恋を知らないオレは、うさぎをそっと抱きしめる

 次の週末も、予告どおり瞬は泊まりに来た。

「ワタルの中で、一番仲がいい友達ってだれ?」
 寝る前のハグをしながら質問される。

「そんなの、瞬に決まってるだろ?」
「うん、なんとなくそうかなって思ってた」
「分かってんなら聞くなよ」
「一応ワタルに自由に答えてもらわないとさ、オレが誘導しちゃったら意味ないじゃん」
「瞬だったら誘導とか生ぬるいことせずに、『俺のこと一番にしてー!』ってストレートに言ってくるかと思ったわ」
 そう言ってくるところを想像してつい笑ってしまう。
「……ほんとに?」
「ほんとほんと」

「じゃあ、……ね、俺のこと一番にして?」

 瞬が唇をオレの耳に寄せてささやく。
 想像とはまったく違う言い方で、なんでか違う意味にも聞こえてきて、訳が分からないまま心臓が飛び跳ねる。
 なに、これ……。

「……っ、もう、一番だから!
 今日はこれでハグ終わり!
 おやすみ!」
 急いで身体を離してくるりと反対方向に寝返りを打った。
 顔に熱が集まっていることを気づかれていませんようにと祈りつつ、目をぎゅっとつぶって眠ったふりをした。



 その次の週に瞬が泊まりに来たとき、前回聞きそびれたことを聞いてみる。
「瞬の方こそ一番仲がいい友達ってだれだよ?」
 これでオレ以外の名前が出てきたら、ハグすんのやめてやると思いながら。

「もちろんワタルだよ?」
「あーよかった!
 何となく答えが分かってても緊張するな、これ」
「先週の俺の気持ち、分かってくれた?」
「うん、理解した」
 こくこくとうなずく。

「そしたら俺たち、一番仲いい友達同士ってことだよね」
「そうなるね」
「親友って思っててもいい?」
「いいよ、オレも親友って思っとく」
「やった。ワタルはこれまでに親友っていた?」
「いなかったなー」
「俺が初めて?」
「初めてだよ」

「俺、ワタルの初めてをもらえて、うれしい」
 抱きしめる腕に力を込めながら言うから、変な意味に聞こえてしまう。
 瞬はきっと邪心なく言っているだけなのに。

「そ、そう?」
「うん、ワタルの初めて、もっとほしいな」
 だから耳元で言うなよ……。

「……っ、そんなの他にもいっぱいあると思うぞ」
「じゃあ他の全部、ほしい」
「それはそんときになってからな!」

「他の人に取られないように、ちゃんと俺のために取っといてくれる?」
 瞬の唇が耳たぶに触れている距離でそんなことを言われても。

「取っとく! 瞬のために取っとくから!」
「よかった」
「もう寝る! ほら、ハグ終わり!」
 本当に言葉どおりの話のことだったのか、そもそもいったい何の話だったのか、邪な気持ちが自分の中に入り混じっていて、きちんと理解できたか自信がない。
 1月も下旬になっていた。
 年明けよりも、この時期の方が余計寒さを感じる。
 言わずもがな、ベッドの中も。

「さむっ、つめたっ」
 ベッドの冷たいシーツの中に潜りながら、暖をとるようにお互いハグする。
「ワタルってさ、俺以外の人とハグしたことある?」
「家族とか小さいときも含めてか?」
「含まないで」
「うーん、どうだったかなあ」
 現在から過去に向かって記憶をたどる。

「そういえば……近所に住んでいた三歳下の子が引っ越すとき、その子とハグしたかも」
「男の子? 女の子?」
「女の子だよ。その子、何歳だったかなあ。
 オレも小学生だったから、小2くらいの子だった気がする。
 学童が一緒でさ、結構遊んであげてたんだよね」
「……へー。その子、ワタルのことが多分好きだったと思うよ」
「小2だよー? ないない」
「ワタルは恋する女の子のこと分かってないな」
「そう?」
 恋多き男に言われると、何も言えない。

「これからは、俺以外の友達とハグしないでよ」
 急に子どもっぽいことを言われて、吹き出してしまう。
「結構難しいリクエストしてくるなー。
 卒業式とか色々あるじゃん。
 そんときどうすんのさ」
「そしたら、今みたいに寝る前のハグをするのは俺だけにして」
「もともと寝る前にハグしてるのは瞬だけなのに」
「でも、約束がほしいの!」
「分かったよ。これからも瞬だけにする」
 小さい子みたいに駄々をこねる瞬に、苦笑しながら約束した。
「よしよし、じゃあ寝ような? 瞬くん」
「子ども扱いしないでよ」
「してないよー。ほら、おやすみ」
「……おやすみ」
 不満げな瞬が珍しくて可愛らしかった。



 1月最後の金曜日、前の週に約束させられたことを思い出し、そういえばと問いただす。
「先週のハグの話、瞬はどうなの?
 後でよくよく考えたら、オレだけ瞬に限定されてんのが納得いかねえ」
 やっぱり対等な関係は大事でしょ。
 親友なんだから、なおさらね。

「へえ、ワタルも気になるんだ」
「は? 何がだよ」
「俺が誰とハグするのか」
「気になるというか、瞬がオレに一方的な約束をさせるからだろ」
「ワタルも俺の約束、ほしい?」
 話が思いもよらぬ方向に向かっている。
「……っ、ほしいというか、オレも約束したから瞬も約束してっていうだけだし……」
「やっぱり約束がほしいってことだよね?」
「ああもう、それでいいから!」
 だんだんめんどくさくなっていたところに、最後の一撃を加えられる。

「じゃあ、俺に『ほしい』って言って?」

「なっ……!」
「ほら、はーやく」
 いたずらっぽく笑う瞬を相手に、抵抗するのを諦めて深いため息をついた。
「これから、寝る前のハグは、……っオレだけって約束、してほしい……」
「うん、もちろんワタルだけだよ?」
 少し身体を離して、オレの顔を間近で見ながら小首を傾げつつそう言うので、とっさに赤くなった顔を隠せなかった。
「お前……分かっててやってるだろ」
「なにが?」
 とぼけるな。
「ハグ終わり! おやすみ!」
「はいはい、おやすみ、ワタルくん」
 こいつ、絶対先週の子ども扱い返しをしてやがる。
 くっそ。
 なんだか毎週末、疲れている気がする。
 気のせいじゃなく、瞬が泊まりに来ているせいだ。

「瞬が毎週泊まりに来るせいで、オレの疲れがとれねえ」
「えーっ、心外だな。
 どうして俺のせいなの?
 別の原因があるかもしれないのに」
「だって……」
 瞬の泊まり以外は何も変わりないからに決まってんだろ!
 と言ってやりたかったが、それとこれとは別で、泊まりに来ること自体が嫌なわけではないので黙るしかない。

「じゃあさ、今日はハグじゃなくて、手を繋ぐだけにしてみる?」
「どういうことだ?」
「寝る前のハグはしないけど、手を繋いだまま寝てみるって感じかな」
 確かにハグよりはオレの肉体的・精神的負担が少ないかもしれない。
「そうしよう!」
 期待を込めて瞬の提案に乗ったものの。

「なんか、寝づらい」
 天井を仰ぎながらつぶやく。
「どうして?」
 仰向けでいつも寝る瞬には分かんねえかもしれないが。
「オレ、横向きで寝たいけど、手を繋いだまま体勢を変えられない」
 繋いでいる手をどうしたらいいか分からない。
「なんだ、そんなことか。
 いいよ、ワタルが動きたいように動いて、手の位置も決めていいから」
「言ってる意味が分かんねえ」
「あ、こういう繋ぎ方のほうが動きやすいかもね」
 瞬は、手のひらを重ねて繋いでいたのを、指と指を絡ませるような繋ぎ方に変えた。
「これだとほら、ワタルが横を向いても、繋いだ手をワタルの身体と一緒に動かしやすいでしょ?」
 瞬がオレの身体をくるりと横向きにさせて、繋いでいた手もそのままオレの身体の前に持っていく。
 でもこれだと、瞬は片方の腕だけ、肘を伸ばしきってオレの身体の上に乗せたままという妙な体勢になる。
「瞬はこの体勢でちゃんと寝れる?」

「うん、寝れるよ。
 だって、ここでワタルとずっと繋がっていられるから」
 絡ませた指をぎゅっと握って、顔をオレの顔に近づけてそっと耳打ちする。

 ばっ……かやろ……。

 以前話してくれた「毎日彼氏と身体を繋げていたから眠れていた」という話を急に思い出してしまう。
 いや、繋がり方違うし!
 頭の中で訂正しても、恥ずかしさが消えることはない。
 とは言っても、手をほどきたいわけでもなくて。
「瞬がいいならこれで寝る。おやすみ」
「うん、おやすみ!」
 なぜかうれしそうな瞬にくやしさを感じながら眠りについた。
 
 瞬が泊まりに来るようになってから、目的の分からない謎に羞恥心を煽られる言動に、ただただ振り回されて週末の夜は過ぎていった。
 世間はバレンタインを迎えていた。
 今年もこれまでどおり縁遠いもので、いつも3倍返しのお返しを期待されている義理チョコを母ちゃんとユカリからもらうくらいだと思っていた。

「はい、これ、ワタルにあげる」
 オレの部屋で、瞬は綺麗な紙袋に入った包みを差し出した。
「これなに?」
「バレンタインのチョコ」
「え、オレに?」
「うん、本命だよ」
 紙袋を受け取りながら、瞬の言った言葉をすぐには理解できなかった。

「どういう意味だ?」
「ワタルのことが好きってこと」

 ハッとして瞬を見上げた。
 こわばった顔つきをしていた。
 本気の本命だということが、オレでも分かる。
 友達チョコとかの類ではなく。

「俺がこれまでしてきた恋愛は、親からもらえない愛情を埋めるための代わりだったって、ワタルのおかげでようやく気づいたよ。
 父さんと和解できて、親から欲しかった愛情をちゃんと親自身からもらえるようになって、やっと親の愛情代わりじゃなく純粋に人を好きになることができたんだ。
 それがワタルだよ」

「あ、オレ……」
 多分、オレの瞳は揺らいでいたと思う。

「うん、大丈夫。
 だから、ワタルが俺のことを好きになってくれるまで、気長に待つから」
「なんで?」
「だって、人を好きになったことがないって言ってたじゃん」
「そうだけど……」
「だからさ、まずはただ俺の気持ちだけを受け取ってよ」
「……わかった」
 俺は受け取った紙袋を見つめた。

「今日の夜は、自分の家で夕飯食べるね。
 それじゃあ」
 そう言って瞬は帰っていった。


「あら、瞬くんは?」
「自分の家で食べるってさ」
「そうなのねー、残念だわ。
 いつもどおり多めに作ったのに」
 ユカリがそんなオレをじっと見つめていた。
「何?」
 ユカリにはすべてお見通しな気がして、背を向けながらたずねる。
「何でもない」


 夕飯後、部屋にこもって、まだ中身を取り出せてない紙袋をそのまま見つめていた。
「お兄ちゃん、ちょっと入るよ」
「うわっ、急だな。
 ノックぐらいしろよ」

「瞬くんに告白されたんじゃない?」
「それはドアを閉めてから言え!」

 部屋のドアを閉めたユカリにさらに詰められる。
「で、実際どうなの?」
「……告白された」
「それで?」
「オレが瞬のことを好きになるまで、気長に待つって」
「はあー! あっそう!」
 すこぶる不機嫌そうな返事がユカリから返ってくる。
「怖えよ、だから何だよ。
 だいたい、なんでユカリは瞬の恋愛対象が男だって知ってんの?」
「最初に言ってたじゃん、『恋人』って。
 あえて彼女っていう言葉を言い直していたから、彼女じゃない恋人=彼氏かなって」
「やっぱり気づくやつは気づくもんなんだな」
 当たり前のように話すユカリを、我が妹ながら賢いと思う。

「話を元に戻すけど、お兄ちゃんは瞬くんのことどう思ってんの?」
 オレのベッドにどっかりと腰を下ろして、ユカリが問うてくる。

「好きって言われたことはめちゃくちゃうれしかった。
 でも自分の気持ちは……友達としては間違いなく好きだけど、それ以上はよく分からねえ。
 考えたこともなかったし」

「ふーん」
 絶対納得してないだろうユカリは、髪の毛をくるくる指に巻きつけながら言った。

「だったら想像してみて。
 もし、また瞬くんに彼氏ができたらどうする?」


 どくん。
 久々に心臓が跳ねた。


「……困るな」
「どう困るの?」
「……オレが瞬の一番近くにいられなくなる、から」

「他には?」
 容赦なく質問が飛んでくる。
 オレは懸命に答えようと頭をフル回転させる。
「……瞬が、他の誰かのことを想って苦しむ姿をもう見たくない」
「まだあるよね?」
「しつこいな!」
「全部言い切ってないのはそっちでしょ!」
 まるでオレの中の答えを知っているかのように、ユカリがぐいぐい迫ってくる。
 賢い妹の圧に怯みそうになるけど、拒絶だけはしてはいけないと直感的に感じ、さらに頭を悩ませて答えを振り絞る。
「ええと……あ、、、、、、!」
 嘘だろ。
「何?」
「えーっとお……」
 知らなかった。
 いつから、こんなことを、オレは……。
「何もったいぶってんの、はよ」
「あーっと……瞬のことを誰にも渡したくない、取られたくない、です……」
「そうすると、つまり?」
 畳みかけてくる。

「つまり……あの、オレは瞬のことが、れ、恋愛感情でも好きって、こと……?」
「そうなりますね。正解!」
「知ってたの!?」
「見てれば分かる。
 何年あんたの妹やってると思ってんだ」
 小馬鹿にしたような顔で見てくる。
「オレ自身が知らねえオレのことを、ユカリが知ってるっていう状況が理解できねえ」
「あのねえ、客観的な立場にいる他人の方が逆に分かるってこと、結構世の中には多いんだよ?
 自分が無意識に何をしてるかなんて、分かりようがないじゃん」
「ええ!? オレ、何かしてた!?」
「してたしてた、いーっぱいしてた」
「教えろよ!」
「いっぱいありすぎて全部覚えてないし!」
 そう言うと満足したのか、ユカリは部屋を出て行った。


 ユカリには言わなかったが、実はあのとき自分の中に見つけた瞬への想いは、他にもまだあった。

 それは、俺だけがハグしたり瞬に触れられる存在でいたい、他のやつには触らせたくない、瞬が他の誰かを想って笑う姿は絶対に見たくない、だ。

 恥ずかしすぎてユカリには知られたくなかったから、あえて言わなかったけど。

 自分の本心が内側からあれよあれよと湧いてきて、今までどこに隠れていたんだよ、と聞きたくなる。
 気づかないうちに、相当瞬に惚れていたみたいだ。

 好きという気持ちのグラデーションって、どこからが友情でどこからが恋愛感情なのか、今でも境目があんまりよく分かっていない。
 ユカリに気持ちを整理してもらえたことで、実は密かに助かっていた。

 瞬からもらった紙袋の中身を開けてみる。
 箱の中で、正方形のチョコレートが綺麗に整頓されて並んでいた。
 ひとつを取り出してかじる。
 パリッとしたミルクチョコレートが砕けると、とろけるような口どけの生チョコが舌の上にサーッと広がった。

 好きって気持ちは、甘いチョコレートみたいだ。
 もっとたくさん欲しくなる。
 自覚したら、自分の中から気持ちがあふれだして止まらない。
 バレンタインデーの次の日は土曜日だった。
 告白の返事をするために、瞬の家を朝からたずねた。
 ホワイトデーに返事をした方がいいのか迷ったけど、昨日から瞬への気持ちがあふれて止まらないから、きっとそれまで待てずにぽろっとどこかで好きだと言ってしまいそうだった。
 だったら少しでも早く瞬に伝えたかったし、昨日の今日なのに会いたくてたまらなくなっていた。
「今ちょっといい?」
「父さんもいないし、いいよ」
 一階のオートロックが解錠される。
 自動扉がひとりでに開く様子は、今のオレには瞬の心が開かれていくように感じていた。

「おはよう……」
 戸惑ったような瞬が玄関から顔を出した。
「おはよう!」
 そんな瞬とは対照的に、自信を持ってあいさつする。
 瞬の部屋に通された。

 正月に入ったときはまっすぐリビングに向かったので、部屋には初めて入ったことになる。
 ベッド脇に、大きな柴犬のぬいぐるみと細長い三日月みたいな形をした抱き枕が置かれていた。
 瞬がコーヒーを入れて持ってきてくれる。

「ねえ、あのぬいぐるみと抱き枕って……」
「そうだよ、去年まで使ってたやつ。
 今年のお正月以降は、なぜかそれを使わなくても寝られるようになったんだ」
 何かを思い出したかのように、満ち足りた顔で瞬がそう言った。
「えっ、じゃあこの一か月オレんちに泊まってたのって何だったの?」
 瞬の寂しさを埋めるために毎週末泊まりに来ていると信じて疑わなかったのに。
「んー? 俺がワタルに触れたかっただけ」
 にこにこしながらとんでもないことを言い出すので、どぎまぎしてしまう。

 オレは、目の前に置かれたコーヒーには手をつけず、一息に言った。
「昨日はチョコありがとう。
 瞬のこと、とっくに好きになってた。
 なので、オレと付き合ってください!」

 瞬の目をまっすぐ見る。
 なぜか瞬は呆然としていた。

「ワタルの初めて付き合う人間が、本当に俺でいいのかな?」
 不安そうな瞳だった。

「違うよ。
 初めてだから、最初は瞬がいいんだ」

 隣にいた瞬にぎゅっと抱きしめられる。
 はらはらと涙をこぼしている。
「ありがとう、ワタル。
 俺でよかったら、これからもよろしくお願いします」
「うん、よろしく!」
 オレは元気よく抱きしめ返した。

「でも、急になんで?
 昨日はすごく困ってたように見えたから。
 だから俺、どんなに長くかかっても待つつもりだったのに」
 態度の急変が気になるらしい。
「ユカリにさ、どやされた。
 躊躇なくこっちの気持ちを掘り下げられて、それで気づかされたんだ。
 ありがたいことではあるんだけど、妹ってマジで容赦ないわ」
 瞬が吹き出す。
「そっか、ユカリちゃんに感謝かな」
「瞬から感謝されたら、アイツ泣いて喜ぶから、そうしてやって」
 身体を離して、瞬が流した涙の跡を両手でぬぐってあげていると、ふと見つめあう形になる。

「ワタル、キスしてもいい?」
「うん」

 ゆっくり目を伏せた瞬の顔が近づいてきたので、オレも目を閉じる。
 唇に乾いた柔らかい感触が当たる。
 それが離れる気配がしたので目を開けようとすると、
「まだ目を開けたらダメだよ。
 終わってないから」
 唇のところで瞬がささやく。
「ん?」
 それってどういうことだ……と思っていたら、ペロリと下唇を舐められた。
「うわっ」
 思わず小さく叫んだら、
「んんっ……!」
 瞬の唇に覆い被せられ、口の中に瞬の舌が滑り込んだ。
 いつの間にか頭の後ろを瞬の手で押さえられている。
 オレの舌に瞬の舌が深く絡む。

 あ……ぬるぬる柔らかくてあったかくて気持ちいい……。
 頭がぼーっとして、思考のすべてが奪われていく。

 身体から力が抜けそうになり、瞬の服にしがみついていた。

 気づかないうちに潤って柔らかくなった瞬の唇に自分の唇を吸われたり、舌で歯茎をじっくりなぞられたりして、背筋がぞくぞくする。

 もっと。
「んぁ……もっと、もっとして……」
 吐息交じりの、自分のものとは思えない、思いたくない声が口から自然にこぼれ出る。

「それがワタルのお願いかな?
 いいよ、気の済むまでいっぱいしてあげるね。
 こっちにおいで?」
 唇を離した瞬が耳元でそうささやいて、言うとおりにふらふらとベッドに移動すると、優しく押し倒された。

「ワタルが俺の髪の毛触るとき、すごいドキドキしてたけど、何食わぬ顔で必死に耐えてたんだよ?
 俺が触ったら我慢できなくなりそうで……」
「ごめん、瞬の髪ってサラサラで気持ちよかったから、つい」
「今後は我慢しないからね」
 片手で前髪を触られ、ゆっくりとかきあげられるだけで気持ちよくなってしまう。
 頬が上気しているのが自分でも分かる。

「ワタル、大好きだよ……」
 熱に浮かされた瞬の瞳を下から見上げる。
「うん、オレも……」
 胸がしめつけられるような、すべてを瞬に捧げてしまいたい気持ちが身体中に広がって、どうにかなりそうだった。

 恋を知ってしまったオレは、うさぎだと思っていたオオカミに抱きしめられ、食べられる。

 でもそれは、オレ自身がまさに望んだことで。
 これからされることに期待を隠せない心臓がどくんどくんと脈打つのを全身で感じながら、再び目を閉じて唇が下りてくるのを待った。

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