「あっ、あそこやない?」
札幌のJRタワー地下。店の名前が書かれたのぼりが見える。
店の前には一組の客が待っているが、タイミングよく店内から二組出てきた。
「ラッキーやんなぁ。すぐに入れるんやない?」
念のために、リストに名前を記載した。漢字で書くと、私も春香も読み方に一瞬迷う──二人とも、使っている漢字は小学校で習うレベルなのだけれど──が、こういうリストはカタカナで書くので、どちらの名前でも問題はない。そんなわけで、アケダ、と自分の苗字を記載する。
さほど間を開けず、中から店員が現れ、私たちの前の客と私たちを同時に案内してくれる。店内はカウンターとテーブル席、小上がり席に別れており、生憎カウンターとテーブル席が満席なので、と小上がりに案内された。
おまたせしました、と手ぬぐいとお茶が出てきたので、とりあえず生ビールを二つ頼む。しまった。最初から日本酒に行くべきだったか、と思ったけれど、ここは札幌だ。ビールでいくべきだろう。
「ここの店、回転寿司が有名らしいんだけどすごい混むんだって。で、こっちは同じ系列で同じように美味しいのに、比較的空いてるらしいよ。有里氏に教えて貰った」
「確かにすぐに入れたもんね。美味しいんやろう? 楽しみやわ」
手元に届いた生ビールはサッポロ。
「札幌でサッポロを飲む贅沢」
「それに乾杯、やな」
がしゃり、とガラスのジョッキがぶつかり、小さな泡が飛び散る。がぶがぶと喉に通すと、ほろ苦い泡がしゅわりと刺激した。早速とばかりに手元のメニューと壁に貼ってあるお勧めを見つつ、注文票にチェックする。
「このカスベ、ってのなんやろう」
「カスベ……。聞いたことないなぁ」
「せっかくやし、知らないものを頼んでみよう」
「そうだね。ここは日本だから、とんでもないものが、出てくることはないだろうし」
つい最近テレビで見た、地球の反対側の国の食文化を思い出す。きっとあちら側の国からしたら、同じように、日本の食文化は理解しがたいのだろうな。
焼き物、のコーナーにある『一夜干しカスベ』を一つ。炙りえんがわ、はまちに大トロ。
「自慢の活け貝にぎり、やって」
「その辺、こっちの焦がし醤油五貫セットに全部入ってるよ」
「それやったら、このセット二つずつに」
「二つ?」
春香の言葉に、思わず怪訝な顔をしてしまう。
「……喧嘩になるやろう? 私全部食べたいもん。それに灯」
「な、なに?」
「どうせ食べたいのを、どんどん食べるやろ」
「……ハイ。その通りです。全部二つずつでお願いします」
やがて、オーダーしたうちの、寿司のセットが手元に届く。
「焦がし醤油は……大トロ、サーモン、はまち、えんがわ、ホッキ貝。ううーん、どれから食べよ」
「私ははまちやね」
「白いやつから、ってやつかぁ。私もそれから──っ、美味しい。これは……なにじっとこっち見てるの」
「いや、今からグルメトークが始まるのかと」
「それってもう、お米を炊く水から褒めないとなやつじゃないの」
笑いながら、手元に残る半分のはまちを口に運ぶ。香ばしさが鼻を抜けていく。
「美味しいなぁ」
「なぁなぁ、えんがわの脂ののり方すごいわ。ちょっと贅沢すぎやないかな」
ぱくぱくとすすむ。
「番組の途中ですが」
「なんや番組って」
「私はこれから、自慢の活け貝にぎりにも手を出そうと思ってます」
つぶ貝を一口で一気に頬張った。
これは。
──美味しい。
口の中のコリコリとする食感が、脳にまで響くような感覚。新鮮だからこその歯ごたえ。シャリとネタのバランスも最高に良い。
「春香、なに、にやにやしてんのよ」
「いやぁ、灯があんまりにも美味しそうに食べてるから、良かったなぁって」
「なお。春香も相当美味しそうな顔で食べてるよ」
「マジ?」
「マジ」
「それやったら、私たち可愛い同盟やないか」
「それはなかなか良い同盟ね。もちろんリリとミヤが会員ナンバーワンツーだけど」
「それは絶対や」
ふくふくと笑う。お寿司をぺろりと平らげる頃、カスベが届いた。
「これはあれやな」
「うん、あれだね」
見覚えのある形態。一口齧り、確信を得た。
「エイひれ、や」
調べてみると、北海道では下処理したエイひれを、『カスベ』という名称で生のまま販売することが多いらしい。水カスベと真カスベがあり、真カスベの方が肉厚だという。煮付けが一般的だが、から揚げや天ぷらがおいしいらしい。食べてみたい。
「美味しいねぇ」
「これは、白米が欲しくなる味やわぁ。とりあえず……すみませーん。生もう一」
「二杯お願いします!」
十二分に腹が膨れた。〆に、と頼んだ花咲蟹の鉄砲汁が、これまた美味しい。濃厚な蟹の味噌と、花咲蟹の身がたっぷりと入り、胃袋が温まる。
これだけ食べて飲んだというのに、一人約三千円。値段を三度見するほどに破格だ。ビバ北海道。
「弾丸北海道旅としては、ええ旅程やったな」
「うん。こういうの、またしたいね」
「またしよう。私たちは、もう周りの世代に忖度なんてしなくてええんや。やりたいことを、やりたいようにやろう」
札幌駅のホーム。入ってきた電車の風を受けながら、真っ直ぐ前を向いてそう口にする春香に、私は「うん」と消えそうな声で答えた。
札幌のJRタワー地下。店の名前が書かれたのぼりが見える。
店の前には一組の客が待っているが、タイミングよく店内から二組出てきた。
「ラッキーやんなぁ。すぐに入れるんやない?」
念のために、リストに名前を記載した。漢字で書くと、私も春香も読み方に一瞬迷う──二人とも、使っている漢字は小学校で習うレベルなのだけれど──が、こういうリストはカタカナで書くので、どちらの名前でも問題はない。そんなわけで、アケダ、と自分の苗字を記載する。
さほど間を開けず、中から店員が現れ、私たちの前の客と私たちを同時に案内してくれる。店内はカウンターとテーブル席、小上がり席に別れており、生憎カウンターとテーブル席が満席なので、と小上がりに案内された。
おまたせしました、と手ぬぐいとお茶が出てきたので、とりあえず生ビールを二つ頼む。しまった。最初から日本酒に行くべきだったか、と思ったけれど、ここは札幌だ。ビールでいくべきだろう。
「ここの店、回転寿司が有名らしいんだけどすごい混むんだって。で、こっちは同じ系列で同じように美味しいのに、比較的空いてるらしいよ。有里氏に教えて貰った」
「確かにすぐに入れたもんね。美味しいんやろう? 楽しみやわ」
手元に届いた生ビールはサッポロ。
「札幌でサッポロを飲む贅沢」
「それに乾杯、やな」
がしゃり、とガラスのジョッキがぶつかり、小さな泡が飛び散る。がぶがぶと喉に通すと、ほろ苦い泡がしゅわりと刺激した。早速とばかりに手元のメニューと壁に貼ってあるお勧めを見つつ、注文票にチェックする。
「このカスベ、ってのなんやろう」
「カスベ……。聞いたことないなぁ」
「せっかくやし、知らないものを頼んでみよう」
「そうだね。ここは日本だから、とんでもないものが、出てくることはないだろうし」
つい最近テレビで見た、地球の反対側の国の食文化を思い出す。きっとあちら側の国からしたら、同じように、日本の食文化は理解しがたいのだろうな。
焼き物、のコーナーにある『一夜干しカスベ』を一つ。炙りえんがわ、はまちに大トロ。
「自慢の活け貝にぎり、やって」
「その辺、こっちの焦がし醤油五貫セットに全部入ってるよ」
「それやったら、このセット二つずつに」
「二つ?」
春香の言葉に、思わず怪訝な顔をしてしまう。
「……喧嘩になるやろう? 私全部食べたいもん。それに灯」
「な、なに?」
「どうせ食べたいのを、どんどん食べるやろ」
「……ハイ。その通りです。全部二つずつでお願いします」
やがて、オーダーしたうちの、寿司のセットが手元に届く。
「焦がし醤油は……大トロ、サーモン、はまち、えんがわ、ホッキ貝。ううーん、どれから食べよ」
「私ははまちやね」
「白いやつから、ってやつかぁ。私もそれから──っ、美味しい。これは……なにじっとこっち見てるの」
「いや、今からグルメトークが始まるのかと」
「それってもう、お米を炊く水から褒めないとなやつじゃないの」
笑いながら、手元に残る半分のはまちを口に運ぶ。香ばしさが鼻を抜けていく。
「美味しいなぁ」
「なぁなぁ、えんがわの脂ののり方すごいわ。ちょっと贅沢すぎやないかな」
ぱくぱくとすすむ。
「番組の途中ですが」
「なんや番組って」
「私はこれから、自慢の活け貝にぎりにも手を出そうと思ってます」
つぶ貝を一口で一気に頬張った。
これは。
──美味しい。
口の中のコリコリとする食感が、脳にまで響くような感覚。新鮮だからこその歯ごたえ。シャリとネタのバランスも最高に良い。
「春香、なに、にやにやしてんのよ」
「いやぁ、灯があんまりにも美味しそうに食べてるから、良かったなぁって」
「なお。春香も相当美味しそうな顔で食べてるよ」
「マジ?」
「マジ」
「それやったら、私たち可愛い同盟やないか」
「それはなかなか良い同盟ね。もちろんリリとミヤが会員ナンバーワンツーだけど」
「それは絶対や」
ふくふくと笑う。お寿司をぺろりと平らげる頃、カスベが届いた。
「これはあれやな」
「うん、あれだね」
見覚えのある形態。一口齧り、確信を得た。
「エイひれ、や」
調べてみると、北海道では下処理したエイひれを、『カスベ』という名称で生のまま販売することが多いらしい。水カスベと真カスベがあり、真カスベの方が肉厚だという。煮付けが一般的だが、から揚げや天ぷらがおいしいらしい。食べてみたい。
「美味しいねぇ」
「これは、白米が欲しくなる味やわぁ。とりあえず……すみませーん。生もう一」
「二杯お願いします!」
十二分に腹が膨れた。〆に、と頼んだ花咲蟹の鉄砲汁が、これまた美味しい。濃厚な蟹の味噌と、花咲蟹の身がたっぷりと入り、胃袋が温まる。
これだけ食べて飲んだというのに、一人約三千円。値段を三度見するほどに破格だ。ビバ北海道。
「弾丸北海道旅としては、ええ旅程やったな」
「うん。こういうの、またしたいね」
「またしよう。私たちは、もう周りの世代に忖度なんてしなくてええんや。やりたいことを、やりたいようにやろう」
札幌駅のホーム。入ってきた電車の風を受けながら、真っ直ぐ前を向いてそう口にする春香に、私は「うん」と消えそうな声で答えた。