーやお湯の入った壺が置いていた。
「なるほど、掛け湯か。おもち、田所こっちに来てくれ」
「キュウッ」「ぷいっ」
ゆっくりと二人にお湯を流すと、気持ちよさそうな声、そして表情で頬を緩ませた。
炎タイプなので、温かいお湯はマッサージみたいに気持ち良いらしい。
「キュウゥ……」「ぷぃ……」
「はは、気持ちいいか。けど、温泉に入ったらこんなもんじゃないと思うぞ」
自分も被って準備万端。
どうやら露天風呂もあるらしく、子供のようにワクワクする。
「お待たせー」
そこに現れたのは、豊満な胸の谷間を露出させている水着姿の御崎だった。
スタイルが抜群に良く、さっき近くにいたゴブリンとそのご主人が見惚れている。
上下ビキニで小さなリボンの突いた黒い水着だ。
「エロいな……、いたっ!? 頭を叩くなよ……」
「お約束しないで。おもちゃん、たどちゃん、いこっかー♪」
二人の手を掴んで前に進んでいく。といっても、スライムは手なんてないが、むにゅっと中に入り込んでいる感じだ。
まるで二人のお姉ちゃん、いやお母さん?
「ほら、阿鳥も行くよ」
「はい、ママ」
「もう一回殴っていい?」
「ごめんなさい、お母さん」
パアアアアアンっと、乾いた音が鳴り響いた。
◇
「はにゃー、最高だにゃー」
湯舟に漬かりながら、頬を緩ませ今にも溶けてしまいそうな御崎。
こうしているときは可愛いんだよなあ。
でも、確かに気持ちがいい。
「お、ここに効力が書いてあるぞ」
*魔力が染み出ている温泉です。
血行促進効果。
魔力補充効果。
疲労回復効果。
「ほお、色々あるんだな」
「キュウキュウ♪」「ぷいぷいっ」
おもちとスライムは初めての温泉なので、テンションも上がっている。
二人はお湯をかけ合いながら、バシャバシャと遊んでいた。
「はしゃいだらダメだぞ」
「キュウ♪」「ぷいっ♪」
しかし止まらない二人。次第にヒートアップしてしまい、お湯が御崎の顔面にかかる。
「……静かにしなさい」
次の瞬間、”動かしてあげる”で空中に浮いた二人。
「キュウンナサイ……」「ぷいんね……」
温泉ではしゃぐ子供と怒るお母さんみたいだなあと思ったが、頭のたんこぶがこれ以上膨らむと怖いので黙っていた。
「そういえば調べたけど、炎の充填、なんてスキルは世界でも確認されてないみたい。スキル管理局にも問い合わせたから間違いないと思う」
「ああ、すまないな。だったら地道に調べてみるしかないか」
スキル管理局とは、世界中で確認された魔法が登記されている機関のことだ。
レベルが上がる、というのはめずらしいが聞いたことのある話。だがそれは個人によって様々なので、俺は使い方がわからなかった。
「急ぐものでもないし、ノンビリ考えてみるよ」
天井を見上げると、大きなファンがぐるぐると回っている。
おもちと出会って、配信を初めて、会社を辞めて、ダンジョンに行って、レベルがあがって。
社畜の時と違って精神は安定しているが、慣れないことが多くて疲れもある。
そんな今だからか、温泉の温かさが身体と心にしみわたる。
「まあ、そうね。のんびりってこんなにも気持ちよかったんだね」
御崎も笑みを浮かべていた。田所をぬいぐるみのように抱きしめている。
豊満な胸に挟み込まれている感じで、ちょっと羨ましい。
「阿鳥のおかげだよ。ありがとう」
「いや、俺のほうこそ。御崎といると楽しいよ」
咄嗟に返事を返したが,何とも言えない恥ずかしさがこみ上げてくる。
御崎も同じらしく、頬を赤らめていた。
「……そ、外湯に行ってみるかあ!」
「う、うん。おもちゃん、たどちゃん行こっか?」
◇
「ちょっとサウナに行ってきてもいいか? 御崎はあんまり好きじゃないんだよな」
「うんー。じゃあ、たどちゃんと一緒にここにいるう」
「ぷいっー」
露天風呂を楽しんだのち、俺とおもちはサウナへ行くことに。
田所はなんだかんだで御崎と仲が良い。
入口の扉を開くと、中では魔物と人間が座って汗を流していた。
その前にはテレビが設置されていて、アメリカから誰かが来日したとか、そんなのが画面に表示されていた。
このあたりは普通の温泉の施設と変わらない。
「おもち、敷タオルがいるんだぞ」
「キュウ」
サウナのルールをおもちに教え込む。一時期ハマっていたことがあるのだ。
炎耐性(極)があることで人より有利なのと、それのおかげで俺も熱いのは気持ちよく感じる。
「あれ、フェニックス……?」
「初めて見た……」
「羽根が可愛いな」
どうやら気づいた人がいるらしい。ただマナーを守っているのか、みんな騒いだりはしない。
タオルを敷いて着席すると、いい感じの熱波を感じた。
炎耐性(極)があっても、スキルを調節することで楽しむことができる。
「もしかし……フェニックスですか?」
その時、隣に座っていたおじさんが声をかけてきた。
さっき御崎の水着姿に見惚れていた人だ。
「はい、そうです。名前はおもちといいまして」
「キュウ!」
「初めて見ましたよ。凄いですね……。あ、うちはゴブちゃんです。名前はそのままですけど、可愛いんですよ」
その隣には、汗だく今にも倒れそうなゴブリンがいた。手にはこん棒を持っている。
……あれ、武器だよね!? え、どういうこと!?
「ああ、すみません驚かせてしまって。ゴブちゃん、ちょっと借りていいかい?」
「ゴブゴブッ」
おじさんがこん棒をひょいと取り上げると、俺の膝の上に置いた。
もの凄く柔らかいし、軽い。これは、ぬいぐるみだ。
「ゴブちゃん、これがないと落ち着かないんですよ。まあ人形みたいなもんですかね」
「すみません。表情に出てたみたいで」
「いえいえ、よく驚かせてしまうので」
おもちとゴブちゃんはすぐに仲良くなったらしく、謎の会話をしている。
「ゴブゴブ?」「キュウキュウ」
微笑ましい光景だが、何を話しているのかは凄く気になる。
「ここは初めてですか?」
「はい。どうしてわかったんですか?」
「ほぼ毎日ここに来てるんですよ。だから知っている人ばかりで」
「そうなんですね。先日、ダンジョンデビューを終えまして、ちょっと一息でここに」
「ほお、お疲れ様です。おもちさん、凄まじいデビューを飾ってそうですね」
「凄まじい、かもしれないです。確かに強かったので。ただ、僕は何も出来ませんでしたが」
見た目通り温和なおじさんだ。ゴブちゃんも大人しく、礼儀正しい。
テイムされた魔物は術者に似るというが、確かにそっくりだ。
そこから話は盛り上がり、なんとおじさんもダンジョンへ行ってると聞いた。
「遅れました。名前は君島英雄《きみしまえいゆう》と申します」
「僕は山城阿鳥《やましろ》です」
遅めの自己紹介、どこかで聞いたことがある名前だなと思いつつ、初めて出来た魔物友達に嬉しくなった。
そして話はつい最近のスキルのことに。
「ほう、充填ですか?」
「はい、でも、よくわからないんですよね」
英雄さんは顎に手を当てながら考えたあと、ぼそりと口を開いた。
「もしかするとですが、ライターみたいなものじゃないんでしょうか?」
「ライター……ですか?」
「はい、充填とは体内に留めることですよね。それを放出することができるのでは、とおもいまして。すみません、根拠はないですが」
「なるほど……いえ、盲点でした」
それが本当なら確かに凄まじいことかもしれない。
炎を出せる? 耐性しかなかった俺が? ……思わず、微笑んでしまった。
「それに山城さんは、炎耐性スキルが弱いと思っているみたいですが、特定を生かせば、誰にも負けられない戦略があると思いますよ。すいません、年長者の説教みたいになってしまいましたね」
「いえ、色々試してみようと思っていたので、いいヒントをもらった気がします。ありがとうございました」
「でしたら嬉しいです。私はそろそろ行きますね。もしよかったら、おもちさんの写真を撮ってブログに乗せてもいいですか? 恥ずかしながら、年甲斐もなくハマってまして」
「ええ、もちろん構いませんよ」
パシャ、っと撮影したあと、礼儀正しく頭を下げて消えていく英雄さん。
温泉施設でも水着を着用しているので、スマホも持ち込み可能だ。
今どきは熱にも温水にも強い。
限界がきて外に出ると、御崎が興奮気味に駆け寄って来た。
田所は胸の谷間にうずめられており、エロ目線防止となっている。
「そんなに急いでどうした?」
「さっきゴブちゃんいたんだよ! あと、君島さんも!」
「え? あ、う、うん。って、なんで知ってるんだ?」
「え? ……知らないの?」
ポケットからスマホを取り出す御崎。
見せてくれた画面には、君島さんとゴブリンが載っていた。
英雄とゴブちゃんの日々、というブログ。
閲覧数……1日100万PV!?
「毎日、ゴブちゃんとの日々をおもしろ可笑しく載せて、凄く人気なんだよ。それに、ほら。ついさっき更新された写真が!」
そこにはおもちと俺が写っていた。コメントが既に殺到している。
『おもちかわいい』『フェニックスですか? すご!』『知ってる。配信者の人だ』
「……凄いな」
「もう帰っちゃったかなあ!? サインほしかったー」
「って、これまじか!?」
プロフィール画面の追記のランクには、探索者ランクAと書かれていた。
「ぷぃにゅー」
「たどちゃん、魔物スルメが食べたいの?」
温泉あがり、俺たちは館内着に着替え、食事処のテーブルを囲っていた。
結局、英雄さんとゴブちゃんは見つからず、御崎はショックを受けていた。
ただ、同じ探索者ならばいつか会うだろうと慰めておいた。
「おもち、お腹は空いてるか?」
「キュウキュウ!」
机の上に置かれたメニューには、人間用と魔物用がそれぞれ記載されている。
「さすがマモワールド……ってか、すげえ豊富だな」
既に新作のちゅおチャールも載っている。ほかにはカリカリフードの魔物用、魔力補充が出来るジュースなど。
「御崎、決まったか? 俺はこのミノタウロスのバーガー風にする」
「んー、じゃあ私はオーガのステーキ風カツレツにしようかな」
注文は今どきのスマホで頼むスタイルだ。
ちなみにおもちは、きつねうどんが良いらしく、大盛を頼んであげた。
田所はスルメとカレーらしい。どんな組み合わせだ?
注文を待っている間、今後のことについて話し合う。
「法人化の手続きは終わったから、税金関係は私のほうで処理しとく。とりあえず以前の魔石分は経費ってことでいい? もちろん、おもちゃん達の食費はそこから出す予定だけど」
「問題なし。今すぐに必要なものもないし、利益は後回しでいいよ。ただ、いつかは田舎ででかい一軒家を買いたいなあ。そこにおもちや田所と暮らして……ゲーム三昧! 最高だ……」
机に突っ伏しながら未来の妄想をしているとつい笑顔になった。
社畜のときに比べたら、今の生活はストレスフリーだ。けれども、夢を捨てることはしたくない。
「私は考えたこともなかったけど、そういうのも楽しそうね」
御崎は田所をひょいと持ち上げながら笑みを浮かべた。こうしてる時は、ほんとただの美人なんだよなあ。
てゆうか実際、今も周囲の男たちからもささやかれている。
「なあ、あの人めちゃくちゃ美人じゃないか?」
「すげえな……前の人にいるの彼氏か? いや、兄弟?」
「てか、フェニックスだよな? それになんだあの赤いスライム?」
どうやら俺のことは誰の眼中にないらしい。いいもんいいもん、俺は必殺技を思いついたんだがな! いつかびっくりさせてやるから!
◇
「こんにちは、アトリです。そしてミサキもいます」
「はーい、今ここはマモワールドからお送りしてまーす。おもちゃんとたどちゃんもいまーす」
『ミサキちゃんダッー!』『水着姿は!?』『デートとか羨まけしからん』
『マモワールドって噂の魔物と混浴が出来るところか』『施設が広いって聞いたことがある』
料理が届くと同時に、俺たちは生配信をはじめた。「温泉以外の施設内は配信が出来るらしいよ」と、御崎が言ってくれたのだ。
俺の新ネームに誰も反応してくれないのは悲しいが、すぐにコメントは埋まっていく。
「あと、前回のスライムが僕たちの仲間になってます。名前は『田所』決定しました」
「キュウ~!」
「ぷいにゅう?」
『おもちのお風呂上り感カワ(・∀・)イイ!!』『田所って何w』『共通点がなさすぎるw』『おもちと田所』『個性的だなw』
「え……たどちゃんってそんな変かな?」
御崎は悲し気に田所のほっぺをぷにぷに。
どちらも可愛いのでコメントは大盛り上がり、名前はまあ……言及しないでおこう。
「温泉には入って来たので、今からご飯を食べるところです」
御崎に料理を映してもらったあと、きつねうどんを食べるおもちを名いっぱい楽しんでもらう。
もちろん、田所のスルメをしゃぶりつくす姿もだ。
『癒される~~~』『飯テロ』『おもちの食べっぷりはいつもいいね』『田所から哀愁を感じるw』
その時、チャット欄の右上に見たこともない赤いコメントが表示された。
10000円と書いている。
「いちまんえん……?」
『太客だ』『初スパチャ?』『盛 り 上 が っ て ま い り ま し た』
直後、これはスパチャだと思い出す。
先日無事に収益化の審査が通ったので、出来るようになったのだ。
所謂、投げ銭というやつだ。
「ええと、『USM』さん、初スパチャありがとうございます! コメントは『おもちと田所が欲しい』ですか? そう言ってもらえると、二人も嬉しいと思います!」
短めだったが、実に好意的なコメントだった。
手に入れたくなるほど可愛いのは、俺だってわかる。猫とか犬の動画を見ているとそんなコメントばかりだもんな。
しかし驚いたことに、再びスパチャが送られてくる。
またもや『USM』だ。
次は、御崎が読み上げる。
「『USM』さん、『おもちがかわいい』ですね! 確かに可愛いですよね。でも、たどちゃんも――」
10000円『たどちゃんもcute』『USM』
10000円『触りたい』『USM』
10000円『モフりたい』『USM』
50000円『揉みたい』『USM』
続くスパチャに、流石に焦り始める。最後はなんと5万円だ。
コメントも驚きを隠せないらしく、『USM』について話題は持ちきりに。
「キュウキュウー?」
「ぷいにゅっ!」
二人が画面いっぱいに映ると、更にスパチャは加速。一般コメントも『USMやばすぎw』『これはパトロン』『石油王かな?』
と、興奮気味だ。
しかし突然、『待っててね』と、最後のコメントで唐突に終わる。一体どういう意味かわからなかったが、ひとまず大成功だ。
「おもちの可愛さは世界共通かもしれないな」
「キュウキュウ♪」
――――
――
―
「それでは配信を終わります。突発だったけど、集まってくれてありがとうございました」
「はーい、皆さん、またねー!」
俺たちに続いて、おもちと田所が手も振る。
田所は手を擬態してリアルな感じで振っている。いやそれ怖いぞ!?
『お疲れ様でした。まさか、魔物カラオケ大会を見れるとは思いませんでしたw』『良い物を見せてもらったぞ、アトリ! ミサキ!』
『おもちのコブシの聞いた歌が、今も心に染みわたってる』『田所DJが最高だった』
結局あの後、魔物カラオケ大会が始まって配信は大盛り上がりだった。
おもちと田所の歌は多くの人々を魅了し、スカウトまでされてしまった。もしかしたら、来年は黒白歌合戦に出てるかもしれないな。
「さて、帰ろっか! 今日もいい日だったね」
「そうだな。こういう日がずっと続けば最高だな」
俺はおもちを抱き抱え、御崎は田所を抱き抱えた。
こうして俺たちの人生初のマモワールドは、笑顔溢れる一日となったのだった。
ただ一つ気になるのは、『USM』って、なんかの略称な気がするんだよなあ……。
「それで俺らはE級からC級に上がったってわけか」
「そうね、元々おもちゃんのおかげでE級スタートだったけど、普通はF級から始まるらしいわ。そもそもたった一回の入場で上がるなんてありえないとか」
探索者管理委員会からもらったランク証明書を眺めながら、近くのモンスターカフェで寛いでいた。
店内は木を基調としたカフェテリアで、テーブルの横ではおもちと田所がスヤスヤと眠っている。
先日のダンジョンでの討伐量と魔石を量を申告したのだが、その後、昇格になりますと呼び出されたのだ。
「まあこれでようやく見習いのスタートってことかしらね。ほとんどはおもっちゃんのおかげかもしれないけど」
事実、御崎の言う通りだろう。探索者委員会の中でも、フェニックスことおもちの話題は上がったらしく、それだけでもB級にすべきとの声があったらしい。
とはいえ従者の俺はまだまだ新米、それもあってC級で落ち着いたというわけだ。それでも異例らしいが。
「そういえば、ランクが上がるとメリットなんてあるのか?」
俺の問いかけに、御崎は呆れ顔で答える。
「委員会の説明、聞いてた? 」
「昔から長話は苦手で……あと、御崎が聞いてくれてるだろうなーと」
「私は要点まとめ女じゃないのよ。便利に使わないで」
「信用してるだけだよ。教えてくださいっ」
「なら、ここのケーキ代はよろしくね」
「え、あ、まあその程度なら……」
こんなことならちゃんと聞いておけばよかったと後悔。
そもそもランクが上がっただけで講習が二時間もあるというのが悪い。いやでも、生死にかかわることだし当然か……。
「平たく言えば魔石の買い取り額が上がった。後は制限時間が伸びたし、入場できるダンジョンの数が増えたってとこね」
「なるほど、めちゃくちゃいいじゃないか! 今ようやく実感が湧いてきた」
「現金ね……といっても、他県まで行くのは大変だろうから私たちは近郊限定になるけど、それでも随分と増えたみたい、3ページ目に詳しく書かれてる」
どれどれ、とページをめくる。そこには見たこともない名前が書いていた。
オーソドックスそうな炎、水、風の魔法ダンジョンに、生産ダンジョン、植物ダンジョン、そして気になるのが――
「……このグルメダンジョンってなんだ?」
「食べられる植物とか、調味料が取れる鉱石とか、色々と希少な食べ物もあるみたい。出現する魔物もすっごい美味しいらしくて、腕利きの魔物ハンターがこぞって参加してるとか」
「ほお、世はまさに大探索者時代ってか。そういえば、S級探索者ってのはそんなにヤバイのか?」
委員会の説明で、S級探索者は普通の人とはまったく違うので、出会ったとしてもあんまり関わらないようにと言われた。
そもそもその言い方もどうなんだと思ったが、実際、ネットでも色んなことを見たことがある。
化け物だとか、狂ってるとか、一国を滅ぼせるとか。
「現在、探索者のライセンスを持っている人は世界で30万人以上、その中でS級は10人にも満たない。これでわかるでしょ?」
「確かに……それはやべえな。俺と違ってすげえスキル持ってるんだろうなあ」
「戦争すらも止められるって聞いたことがあるわ。そういえば先日、日本にS級の少女が来日したとか噂になってたはずよ」
「一日でS級に到達した異例の子供か、そういえばそんなニュース、サウナでやってたな。まあ、一生会うことはないだろうけど」
知れば知るほど、探索者ってのは凄まじい世界だな……。
ただ、当初の夢であるのんびりスローライフは、ゆっくりとだが近づいてはきている。
動画の収益化も可能になったし、スポンサーとして大和もバックについてもらった。
ちなみに最近のマイブームは物件を見ること。
おもちと田所、更に魔物が増えてもいいように大きな家を探している。
それがけっこう楽しい。まだ買えないけど、想像するだけで楽しい。
そういえば――。
「御崎は何かしたいこととか、夢とかあるのか? 俺は前に話した通り、大きな家を買ってのんびり暮らしたい。農業とかにも興味あるしな」
「うーん、今のままでも幸せだからねえ。まあでも、おもちゃんとたどちゃんと暮らせたらもっと幸せかも」
少し困ってから、えへへっと眠っている田所を持ち上げながら笑う。
それって俺とも一緒に暮らすことにならないか、と思ったが、あえて言わなかった。
四人で田舎暮らしか、悪くない、いや、最高だ。
「キュウ?」
その時、近くのハンモックで寝ていたおもちが声を上げた。
小さな少女が、おもちの羽根に触れている。
髪は真っ白で、大き目なピンク色のリボンを付けている。
白いワンピースに身を包んでいるが、後ろ姿だけ見ると中学生くらいだろう。
その歳で、おもちの可愛さに気づいてしまったら、もう抜け出せなくなるぞっ!
「キュウキュウ!」
「……そっくりだ」
少女はおもちをツンツンしながら小さな声を漏らした。イントネーションから、生粋の日本人でないようだ。
御崎も気づいたらしく、微笑ましく二人で眺めていた。
まるで猫カフェ、いやおもちカフェ。田所はまだ御崎の膝で寝ている。
「どうしたお嬢ちゃん、おもちが好きなのか?」
「好き。欲しい」
「ははっ、おもちは物じゃないからあげることはできないんだ」
実に子供らしい答えだった。子供と戯れるおもちも悪くないなと見ていたら、少女はおもちを持ち上げた。
結構重たいのに、よくそんな力があるな……。
「キュウウウウウウ」
その時、おもちが悲鳴をあげた。どこか痛いのかと思い、俺は急いで駆け寄り――。
「えへへ、もーらった!」
すると少女は、おもちを抱き抱えて一目散にカフェから飛び出だす。唐突な出来事に固まってしまい、御崎と顔を合わせる。
「「え?」」
しかしおもちが奪われた、盗まれた、いや誘拐されたことに気づく。
すぐに追いかけけようと御崎に声をかけ、俺は思い切り地を蹴った。
「御崎、支払いは頼んだぞ!」
「ちょっと、阿鳥――」
後ろから聞こえる御崎の声をよそに、外へ飛び出した。テイムした魔物は、なんとなくだが位置がわかるようになっている。
おそらくおもちは、ここへ来る前に見かけた公園方面だ。
しかしなんでおもちを!? てか、誰だ少女《あいつ》!?
曲がり角を曲がった時、少女を発見した。おもち暴れているが、少女は構わずぬいぐるみのように抱き抱えている。
しかし、変だ。おもちの力はかなり強い。それをあんな華奢な少女が抑え込んでいるというのか?
「おい、おもちを返せッ!!」
後ろから声をかけたが、振り返らずまっすぐに走り去ろうとしている
悪戯にしちゃやり過ぎだぞ……。
流石にこれ以上許すことはできない。
俺は先日覚えた、”炎の充填”を解放する為、足に集中させた。
(ぶっつけ本番レベルだが、頼むぜ)
足に炎耐性(極)スキルを集中させると、身体中に充填されていた炎が、一か所に集中した。
思い切り加速し、周りの景色がとんでもない早く移り変わる。
(く……すげえはえええが、バランスが――)
あまりの速度に驚きつつも、なんとか少女の肩を掴むことに成功。
「いい加減にしろっ――って、は??」
だが次の瞬間、視界が切り替わったかのように天と地が逆になった。
違う、空中に吹き飛ばされたのだ。
「阿鳥っ!」「ぷいにゅ~!!」
そこに現れた御崎が、動かしてあげるのスキルを発動し、俺をキャッチ。
何が起こったのかわからないが、あやうく地面に叩きつけられるところだった。
だがそのおかげでおもちは逃げだせたらしく、天高く舞い上がっていた。
「どういうことだよ……」
「阿鳥、大丈夫!?」
「ああ、油断するな。この少女、普通じゃない」
俺の言葉に呼応するかのように、ようやく振り返る少女。
その顔は……どっかで見たような。
ハッと気づいた瞬間、御崎が声を漏らす。
「嘘でしょ……」
少女の目はぱっちり二重で、髪は真っ白で柔らかく風で揺れている。
しかし何よりもその顔は、フランス人形のように美しい。
だが俺は”この子を知っている”。
「なんで、なんで私から離れたの? ……この子は私のもの……返して!」
半べそで駄々をこねながら涙を拭うのは、小さな少女。
だがたった一日でダンジョンを制覇し、一躍有名人となった。
アメリカから日本に来日した、S級探索者――雨流《うりゅう》・セナ・メルレットだ。
「おもちは物じゃねえんだよ。俺の家族だ」
「――だったら……力づくで奪い取るんだから」
その瞬間、彼女の身体からあり得ないほどの魔力が漲った。
おもちを絶対守ると覚悟を決めた俺が、たった数秒で逃げ出したいと考えてしまうほどに。
世界各地で出現したダンジョンには、探索者委員会により難易度が指定される。
それは各国の連携によって基準は統一されており、ランクによって入場が可能である。
A級:上級~中層程度で戦える能力を持ち、価値のあるアイテムを収集することが可能。
B級:中層程度で戦える能力を持ち、価値のあるアイテムを収集することが可能。
C級:下層~中層戦える能力を持ち、アイテムを収集することが可能。
E級:下層で戦える能力を持っている。
F級:初心者、護衛が必要なレベルの探索者で、個人での入場は認められていない。
そして更に上が、S級だ。
彼らは上級で戦える能力を持ち、価値のあるアイテムを収集することが出来るだけではなく、単独でダンジョンを制覇することができる。
そしてS級とA級には、決して超えられない壁が存在する。
これは ”世界共通認識” である。
そしてそのS級探索者、雨流《うりゅう》・セナ・メルレットが目の前に立っていた。
俺に敵意を向けて。
「――だったら……力づくで奪い取るんだから」
思わず後ずさりしそうなるほど、彼女の身体から、湯気のように魔力が溢れていた。
おもちの強さに慣れた俺でも考えられないほどの力が伝わってくる。
だが――逃げるわけにはいかない。
「田所!」
「ぷいにゅー!」
俺の言葉に呼応して、田所は炎の剣に変身した。メラメラと燃え上がり、その熱波が雨流の肌に突き刺さったのだろう。
不敵な笑みを浮かべる。
こいつ、戦いが好きなタイプか!
「ファイアスライムまで懐いてるなんて……ズルいズルいズルいズルい」
あ、田所が羨ましいんだ。やっぱりそこはブレないのね。
というか――。
「……お前、ファイアスライムを知ってるのか?」
「私だってテイムしたいのに……仲良くできるはずなのに」
「いや人の話聞けよ……」
ファイアスライムのことはネットでも情報はない。それを知っているということは、やはりS級なのだろう。
だが、人形を買ってほしいと駄々をこねる子供のようだ。ある意味言葉が通じなくて性質が悪い。
おもちは上空で様子を伺っているが、俺の指示で動いてくれるだろう。
極力その場にいてほしいが、力を借りることになるかもしれない。
「阿鳥、油断しないで」
「ああ、てか、あいつの魔法はなんだ? 気づいたら天地が待っ逆さだったぞ」
「それが……わからないのよ。千の魔法を扱うとも聞いたことがあるわ」
千の魔法? 一体どんなスキルだよ。
「まあつまり、何もわかんねえけど強いってことか」
「そういうことね」
そして気づいたら、周りに人だかりが出来ている。
だだっ広い公園だが、俺たちを取り囲むように様子を伺っていた。
「あれ、セナちゃんじゃない?」
「ほんとだ、お人形さんみたいでかわいいー」
「おい、上空にいる鳥、燃えてないか!?」
どうやら雨流は有名人らしい。まあ、俺が知ってるぐらいだからそうか。
おもちのことも騒がれつつある。逃げ出したいが、後ろから攻撃されるかもしれない。
「おもち、こっちおいで!」
そのとき何を思ったのか、雨流は天に手を翳した。いや、おもちに向かって手の平を向けたのだ。
次の瞬間、おもちは自由が利かなくなったのか引っ張られていく。
な、なにをしてるんだ!?
「キュ、キュウ!?」
「ほら、おいでおいで。お家に帰ろう?」
炎のブレスを吐くには周りに人が多すぎる。おもちもそれをわかっているのか、手を出そうとはしない。
……仕方ない。雨流の能力はわからないが、戦うしかない。
小さな少女といえどもS級探索者だ、俺が全力を出しても死ぬわけがないだろう。
って、そんなこと言ってらんねーな。
「御崎、援護は任せたぜッ!」
思い切り地を蹴って距離を詰め、雨流に田所ソードを振りかぶる。
しかし雨流は、空いているもう片方の手の平を俺に向けた。
「な!? が、があああああっっっっ!? く――」
次の瞬間、俺は地面に思い切り叩きつけられる。背中にもの凄い衝撃、いや誰がが乗っているような感覚に陥った。
「なんだなんだ!? すげえ、大変なことになってるぜ!」
「何が起きてるんだ!?」
周囲が更に騒ぎ立てている。
もしかして御崎のスキルとおなじ……か? かろうじで動く頭部で上を見上げると、おもちがゆっくりと雨流に引っ張られている。
そして、俺が雨流の攻撃でやられてしまったと思ったのか、おもちが今までに聞いたことがないような怒りからくる金切声をあげた。
その瞬間、御崎が「動かしてあげる」のスキルを発動、俺の身体を強制的に起こしてくれた。
「キュウウ、ピイイイイイイイイイイイ!」
おもちは思い切り魔力を貯めている。間違いない、炎のブレスを雨流に放つつもりだ。だが、周囲には一般人が多い。
「おもち、まずいぞ! ここでは! 俺は大丈夫――」
「ピイイイイイイイイイイ!!!!」
次の瞬間、嘴からありえない威力の炎のブレスが雨流目がけて発射された。
正直、目を疑った。
昼間にも関わらず光が溢れ、太陽光が付きつけられてるかのように熱波が空気を温め、一瞬で真夏のようになる。
同時に、ブレスが空気を切り裂いて乾いた音を響かせた。
慌てて雨流に顔を向けると、茫然と目を見開いている。
S級といえども、あれほどの威力に驚いたのだろう。
間違いない、彼女は死ぬ。
「御崎っ! 俺を雨流のところまで吹き飛ばせ!」
「え!? 何をするつもり!?」
「はやく!!!」
突如、背中から圧力がかかって、思い切りぶっ飛ぶ。
そのまま通り過ぎそうだったが、田所ソードを地面に突きさし、雨流の前に立った。
「おい、下がってろ!」
雨流を突き飛ばし、炎の耐性(極)を極限まで向上、両手を広げた。
「ピイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!」
そして俺は炎のブレスを――身体で受け止めた。
倒れ込んでしまうと、まき散らされた炎が周囲に飛び散ってしまう。
「す……げえ威力だな……く――っっ」
それをわかっていたので、なんとか踏み留まろうと必死に食らいついた。
奇跡的に受け止めることはできたが、足に炎が伝達するかのように焼けてしまい、地面から焦げ臭い匂いが漂う。
直後、脳内にアナウンスが流れる。
『炎をフル”充填”しました』
今それはどうでもいい……が……。
地面に膝をつくと、おもちが着地。俺の体に寄り添って傷を舐めてくる。
「キュウキュウ……」
「はっ、大丈夫だよ。ありがとな」
「ぷいいいいいいいいいいいいい」
田所も急いで俺の体にくっつくと、すりすりしてくれていた。御崎も駆け寄り、心配そうに声をあげた。
その隣では、俺に吹き飛ばされて尻餅をついた雨流がいる。
御崎は鋭い目つきで顔を向けると、恫喝する。
「あんたのせいで死ぬところだったじゃないの! おもちおもちって! S級のくせに駄々こねて!」
まるでお母さん。いやでも、そんな怒ったら矛先がまた俺たちに――。
「うぐ……うっ……うう……うぁぁああああああ、ごめんなさい、ごめんさい。だって、もっちゃんに似てたんだもんんんああああああああ。がわいぐでがわいぐで、それに田所にも会いだくでええええええええ」
突然泣きじゃくって叫び出す。嘘泣きかと思ったら、ガチ泣きしている。
まじでなんなんだ……? もっちゃんって誰だ?
その時、ハッと思い出す。
スパチャの名前――『USM』。
U・雨流
S・セナ
M・メルエット……? まじか?
しかし炎のブレスの破壊力が段々と効いてきたのか、意識が薄れていく。
「く……」
「阿鳥、大丈夫!?」
……って、誰だあの人……?
「セナ様っ! やりすぎです!」
最後に見えたのは、どこぞの執事みたいな髭を蓄えた渋いおじさんが駆け寄って来る姿だった。
太もものような柔らかさを感じる。
凄くいい匂いがして、まるで母親に包まれているかのようだ。
これは……膝枕だ。
夢見心地だが、御崎で間違いないだろう。
ああみえて優しいもんな。
にしても太ももって、こんなぷにぷにしてるん……だな……。
「ぷいにゅー?」
「…………」
目覚めた瞬間、田所が部分的に太ももに擬態していた。
って、擬態する必要なくないか?
「……って、S級!」
バッと起き上がると、そこは見慣れた場所。――自宅だった。
「うっ……うう……起きた、起きたよかっただあああああああああああ」
そして俺の目の前で号泣しているは、雨流・セナ・メルエット。
なんで、なんでこいつがここに?>
「おはよう。阿鳥、よく寝てたね」
「キュウキュウ~」
そしてテレビを見ている御崎。あまり心配していなさそうだった。
「おっ、打った打った!」
「キュウ!」
「ごめんなざいいいいいいいいいいいいい……」
逆だろ、普通……。
◇
「はい、セナちゃん、ハンカチ」
「あ、ありがとう……」
雨流はずっと泣き続けていたが、御崎が優しくしてあげたりして、ようやく落ち着きはじめた
記憶が少しあやふやだったが、おもちを奪おうとしたことだけは覚えている。
正直怒鳴ってやろうと思ったが、ずっと泣き続けていたのだ。
冷静に見るとただの子供だし、なんか可哀想になってくる。
おもちも怒っていないらしく、なんだったら雨流に寄り添っていた。
「本当にごめんなさい……もっちゃんに似ていて、それで……」
「そういえば、もっちゃんって誰だ?」
なんか言ってたな。そもそもUSMって絶対こいつだろ……。
親はどうした、躾はどうした!? てか、なんか執事みたいな最後にいたような――。
「私から説明させていただけませんか? 山城様」
「へ? う、うわああああああああ!?」
俺の真横に、いつのまにか執事のようなおじさんが立っていた。
口に白いひげ、武骨な顔立ち、歴戦の勇士みたいなたたずまい。そういえば、最後に見たおじさんだ。
「な、なんでここにいるんだ!? ってか、誰だよ!?」
「申し遅れました。私《わたくし》、佐藤・ヴィル・エンヴァルトと申します」
「佐藤……?」
何もかも頭に入らない状況で、佐藤という馴染みのある言葉だけはすんなりと入る。
どうみても見た目は外人のおじさんなんだけど……。
「阿鳥、聞いてあげて」
いつもは厳しい御崎がそう言ったので、俺はしぶしぶ二人の話を聞くことにしたのだった。
――――
――
―
「……なるほど」
「ぐすん……ごめんなさい……本当に悪いことをしたってわかってます……」
「私からも謝罪致します。大変申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる二人。
雨流は、幼い頃に『もっちゃん』という、鳥を飼っていた。といっても、厳密には魔物らしいが。
何をするときもいつも一緒、二人はずっと仲良しだった。だが『もっちゃん』は、突然居なくなってしまった。
たまたま動画で見つけたおもちがそっくりだったらしい。
それから毎日配信を見て、気持ちが高ぶってどうしても会いたくてたまらなかったとのこと。
ただカフェにいたのは本当に偶然で、奇跡だと思い我を忘れてしまったらしい。
「理由はわかった。だが、お前のやったことは一つ間違えれば犯罪だ」
「はい……」
とはいえ俺も幼い頃、犬を飼っていた。いなくなった時の辛さはよくわかっているつもりだ。
しかし、やっていい事と悪いこと、子供でも許されないことを雨流はしたのだ。
そこはしっかりわかってもらわないといけない。
普通なら、警察に突き出してもいいくらいだ。
だが――。
「おでこをだせ」
「え?」
「ほら、だせ」
「は、はい……」
俺は、それなりの強さでデコピンをした。雨流は「痛いっ」と声をあげて、額をすりすり。
おもちは、雨流に駆け寄って羽根を寄せてすりすり。
「おもちが許してやると言ってるから今回だけは勘弁してやる。それに許したのはお前が子供だからだ。もう二度と悪さをするなよ」
「はい……わがりまぢだ……」
人は失敗する生き物だ。最近は一度の失敗で全てを失わせたほうがいいという過激な世の中になってきているが、俺はそうは思わない。
失敗を重ねて人は成長していく。
最近まで真面目に会社員をやっていた俺でも、昔は悪いことをしたこともある。そんな俺でも何度も許してもらった。
彼女にも、その権利はある。
まあそれに、おもちが許してあげてるのが大きいけどな。
「じゃあ、仲直りだ。うどんパーティーでもするか」
「……うどん?」
「ああ、最高に美味しい食べものだ」
◇ ◆ ◇ ◆
ダンジョンは未だ謎に包まれている。
最下層にはボス、もしくは核というものが存在し、破壊することによって跡形もなく消えてなくなる。
だが、需要のあるダンジョンはそのまま残されることが多い。
グルメダンジョンなどはいい例だ。
だが上級ダンジョンと呼ばれるものは、魔物も強く、討伐が追いつかないことがある。
そうなると弱肉強食が加速、最悪の場合、凶悪な魔物が外に逃げ出してしまう。
過去にダンジョンスタンビートと呼ばれる事件があって以来、明らかに異質なダンジョンは制覇だけを目的とされていた。
そしてその役目は、S級やA級によって世界各地で行われている。
「――ってことはつまり、雨流はダンジョンの制覇の為に日本に来たってことか?」
雨流の執事、佐藤・ヴィル・エンヴァルトこと、佐藤さん(そう呼ぶことにした)が丁寧に教えてくれた。
「左様でございます。ですが、セナ様のお転婆が過ぎまして……大変申し訳ありません。別の場所に出向いていたので、遅れてしまいました。心からお詫び申し上げます」
「お転婆ねえ……」
御崎は昔から子供好きだったこともあり、今は雨流と一緒におもちや田所と遊んでいる。
こうしてみればただの子供にしか見えない。
「雨流、おもちが好きか?」
「え? うん……」
「ただおもちは俺の家族なんだ。あげるとか、あげないとか、そういうのは違うが、会いたくなったらいつでも来ていいぞ。こんな家で良ければだけどな」
「ほんと? やったあああああああ!」
「キュウキュウ!」
おもちを抱きしめてぐるぐると回転する雨流。
S級っていっても、ただの少女だ。
「ふふふ、じゃあ視聴者さんもそれでいいかな?」
「はい?」
よく見ると御崎はスマホをスキルで動かしていた。
コメントが――流れている。
「って、配信!?」
『ようやく気づいたwwww』『アトリの大人なところを見てしまった』『こんな家で良ければ歓迎するぜ』
『多分ドラマとか好きなタイプ』『酔ってそう』『おもちは俺の家族なんだ』
『人は失敗する生き物、泣けた』『正直、めちゃくちゃ格好よかった』『主、お前が好きだ』
「いつから……」
「あなたがセナちゃんと公園で戦ってた時も撮影してたのよ。まあ、証拠というか、何かあった時の為だったけど、反響が凄くて……」
「反響?」
アーカイブになっているのを別のスマホで見させてもらうと、視聴回数が飛んでもないことになっていた。
以下、コメント抜粋。
『S級とおもちが戦ってる!?』『やべえ、おもちが奪取される』『セナちゃん可愛いよセナちゃん』
『アトリ強くなってない?』『ミサキが子供を泣かしている』『子供っていってもS級だがw』
数えきれないほどだが、とにかく盛り上がっていた。
てか、ニュースに乗ってるとも書いてある。
「ニュースって?」
「セナちゃんが来日したってテレビしてたでしょ? それでまあ結構話題になってるみたいで」
「そういえば……サウナのテレビで映像も見たな。S級はそれだけ凄いのか」
こんな子供が? と雨流に視線を向けたが、おもちと田所と無邪気に遊んでいる。
確かに見たこともないスキルを使っていた。手を翳すだけて引き寄せたり捕まえたり……。
てか、もう流石に――
「今日は疲れたから何も考えたくない……」
いつまでも考えるのは良そう。いい加減、スローライフがしたい。
それからも雨流はおもちと遊んでいた。
ずっと。
ずっと。
ずっとずっと。
いや、いつ帰るんだよ!?
「おい雨流」
「おもちぃ~! へ?」
雨流の頭を掴むと、不思議そうに首を傾げた。
「そろそろ帰りなさい」
「泊まっていこうかと……」
「ダメだ。布団がないし、なにより俺もおもちと田所と遊びたいんだ」
「えー、そんな意地悪な……」
「そうよそうよ、阿鳥はケチなんだら」
『ケチ』『夜中も配信してくれ』『アトリが外で寝ればよくないか?』
コメントも言いたい放題だ。
ヴィルさんはテーブルに座ってコーヒーを飲んでいる。そのお洒落なカップティー、うちに置いてないんだけど、どこで買ってきたの?
「今日はもう疲れたから解散! おじさんは寝るの!」
ありとあらゆるところからのブーイング、そしてカップティーのカチャカチャ音が鳴り響いていた。
◇
「それでは失礼します。山城様、セナ様と遊んで頂き、ありがとうございました」
結局、それから数時間も粘られてしまった。生放送は今までで一番の盛り上がりだったのは少し気に食わない。
「おもち、田所、またね。また会いに来るからね!」
「キュウ!」「ぷいいいいいいい」
「抱き合って感動の別れみたいにするな。今日会ったばかりだろ」
ちなみに御崎は酔って潰れているので、俺の布団でぐーすかぐーすか。
「そういえばどこに帰るんだ? アメリカからってことは家とかないんじゃないのか?」
もしかして……だから、泊まりたかったのか?
気を遣って、俺にそれを言えないんじゃ――。
「ブルルルル」
しかし突然現れる長い車。くっっっそでかいリムジンだった。
見た事もないほどツヤツヤしている。
「あ、お迎えがきたわ」
「『あ、お迎えがきたわ』、じゃねえ。何だこの車」
「私の車だけど、どうかしたの?」
「どうかしすぎてるだろ」
俺は自転車しかないのに!
執事なんていることからすぐに考えればよかった。雨流《こいつ》金持ちだ……。
「それでは失礼します」
佐藤さんがドア開けて、雨流が中に入るのを待っている。振り回されて佐藤さんも大変そうだな。
今度ゆっくり話でも聞かせてもらう。
「あ」
去り際、雨流が声をあげて固まる。そして振り返る。
「……あーくん、ありがとね。何時でも来ていいって言われて嬉しかった。また遊ぼ」
「あーくん……?」
頬をぽっと赤らめながらサッと車に入って行く。
阿鳥だから、あーくん?
「ご迷惑をおかけしてすみませんでした。今後、何かありましたらいつでお申しつけください。」
「ありがとう。まあでも、雨流の躾を頼んだぜ」
「痛み入ります。それでは」
そうして嵐のように去っていった。おもちと田所は泣いていたが、絶対悲しくないだろうと疑いの目で見てしまった。
まあでも雨流も性根は悪いやつではなさそうだ。
S級は狂ってると聞いたことはあるが、あんな子供でもなれるなら俺もなれるかもしれない。
しかし翌日、朝一のニュースで俺は思い知った。
「まじかよ……」
テレビに映っていたのは、見たこともないほど大きなダンジョンだった。
俺でも知ってる、小さな子供でも知ってるだろう最強最悪の『死のダンジョン』。
そこにいるモンスターは浅瀬ですら狂暴凶悪で、過去に死者が数百名いると聞いたことがある。
なんとA級でもパーティーを組んでやっと入場が認められるとか。
「モンスターが活発化し、危険だと言われていた死のダンジョンですが、今! なんと制覇された模様です! それもほんの数時間で! なんと、たったの数時間です!」
レポーターの男性は興奮気味で叫んでいた。テレビのテロップがピピピと鳴り響き、速報でS級の”二人”が死のダンジョンを制覇をしたと流れていた。
そして崩れ落ちるダンジョンから現れたのは――。
「つかれたーっ、おもちと田所に会いたい……」
「そんなすぐに会いに行っては怒られますよ」
魔物の返り血を浴びた雨流と、スーツに皺一つ、返り血一つない佐藤さんだった。
「準備はいいか? 武器は持ったか? 防具は完璧か? そして――お腹はペコペコか!?」
俺の問いかけに、おもち、田所、御崎は左手をお腹に、右拳は天高く上げた。
「ぺこりんちょーッ!」
「キュウキュウ!」
「ぷいぷいっー!」
配信は始まっているので、コメントが鬼のように流れていく。
『腹減り軍団w』『グルメダンジョン編きたあああああああ』『セナちゃんはいないのか』
『おもちおもちおもち!』『田所の活躍が楽しみ』『お腹を鳴らせー!』『てか、予約よく取れたなw』
テンションは最高潮。いま俺たちはグルメダンジョンの前に立っている。
入口からは既に甘い香りが漂っていた。ものすごく食欲がそそられ、胃袋が暴れそうだ。
「コメントにもあるが、よく取れたな御崎。予約でいっぱいなんじゃないのか?」
「動画の撮影も兼ねてるっていったら是非にって。おもちゃんとたどちゃんのおかげっ!」
グルメダンジョンとは、世界各地の中でも類を見ない珍しいダンジョンだ。
その名の通り、中は美味しい物が山ほどある。なんと、魔物でさえも食べられるとのこと。
だがそ土地を所有しているのは、大手食品会社なので、誰でもウェルカムというわけではない。
完全予約制で、何年も先も埋まっており、更に入場料も高い。
ただそれでも人気は凄まじく、難易度が低いこともあって子供から大人が行きたいベスト3に毎年ランクインしている。
「とにかく細かいことはお腹が空いてるのでもいいだろう。よし行くぞ!」
入口の甘い匂いがする水晶に手を翳す。そして俺たちの視界が切り替わった。
◇
「ここが……グルメダンジョン?」
「なんか……普通だね?」
俺と御崎が唖然とするのも無理はなかった。
所謂、一般的な狭いダンジョンという感じだ。以前の始まりのダンジョンよりも随分と普通だ。
いや……くんくん、くんくんっ。違う、いい匂いが鼻腔をくすぐっている。
一体どこから――。
「キュウキュウペロペロ」
「ぷいにゅーっ!」
そこには、一心不乱に壁を舐めているおもちと田所がいた。
「え、な、何してるんだ!?」
『何してるんだww』『なんちゃ茶色い?』『二人して可愛いw』『狂っちまったのか!?』
しかし俺はすぐに気づいた。映像では匂いが伝わらないが、確信を得た。
御崎と顔を見合わせ、無言で頷く。
二人で近づいて、舌をんべっと伸ばした。
「ぺろ……これは……うまいっ、チョコレートだ!」
「んまっ……最高っ!」
理由はわからない、いやそんなのは必要ないのだろう。
壁の上から下までチョコレートが滝のように流れている。名づけるなら、チョコレートウォール。
濃厚な旨味が口いっぱいに広がる。少しだけ苦味があるのは、大人味なのだろうか。
試しに違う壁を舐めてみると、また別の味がした。甘いっ。
なるほど、場所で味が違うのだ。
「んまいっペロペロペロペロ、ここは天国だな、ぺろぺろペロ」
「そうんね、ぺろぺろぺり、最高っぺろぺろ」
俺たちは一心不乱に壁を舐めていた。多分、凄いシュール。
もちろん、おもちと田所もだ。
『何この映像wwww』『面白過ぎw』『壁舐め一族』『楽しそうw』
一通り舐め終わると、満足して先に進むことにした。
当然のことかもしれないが、俺たちの服はもうチョコレートまみれだ。
だがこんなこともあろうかと前掛けをしていた。
ありがとう前掛け、ありがとう前掛け!
『赤ちゃんかよw』『伏線回収早かったなw』『もうお腹いっぱいなってそう』
その時、悪魔的発想が脳裏に過る。
「……でも考えると、別の人が舐めてる可能性ってあるんじゃないのか……?」
しかし、御崎は微笑みながら首を横に振った。
「グルメダンジョンは雑菌も全て排除されるらしいわ。だからこそ人気で、安全も考慮されてる。だから、いくらペロペロしても大丈夫。注意項目にも、ペロペロし放題と書いてあったわ」
「最高だな、誰だよこれ作ったやつ……」
なんともまあ都合のいいダンジョン。だが最高のダンジョンだ。
狭い通路を渡っていくと、微量だが、魔力を感じた。
――魔物だ。いくら美味しいとはいえ、ダンジョンなのだ。
「油断するなよッ!」
俺はリーダーとして仲間に声をかけた。
誰一人欠けてはいけない。そう、円を描くピザのように美しくありたい。
……なんか変なことばっかり言ってないか?
「阿鳥、よくみて!」
御崎が叫び、俺は注意深く魔物を見つめた。スライムだ。だが、なんだか黄色い……もしかして、はちみつか!?
「ハチミツスライムだわ、身体が全部濃厚な蜜で出来ていて、ここでしか食べられない希少価値の高い魔物よ」
「最高じゃないか、でも……」
俺は田所に視線を向けた。これって、あれじゃないか?
共食なんちゃらってやつになるだろ? 流石にそれは倫理的に――。
「ぷいぷいっー!」
次の瞬間、スライムを一撃で倒す田所。そしてしぼんだハチミツをペロペロと舐めはじめた。
「ぷいぷいっっ♪」
「あ、そういうの気にしないんだね。そうだよね、美味しかったら関係ないよね」
至高な表情を浮かべる田所。おもちも駆け寄り、とても微笑んでいる。
『弱肉強食すぎるw』『美味しそうな田所が何より』『お腹空いた……』
続いて何体かハチミツスライムが出てきたので倒してみたが、驚くほど弱かった。
味は最高。このダンジョンの人気も頷ける。ちなみに持ち帰りは有料だが、可能だ。
「次だ! 行くぞお前たち!」
「キュウ♪」
そして段々と俺たちのお腹が満たされていく。
「何だこのキノコ……んまいぞ!」
マグマキノコ - ダンジョン内部に生息するキノコの一種。外見は通常のキノコと似ていますが、赤黒い色をしており、触れると熱くなります。食べると、ピリッとした辛さと独特のコクがあります
「キュウキュウ! キュウー!」
アイスバター - ダンジョン内の寒冷地帯に生息する昆虫から採れるバター。風味は濃厚で、口の中でとろけるような感触があります。また、寒さに強く、保存性にも優れているため、バターを使った料理に最適です。
「この果実、美味しいわあ」
エンチャントベリー - ダンジョン内部に生える小さな実の一種。食べると、心地よい甘さと香りが広がり、食後にはリフレッシュ効果があります。また、特別な魔法がかかっているため、食べた後に一時的に魔力が高まるとされています。
◇
「ふー、満腹だ」
それから数時間後、お腹は何倍にも膨れ上がっていた。
地面に倒れ込み、なでなでといたわってあげる
「キュウ……」「ぷにゅー」「苦しい……」
みんなも同じなのか、一歩も動けなくなっていた。
袋には食材がいっぱい詰め込んである。
「これだけあれば当分は幸せに浸れそうだな」
『シンプルに羨ましいw』『白ご飯食べながら配信見てました。僕もお腹いっぱいです』『バターまみれになってるところが面白かったw』『飯テロ動画すぎた』
そのとき、またもや赤スパチャがポップした。それも連続で。
名前は――『USM』。
50000円『ズルい』『USM』
50000円『なんで誘ってくれなかったの?』『USM』
50000円『私も行きたかった』『USM』
50000円『うぇえええええん』『USM』
『メンヘラキター』『なんで誘ってくれないって、もしかして繋がってる?』『女性っぽい』
ちなみにUSMは、やはり雨流だと佐藤さんから教えてもらった。
もしかして親の金をつぎ込んでいるのかと思ったが、きちんと自身で働いたお金らしい。
S級はそれこそ億万長者もいると聞いたことがある……ズルい。
苦笑いしたあと、配信を閉じることにした。
家に来ていいとはいったが、できるだけ面倒に巻き込まれたくないしな……。
「さて、今日は帰りますか」
「はーい」「キュウキュウ」「ぷいっ!」
◇
「ふわああああ、ねむ……」
翌朝、ダンジョン疲れもあってすぐに眠っていた。
あまりの重たさに、庭にダンジョンの食材を無造作に置きっぱなしだったことを思い出す。
……あれ?
しかし探しても探しても見つからない。
……盗まれた? その時、脳裏に『USM』が過る。
まさか……いや、でもそんなことするか?
そのとき、いい匂いがした。
「昨日……の匂い……」
俺の家は古ぼけた一軒家だが、庭はそれなりに広い。
手入れをさぼっているので木々が生い茂っているが、そこにぽかんと無造作に空いた穴を見つけた。
そこから、良い匂いが漂っている。
「……嘘だろ?」
微量な魔力を感じる。おそるおそる中を覗き込むと、そこは出来たてほやほや、けれども間違いなく――ダンジョンがあった。
しかも普通のじゃない。
――グルメダンジョンだ。