中間テストの結果も返され、俺はいつも通り特に赤点もないけれど、良くもない結果であった。
高田は勉強の甲斐もむなしく数学と化学で赤点、松下は逆に学年トップの成績で駆け抜けた。
幸詩はそれなりに良い成績であり、音楽ではかなりの好成績だったと成績表を見せてくれた。
そして、中間が終わった俺と幸詩はというと。
「文化祭の出し物って、先生以外撮影禁止っての初めて知った」
放課後の教室、幸詩と肩を寄せ合ってのんびり話す。前よりも心の距離が近くなり、今ではこの小さなぬくもりが、どこかお互いを支えているように感じる。
幸詩は手に黒いエレキギターを握り、練習用のギターアンプに繋いで確認するように弦を弾いていた。その音色は、少しのチューニングで何度も変わる。
「まあ、なんかトラブルあってからじゃ遅いからね。あ、五組はクラスの出し物なにやるの?」
「椅子並べて音楽かけて終わりなリラクゼーションルーム、ようはサボり」
九月三週目の土日にある文化祭に向けて、そろそろ動き初めなければならない。
「頭いいな~、俺らの自由研究発表会も相当楽なの選んだのになあ」
出し物には大きく分けてクラス毎、部活毎の出し物がある。出し物はそれぞれのクラスのやる気度によるが、どうやら俺ら二人のクラスはそれぞれやる気がないようだ。
「ボランティア部は、なんかやるの?」
「うーん、設営とか運営の手伝いとかのボランティアする位かなあ。軽音部の入場整備もやる予定だし」
ボランティア部というのは、要は文化祭実行委員会の小間使いみたいなもので。シフト時間毎に色々なお手伝いをする。時間内は大変だが、終わってしまえば帰るも遊ぶも基本自由。ボランティア部所属するような俺たちには、非常に都合の良いのだ。
俺も去年は、一番朝早くのシフトで設営や受付の準備をして、クラスのシフトも終えたらさっさと帰宅したのを覚えている。
「あとは、やっぱ模擬店だよね。高校三年のみが許されててさあ、今年なにがあるんだろう」
「晴富、本当にご飯好きだよね」
「もちろん、目指せ全店制覇! いっぱい食べるよ!」
文化祭と言えばやはり、模擬店。青口学園では高校三年生のみが、模擬店を出すことができるのだ。
幸詩は「美味しいのあったら教えてね」とクスクスと笑った。
「晴富、俺の演奏、聴きに来てね」
「勿論、ソロ演奏、楽しみにしてます」
「幼馴染みが晴富に会いたがってたから、もしかしたら叩きに来るかもだけどな」
予想はしていたが、幸詩は学校内でバンドを組むことは無かった。そのため、「高確率でソロ一曲」ということで部活には伝えたらしい。
「で、曲は決めたの?」
「うん、Trill Dawerの『Bad feeling』」
「知らないなあ、洋楽もっと詳しければなあ」
「めちゃくちゃ暗い曲、ソロで弾くなら一番いいかなって。弾こうか?」
あまりにも軽い提案に、俺は少し言葉に詰まった後、「良ければ聴きたい」とお願いした。
幸詩は大きく頷くと、椅子から立ち上がり、アンプのネジを回したりエフェクターを起動したりと手際よく準備する。
「動画、撮ってほしい」
「分かった。今日は手元だけだよね。ギターもいい?」
「うん」
机に置かれた幸詩のスマートフォンを手に取り、カメラを起動する。幸詩のスマートフォンのロック画面は、あの時撮った俺とのツーショット。上手い具合に泣き腫らした自分の顔を時計で隠しているのが、恥ずかしいのかなと可愛く思える。
写真は克服し、動画の訓練を始めており、既に少しずつステップアップしている。
それでも、どうしてもレンズを向ければ、途端に表情酷く硬くなっていく。だから、俺はいつものように、お得意の話で気を紛らわせてあげるのだ。
「そうそう、幸詩さ、今日は終わったら、ラーメン行かない?」
「ラーメン? 何ラーメン?」
「それは後々決めよう」
幸詩は吹き出した後、「俺はラーメンうるさいぞ」と頬を緩める。肩からも力が抜けたのがわかった。
「はいはい、じゃあ、撮るよ」
スマートフォンの録画開始ボタンを押すと、あの独特な機械音が鳴る。幸詩は足でカウントをとったあと、ギターの弦を弾いた。
酷く暗く歪むサウンド。晴れやかな日が差し込む教室を一瞬にして、ダウナーで重く、どこか刺々しい雰囲気に変える。前を聞いた時は爽やかに聞こえた声が、物々しくも不気味さを醸し出していた。
艶やかにかっこよく、聴いた者を暗い沼に引きずるような、鬱々しい歌。
幸詩の瞳も歌と同じように光を失い、見つめられるだけで、俺の背中をぞくりと粟立たせる。しかし、身体の奥底は熱く、俺の心は全て沼へと。
見えてしまう、彼が大きな舞台で歌う姿が、ありありと。いつか遠くに行ってしまう、そんな気がする。
ああ、まさに、『Bad feeling』だ。
最後の一音弾き終わった幸詩、一度目を閉じる。そして、次の時にはいつもの控えめな彼に戻っていた。
「どうだった?」
幸詩が不安そうに顔を近づけてきた。ほんの少しでも動けば、唇が触れそうな距離だった。流石にこんなに近いと、心臓が跳ねてしまう。しかも、あんな格好いいモノを見せられたら余計だ。
「めちゃくちゃかっこよかった! 凄い! ……けど、文化祭だと大博打かも」
「それはそう」
めちゃくちゃ凄かったが、明るく楽しい文化祭には向かない選曲である。散々学生たちが楽しくやった中でこれをやるのは、かなり肝が逞しい博打だ。
幸詩はどうやら確信犯らしく、少し意地悪く笑った。
その時だった。
何か、軽い……まるでペットボトルが、床に落ちたかのような音が、廊下から聞こえた。幸詩と、俺は驚いて振り向いた。
そこには、一人の見たことない女子生徒二人と男子生徒が立っていた。その中で、真ん中に立つふわふわとした黒髪がよく似合う女子生徒。背中には大きなギターバックを背負っている。
「ご、ごめんなさい! 盗み聞きしてました! 素敵なギターと歌が聞こえてきて、どうしても聴きたくて!」
声までも可愛らしい、澄み渡るようなとはこの事がか。必死に謝る彼女に、周りの二人も一緒に頭を下げる。俺は構わないがと思いつつ、幸詩の様子をうかがう。
「大丈夫」
幸詩は困ったように眉を下げながら、言葉を返した。その顔は引きつっており、言葉に反してかなり困っているのだろう。
「よ、よかった~! 隣のクラスの、望月くんですよね。同じ軽音部の桜井美咲って言います。ベースボーカルしてます! で、こっちは……」
桜井さんの挨拶に続き、一緒に聴いていただろう二人が自己紹介する。
ベースボーカル……。
俺は、ハッと思い出した。
もしかして、幸詩が言っていた軽音部で人気の同級生の子ではないだろうか。何故そんな彼女が、こんなところにいるのだろう。
「動画も見たことあったんですが、本当に! 憑依型って感じで凄かったです」
しかも、以前から幸詩のことを知っていたようで、彼女の瞳は真っ直ぐに幸詩を捉え、熱い好意が溢れていた。
何故だろう、酷く、胸が痛い。
「単刀直入言います! 望月くん、私とバンド組んでくれませんか!」
彼女の元気な声が響く。幸詩が誘われたのは、喜ばしいことのはずなのに、何故か素直に喜べない。
俺は幸詩を見る。幸詩の瞳は、驚いたのも束の間、すぐに酷く静かに彼女を見下ろした。
「ごめんなさい、無理です」
幸詩はすぐに頭を下げた。声はどこか冷たく、決意の固さが滲んでいた。そして、俺へと視線を向ける。その視線は、桜井さんに向けたモノとは違い、柔らかく優しいモノだった。
「晴富、ラーメン食べに行こうか」
「お、おう」
幸詩は素早く片付け、俺の腕を強く掴んだ。その手は、まるで離れることを拒むかのように強い。背後では「諦めませんから!」と桜井の声が響く。
幸詩は振り返ることなく、まっすぐ教室を出て行く。俺の腕を掴む手が、何故か酷く熱くて痛かった。
高田は勉強の甲斐もむなしく数学と化学で赤点、松下は逆に学年トップの成績で駆け抜けた。
幸詩はそれなりに良い成績であり、音楽ではかなりの好成績だったと成績表を見せてくれた。
そして、中間が終わった俺と幸詩はというと。
「文化祭の出し物って、先生以外撮影禁止っての初めて知った」
放課後の教室、幸詩と肩を寄せ合ってのんびり話す。前よりも心の距離が近くなり、今ではこの小さなぬくもりが、どこかお互いを支えているように感じる。
幸詩は手に黒いエレキギターを握り、練習用のギターアンプに繋いで確認するように弦を弾いていた。その音色は、少しのチューニングで何度も変わる。
「まあ、なんかトラブルあってからじゃ遅いからね。あ、五組はクラスの出し物なにやるの?」
「椅子並べて音楽かけて終わりなリラクゼーションルーム、ようはサボり」
九月三週目の土日にある文化祭に向けて、そろそろ動き初めなければならない。
「頭いいな~、俺らの自由研究発表会も相当楽なの選んだのになあ」
出し物には大きく分けてクラス毎、部活毎の出し物がある。出し物はそれぞれのクラスのやる気度によるが、どうやら俺ら二人のクラスはそれぞれやる気がないようだ。
「ボランティア部は、なんかやるの?」
「うーん、設営とか運営の手伝いとかのボランティアする位かなあ。軽音部の入場整備もやる予定だし」
ボランティア部というのは、要は文化祭実行委員会の小間使いみたいなもので。シフト時間毎に色々なお手伝いをする。時間内は大変だが、終わってしまえば帰るも遊ぶも基本自由。ボランティア部所属するような俺たちには、非常に都合の良いのだ。
俺も去年は、一番朝早くのシフトで設営や受付の準備をして、クラスのシフトも終えたらさっさと帰宅したのを覚えている。
「あとは、やっぱ模擬店だよね。高校三年のみが許されててさあ、今年なにがあるんだろう」
「晴富、本当にご飯好きだよね」
「もちろん、目指せ全店制覇! いっぱい食べるよ!」
文化祭と言えばやはり、模擬店。青口学園では高校三年生のみが、模擬店を出すことができるのだ。
幸詩は「美味しいのあったら教えてね」とクスクスと笑った。
「晴富、俺の演奏、聴きに来てね」
「勿論、ソロ演奏、楽しみにしてます」
「幼馴染みが晴富に会いたがってたから、もしかしたら叩きに来るかもだけどな」
予想はしていたが、幸詩は学校内でバンドを組むことは無かった。そのため、「高確率でソロ一曲」ということで部活には伝えたらしい。
「で、曲は決めたの?」
「うん、Trill Dawerの『Bad feeling』」
「知らないなあ、洋楽もっと詳しければなあ」
「めちゃくちゃ暗い曲、ソロで弾くなら一番いいかなって。弾こうか?」
あまりにも軽い提案に、俺は少し言葉に詰まった後、「良ければ聴きたい」とお願いした。
幸詩は大きく頷くと、椅子から立ち上がり、アンプのネジを回したりエフェクターを起動したりと手際よく準備する。
「動画、撮ってほしい」
「分かった。今日は手元だけだよね。ギターもいい?」
「うん」
机に置かれた幸詩のスマートフォンを手に取り、カメラを起動する。幸詩のスマートフォンのロック画面は、あの時撮った俺とのツーショット。上手い具合に泣き腫らした自分の顔を時計で隠しているのが、恥ずかしいのかなと可愛く思える。
写真は克服し、動画の訓練を始めており、既に少しずつステップアップしている。
それでも、どうしてもレンズを向ければ、途端に表情酷く硬くなっていく。だから、俺はいつものように、お得意の話で気を紛らわせてあげるのだ。
「そうそう、幸詩さ、今日は終わったら、ラーメン行かない?」
「ラーメン? 何ラーメン?」
「それは後々決めよう」
幸詩は吹き出した後、「俺はラーメンうるさいぞ」と頬を緩める。肩からも力が抜けたのがわかった。
「はいはい、じゃあ、撮るよ」
スマートフォンの録画開始ボタンを押すと、あの独特な機械音が鳴る。幸詩は足でカウントをとったあと、ギターの弦を弾いた。
酷く暗く歪むサウンド。晴れやかな日が差し込む教室を一瞬にして、ダウナーで重く、どこか刺々しい雰囲気に変える。前を聞いた時は爽やかに聞こえた声が、物々しくも不気味さを醸し出していた。
艶やかにかっこよく、聴いた者を暗い沼に引きずるような、鬱々しい歌。
幸詩の瞳も歌と同じように光を失い、見つめられるだけで、俺の背中をぞくりと粟立たせる。しかし、身体の奥底は熱く、俺の心は全て沼へと。
見えてしまう、彼が大きな舞台で歌う姿が、ありありと。いつか遠くに行ってしまう、そんな気がする。
ああ、まさに、『Bad feeling』だ。
最後の一音弾き終わった幸詩、一度目を閉じる。そして、次の時にはいつもの控えめな彼に戻っていた。
「どうだった?」
幸詩が不安そうに顔を近づけてきた。ほんの少しでも動けば、唇が触れそうな距離だった。流石にこんなに近いと、心臓が跳ねてしまう。しかも、あんな格好いいモノを見せられたら余計だ。
「めちゃくちゃかっこよかった! 凄い! ……けど、文化祭だと大博打かも」
「それはそう」
めちゃくちゃ凄かったが、明るく楽しい文化祭には向かない選曲である。散々学生たちが楽しくやった中でこれをやるのは、かなり肝が逞しい博打だ。
幸詩はどうやら確信犯らしく、少し意地悪く笑った。
その時だった。
何か、軽い……まるでペットボトルが、床に落ちたかのような音が、廊下から聞こえた。幸詩と、俺は驚いて振り向いた。
そこには、一人の見たことない女子生徒二人と男子生徒が立っていた。その中で、真ん中に立つふわふわとした黒髪がよく似合う女子生徒。背中には大きなギターバックを背負っている。
「ご、ごめんなさい! 盗み聞きしてました! 素敵なギターと歌が聞こえてきて、どうしても聴きたくて!」
声までも可愛らしい、澄み渡るようなとはこの事がか。必死に謝る彼女に、周りの二人も一緒に頭を下げる。俺は構わないがと思いつつ、幸詩の様子をうかがう。
「大丈夫」
幸詩は困ったように眉を下げながら、言葉を返した。その顔は引きつっており、言葉に反してかなり困っているのだろう。
「よ、よかった~! 隣のクラスの、望月くんですよね。同じ軽音部の桜井美咲って言います。ベースボーカルしてます! で、こっちは……」
桜井さんの挨拶に続き、一緒に聴いていただろう二人が自己紹介する。
ベースボーカル……。
俺は、ハッと思い出した。
もしかして、幸詩が言っていた軽音部で人気の同級生の子ではないだろうか。何故そんな彼女が、こんなところにいるのだろう。
「動画も見たことあったんですが、本当に! 憑依型って感じで凄かったです」
しかも、以前から幸詩のことを知っていたようで、彼女の瞳は真っ直ぐに幸詩を捉え、熱い好意が溢れていた。
何故だろう、酷く、胸が痛い。
「単刀直入言います! 望月くん、私とバンド組んでくれませんか!」
彼女の元気な声が響く。幸詩が誘われたのは、喜ばしいことのはずなのに、何故か素直に喜べない。
俺は幸詩を見る。幸詩の瞳は、驚いたのも束の間、すぐに酷く静かに彼女を見下ろした。
「ごめんなさい、無理です」
幸詩はすぐに頭を下げた。声はどこか冷たく、決意の固さが滲んでいた。そして、俺へと視線を向ける。その視線は、桜井さんに向けたモノとは違い、柔らかく優しいモノだった。
「晴富、ラーメン食べに行こうか」
「お、おう」
幸詩は素早く片付け、俺の腕を強く掴んだ。その手は、まるで離れることを拒むかのように強い。背後では「諦めませんから!」と桜井の声が響く。
幸詩は振り返ることなく、まっすぐ教室を出て行く。俺の腕を掴む手が、何故か酷く熱くて痛かった。