リング中央へと飛び出す。ガードを固めて、左右へ軽く身体(からだ)を揺らしながら、加藤君の動きを観察する。

 同じくガードを固めて観察する加藤君。女子相手のせいもあり、なんなら一発ももらわずに勝つつもりみたい。

 だけど、あたしの中身って男子の世界トップランカーだからね?

 軽いタッチでジャブを放つ。この身体にはまだ慣れていないけど、動きながら腕の長さの感覚とか、フットワークで発生する歩幅の違いを修正していく。

 この体にはまだ慣れていない。車を替えたようなもので、試運転して慣れる必要が出てくる。同じ肉体でも、日常生活を送るのとリングで動くのとは勝手が違う。

 軽やかにステップを踏みながら、リング上をアメンボのように移動する。やはり経験者には分かるのか、その動きだけでどよめきが上がった。

 構えたまま同じ位置に留まる加藤君。

 ――でも、それだとあたしには勝てないよ。

 捨てジャブを放つと、立ち位置を変えながらさらなるジャブを突いていく。

 スピード重視のジャブはパンパンとガードを叩き、ガードを固める加藤君の表情が固くなる。

 ――様子見なんか、させないよ。

 ジャブ二発で距離感を掴んだあたしは、フェイントでタイミングを外してから一気に踏み込み、速いワンツーを打ち込む。

 右が当たり、加藤君の顔面が撥ね上がる。

 リングの周囲からどよめきが起こる。一瞬であたしのヤバさに気付いたみたい。

「ダウンだな」

 誰かがひとりごちる。

 そう、アマチュアの試合であれだけのクリーンヒットだとスタンディングカウントを取られる。

 たった数十秒で部室の空気が一変した。

 みんなが声を潜めて、あたしのヤバさを褒め称える。

 いいね。チヤホヤされるのは嫌いじゃない。

 このまま才能を爆発させるから、そこんとこよく見ておいてね。

 いきなり強烈なパンチを喰らって驚いた顔を見せる加藤君。悪いけど、君に驚いているヒマはないよ。

 左を突くと見せかけて、右のオーバーハンドをガードの上から叩きつける。そのまま距離を詰めると、左右のラッシュで畳みかけた。

 接近戦だと長身の方が不利だ。相手よりも長い腕は近距離での戦闘には向いていない。それが届くよりも早く、直線距離で近いあたしの強いパンチが先に当たる。

 ワンツーから左アッパーを突きあげ、右を打ち下ろし気味に振り抜いた。

 最後の右が当たり、加藤君がフラフラした足どりになる。

「マジかよ」

 どこからか、この室内の総意めいた独り言が聞こえる。

 まあ、彼らからすれば信じられない光景だろうね。

 だって、中身は世界ランカーだからね。

 言ってみれば、コナン君とテストで対決するようなものだよ。

 なんとか立ち続けた加藤君。だけど、何かに気付いた顔になった。

 目の下あたりにざっくりと切り傷が出来て、そこから血が流れていた。

「あ、ダメだ。やめやめ!」

 佐竹が思わずスパーリングを止める。

「監督、まだ出来ます!」

「アホ! スパーリングで試合に出られなくなってどうする!」

 負傷によるレフリーストップ。

 問答無用で、あたしの入部テストは終了を告げた。

 加藤君の傷が、パンチによって発生した裂傷であることは疑いの余地がない。なぜならあたしはジャック・ザ・リッパー。リングで切り裂き魔として恐れられた選手だったから。

 今回は切り傷でストップになったけど、加藤君的にはそれでも運が良かったと思う。

 ――だって、続けていれば間違いなく殺していたからね。

 いくらか物騒な言葉を胸中に秘めつつ、あたしは手ごたえを感じていた。