俺の席は一番後ろの窓際の席。
午後はお腹いっぱいで、冬でも日差しが暖かいし心地よくて自然と目が閉じていく…
先生の声は子守唄のようにだんだんと俺を眠りの世界へと誘い、もうほとんどその声も聞こえてはこない…
あぁ、綺麗だなぁ…満開の桜…
ん…?この横顔は…俺の大好きなあいつの…
「…ずみ…おいっ!保住っ!!」
「…んぅ…?」
薄目を開き反対側を見上げると、さっきまで優しく響いていたはずの先生の子守唄も怒鳴り声に変わり、オマケに丸まった教科書が頭の上にポカっと降ってきた。
「痛ってぇ!…っにすんだよ!」
「おい、お前それが先生に対する態度か?」
「せっかく気持ちよく寝てたのにぃ…」
「まぁ、寝るのは構わんがその机の上の洪水…ちゃんと拭いとけよ?」
「あ?…うわっ///」
「はい、じゃあ今日はここまで」
いつの間にか俺の机の上は大事故になっていて、周りにいたヤツらがそれを見て大笑いしている。
そして斜め前の席で頬杖をつき振り返るあいつと目が合えば、夢の中と同じ顔で優しく微笑みかけてくる。
恥ずかしくなった俺は机の脇にかけてある雑巾を急いで掴み、洪水を拭いて再び机の上に突っ伏すと、前の席の悟が振り返って椅子に跨り背もたれに両手をついて、ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んできた。
「ふふっ!凜ちゃん、また寝てたのぉ?」
「だって眠むいんだもん…」
「暖房効いてるしこの席暖かいもんねぇ…凜ちゃんには耐えられないよねっ」
「うん…無理」
突っ伏してた顔を上げると異常に悟の顔が近くて、机を後ろに下げれば悟はその間隙間を埋めるように椅子を前にずらしてくる。
「近ぇよ」
「いいじゃんっ♡」
「良くねぇって…っ////」
悟は1年の時から同じクラスで誰に対してもそうだけど、人懐っこ過ぎて若干距離感がバクっている為、いつもこうやって俺に接近してきては甘えてくる。
まぁ嫌な気はしないけど、あいつも見てるし気にならないと言えば嘘になる。
にしても何だったんだろうあの夢…
桜が咲いてるのに、雪…?降ってた…
そのうちにホームルームが始まりやっと学校が終わると、俺たちは残りわずかになってきた放課後の時間をどう過ごすか相談する。
とは言え、する事なんて何にもないんだけど…
「凜ちゃーん、今日何する?」
「うーん、別になんでも」
「ゲーセン行こうよ!ゲーセン!!」
「俺あんま金ないよ?」
「大丈夫!悠ちゃんがいれば何とかなるって!!」
悟が悠真の元に走りよって行けばすぐに交渉成立したようで、斜め前の席で二人は盛り上がっている。
俺が悠真と仲良くなったきっかけは悟だった。
悠真と悟が同じ中学で仲が良かったから、1年の途中くらいから良く3人で遊ぶようになったんだ。
でも悠真は3年間バスケ部で俺と悟は帰宅部だったから、放課後は悟と二人で遊ぶ事が多かったけど、悠真が部活を引退した今は、特別な用事がない限りほぼ毎日3人一緒だった。
悠真に彼女ができるまでは…
「おーい凜、また寝てたの?」
「あの席無理」
「凜ちゃんは別の席だって寝ちゃうじゃんっ」
「ははっ、だよなぁ~」
それ、その笑い方…
お前が笑うとみんな釣られるように笑うんだ。
優しくて面白くて、だから女にもモテちゃうんだよな…
「悠真、今日予定ないの?」
「あぁ、今日はフリー!だから…やっちゃいますかっ♡」
「にひっ!いいねっ、悠ちゃんにかかれば誰でもコロっと引っかかっちゃうもんねっ♡」
「おっけぇ~任せろっ!」
彼女がいてもいなくても、悠真はいつでもこんな感じ。
もし…もしも俺が悠真と付き合ったらさ、俺もこんな風に振り回されんのかな。
俺、お前が他の奴と遊んでるところとか見たら結構ショックだけどな…
なんて、ありもしない妄想が頭をよぎる。
「お前さぁ…いい加減やめれば?彼女大丈夫なのかよ…」
「バレなきゃいいんだって!なぁ?」
「えぇ!?俺は知らんけどなっ!」
よくある男子高生の日常、よくある光景。
傍から見れば普通に仲の良い男友達同士にしか見えないだろうな。
そんな俺らはいつものように街に繰り出し、悠真を先頭に3人組の女の子に声をかけゲーセンで一通り遊び尽くすと、その後はみんなでカラオケ。
俺からしたら、何が悲しくてわざわざ興味のない女なんかひっかけて遊ぶんだって話だけど…
まぁ2人が楽しいならそれで良いんだ。
お前がそうやって楽しそうに笑ってる…
それだけで嬉しいから。
そんな密かな想いを募らせながら、一つ飛ばして向こうの席の悠真の横顔を眺めていた。
遊び終わって3人で歩く帰り道、坂の手前で悟と別れ、悠真と2人きり…
俺は学校にいる時間より放課後より、この時間が何より好きだ。
「まだなんか寒いよな」
「うん、そうだな」
悠真が白い息を吐き、手を擦り合わせ少し身震いする。
もし今、俺がその手を掴んだら…お前はどう思うだろうな。
あと1ヶ月で卒業…
悠真とは進路も違うし卒業したらもう会わなくなれば、こんな感情忘れちゃうのかな…
なんて少し感傷に浸ったりもするけれど、何かをはっきりさせようなんて勇気は俺には更々ない。
手を繋ぐことさえ出来なくても、最後まで友達のままで…
卒業するその日まで、俺はお前の親友として隣にいようって決めたから。
「じゃ、また明日な」
「おう、また明日」
あともう少しでこの二人の時間も終わりか…
俺のこんな気持ちに気付かなくたっていい。
いつもと変わらない別れ方で、いつものように手を振る悠真の後ろ姿を、今日はいつもより少し長く見送った。
ある日の放課後。
悠真は彼女に呼び出されたらしく、今日は悟と2人きりで暇を持て余していた。
「凜ちゃん?今日何して遊ぶ?」
「んーそうだなぁ…マックでも行く?」
「いくいくぅ~♡」
「お前何でもノッてくるよな」
「うんっ!だって凜ちゃんと一緒ならなんでも楽しいんだもんっ」
「まぁ、確かに…俺も悟といると楽しいけどさ」
楽しいのは嘘じゃない。
俺の話にいつも乗ってくれて楽しませてくれる悟の事が好きだ。
でもそれは親友として…
あいつを思う感情とは違う。
「…けど凜ちゃん、悠ちゃん居ないと寂しい?」
「はっ!?何言ってんだよっ…べ、別に寂しくなんか…っ///」
「そ…?ならいいけどさ…」
俺の気持ちを見透かしてるかのようにそう呟いた悟は少し寂しげで、何となく微妙な空気になったのを察して俺は慌てて話題を変えてマックへと急いだ。
そして向かい合わせで座ると、悟はじっと俺の顔を見つめながらジュースを飲み続ける。
気まずくて目をそらそうとすると、テーブルに置いてた手を急に掴まれてドキッとする。
すると悟は、真剣な眼差しでとんでもないことを言い出した。
「俺さ、凜ちゃんの事…好き…」
「…っ!?なんだよ…っ、急にっ…」
くりんくりんの大きな目が真剣な眼差しに変わると冗談ではない事が伺える。
正直…好かれているという自覚はあった。
だけど悟のその【好き】は俺がアイツに抱く【好き】と同じなのかどうかは分からない…
だから俺は、余計に茶化す事も掴まれている手を無下に離す事も出来ず、どうしようかと返答に迷っていると悟の表情が少しだけ和らいだ。
「俺ね、凜ちゃんの事好きなの。卒業する前に言いたくてさ…俺と…付き合ってくれない?」
俺と同じ…【好き】?
でも俺はその【好き】をアイツに伝える勇気もないし、伝える気もない。
だからと言ってその【好き】を悟に向ける事は出来なくて、断る理由をどうにか模索する。
「悟、あの…っ、ごめんっ。俺…他に好きな人がいて…」
「…そっか、わかった!じゃあ俺、応援するっ!」
「え…っ、いいよ…そんな…」
「だって俺ら友達だろ?」
「うん、けど…っ」
「だって俺…振られても凜ちゃんの事好きだからさっ!」
「悟…」
断ったのにも関わらず、いつもと変わらない明るさで逆に俺が励まされる。
ある意味で俺は悟のその天真爛漫さが羨ましい。
俺も…こんな風にあいつに想いを伝える事が出来きたなら…
悟を見てると俺にも出来るかも…
なんて勘違いを起こしそうになるけど、俺にはそもそもそんな勇気はないし、当たって砕けてしまうくらいなら言わない方がいいやって思っちゃう。
あの明るさの裏側で、悟も一人悲しんだりする事があるんだろうか。
そう思うと申し訳ない気持ちとやり切れなさで、少し胸が痛んだ。
それからというもの、いつも3人でいた帰り道は悠真と俺二人きりになってしまい、その気まずさに耐えられず昼休みに悟を捕まえて説得を試みた。
「悟っ!頼む…っ!頼むから今まで通り俺らと一緒に帰えってくれ…!」
「えー、なんで?」
「や、だって…悠真が悟の事気にするし…」
「でも凜ちゃん悠ちゃんの事好きでしょ?」
「え…っ////」
思わぬ返答に心臓が跳ね上がり、悟に気付かれてた事に驚きを隠せなかった。
図星も図星…
恥ずかしくて顔が熱くて思わず俯き、悟の制服の裾を掴んだ。
「…っ、だったら、余計にやめてくれ!頼むから2人きりにしないで欲しい…っ」
「俺…お前に振られたんだよ?」
そう言って俺の手を掴んだ悟は、子犬のように大きな瞳を揺しながら覗き込んできて、俺はハッとしてそれ以上お願いできなくなってしまった。
そうだよな…もし俺が悟の立場だったら…
そんなの拷問だよな。
「ごめん…悟、俺…っ、自分の事しか考えてなかった…」
「ううんっ、気にすんなよっ!たまにはまた一緒に帰ろうなっ♡」
「うん…っ、ありがとう…」
そんな事があったせいか、午後の授業は前にいる悟と遠くの斜め前の悠真の事が気になって気になって、授業になんか全く集中できずに諦めてノートと教科書を閉じてずっと外を眺めていた。
そして放課後…
支度を済ませ顔を上げると、悠真とばっちり目が合う。
「凜!帰ろうぜっ!」
この瞬間が恥ずかしくてたまらない。
嬉しいのを必死で抑えながら適当に返事を返せば、前にいる悟が振り返りニコニコ笑いながら「頑張れ」と口パクで伝えてきて余計に恥ずかしくなる。
「んふっ…じゃあおっ先ぃー!!」
「あっ、悟っ!?っんだよあいつ…最近付き合い悪くね?」
「彼女でもできたんじゃね…?」
「えっ!まじかよぉーっ!」
適当な嘘をついて教室から出ると、悟の彼女ってどんな子だろうな、なんて興味ありげに聞いてくる悠真は、やっぱりどう考えても女が好きなわけで、俺が入り込める隙なんて1ミリもない。
「頑張れ」なんて言われたって、何をどう頑張ったらいいのか。
俺はそんな事をぼぉっと考えながら、缶コーヒーを飲みながら片手をポケットに突っ込み歩く悠真を、無意識に見つめていた。
相変わらず、今日もかっこいいなぁ…
「ん?飲む?」
「あっ、いや……うん…////」
あまりにもじぃーっと見ていたのが物欲しそうに見えていたのか、悠真が缶コーヒーを俺の目の前に差し出してきた。
俺は、何でもないような素振りで悠真が飲んだ後の缶コーヒーを口に含む…
前まで普通に出来た事も意識すればするほど恥ずかしくて、それを悟られないように何でもない振りするのが精一杯だった。