そもそも、千歳色があたしのためにこんなことをする意味がわからなかったし、いくらなんでも、こんなのやりすぎだ。
それに、後輩のあの子もあの子だ。
こんな訳のわからない男が言った言葉を真に受けて、万引きまでするだなんて、本当に頭がおかしいんだと思う。
……それとも。
あたしの秘密と引き換えに万引き、だなんて、本当にそれだけだったのかな。
万引きの罪の重さは、一般的な高校生なら誰しも知っているだろうし、私の秘密だけが狙いで、こんなことをするなんて、やっぱり不自然すぎる。
むしろ、千歳色がもっと、とんでもなく陰湿な脅し方をしたんじゃあ、ないか、って。
そう考えた方が自然だ。
「ねえ。千歳くんは、他に何をしたの?」
「何って?」
「……あの子に万引きさせるおまじない。その二以降は、何なの」
千歳色の言語で尋ねると、彼は心なしか嬉しそうに笑ってから、あたしの方に距離を詰めてくる。
「内緒」
彼の手があたしの髪の毛を耳にかけ、冷たい指で、あたしの耳介をなぞった。
途端、脊髄から湧き上がるぞわぞわとした感覚に襲われて、思わず腰が抜けそうになる。
あたしは、耳が弱かった。触られると、途端に身体全体が熱をもって、どうしようもなくなる。
でもこれは、藍だけが知っているはずだ。
なのに千歳色は、あたしのそんな弱点をまるで最初から知っていたみたいに、ピンポイントでくすぐってくる。
「……やめてよ」
語気を強くしたつもりだったのに、絞り出されたのは弱々しい声だった。
一歩、そして二歩下がる。
あたしはもう一度、口を開いた。
「千歳くん」
「ん?」
「もう、あたし、大丈夫だから、これ以上何もしないで」
あたしの言葉に目を丸くした千歳色が、どういうこと? と聞き返してくる。
「千歳くん、怖いよ。確かにあたしは、藍に近づく女は消えて欲しいって思ってるけど、ここまでのことは望んでない。
だから、もう大丈夫だから、放っておいてほしい」
彼からの返事を待たずに、あたしは図書室を後にした。
これ以上ここにいたら、彼の毒に呑まれそうだ。
彼の表情は、見ないことにした。