一晩考えて出た結論は、普段通りに接することだった。
 してしまったことは仕方がない。ボカロPとして投稿しているくらいだ。ファンが増えたら、喜びこそすれ不快ではないだろう、と開き直ることにした。
 とは言え気恥ずかしさはあるので、緊張はしてしまう。おそるおそる教室を覗くと、恭平の姿はまだなく、ホッと安堵した、と思いきやその直後に肩を叩かれた。
「忘れ物」
 振り向いた先に、紙袋を差し出している恭平がいた。
「おはよう……」
「美味かった」
 紙袋を受け取ると、恭平は横をすり抜けて自分の机のほうへ向かった。響は迷ったが、意を決して恭平を追いかけた。
「あの……ごめん。弁当……」
 恭平は鞄の中身を机にしまいながら顔を上げる。
「食べた。美味かった」
 表情も反応もいつも通りだ。
「ごめん」
「美味かったって。本当は腹減ってたからありがたかった」
「……うん、ごめん」
 弁当以外にも、気持ちの悪いほどの熱烈トークをしたことを謝りたかった。しかし、どう謝ればいいのかわからず、ただ『ごめん』と繰り返すしかできない。
「しつこい。むしろ嬉しかったんだから、もうやめろ」
 優しい物言いだが視線を逸らされた。なんだか、ほんのり頬を赤くしているようにも見える。しつこすぎたせい? それとももしかして、響と同様に恥ずかしいのだろうか?と思いたくなるような反応だった。
 
「よお、響」
 後ろから北田の声が聞こえた。振り向くと、北田の横に当然のように弓野もいる。
「はよ」
「今日昼飯マックにしてそのあとカラオケ行こうぜ」
「え……」
 その誘いの言葉で、響の頭の中に様々なことが展開された。
 普段から午前授業の日も部活には出るので弁当を作ってもらっているが、今日は弁当箱を忘れたからと作ってもらえなかった。カラオケに誘うということはこの二人は部活に出るつもりはないだろう。部室に行ったら恭平と二人きりになる。それは少し気恥ずかしい。本来ならばそんな暇はないと断る話だけど、今日に限ってはありがたい誘いかもしれない。
 出た結論を口にした。
「行く」
「よしよし」
 北田が響の頭をもみくちゃにする。響が抵抗して手をはねのけようとすると、
「香里奈たちも来るから」
 そう弓野がニヤニヤとして言ったので、手を止めた。
 女子が来ると聞いて途端に行く気が失せた。断ろうとしたとき、北田が先に口を開いた。
「向こうは四人だから南波も来いよ」
 どうせ断られるだろうな、という表情で恭平を見ている。その横で響も、さすがに恭平は来ないだろうと思った。
「わかった」
「まじ?」
 響の心の声と同じ言葉を北田が放った。続いて弓野も驚きの声を上げる。
「南波の歌聞くの初めてかも」
「ドラムも上手いし、歌も上手かったりして」
「多分お前より上手いよ」
「じゃボーカル交代だな」
「お前ドラムできんの?」
「ギターボーカルならぬドラムボーカルでだな」
 言いながら、北田と弓野は自分たちの席の方へ離れていった。

「恭平、まじで行くの?」
 恭平はこちらを一瞥したが、すぐにまたスマホに視線を戻す。
「歌うわけ?」
 歌えないからボカロだと言っていたはずなのに、というか恭平が承諾したこと自体、未だに信じられない。
「響こそ」
「俺?」
 理由を正直に話すのは恥ずかしかったため、適当なことを言って誤魔化すことにした。
「俺は市場調査のために」
 恭平は思わずといった風に顔を上げる。
「市場調査?」
「みんな最近どんなの歌ってるのかなって」
「ああ」
 納得したような声で再びスマホに視線を戻す。
「恭平も?」
「なにが?」
「いや、理由。珍しいじゃん」
 珍しいというか初めてではないだろうか。今まで学校の活動かバンド以外で、誰かといるところなんて見たことがない。
「俺は歌が聴きたい」
 行くと言ったこと以上に驚いた。
「北田の? もしかして弓野?」
「そんなわけないだろ」
 ということは……と考えて思いついた。
 恭平も男子高校生だ。女子もいると聞いて興味を引かれても不思議じゃない。自分と同類だと思っていたものの、響が勝手に思い込んでいただけで、恭平だって思春期真っ盛りのお年頃なのだ。
 しかも香里奈はとてつもなく可愛い。香里奈が学校で一番人気がある女子だということは、響ですら知っている。彼女の友人グループの女子たちも美女ぞろいで、普段は同じように目立つ男子グループとつるんでいるはずなのに、軽音部のような地味な存在とカラオケだなんて、あり得ないほどのことだ。二度とないだろう。
 チャンスを逃すまいとして、珍しくも誘いに乗ったのだろうか?
 恭平らしくないと、なぜか不満を覚えつつも、それ以外に理由は思いつかなかった。