「えーと、175番は……ここか」

 男性更衣室と書かれた暖簾《のれん》をくぐって中に入ると、もの凄い数のコインロッカーがいくつも並んでいた。
 指定された番号の前で止まり、カードキーを差し込んで、水着に着替える。

「キュウキュウー」
「ぷいぷいっ」

 視線を落とすと、おもちと田所も裸になっていた。いや、最初からか。
 特訓を終えた俺たちは、汗と汚れを流すため、温泉にやって来た。

「つうか、すげえな……あれってゴブリンだよな。うお、ハムスターみたいなやつも。あれも魔物なのか」

 更衣室には、ペットと思われる魔物が大勢いた。
 ここは『マモワールド』と呼ばれる超巨大温泉施設。
 人間の男女だけではなく、魔物も湯舟に漬かることができる。

 そして――混浴だ。

 ただし注意事項がいくつかあって、人間は水着着用が必須で、巨大な魔物が入れる湯舟は限定されている。
 ロプスちゃんも入れると医師から聞いたが、どんだけデカいんだ……?

 入場料はその分高く設定されているが、ダンジョンでの疲れを癒しにくる探索者が多いとのこと。

「行こうか、おもち、田所」

 二人に声をかけ、さっそく温泉へ向かう。

 横幅も広く、天井も高い通路を抜けると、さっそく身体を洗うことができるシャワーやお湯の入った壺が置いていた。

「なるほど、掛け湯か。おもち、田所こっちに来てくれ」
「キュウッ」「ぷいっ」

 ゆっくりと二人にお湯を流すと、気持ちよさそうな声、そして表情で頬を緩ませた。
 炎タイプなので、温かいお湯はマッサージみたいに気持ち良いらしい。

「キュウゥ……」「ぷぃ……」
「はは、気持ちいいか。けど、温泉に入ったらこんなもんじゃないと思うぞ」

 自分も被って準備万端。
 どうやら露天風呂もあるらしく、子供のようにワクワクする。

「お待たせー」

 そこに現れたのは、豊満な胸の谷間を露出させている水着姿の御崎だった。
 スタイルが抜群に良く、さっき近くにいたゴブリンとそのご主人が見惚れている。
 
 上下ビキニで小さなリボンの突いた黒い水着だ。

「エロいな……、いたっ!? 頭を叩くなよ……」
「お約束しないで。おもちゃん、たどちゃん、いこっかー♪」

 二人の手を掴んで前に進んでいく。といっても、スライムは手なんてないが、むにゅっと中に入り込んでいる感じだ。
 まるで二人のお姉ちゃん、いやお母さん?

「ほら、阿鳥も行くよ」
「はい、ママ」
「もう一回殴っていい?」
「ごめんなさい、お母さん」

 パアアアアアンっと、乾いた音が鳴り響いた。

 ◇

「はにゃー、最高だにゃー」

 湯舟に漬かりながら、頬を緩ませ今にも溶けてしまいそうな御崎。
 こうしているときは可愛いんだよなあ。

 でも、確かに気持ちがいい。

「お、ここに効力が書いてあるぞ」

 *魔力が染み出ている温泉です。
 血行促進効果。
 魔力補充効果。
 疲労回復効果。

「ほお、色々あるんだな」
「キュウキュウ♪」「ぷいぷいっ」

 おもちとスライムは初めての温泉なので、テンションも上がっている。
 二人はお湯をかけ合いながら、バシャバシャと遊んでいた。

「はしゃいだらダメだぞ」
「キュウ♪」「ぷいっ♪」

 しかし止まらない二人。次第にヒートアップしてしまい、お湯が御崎の顔面にかかる。

「……静かにしなさい」

 次の瞬間、”動かしてあげる”で空中に浮いた二人。

「キュウンナサイ……」「ぷいんね……」

 温泉ではしゃぐ子供と怒るお母さんみたいだなあと思ったが、頭のたんこぶがこれ以上膨らむと怖いので黙っていた。


「そういえば調べたけど、炎の充填、なんてスキルは世界でも確認されてないみたい。スキル管理局にも問い合わせたから間違いないと思う」
「ああ、すまないな。だったら地道に調べてみるしかないか」

 スキル管理局とは、世界中で確認された魔法が登記されている機関のことだ。
 レベルが上がる、というのはめずらしいが聞いたことのある話。だがそれは個人によって様々なので、俺は使い方がわからなかった。

「急ぐものでもないし、ノンビリ考えてみるよ」

 天井を見上げると、大きなファンがぐるぐると回っている。
 おもちと出会って、配信を初めて、会社を辞めて、ダンジョンに行って、レベルがあがって。

 社畜の時と違って精神は安定しているが、慣れないことが多くて疲れもある。

 そんな今だからか、温泉の温かさが身体と心にしみわたる。

「まあ、そうね。のんびりってこんなにも気持ちよかったんだね」

 御崎も笑みを浮かべていた。田所をぬいぐるみのように抱きしめている。
 豊満な胸に挟み込まれている感じで、ちょっと羨ましい。

「阿鳥のおかげだよ。ありがとう」
「いや、俺のほうこそ。御崎といると楽しいよ」

 咄嗟に返事を返したが,何とも言えない恥ずかしさがこみ上げてくる。
 御崎も同じらしく、頬を赤らめていた。

「……そ、外湯に行ってみるかあ!」
「う、うん。おもちゃん、たどちゃん行こっか?」

 ◇

「ちょっとサウナに行ってきてもいいか? 御崎はあんまり好きじゃないんだよな」
「うんー。じゃあ、たどちゃんと一緒にここにいるう」
「ぷいっー」

 露天風呂を楽しんだのち、俺とおもちはサウナへ行くことに。
 田所はなんだかんだで御崎と仲が良い。

 入口の扉を開くと、中では魔物と人間が座って汗を流していた。
 その前にはテレビが設置されていて、アメリカから誰かが来日したとか、そんなのが画面に表示されていた。
 このあたりは普通の温泉の施設と変わらない。

「おもち、敷タオルがいるんだぞ」
「キュウ」
 
 サウナのルールをおもちに教え込む。一時期ハマっていたことがあるのだ。
 炎耐性(極)があることで人より有利なのと、それのおかげで俺も熱いのは気持ちよく感じる。

「あれ、フェニックス……?」
「初めて見た……」
「羽根が可愛いな」

 どうやら気づいた人がいるらしい。ただマナーを守っているのか、みんな騒いだりはしない。
 タオルを敷いて着席すると、いい感じの熱波を感じた。
 炎耐性(極)があっても、スキルを調節することで楽しむことができる。

「もしかし……フェニックスですか?」

 その時、隣に座っていたおじさんが声をかけてきた。
 さっき御崎の水着姿に見惚れていた人だ。

「はい、そうです。名前はおもちといいまして」
「キュウ!」
「初めて見ましたよ。凄いですね……。あ、うちはゴブちゃんです。名前はそのままですけど、可愛いんですよ」

 その隣には、汗だく今にも倒れそうなゴブリンがいた。手にはこん棒を持っている。
 ……あれ、武器だよね!? え、どういうこと!?

「ああ、すみません驚かせてしまって。ゴブちゃん、ちょっと借りていいかい?」
「ゴブゴブッ」

 おじさんがこん棒をひょいと取り上げると、俺の膝の上に置いた。
 もの凄く柔らかいし、軽い。これは、ぬいぐるみだ。

「ゴブちゃん、これがないと落ち着かないんですよ。まあ人形みたいなもんですかね」
「すみません。表情に出てたみたいで」
「いえいえ、よく驚かせてしまうので」

 おもちとゴブちゃんはすぐに仲良くなったらしく、謎の会話をしている。

「ゴブゴブ?」「キュウキュウ」

 微笑ましい光景だが、何を話しているのかは凄く気になる。

「ここは初めてですか?」
「はい。どうしてわかったんですか?」
「ほぼ毎日ここに来てるんですよ。だから知っている人ばかりで」
「そうなんですね。先日、ダンジョンデビューを終えまして、ちょっと一息でここに」
「ほお、お疲れ様です。おもちさん、凄まじいデビューを飾ってそうですね」
「凄まじい、かもしれないです。確かに強かったので。ただ、僕は何も出来ませんでしたが」

 見た目通り温和なおじさんだ。ゴブちゃんも大人しく、礼儀正しい。
 テイムされた魔物は術者に似るというが、確かにそっくりだ。

 そこから話は盛り上がり、なんとおじさんもダンジョンへ行ってると聞いた。

「遅れました。名前は君島英雄《きみしまえいゆう》と申します」
「僕は山城阿鳥《やましろ》です」

 遅めの自己紹介、どこかで聞いたことがある名前だなと思いつつ、初めて出来た魔物友達に嬉しくなった。
 そして話はつい最近のスキルのことに。

「ほう、充填ですか?」
「はい、でも、よくわからないんですよね」

 
 英雄さんは顎に手を当てながら考えたあと、ぼそりと口を開いた。

「もしかするとですが、ライターみたいなものじゃないんでしょうか?」
「ライター……ですか?」
「はい、充填とは体内に留めることですよね。それを放出することができるのでは、とおもいまして。すみません、根拠はないですが」
「なるほど……いえ、盲点でした」

 それが本当なら確かに凄まじいことかもしれない。
 炎を出せる? 耐性しかなかった俺が? ……思わず、微笑んでしまった。

「それに山城さんは、炎耐性スキルが弱いと思っているみたいですが、特定を生かせば、誰にも負けられない戦略があると思いますよ。すいません、年長者の説教みたいになってしまいましたね」
「いえ、色々試してみようと思っていたので、いいヒントをもらった気がします。ありがとうございました」
「でしたら嬉しいです。私はそろそろ行きますね。もしよかったら、おもちさんの写真を撮ってブログに乗せてもいいですか? 恥ずかしながら、年甲斐もなくハマってまして」
「ええ、もちろん構いませんよ」

 パシャ、っと撮影したあと、礼儀正しく頭を下げて消えていく英雄さん。
 温泉施設でも水着を着用しているので、スマホも持ち込み可能だ。
 今どきは熱にも温水にも強い。

 限界がきて外に出ると、御崎が興奮気味に駆け寄って来た。
 田所は胸の谷間にうずめられており、エロ目線防止となっている。

「そんなに急いでどうした?」
「さっきゴブちゃんいたんだよ! あと、君島さんも!」
「え? あ、う、うん。って、なんで知ってるんだ?」
「え? ……知らないの?」

 ポケットからスマホを取り出す御崎。
 見せてくれた画面には、君島さんとゴブリンが載っていた。

 英雄とゴブちゃんの日々、というブログ。
 閲覧数……1日100万PV!?

「毎日、ゴブちゃんとの日々をおもしろ可笑しく載せて、凄く人気なんだよ。それに、ほら。ついさっき更新された写真が!」

 そこにはおもちと俺が写っていた。コメントが既に殺到している。

『おもちかわいい』『フェニックスですか? すご!』『知ってる。配信者の人だ』

「……凄いな」
「もう帰っちゃったかなあ!? サインほしかったー」
「って、これまじか!?」

 プロフィール画面の追記のランクには、探索者ランクAと書かれていた。