ゴールデンウィークが終わり、ついに最初の登校日がやってきた。
 教室の窓の外には、新緑の葉が陽の光に透け、キラキラと輝いている。
 しかし、教室内は反対に全体的に暗い雰囲気に包まれていた。

「ゴールデンウィーク、終わったら、もう中間かあああ」
 高田は机に突っ伏し、購買で買った焼きそばパンを無造作に片手に握りしめている。かじりかけの焼きそばパンが、まるで彼の苦しさを代弁しているかのようだった。

「早いよね~」
 俺も購買で唐揚げ卵サンドを食べつつ、先ほど一発目の中間範囲の発表を思い返し、苦笑いを浮かべる。
 唐揚げに絡んだ美味しい照り焼きソースや、ふわふわの優しい卵サラダとは違い、現実はなんともほろ苦い。
「毎年のことだろうが。俺たち、四年目だぞ」
 松下は冷静に言い放つと、冷やしたぬきうどんを無表情でずるずると啜った。松下の言葉に、俺と高田は顔を見合わせて、微かに笑った。こんなやり取りを繰り返すのも、もう四年目かと思うと、なんだか妙に懐かしい気持ちになった。

 青口学園は三学期制のため、五月中旬からは一学期中間テストが始まる。去年までは五月に体育祭もあったのでてんやわんやだったが、近年の気候変動から秋へと変更されたので少しは楽になった。
 けれど、勉強命かつ学年の一位二位を争う松下と違い、俺と高田は正直勉強が嫌いである。

「いつもどおり、一緒に勉強したいなあ、なんて」
「それだと助かる。松下、お前ならもう完璧だろ」
「大体は、な」
 テストの時は松下にいつもお願いして、勉強を見て貰っている。今までの松下の傾向的に、ゴールデンウィークには今年の範囲分までは、勉強終えていることのがほぼなのだ。

「一応今日あったやつは、全部メモしたから任せておいて」
「白石、お前は真面目で助かる。ただ、今回は数学(いち)現代文(げんぶん)が一番ネックだよな」
 基本的に範囲等の内容をまとめるのは、唯一まともに授業を聞いている俺の役目。その範囲の情報を元に勉強を教えるのは、松下の役目だ。

 松下曰く、「他人に勉強を教えることができたら知識として身についたサインだと、研究として証明されている」とのこと。俺たちは彼の言葉を真に受け、ありがたくそのご厚意に甘えている。

 ちなみに、テストでは戦力外の高田に関しては、また別の機会に役に立ってもらうので問題ない。
 と考えている時、自分のスラックのポケットが震えた。スマートフォンを取り出して、幸詩からのメッセージが届いていた。「なんだろう?」と少し不安を抱きつつ開いてみると、驚くべき内容が目に飛び込んできた。

「今、幸詩から数Ⅰと化学の範囲、教えて貰った」
「まじか」
「あのでくの坊も役に立つのだな」
 なんと親切にも、あちらのクラスで告知された中間テスト範囲が書かれていた。
 高田はわかりやすく喜び、松下も言葉は酷いが彼なりの褒め言葉だ。
 俺はまだ文面の続くメッセージに最後まで目を通す。どうやら、他にもあるらしく、今日は一緒に勉強しないかという内容だった。

「幸詩が、今日の化学で大事なポイント出たらしくて、一緒に勉強したいって来てるけどいいかな」
俺が二人に確認すると、高田は「おけ、一度は対面で話してみたかったから」と即答し、松下は少し考えた後「共同戦線を張るのも勉強だ。構わん」と小難しい返事を返した。二人が幸詩に対しても協力的なことに、俺はほっと胸をなでおろした。
 幸詩にも、二人がいることを伝えると、すぐに「大丈夫」と返信が来た。

「じゃあ、今日は四人で。場所はやっぱ三年二組で、どう」
「六階まで上るのかよ、だりぃ……」
「まあ、このテスト時期は図書室も自習室も混むから、残当だろう」
 わかりやすくいつもの屋上階を指名すれば、高田は嫌そうに顔を歪める。しかし、松下の最もな意見を聞き、「仕方ないか」と高田は渋々了承し、焼きそばパンをかじりついた。
 俺はメッセージで、「中間が終わるまでは撮影は一旦休止かな」と返すと、幸詩からも同意の返事が返ってきた。


 今日の放課後。俺たちは三年二組にて、初めて四人で集まった。

「改めまして、望月幸詩です。よろしくお願いします」
「高田拓海」
「松下慎一だ」
 四人が向かい合わせに座った机の上には、それぞれのノートと参考書が並んでいる。互いに短く名乗り合っただけで、あとは沈黙。まるで見合いの席みたいで、俺は内心苦笑してしまった。

「じゃあ、早速勉強しようか」
 俺の声かけと共に、四人で勉強を開始した。

 それから、一時間後。
 机には数学と英語の教科書やノート、プリントが広げられており、机にはそれぞれの飲み物が置かれていた。

「うわあ、わかんな、ここの確率ってどう解けばいいの」
「晴富、それはさここを応用して……」

 隣の幸詩に尋ねると、彼は俺のノートに軽く手を置き、しっかりと目線を合わせてから説明を始めた。彼の声は落ち着いていて、一つひとつの言葉が丁寧でわかりやすい。
 幸詩は数学が得意らしく、数学が苦手な俺にとってはまさに救世主だ。
 ちなみに高田は本日二度目の居眠りによって、松下に叩かれた頭を摩りながら、今日の英語の大事なポイントを教科書に書き込んでいた。

「意外と望月は勉強しているのだな、この二人と違って」
 一時間が経った頃、松下は感心したように幸詩を褒めた。

「ありがとう。晴富は家庭科得意だよね、先生が言ってたよ」
「料理とか裁縫は昔からしているからね」
 幸詩は手短にお礼すると、俺に何故か話を振った。家庭科の先生とは中学からの付き合いなので、俺の食べることへの愛が高じて、料理が得意というのはよく知っている。
 その先生は引っ込み思案な生徒を気に掛けるタイプなので、幸詩にも話しかけたのかもしれないが、まさかの話題で少し笑いながら答えた。

「へえ、得意科目はなに?」
「一番得意なのは音楽、晴富は聴いたよね」
「うん、幸詩のギターと歌は本当に凄いもん」
 そこまで言って、俺はふと思いだし、「そういえば」と話題を切り出した。

「好きな楽器で課題曲弾くテスト、みんなは大丈夫そう?」
 音楽教科にも勿論テストがあり、暗記物の筆記テスト、学園歌の前半の歌唱テスト、課題曲の指定箇所の演奏をしなければいけないのだ。

「俺はアルトリコーダー、折るわ」
 高田はまるで悪役を決意したヒーローのように、拳を握りしめた。
「楽器の実技は捨てた」
 松下は潔い決断を表明する。
 ちなみに学園歌は四年目のため、もうすっかり身体に染みついているので問題ない。

「俺はギターでやるかな、アルトリコーダーでもいいけど」
 幸詩はやはりギターで演奏するようだ。アルトリコーダーもできた上でというのも、なんとも強い。

「すごいなあ、俺、リコーダーすらも出来ない……」
「俺が教えるよ、大丈夫だから」
「ありがとう、幸詩」
 俺の肩に重くのしかかっていた不安が、幸詩のフォローで一気に軽くなったように感じた。
 幸詩からのありがたい申し出は、本当に感謝でしかない。黒い前髪の隙間から優しく微笑む幸詩に、俺もホッとした笑顔でお礼を言う。

「おーい、俺たち何見せられてんだ」
「知らん、全員さっさと勉強しろ」
 何だか脱力した顔の高田の言葉に呼応して、険しい顔の松下は冷たく言い放つ。たしかに脱線しすぎたかと、俺たちは勉強へ戻った。