放課後になり、響はバンドメンバーと、香里奈たち女子四人と合計八名で、最寄り駅の近くにあるマクドナルドで昼食を済ませ、同じビルの上階にあるカラオケボックスへと向かった。
北田が既に部屋を予約してくれていたため、八人が入っても余裕があるほどの広さだった。
「私、爽健美茶」
部屋のど真ん中に陣取った香里奈がそう言うと、北田が颯爽と立ち上がった。
「じゃあ俺持ってくる」
「私、自分で選びたい」
「んじゃ、行こ」
北田と弓野、そして女子二人がドリンクを取りに部屋を出ていった。
香里奈とともに残った女子が、リモコン用のタブレットを操作している。
「香里奈、なにか入れる?」
「んー、私は後でいい」
「そう? じゃあ先に入れていい?」
女子はたったいまその存在に気がついたように、こちらへ顔を向けた。
「あ、河瀬くんたちは?」
「えっ?」
「何か歌う?」
「俺は聞く専門だから」
「じゃあ南波くんは?」
恭平はスマホ画面に注視している。そして何も答えない。
「あ、恭平も後でいいんじゃないかな」
「ふうん」
どうでもいいけど、とでもいうような表情でタブレットに視線を戻した。
こういった状況になれていない響は、どうすればいいのか、話題も何も思いつかない。女子とは、必要最低限のことか、湊のこと以外にまともに会話をしたことがないし、デフォルトで無口な恭平は、会話を振るはずがないだろうから、気まずい思いを一人で耐えるしかなかった。
泳がせていた視線を何気なく香里奈の方へ向けると、ふと目が合った。
「河──」
香里奈が何かを言いかけたとき、どやどやとした話し声と共に、ドアが開いて北田たちが戻ってきた。
「まじ? 光が?」
「ウケるんだけど!」
「あ、響たちの分はねーよ。そこまで持てなかった」
わかってるよと手で示し、響はドリンクを取りに行くために立ち上がる。
歌うつもりもなく、賑やかしい空間自体が苦手な響は、誰かが歌い始めるまで時間を潰そうと考えて、しばらく部屋から出ていることにした。
ドリンクバーでコーラを注いだあと、受付前にある待合スペースのテーブル席に向かう。
「市場調査は?」
恭平はコーヒーなのか、真っ黒の液体を入れたコップを持って向かい側の席に座った。
「まだこれからだよ」
返答したのに恭平は反応を見せず、スマホをいじり始めた。
昨日の醜態について、恭平がどう考えているのかを知りたい。ファンになったことを喜んでくれているのか、気持ち悪いと思われているのか。態度は普段通りだけど、いやだからこそ、油断していつまた熱烈トークをしてしまうかも知れず、どう受け止めたのかを知りたかった。
というのも現在の響の関心事はKyo一色だったので、それ以外の話題が思いつかず、その話題を振りたくて仕方がないのだ。
でも『ありがとう』と言っていたしな、と思い出す。次に、不快だったら態度にも出るよな、とも頭によぎる。ということは嫌ではなかったのかな?と考え始める。
「響は何を歌うんだ?」
恭平から話を振られるとは思わず、反応が遅れた。
「……えっ? なに?」
「カラオケに来たんだから歌うんだろ?」
「カラオケ? ……歌うわけないだろ」
「わざわざ来ておいて歌わないのか?」
「……恭平こそ何歌うんだ? なとり?」
「歌うかよ」
「じゃあ何? ワンオク?」
「……歌わない」
「は? なんで?」
頑なな反応を見て、もしかして自分と同じ理由だろうか?と、思いつく。
「恭平って兄弟いんの?」
まさかとは思うが、聞いてみることにした。
「いない」
「一人っ子? じゃあ、親とか友達に言われた?」
「言われたって何を?」
そのとき、テーブル席に残っていた椅子に香里奈が腰を下ろした。いつの間に来ていたのか、全く気がつかなかった。
香里奈はコップをテーブルに置き、真剣とも言える顔を向けてきた。
「河瀬くん」
「なに?」
気圧されて視線を逸らす。相手が女子なので緊張するという理由もあるが、香里奈の視線は威圧的なため、怯んでしまう。
「河瀬くんもボカロ曲作ってる?」
このタイミングなのは意外だったが、質問自体は驚くことではなかった。ギターが上手い理由を湊の存在にあると指摘されるように、なぜか響も湊のようにDTM──デスクトップミュージックをしていると勘違いをされる。機材が揃っているからと言われても、そこは本人のやる気の問題だろうに。
「……作ってない」
「隠してるの?」
珍しい返答に驚いた響は、思わず香里奈と目を合わせた。
「隠すもなにも本当にやってない」
香里奈はムッとした顔になる。
「うそつかないで」
「本当だって」
「軽音部の部室でレコーディングしてるでしょ? それ用の機材が置いてあるの知ってるよ」
響は思わず恭平を見た。興味がなさそうにスマホを見ているものの、スクロールする指は止まっている。
意気込んだままの香里奈は、言葉を続けた。
「Mistyみたいになりたい。アレグレみたいなバンドを組みたいの」
予想外の言葉に唖然とした。
「カラオケに誘ったのもそれが理由。まずは歌を聞いてもらおうと思って、北田に河瀨くんを連れてきてもらったの。最近の曲ならなんでも歌えるから、河瀬くんの聞いてみたい曲を選んで」
「いや、だから、曲なんて作ってないし、バンドは既に組んでるし」
「あんなバンドなんてどうでもいいじゃん。北田より私の方が断然上手いよ」
「だったら軽音部に入ればいい」
香里奈は再びムッとする。
「コピバンじゃなくてオリジナルでやりたいの。それに部活とかじゃなくてYoutubeに投稿とかしたいし」
「歌い手でいいじゃん」
「だから、Mistyみたいになりたいんだって! 歌い手じゃなくて、バンドのボーカルをやりたいの」
響は困惑した。
恭平に助けを求めて視線を向けるが、スマホを見ている振りをして、空気のように気配を消している。
俺じゃなくて恭平に言えよ。こいつこそ本物のボカロPだ。と、理不尽にも苛立った。
「返事は歌を聞いてみてからでもいい。自信はあるけど、ジャンルとか好みの声質とかあるだろうし。河瀨くんの作ってるジャンルを歌ってみるから、どれなのか選んで」
香里奈はコップを持って立ち上がる。
「とりあえず戻ってきて」
そう言ってスタスタと部屋へ戻っていった。
そんな香里奈の姿を唖然と目で追っていたところ、愉快げな恭平の声が聞こえた。
「曲は何を選ぶんだ?」
「……助けろよ」恭平を睨みつける。
「どうやって?」
珍しく笑みを浮かべた恭平は、立ち上がってスマホをズボンのポケットに押し込んだ。
響も合わせて立ち上がり、コップを手に持つ。
「『俺こそがボカロPだ』とかなんとか言って」
響は歩き出し、呆れ声の恭平も続いた。
「勘弁しろよ」
北田が既に部屋を予約してくれていたため、八人が入っても余裕があるほどの広さだった。
「私、爽健美茶」
部屋のど真ん中に陣取った香里奈がそう言うと、北田が颯爽と立ち上がった。
「じゃあ俺持ってくる」
「私、自分で選びたい」
「んじゃ、行こ」
北田と弓野、そして女子二人がドリンクを取りに部屋を出ていった。
香里奈とともに残った女子が、リモコン用のタブレットを操作している。
「香里奈、なにか入れる?」
「んー、私は後でいい」
「そう? じゃあ先に入れていい?」
女子はたったいまその存在に気がついたように、こちらへ顔を向けた。
「あ、河瀬くんたちは?」
「えっ?」
「何か歌う?」
「俺は聞く専門だから」
「じゃあ南波くんは?」
恭平はスマホ画面に注視している。そして何も答えない。
「あ、恭平も後でいいんじゃないかな」
「ふうん」
どうでもいいけど、とでもいうような表情でタブレットに視線を戻した。
こういった状況になれていない響は、どうすればいいのか、話題も何も思いつかない。女子とは、必要最低限のことか、湊のこと以外にまともに会話をしたことがないし、デフォルトで無口な恭平は、会話を振るはずがないだろうから、気まずい思いを一人で耐えるしかなかった。
泳がせていた視線を何気なく香里奈の方へ向けると、ふと目が合った。
「河──」
香里奈が何かを言いかけたとき、どやどやとした話し声と共に、ドアが開いて北田たちが戻ってきた。
「まじ? 光が?」
「ウケるんだけど!」
「あ、響たちの分はねーよ。そこまで持てなかった」
わかってるよと手で示し、響はドリンクを取りに行くために立ち上がる。
歌うつもりもなく、賑やかしい空間自体が苦手な響は、誰かが歌い始めるまで時間を潰そうと考えて、しばらく部屋から出ていることにした。
ドリンクバーでコーラを注いだあと、受付前にある待合スペースのテーブル席に向かう。
「市場調査は?」
恭平はコーヒーなのか、真っ黒の液体を入れたコップを持って向かい側の席に座った。
「まだこれからだよ」
返答したのに恭平は反応を見せず、スマホをいじり始めた。
昨日の醜態について、恭平がどう考えているのかを知りたい。ファンになったことを喜んでくれているのか、気持ち悪いと思われているのか。態度は普段通りだけど、いやだからこそ、油断していつまた熱烈トークをしてしまうかも知れず、どう受け止めたのかを知りたかった。
というのも現在の響の関心事はKyo一色だったので、それ以外の話題が思いつかず、その話題を振りたくて仕方がないのだ。
でも『ありがとう』と言っていたしな、と思い出す。次に、不快だったら態度にも出るよな、とも頭によぎる。ということは嫌ではなかったのかな?と考え始める。
「響は何を歌うんだ?」
恭平から話を振られるとは思わず、反応が遅れた。
「……えっ? なに?」
「カラオケに来たんだから歌うんだろ?」
「カラオケ? ……歌うわけないだろ」
「わざわざ来ておいて歌わないのか?」
「……恭平こそ何歌うんだ? なとり?」
「歌うかよ」
「じゃあ何? ワンオク?」
「……歌わない」
「は? なんで?」
頑なな反応を見て、もしかして自分と同じ理由だろうか?と、思いつく。
「恭平って兄弟いんの?」
まさかとは思うが、聞いてみることにした。
「いない」
「一人っ子? じゃあ、親とか友達に言われた?」
「言われたって何を?」
そのとき、テーブル席に残っていた椅子に香里奈が腰を下ろした。いつの間に来ていたのか、全く気がつかなかった。
香里奈はコップをテーブルに置き、真剣とも言える顔を向けてきた。
「河瀬くん」
「なに?」
気圧されて視線を逸らす。相手が女子なので緊張するという理由もあるが、香里奈の視線は威圧的なため、怯んでしまう。
「河瀬くんもボカロ曲作ってる?」
このタイミングなのは意外だったが、質問自体は驚くことではなかった。ギターが上手い理由を湊の存在にあると指摘されるように、なぜか響も湊のようにDTM──デスクトップミュージックをしていると勘違いをされる。機材が揃っているからと言われても、そこは本人のやる気の問題だろうに。
「……作ってない」
「隠してるの?」
珍しい返答に驚いた響は、思わず香里奈と目を合わせた。
「隠すもなにも本当にやってない」
香里奈はムッとした顔になる。
「うそつかないで」
「本当だって」
「軽音部の部室でレコーディングしてるでしょ? それ用の機材が置いてあるの知ってるよ」
響は思わず恭平を見た。興味がなさそうにスマホを見ているものの、スクロールする指は止まっている。
意気込んだままの香里奈は、言葉を続けた。
「Mistyみたいになりたい。アレグレみたいなバンドを組みたいの」
予想外の言葉に唖然とした。
「カラオケに誘ったのもそれが理由。まずは歌を聞いてもらおうと思って、北田に河瀨くんを連れてきてもらったの。最近の曲ならなんでも歌えるから、河瀬くんの聞いてみたい曲を選んで」
「いや、だから、曲なんて作ってないし、バンドは既に組んでるし」
「あんなバンドなんてどうでもいいじゃん。北田より私の方が断然上手いよ」
「だったら軽音部に入ればいい」
香里奈は再びムッとする。
「コピバンじゃなくてオリジナルでやりたいの。それに部活とかじゃなくてYoutubeに投稿とかしたいし」
「歌い手でいいじゃん」
「だから、Mistyみたいになりたいんだって! 歌い手じゃなくて、バンドのボーカルをやりたいの」
響は困惑した。
恭平に助けを求めて視線を向けるが、スマホを見ている振りをして、空気のように気配を消している。
俺じゃなくて恭平に言えよ。こいつこそ本物のボカロPだ。と、理不尽にも苛立った。
「返事は歌を聞いてみてからでもいい。自信はあるけど、ジャンルとか好みの声質とかあるだろうし。河瀨くんの作ってるジャンルを歌ってみるから、どれなのか選んで」
香里奈はコップを持って立ち上がる。
「とりあえず戻ってきて」
そう言ってスタスタと部屋へ戻っていった。
そんな香里奈の姿を唖然と目で追っていたところ、愉快げな恭平の声が聞こえた。
「曲は何を選ぶんだ?」
「……助けろよ」恭平を睨みつける。
「どうやって?」
珍しく笑みを浮かべた恭平は、立ち上がってスマホをズボンのポケットに押し込んだ。
響も合わせて立ち上がり、コップを手に持つ。
「『俺こそがボカロPだ』とかなんとか言って」
響は歩き出し、呆れ声の恭平も続いた。
「勘弁しろよ」