世間はバレンタインを迎えていた。
 今年もこれまでどおり縁遠いもので、いつも3倍返しのお返しを期待されている義理チョコを母ちゃんとユカリからもらうくらいだと思っていた。

「はい、これ、ワタルにあげる」
 オレの部屋で、瞬は綺麗な紙袋に入った包みを差し出した。
「これなに?」
「バレンタインのチョコ」
「え、オレに?」
「うん、本命だよ」
 紙袋を受け取りながら、瞬の言った言葉をすぐには理解できなかった。

「どういう意味だ?」
「ワタルのことが好きってこと」

 ハッとして瞬を見上げた。
 こわばった顔つきをしていた。
 本気の本命だということが、オレでも分かる。
 友達チョコとかの類ではなく。

「俺がこれまでしてきた恋愛は、親からもらえない愛情を埋めるための代わりだったって、ワタルのおかげでようやく気づいたよ。
 父さんと和解できて、親から欲しかった愛情をちゃんと親自身からもらえるようになって、やっと親の愛情代わりじゃなく純粋に人を好きになることができたんだ。
 それがワタルだよ」

「あ、オレ……」
 多分、オレの瞳は揺らいでいたと思う。

「うん、大丈夫。
 だから、ワタルが俺のことを好きになってくれるまで、気長に待つから」
「なんで?」
「だって、人を好きになったことがないって言ってたじゃん」
「そうだけど……」
「だからさ、まずはただ俺の気持ちだけを受け取ってよ」
「……わかった」
 俺は受け取った紙袋を見つめた。

「今日の夜は、自分の家で夕飯食べるね。
 それじゃあ」
 そう言って瞬は帰っていった。


「あら、瞬くんは?」
「自分の家で食べるってさ」
「そうなのねー、残念だわ。
 いつもどおり多めに作ったのに」
 ユカリがそんなオレをじっと見つめていた。
「何?」
 ユカリにはすべてお見通しな気がして、背を向けながらたずねる。
「何でもない」


 夕飯後、部屋にこもって、まだ中身を取り出せてない紙袋をそのまま見つめていた。
「お兄ちゃん、ちょっと入るよ」
「うわっ、急だな。
 ノックぐらいしろよ」

「瞬くんに告白されたんじゃない?」
「それはドアを閉めてから言え!」

 部屋のドアを閉めたユカリにさらに詰められる。
「で、実際どうなの?」
「……告白された」
「それで?」
「オレが瞬のことを好きになるまで、気長に待つって」
「はあー! あっそう!」
 すこぶる不機嫌そうな返事がユカリから返ってくる。
「怖えよ、だから何だよ。
 だいたい、なんでユカリは瞬の恋愛対象が男だって知ってんの?」
「最初に言ってたじゃん、『恋人』って。
 あえて彼女っていう言葉を言い直していたから、彼女じゃない恋人=彼氏かなって」
「やっぱり気づくやつは気づくもんなんだな」
 当たり前のように話すユカリを、我が妹ながら賢いと思う。

「話を元に戻すけど、お兄ちゃんは瞬くんのことどう思ってんの?」
 オレのベッドにどっかりと腰を下ろして、ユカリが問うてくる。

「好きって言われたことはめちゃくちゃうれしかった。
 でも自分の気持ちは……友達としては間違いなく好きだけど、それ以上はよく分からねえ。
 考えたこともなかったし」

「ふーん」
 絶対納得してないだろうユカリは、髪の毛をくるくる指に巻きつけながら言った。

「だったら想像してみて。
 もし、また瞬くんに彼氏ができたらどうする?」


 どくん。
 久々に心臓が跳ねた。


「……困るな」
「どう困るの?」
「……オレが瞬の一番近くにいられなくなる、から」

「他には?」
 容赦なく質問が飛んでくる。
 オレは懸命に答えようと頭をフル回転させる。
「……瞬が、他の誰かのことを想って苦しむ姿をもう見たくない」
「まだあるよね?」
「しつこいな!」
「全部言い切ってないのはそっちでしょ!」
 まるでオレの中の答えを知っているかのように、ユカリがぐいぐい迫ってくる。
 賢い妹の圧に怯みそうになるけど、拒絶だけはしてはいけないと直感的に感じ、さらに頭を悩ませて答えを振り絞る。
「ええと……あ、、、、、、!」
 嘘だろ。
「何?」
「えーっとお……」
 知らなかった。
 いつから、こんなことを、オレは……。
「何もったいぶってんの、はよ」
「あーっと……瞬のことを誰にも渡したくない、取られたくない、です……」
「そうすると、つまり?」
 畳みかけてくる。

「つまり……あの、オレは瞬のことが、れ、恋愛感情でも好きって、こと……?」