吾妻の指定してきた場所は港の近くにある倉庫街だった。倉庫には使われていない場所もあるそうで、荒れたまま放置すると犯罪の蔓延る危険なスポットへ変わる。
スマホの位置情報を見る限り、そこに菜々が連れていかれたようだった。
あたしはケン……じゃなくて天城楓花を呼び出すと、二人でバイクに乗って指定場所へと向かった。徒歩と電車じゃまず間に合わない場所が指定されていたけど、それはきっと吾妻がバカだったからだろう。
前世ではバイクの免許を持っていたけど、転生してからは無免許だ。知ったこっちゃない。今は人命が懸かっているんだ。後はうまくごまかすしかない。
港へ着くと、適当な場所にバイクを止める。本当は位置情報で得た菜々ちゃんの位置まで一気に行ってしまいたいところだけど、それをやると大勢の敵が待ち伏せしていて……っていうパターンが考えられなくもない。
ここからは隠密行動だ。音を立てず、敵に見つからないように菜々ちゃんのもとへ辿り着く。
少し離れた場所にいる天城に向かってアイコンタクトを送って、互いに頷く。今回はどこから吾妻の手先が出てくるか分からない。
両手にはオープンフィンガーグローブと呼ばれる総合格闘技のグローブを嵌めて、ナックルの部分には石膏が流し込んである。こんな凶器に等しいグローブで殴られたら、即人生終了になる可能性もなくもない。
だけど、相手も鉄パイプやナイフ、下手をすれば銃を持っている可能性がある。そう考えると相手の健康を気遣っている場合でもない。敵は何人いるかも分からない。そんなところにノコノコと一人で乗り込むアホもいない。だから似たような立場の天城を呼んだ。
加藤君をはじめとした男子ボクシング部員を総動員する手もあったけど、未成年ということもありきっと現場では役に立たないだろうと判断した。
さて、こちらスネーク……じゃなくて志崎由奈。これより菜々さん奪還作戦を開始する。夕日に染まった倉庫の列。ここを通って菜々さんの閉じ込められている場所を探す。
すでに辺りには人の気配があった。
いかにも悪そうな刺青をした男たちが、巡回兵よろしくその辺を歩き回っている。きっと半グレか何かをリクルートしたんだろう。
「邪魔だね、こいつら……」
あたしはプレデターよろしく、一人一人始末することにした。
巡回兵が一人で倉庫の角を曲がる。後ろから忍び寄り、肩をトントン。
「!」
振り向いた瞬間に、無防備なアゴへフルスイングの右を叩き込んだ。石膏を流し込んだナックルパートにグシャリとした感触が残る。
半グレは一発でのびて動かなくなった。念のため、手足を結束バンドで拘束してから物陰に隠す。
巡回している半グレは他にもたくさんいた。見つかれば捕まって輪姦された上に殺されるのだろう。いや、吾妻ごときの小悪党にそれが出来るのか疑問なところだけど、少なくとも巡回している半グレの放つ剣呑さを見たらそれぐらいはやりそうな気がする。
だから、一人一人をさっきみたいに始末して、確実に相手の数を減らしていかないと……。
とその時、ツーブロックの田舎っぽい顔をした半グレが自分よりも上役と思しき半グレに声をかける。
「ジュンヤの連絡が途絶えたんです」
「LINEだけじゃなくて通話は試したか?」
「それが、電話にも出なくて」
「うむ……」
あら何てこと。
半グレたちがすでに異変へと気付きはじめてしまった。
どうせバカだから統率も取れていないだろうと思っていたけど、あたしが思っているよりも敵は賢かったようだ。なんでバカな吾妻の下で働いているのかは不明だけど。
「そこにいるのは誰だ!」
振り返ると、こっちを睨む半グレがいた。
やっべー速攻で見つかってるじゃん。
ごまかせ。何とかごまかせ。
「その、散歩中に迷ってしまいまして……」
「嘘をつけ! こんな港の倉庫に散歩中のJKがいるわけねえだろ!」
まさかのド正論であたし渾身の嘘は見破られる。
まあ、そりゃそうか。たしかにこんな古びた倉庫で散歩しているJKなんているわけがないよね。自分で考えた嘘のクオリティが低すぎて苦笑いが出た。
半グレが近付いて来る。
まだあたしが志崎由奈とは気付いていないようだった。
それなら、ここで黙らせてしまえばいい。
あたしはスカートをたくし上げながら半グレに媚びるように歩み寄ると、一気に距離を詰めてアゴを左フックで打ち抜いた。「石の拳」で殴られた半グレが白目を剥いて倒れる。明らかに人間の許容値を超えた威力のようだった。
ヨシ、これで潜入ミッションを続けて……。
「敵だ! 敵が来たぞ!」
死角にいた半グレが、周囲に敵襲を知らせる。
やっちまった。隠密行動で行こうと思っていたのに。
バレてしまったものはしょうがない。
こうなったら、潜入作戦からカチコミへと切り替える。
「大佐、敵に見つかった」
「何やってんのよ」
隣を走る天城が本音を漏らす。ごめんよ。
だけど起きてしまったものはどうしようもない。あとはノンストップで吾妻タツのもとへ向かうしかない。そこに菜々さんがいるはずだ。
「ナメてるんじゃねえぞコラ!」
金属バットを持った半グレが出てくる。
うわ、本当にヤベーじゃん。
だけど、今さらビビっているわけにもいかない。あたしには「石の拳」がある。バットは長距離から振り回す分には有利だけど、一度空振りすると次の攻撃まで大きなタイムラグがある。そこさえビビらなければ勝機はあるはず。
「うらああああ!」
幸いにして、金属バットを持った半グレは考えも無しにバットを振り回すバカだった。
あたしの脳天目がけてバットが落ちてくる。そんな見え見えの攻撃、当たるはずがない。
あたしはササッと横へよけると、すぐに左斜めの角度から左フックで飛び込んだ。フックは鼻を打ち、鼻骨を粉砕した。
「ぐああ……!」
顔をおさえる半グレ。隙だらけになったので、膝蹴りで上を向かせてから右ストレートで殴り倒した。
「うわああああ!」
金属バットを持った奴が倒されたインパクトは強かったのか、他の半グレがビビって逃げた。まあ、半グレもピンキリだし、こいつらも大した悪党じゃないんだろうな。吾妻ごときがなんで半グレを率いていられるのか、少しだけ分かった気がした。
天城の方も相手にしていた半グレを一撃で倒していた。殺人フックで格闘ゲーム顔負けのぶっ飛びKOが見られる美少女は天城だけだろう。
「とりあえず、落ち着いたみたいだね」
「もう少しスマートにいくはずだったけどね」
「まあ、見つかったもんはしょうがないよね」
「あんたのせいでしょ」
天城にツッコまれつつ、あたしたちは周囲を警戒しながら菜々さんのもとへと先を急ぐ。
巡回の半グレが逃亡したせいか、位置情報が示す倉庫までは敵とのエンカウント無しで行くことが出来た。
菜々がいると思われる倉庫は一番大きなもので、小学校の体育館ぐらいの大きさがあった。
鉄製の重い引き扉を引くと、老朽化したせいか嫌な音がした。
部屋の中は暗く、夕暮れも相まって油断のならない空間になっていた。
「電気を」
あたしが周囲を警戒している間に、天城が入り口付近にある電気を点ける。現在は使われていないように見える倉庫でも、電気は止められていなかった。
「フッハッハッハ。ようやく来たか」
――なんか、イラつく声が聞こえてきた。
声のする方を見遣ると、調整不足の肥満体がドヤ顔で立っていた。どうして図体はでかいのにあんな耳障りで高い声を出せるのか。
――吾妻タツ。
お前がすべての絵図を描いていたのか。
倉庫の奥には、あたしのよく知っているでかい小悪党が立っていた。
スマホの位置情報を見る限り、そこに菜々が連れていかれたようだった。
あたしはケン……じゃなくて天城楓花を呼び出すと、二人でバイクに乗って指定場所へと向かった。徒歩と電車じゃまず間に合わない場所が指定されていたけど、それはきっと吾妻がバカだったからだろう。
前世ではバイクの免許を持っていたけど、転生してからは無免許だ。知ったこっちゃない。今は人命が懸かっているんだ。後はうまくごまかすしかない。
港へ着くと、適当な場所にバイクを止める。本当は位置情報で得た菜々ちゃんの位置まで一気に行ってしまいたいところだけど、それをやると大勢の敵が待ち伏せしていて……っていうパターンが考えられなくもない。
ここからは隠密行動だ。音を立てず、敵に見つからないように菜々ちゃんのもとへ辿り着く。
少し離れた場所にいる天城に向かってアイコンタクトを送って、互いに頷く。今回はどこから吾妻の手先が出てくるか分からない。
両手にはオープンフィンガーグローブと呼ばれる総合格闘技のグローブを嵌めて、ナックルの部分には石膏が流し込んである。こんな凶器に等しいグローブで殴られたら、即人生終了になる可能性もなくもない。
だけど、相手も鉄パイプやナイフ、下手をすれば銃を持っている可能性がある。そう考えると相手の健康を気遣っている場合でもない。敵は何人いるかも分からない。そんなところにノコノコと一人で乗り込むアホもいない。だから似たような立場の天城を呼んだ。
加藤君をはじめとした男子ボクシング部員を総動員する手もあったけど、未成年ということもありきっと現場では役に立たないだろうと判断した。
さて、こちらスネーク……じゃなくて志崎由奈。これより菜々さん奪還作戦を開始する。夕日に染まった倉庫の列。ここを通って菜々さんの閉じ込められている場所を探す。
すでに辺りには人の気配があった。
いかにも悪そうな刺青をした男たちが、巡回兵よろしくその辺を歩き回っている。きっと半グレか何かをリクルートしたんだろう。
「邪魔だね、こいつら……」
あたしはプレデターよろしく、一人一人始末することにした。
巡回兵が一人で倉庫の角を曲がる。後ろから忍び寄り、肩をトントン。
「!」
振り向いた瞬間に、無防備なアゴへフルスイングの右を叩き込んだ。石膏を流し込んだナックルパートにグシャリとした感触が残る。
半グレは一発でのびて動かなくなった。念のため、手足を結束バンドで拘束してから物陰に隠す。
巡回している半グレは他にもたくさんいた。見つかれば捕まって輪姦された上に殺されるのだろう。いや、吾妻ごときの小悪党にそれが出来るのか疑問なところだけど、少なくとも巡回している半グレの放つ剣呑さを見たらそれぐらいはやりそうな気がする。
だから、一人一人をさっきみたいに始末して、確実に相手の数を減らしていかないと……。
とその時、ツーブロックの田舎っぽい顔をした半グレが自分よりも上役と思しき半グレに声をかける。
「ジュンヤの連絡が途絶えたんです」
「LINEだけじゃなくて通話は試したか?」
「それが、電話にも出なくて」
「うむ……」
あら何てこと。
半グレたちがすでに異変へと気付きはじめてしまった。
どうせバカだから統率も取れていないだろうと思っていたけど、あたしが思っているよりも敵は賢かったようだ。なんでバカな吾妻の下で働いているのかは不明だけど。
「そこにいるのは誰だ!」
振り返ると、こっちを睨む半グレがいた。
やっべー速攻で見つかってるじゃん。
ごまかせ。何とかごまかせ。
「その、散歩中に迷ってしまいまして……」
「嘘をつけ! こんな港の倉庫に散歩中のJKがいるわけねえだろ!」
まさかのド正論であたし渾身の嘘は見破られる。
まあ、そりゃそうか。たしかにこんな古びた倉庫で散歩しているJKなんているわけがないよね。自分で考えた嘘のクオリティが低すぎて苦笑いが出た。
半グレが近付いて来る。
まだあたしが志崎由奈とは気付いていないようだった。
それなら、ここで黙らせてしまえばいい。
あたしはスカートをたくし上げながら半グレに媚びるように歩み寄ると、一気に距離を詰めてアゴを左フックで打ち抜いた。「石の拳」で殴られた半グレが白目を剥いて倒れる。明らかに人間の許容値を超えた威力のようだった。
ヨシ、これで潜入ミッションを続けて……。
「敵だ! 敵が来たぞ!」
死角にいた半グレが、周囲に敵襲を知らせる。
やっちまった。隠密行動で行こうと思っていたのに。
バレてしまったものはしょうがない。
こうなったら、潜入作戦からカチコミへと切り替える。
「大佐、敵に見つかった」
「何やってんのよ」
隣を走る天城が本音を漏らす。ごめんよ。
だけど起きてしまったものはどうしようもない。あとはノンストップで吾妻タツのもとへ向かうしかない。そこに菜々さんがいるはずだ。
「ナメてるんじゃねえぞコラ!」
金属バットを持った半グレが出てくる。
うわ、本当にヤベーじゃん。
だけど、今さらビビっているわけにもいかない。あたしには「石の拳」がある。バットは長距離から振り回す分には有利だけど、一度空振りすると次の攻撃まで大きなタイムラグがある。そこさえビビらなければ勝機はあるはず。
「うらああああ!」
幸いにして、金属バットを持った半グレは考えも無しにバットを振り回すバカだった。
あたしの脳天目がけてバットが落ちてくる。そんな見え見えの攻撃、当たるはずがない。
あたしはササッと横へよけると、すぐに左斜めの角度から左フックで飛び込んだ。フックは鼻を打ち、鼻骨を粉砕した。
「ぐああ……!」
顔をおさえる半グレ。隙だらけになったので、膝蹴りで上を向かせてから右ストレートで殴り倒した。
「うわああああ!」
金属バットを持った奴が倒されたインパクトは強かったのか、他の半グレがビビって逃げた。まあ、半グレもピンキリだし、こいつらも大した悪党じゃないんだろうな。吾妻ごときがなんで半グレを率いていられるのか、少しだけ分かった気がした。
天城の方も相手にしていた半グレを一撃で倒していた。殺人フックで格闘ゲーム顔負けのぶっ飛びKOが見られる美少女は天城だけだろう。
「とりあえず、落ち着いたみたいだね」
「もう少しスマートにいくはずだったけどね」
「まあ、見つかったもんはしょうがないよね」
「あんたのせいでしょ」
天城にツッコまれつつ、あたしたちは周囲を警戒しながら菜々さんのもとへと先を急ぐ。
巡回の半グレが逃亡したせいか、位置情報が示す倉庫までは敵とのエンカウント無しで行くことが出来た。
菜々がいると思われる倉庫は一番大きなもので、小学校の体育館ぐらいの大きさがあった。
鉄製の重い引き扉を引くと、老朽化したせいか嫌な音がした。
部屋の中は暗く、夕暮れも相まって油断のならない空間になっていた。
「電気を」
あたしが周囲を警戒している間に、天城が入り口付近にある電気を点ける。現在は使われていないように見える倉庫でも、電気は止められていなかった。
「フッハッハッハ。ようやく来たか」
――なんか、イラつく声が聞こえてきた。
声のする方を見遣ると、調整不足の肥満体がドヤ顔で立っていた。どうして図体はでかいのにあんな耳障りで高い声を出せるのか。
――吾妻タツ。
お前がすべての絵図を描いていたのか。
倉庫の奥には、あたしのよく知っているでかい小悪党が立っていた。