・【17 川】


 あれから僕と陽菜は暇さえあれば、ずっと会話している。
 不思議なモノで、今のところ会話が尽きそうには無い。
 別に自殺室の話は一切していないのに。
 そう、一切していないのに。
 僕は勿論、陽菜も自殺室の話はあまりしてこない。
 しても楽しくないからだ。
 共通の話題だけども、これだけは議題に上げてはいけないタブーのように。
 でも別にそれでいいんだ。
 それ以外の話が楽しいから。
 空間はずっと真っ白い空間で、時間感覚は皆無。
 しかし睡眠を取りたいと思う気持ちだけは出てくる。
 何も食べなくても大丈夫だけども、睡眠の欲求だけは出てくる。
 だからって、ずっと起きていても病気になることは無いと思う。
 病死、みたいなことには絶対ならないと思う。
 でも人間は眠くなると寝たくなる。
 だからそうなると、僕も陽菜も眠る。
 話していると、ちょうど僕も陽菜も同じタイミングで眠たくなり、そして眠るんだ。
 きっと同じように”何か”を消費しているんだろう。平等に会話しているから。
 溝渕さんは相変わらず、こっちを見て笑って、時折何か考えている顔を浮かべて。
 でも時折、陽菜は溝渕さんとも会話するようになっていった。
 時には客いじりのように、時にはトリオ漫才師として。
 そんな都合の良い扱いで大丈夫かなと思っているけども、溝渕さんも前よりもっと楽しそうな感じだからいいに違いない。
 そんなことを考えていると陽菜がふと僕に向かって、こう言った。
《信太、そう言えば信太のさ、学校に入る前ってどうだったの?》
 陽菜からなんとなしに聞かれた言葉。
 まあ確かにそろそろ過去の話になる頃だと思っていたけども。
 僕は意図的に会話から光莉との話を除外している。
 光莉のことは考えるだけで胸が苦しくなるからだ。
 でも、今なら、今の気持ちなら、もしかしたら光莉のことも話せるかもしれないと思って、意を決したその時だった。
 自殺室に一人の男子生徒が入ってきた。
 光景が一瞬にして変わった。
 そこは小さな橋の上。
 その下には轟音を立てて流れる川があった。
 川の流れは急で、崖や岩に当たった川の水が不規則に渦を巻いていた。
 そしてジメジメとした雨の香り。
 妙に湿度は高くて蒸れたアスファルトの香りが鼻につく。
 瞬間、その男子生徒は言った。
「何でここに……」
 それを聞いた陽菜はすぐさま、
《記憶の中の場所じゃ、絶対嫌なヤツ確定じゃん! 最悪!》
 と、イライラと唇を噛みしめるように言った。
 でも
《一応様子を見よう。そうじゃないかもしれないし》
《いや絶対悪いヤツだよ! きっと橋から下に飛び込ませたんだよ!》
 確かに今までの流れから言えば、そうかもしれない。
 でも何か違和感を抱く。
 そんな僕の思考をつんざくように陽菜は大きな声で捲し立てる。
《それか野良猫を投げ捨てていたとか! 大切なモノを投げ込んだとか! だってそうじゃん! こういう時は!》
 その時、僕は一つの仮定が浮かんだので、そのことを陽菜に言うことにした。
《いや、入ってきた男子生徒は怯えているんだ。もしそういう自分にとって楽しいことをしていた人間なら、この前の人みたいに最初から怯むことは無いと思うんだ》
 冷静に言う僕に、少し落ち着いたのか、トーンダウンした陽菜は、
《う~ん、まあ確かにこの男子が恐怖しているって感じだけどもさ。それは自分がここに飛び込まないといけないってすぐ分かったからじゃない? 勘が良いというかそういうことじゃないの?》
《その線もありえるか……》
 逆に僕がトーンダウンしてしまった。
 まあ今は様子を見守るしかないかな、と思って見ていると、男子生徒の彼は、
「何でここなんだ……嫌だ……死にたくない……ここだけ嫌だ……こんな悔いの残る死は嫌だ……」
 そう言ってその場にしゃがみ込んでしまった。
 頭を抱えてぶるぶる震える彼。
 理由は分からないが、どう考えてもこの川に飛び込むことが死の条件だと思う。
 だからこうやってうずくまってしまったら、どうにもならないので、僕は出ることにした。
 念じて表舞台に立って、そしてそのあとに続くように陽菜も出てきたので、僕は
「陽菜も姿を現すのか?」
「現すよ! というか前回やっぱりアタシがいろいろ言ってやれば良かった! あの女に! 信太は正直ぬるいんだよ! ちゃんと反省させないとダメだ! アタシはもうガンガンいくよ!」
 ガンガンいくか、あんまりガンガンいかれてもとは思うけども陽菜が元気なこと自体は嬉しい。
 ただ反省とか促してもどうしようもないような気もするけども、確かに安全に自殺させるには反省させたほうがいいのかもしれない。
 いや安全に自殺させるなんて言葉、存在しないけども。
 僕と陽菜の喋り声に対して、彼はおそるおそる、こう言った。
「誰ですか、誰ですか……」
 しかし顔は上げずに、ずっと顔を足の間に隠している彼。
 それに対して陽菜が、
「顔を見せろ! 自殺室は一番死にたくない方法で! 最も屈辱的な方法で死ぬ場所なんだよ! この場所に思い出があるんだろ! ということは大体分かっているんだろ! そうやって死ぬんだよ!」
 彼は震えながら顔を上げると、すぐさまこう言った。
「深山陽菜さんと田中信太さん、ですよね、何で君たちがここにいるんだ……」
 僕のことも陽菜のことも知っている生徒だった。
 その場合はこの説明もすぐにしないといけないな。
「この自殺室は生きていたい人は死に、死にたい人は生きる部屋なんだ。僕と陽菜は死にたくてこの部屋に入った結果、未だに死ねていない。逆に君のような生きていたい人が入ってくると、死ぬための部屋に変化するんだ」
 しゃがんでいた彼はその場に尻もちをつき、座って朧げに天を見ながら、
「どんな部屋だよ……何なんだよ……ねぇ、陽菜さんに信太さん、どっちでもいいからボクのことを殴って殺してほしい……この川に飛び込むことだけは嫌なんだ……」
 それに対して陽菜は怒りながら、
「ダメだ! そもそもアタシたちは多分オマエに触れることができない! この自殺室は屈辱的な死に方をしなければいけない部屋なんだ! 今まで全員そうだったんだ! 諦めろ! オマエは自分のしたことを胸に手を当てて考えろ! まあもう答えは出ていると思うがな!」
 言われた彼はぶるぶると大きく体を震わせ、瞳に涙を溜めて、ずっと天を見ている。
 できるだけ川のほうを見ようとしていないらしい。
 僕は陽菜のほうをチラリと見た。
 陽菜は顔を真っ赤にして激高している。
 今までの陽菜が来てからの流れを考えれば、確かにそうなのかもしれないけども、陽菜の話に一つ間違いがあるとしたら、実際、必ず全員屈辱的な死に方をしたわけではない。その説明もしたんだけども、やっぱり説明だけでは深層心理には届かないといった感じだ。
 具体的に自分の心の中で反芻すれば、奈々江さんはそうではなかった。
 いや僕に看取られながら死ぬことが屈辱的ならば、そうなのかもしれないけども、やっぱりそれは違ったと思いたい。
 奈々江さんは”最期に好きな人に看取られて嬉しい”みたいなことを言っていたから。
 でもその話を今からすると、ややこしくなるので、僕はそのまま黙っていた。
 奈々江さんの話を陽菜に事前にしていれば深層心理に届くほどに理解してくれたかもしれないけども、何だか僕は自分から奈々江さんの話をしづらくて。
 いやそんな心の中の反芻は今どうでもいい。今はこの彼のことだ。
 彼はずっと天を見て、ついには涙をボロボロとこぼし始めた。
 そんな彼に痺れを切らした陽菜はさらに追い込む。
「この川に! 落としたんだろ! 人の大切な何かを! それか人自体を! 涙なんて落とす資格なんてないんだろ! オマエには!」
「確かに……ね……」
 そう呟いてから、小さく俯いて、彼は語り出した。
「資格なんてないよね……お見通しなんだね……落としたんだ……ここで命を落としたんだ……」
 首を小さく横に振った彼は、まだ何か喋りそうだったので、ここは陽菜もそれに気付いて静かにしている。
 彼は続ける。
「でも、この屈辱はボクの屈辱じゃない……いやそれともボクへの冒涜か……」
 この言葉に陽菜は大きく反応し、
「オマエの冒涜ってなんだよ! オマエが命を冒涜していたんだろ!」
 彼は顔を上げ、陽菜のほうを見ながら、真剣な瞳でこう言った。
「命を冒涜していたのは橋本たちだ! ボクは……ボクとユースケは……ユースケは……うぅっ!」
 歯を食いしばりながら、また強くうなだれた彼。
 明らかにおかしい。
 どう考えても陽菜の論は間違えている。
 そう、
「陽菜、きっと彼はここで友達を亡くしたんじゃないか」
 その言葉に陽菜はビクンと体を波打たたせた。
 ゆっくりと僕のほうを見た陽菜。
 僕は静かに頷くと、陽菜が勢いよく頭を下げながら、
「ゴメン! 勘違いしていた! オマエが誰かをこの橋の下に落としたんだと思っていたっ!」
 彼はゆっくり顔を上げ、まだ頭を下げている陽菜のほうを見ながら、
「大丈夫。多分そうだとちょっと思ったから。うん、やっぱり分かんないよね、これはボクの思い出だから」
 意外と、というのもおかしいけども、冷静そうな彼で安心した。
 僕は意を決してこのことを喋りだした。
「君、どういう思い出なのか教えてくれないかな。もしかしたらそこから本当の自殺方法が分かるかもしれないから」
 彼は唇を噛みしめながら、下を向いて考えている。
 分かっている。
 自殺したくないんだよね。
 死にたくないんだよね。
 でも。
 でもなんだ。
 ここに来たらもう死ぬしかないんだ。
 だから、
「無理だったらいいんだけども、教えてほしいんだ。僕たちは君が楽に死ねるように案内する存在として、今はここにいるんだ」
 彼は深呼吸を一回してから、その場で立ち上がって、こう言った。
「分かった……話すよ……ボクの過去を……でも、何か……途中で泣いちゃっても気にしないでね」
 そう言って少し照れ臭そうに笑った彼。
 全て言うことを決めた彼の瞳は、強い意志の炎が宿っていた。
 僕も陽菜も頷いて、そして彼は語り出した。
「まず結論から言うと、イジメられていたボクを庇う形で、ボクの親友が代わりに飛び込み、この川で命を落としたんだ」
 ある意味僕の想像通りの結末だったが、陽菜は胸のあたりを強く握った。
 どうやらこういう人だということを想像できていなかったらしい。
 陽菜は申し訳無さそうな表情を浮かべながら、その場で小さく俯いた。
 彼は続ける。
「ボクは非力だった。何もできない人間だった。ユースケが死んでも橋本たちのイジメが無くなることは無くて。なんなら必ずこの橋の上でイジメられるくらいだった。逃げたくなったら川の中に飛び込んで逃げ出せよ、と言われて。悔しかった。つらかった。でも何もできなかったんだ」
 聞いている陽菜は何だか瞳にうっすら涙を浮かべていた。
 陽菜は良くも悪くも感情的で、感受性も高い。
 だから死にたいと思ってしまったんだ。
 陽菜は自分のことを非情と言っていたが、全然そんなことは無くて。
 この学校の仕組みに、周りの人間に、瘴気を当てられて死にたくなったんだ。
 自称独善的なのに、繊細で、実際に楽しいことは大好きだけども、暗闇がすぐ近くにあって。
 陽菜はきっと今も死にたい。
 なんなら彼の話を聞いて、なお死にたくなっているだろう。
 僕も死にたい。
 彼の話は死にたくなる話だ。
 でも聞いたのは僕だ。
 僕は感情的にならず、話を聞いていこう。
 彼は言う。
「ボクはイジメが横行する世界を変えたかった。でも正規ルートではダメだと思った。だからいっぱい勉強した。そしてこの学校に入学することができた。でも、でも、やっぱりダメだった。ボクの成績は上がらなかった。ずっとドベのほうで。正直よく耐えたほうだと思うよ。下位に落ちるとイジメが勃発する。ボクは、正直、イジメられ慣れていたし、そこは大丈夫だったんだけども……やっぱり大丈夫じゃなかったのかな、心身を蝕んできていたのかな……もう終わりなんだ……多分、話しても自殺するためのヒントは無いと思うよ。でも信太さんが聞いてくれたから話しただけ。最後くらい自分の気持ちを叫びたくて話しました。どうもありがとうございました。ボクはこの川に飛び込んで死ぬしかないんだと思う。死にたくないけども、この世を変えたかったけども、ボクには無理だったんだ……だから……だから……本当は……本当は、ですよ……」
 そう段々喋るペースが遅く、溜めるようになってきた彼。
 何か言いづらいことがあるみたいだ。
 でも
「何でも言いたいことがあったら言って下さい。僕たちは聞きますから」
 すると彼は僕の目をしっかり見ながら、こう言った。
「ボクみたいなもんは、成績の低いボクみたいなもんには世界は変えられないので、信太さんのような優秀な人に、世界を変えてほしかったです」
 聞きます、と言った。
 でも。
 これほど効く言葉は無くて。
 後頭部を鈍器で殴られたような感覚。
 そうだ。
 そうなんだ。
 成績上位だった僕が、変えるべきだったんだ。
 僕のやるべきことはこれだった。
 光莉の後追いなんかじゃなかった。
 光莉のことも忘れて邁進していたくせに、光莉のことを思い出したら、今さら追いかけて。
 光莉のような人間を二度と出さないために、僕は頑張るべきだったんだ。
 申し訳無い。
 申し訳無いのは僕だ。
 隣で陽菜が間違いに悶えているが、僕がそうなんだ。
 僕が間違っていたんだ。
 正直言葉が出ない。
 彼も言葉を出切ったから何も出ない。
 川の流れる音だけが空間に響く。
 その空間を切り裂いたのは、陽菜だった。
「何で、死なないとダメなんだよ……こんな素晴らしい考えの人間が死ぬべきじゃないじゃん……自殺室って何なんだよ……訳分かんないよ……」
 ベソを掻きながら、ボロボロと涙をこぼし始めた陽菜。
 それに彼は、
「成績が悪かったからですね。競争本能をけしかけるために自殺室があるんですよね」
 僕はやっぱり、自殺室は見世物小屋だと思っている。
 誰かがこの空間を監視していて、ネチャネチャとした笑顔を浮かべながら見ているんだと思う。
 悔しいけども、悲しいけども、そういった空間なんだろうな、と思っている。
 だからこうやって悩むことは、見ている人間の思うツボなんだろうけども、考えずにはいられない。
 一体どうすればいいんだろうか、そんな不毛なことを考えてしまうんだ。
 そう考えていると、陽菜が徐々に語気を強めながら、喋りだした。
「おかしいよ……おかしいんだよ! この自殺室も! この学校も! 成績だけで決めて! 生徒の態度は全シカト! イジメが横行していても何も言わず! 落ちる人間が悪いんだというような態度! どうなっているんだよ! 蠱毒かよ! それともただの孤独かぁっ? 意味分かんねぇよ!」
「ちょっと、落ち着いてよ。陽菜。さすがにそんな叫ぶことでは・・・」
「叫ぶことだろうよ! もしかすると誰か見てんのか! 見てんなら反応しろよ! バカにしてんじゃねぇよ!」
 陽菜は橋の上で暴れ出した。
 小さな橋の上なので、橋が少し揺れている。
 でもそれ以上に揺れているのは僕の心だ。
 確かに本当に一体何なんだ。
 自殺室を見て笑っている人間がいるのならば、完全に狂っている。
 まだ報いを受ける人間を断罪するという、暴走した正義感を持っているのならば、まだ分かる。
 でも何も悪いことをしていない人に対しても、屈辱的な死に方をさせるなんて間違っている。
 目的が分からない。
 いや分かる。
 見て楽しんでいるんだ。
 そう考えれば全て通じる。
 なんて卑しい人間がいるんだ。
 同じ人間とは思えない鬼畜の所業だ。
 僕のその考えをここで言ってみるか。
 いやそうすると、もっと陽菜が暴れてしまう。
 ここは冷静な気持ちでいくか。
 と、思ったところで溝渕さんが出現し、
「まあ考えても仕方ないんだ。君がここで川に飛び込んで死ぬしか方法は無い。もし自ら自殺しようとしなければ、苦しんで死ぬことになるんだ。もし自らすぐに飛び込めば、すんなり死ねるかもしれない。でも自ら手を下せなかった場合、ずっと溺れた状態で生き、それから死ぬかもしれない。さぁ、早く飛び込むんだ」
 溝渕さんの意見はもっともな意見だ。
 でもそんなもっともな意見をすぐに受け入れる状態の陽菜じゃなくて、
「弥勒さん! そういう話じゃないんだよ! これは!」
 溝渕さんは溜息をついてから、
「そういう話なんだよ。あっ、俺はもう一人の案内人だ。まあその目は分かっていると思うが。さて、陽菜。正直に言えば今、オマエは邪魔だ。黙れ。オマエに時間を使っている暇は無い。大切なのは彼だ。違うか?」
 その言葉に怯んだ陽菜に対して、溝渕さんはもう一押し掛ける。
「こうなった以上、受け入れるしかないんだ。余計なことを考えても、苦しんで死ぬ可能性が高くなるだけだ。それよりも今は、意識があるうちに、自分の気持ちで動けるうちに死ぬこと促すことがよっぽど有意義なんだよ」
 陽菜は完全に沈黙した。
 そしてそのまま溝渕さんは彼に話し掛ける。
「君の人生は俺も聞いていた。俺は君のような清い人間を忘れはしない。君はここで死んでしまうが、俺たちは生きている限り、君のことを思い出す。君だけじゃない、君の友達のユースケくんのこともだ。誰かのことを庇うことなんてできそうで到底できることではない。高みを目指した君も素晴らしいし、庇う心を持ったユースケくんも素晴らしい。願わくば天国で仲良く笑っていてほしい」
 何だか彼は吹っ切れたような表情をした。
 そして全てを受け入れたように思えた。
 溝渕さんは大人だ。
 いや確かに大人なんだけども、そうか、そういう説得もあるのか。
 いや大人だから説得力があったのかな。
 彼は橋のヘリに立ち、最後にこう言った。
「ありがとう、ボクのためにいろいろ話を聞いてくれて。やっぱり君たちは死ぬべきじゃないよ。生きる価値があるからこうやってここで生きているんじゃないかな」
 そして彼は飛び降りた。
 陽菜は見ていられなかったが、僕と溝渕さんは落ちていく彼を見ていた。
 しかし、そこで僕は思わぬ変化を見た。
 それは彼が入水する直前に風化したからだった。
 もしかしたら彼は空中でショック死したのかもしれない。
 でも苦しむ前に終わらせたのであれば、この自殺室はただの見世物小屋ではないのか?
 なんだか変な優しさを感じてしまった。
 そうだ。
 あれに似ている。
 この優しさはまるで、光莉だ。