一刻も早く恭平の曲を聴いてみたい。ドラムとギターだけでもツボだったし、他の曲も好みに違いない、と期待で胸がいっぱいだった。
 ここまで来たら見咎められないだろうと考えて、昇降口を出たところでイヤホンを耳にいれた。ニコ動のアプリを開き、『Kyo』と入力をして検索をかける。ざっと見ただけでも10人ほどの同名アカウントが表示された。
 ひとつひとつ聴いて確認して、それらしきアカウントに目星をつける。それらしきというのは、恭平の演奏から察したわけだが──間違いないだろうと聞き始めた。

 期待以上だった。ギターもめちゃくちゃ上手い。いいところでリフが入る。ベースとドラムとの掛け合いがかっこいい。打ち込みのものもあるが、新しい曲の中には生音のものもある。いつの間にレコーディングをしていたのだろう。
 こんなかっこいい曲を作れるなんて思わなかった。音楽バカで、自分と同類だと思っていたことが恥ずかしい。恭平の音楽に対する姿勢はレベルが違う。
 ギターには負けない自信はあるけれど、誇れるところはそこだけだ。ギター以外に何もできない。比べる必要はないとは言え、圧倒された分、その差を感じて少し凹んだ。

 恭平の曲を聞きながら家路につき、自宅へ帰ってからも夢中で聞き続けた。
 翌日からは三連休だということもあり、朝日が上るまでむさぼり聞いて、朝方眠って昼頃起きて、食事を摂るとまた聞いた。
 響は一度ハマると夢中になるタイプで、始終そればかりを繰り返し聞いて、ギターで弾きこなせるようになるまで落ち着くことができない。
 Kyoは5曲投稿していたので、最初に惹かれた曲から順に耳コピをして、口ずさみながら練習を始めた。

 最近は夢中になるアーティストに出会っていなかったこともあり、新たな魅力に夢中になるのは久しぶりのことだった。
 いつしか羨みや凹みはすっかり吹き飛び、Kyoは友人の恭平だということも忘れて、一人のアーティストとして惚れ込み、夢中になっていった。

 明けた火曜日は午前終わりで、部活動は自由だった。放課後になり部室へ行くと、北田と弓野は、昼飯を買ってこなかったからと言って下校し、いつものように恭平と二人きりになった。

「食わないの?」
 響は弁当を食べ始めたが、恭平は部室に来てすぐにドラムスローンに座ったまま、食べようとする素振りを見せない。
「コンプレッサー買っちまって金がない」
「え? 昼抜き?」
「別に腹減らないし」
 男子高校生が昼を抜くなど、絶食と同じではないかと心配になる。
「食いかけだけど食う?」
 響は半分になった弁当箱を差し出す。
「いらねーよ!」
「嫌い? 食いかけが嫌だった?」
 弁当はオムライスと唐揚げだ。
「嫌いでもないし食いかけは構わないが、要らん」
「なんで?」
「もらえるかよ!」
 ムキになっているところが、『食べたい』と同意な気もする。そう考えて、響はドラムのすぐ隣の机の上に弁当箱を置いた。
「まあ、食べなよ。俺はもういい。それよりさ」
 ギターを手に取って別の椅子に座り、アンプのスイッチを入れて、Kyoの『ディスコミュニケーション』を弾き始めた。今にも弾きたくてウズウズしていたのだ。いの一番に気に入り、最初に弾きこなせるようになった曲だった。

 三連休の間ヘッドフォン越しだったから、アンプに繋いで思いきり弾きたかった。念願が叶ったことで演奏に入り込み、徐々に陶酔状態になってきた。
 新しくハマったボカロ曲を練習し、ここまで弾きこなせるようになったんだと、恭平に聞いてもらって、その魅力を滔々と語る。親しくなって以来何度も繰り返してきたことだ。

 弾き終えた響は満足し、ドヤ顔で恭平を見た。
「いいだろ? 三連休の間ドハマリして、ずっと聞きまくってたんだ」
「……まじで? ……つーかやっぱ、上手いな」
 感心したような声を聞いて顔がほころぶ。
 演奏を聞いてもらったのだからと、今度は曲の魅力と、Kyoの良さを説明し始めた。
 このモードに入った響は、相手がドン引きしてようが、どんな表情をしてようがお構いなしになってしまう。他人と親しくなれず、引っ込み思案な性格は、これを自覚しているせいでもある。親しくなるとこういった真似をしてしまって、自分でも止めることができないため、引かれるのが怖い。しかし、恭平はそんなウザ語りに付き合ってくれるばかりか、むしろ嬉しそうな顔をして相手をしてくれるから、恭平の前だけは遠慮なく見せられる一面だった。
 今回も、恭平だからとお構いなしに喋りまくっていたのだが、その夢中になっているKyoが、目の前にいる恭平なんだということは抜け落ちたままだった。

「──というわけだよ。とにかく凄いんだ、Kyoは! めちゃくちゃかっこいいんだ!」
「ああ、ありがとう……」
 普段なら笑顔で乗ってきてくれるはずの恭平が、珍しくドン引きした様子で苦笑いしているのを見て、響はようやく気がついた。

 そうだ、Kyoは恭平だ。本人だった!

 みるみる顔が熱くなり、取り繕おうと焦り、弁当箱を指で差す。
「あっ、だから、というわけで、弁当やるよ」
 そう言って、ギターを置いたまま、慌てて部室から駆け出した。

 走っているせいなのか、精神的な冷や汗なのか、全身がびっしょりになりながらバスに乗り込んだ。もう部室には戻れない。どんな顔をして戻ればいいというのか、と困惑し、自宅へ帰ることにした。

 褒めちぎったのだから不愉快にはならなかったとしても、さすがにあれはない。ドン引きした恭平の表情が頭から離れない。
 しかも食べかけの弁当を置いてくるとは、処理に困ったことだろうと、重ね重ね申し訳なくなり、響は頭を抱えた。