歌い始めてからというもの、ギターを弾く以上にのめり込んでいた。ギターの練習に集中しようとしても、弾き始めると自然と口ずさみ、歌の方に意識が向いてしまう。
しかし歌っていると香里奈のことを思い出してしまい、苛立ちが募ってくる。それを振り払おうとしてギターを弾き始めると、自然とKyoの曲を選んでしまってまた思い出す。ぐるぐると感情が一周し、逃れたくても逃れられない負のスパイラルにハマってしまうのだ。
Kyoのことがどうしようもなく好きなのである。日を追うごとに夢中になっている。恭平に対して歓喜と怒りと絶望を味わっていても、演奏せずにはいられない。どうにかして歌とギターを自分のものにしたくて堪らない。そうドツボにはまり、躍起にもなって演奏し続けていた。
部室に行けば、恭平と香里奈が練習しているはずだと考えて、自宅で一人そのように鬱積した日々を過ごしていた。
しかし一週間ほどすると、恭平に会いたくてたまらなくなってきた。孤独が嫌だったわけではない。それは慣れている。そうではなくて、恭平の顔を見たくなり、会話をしたくなった。Kyoを弾いて歌うごとにその想いが募り、香里奈と一緒でも構わないと思うほどに、その想いが高まっていた。
その日、早い時間を狙って久しぶりに部室に顔を出した。予想通り、まだ誰も来ていない。二人が親しくしているところに飛び込むよりも、待ち構えていたほうが気が楽だと考えたからだが、実際に来てみると、それもそれで嫌かもしれないとも感じ始めた。
そうは言っても既に来てしまったのだから、それならば思いっきりギターを弾いてやると意気込んで、気持ちを切り替えた。
ギターを取り出してアンプに繋ぎ、何を弾こうかと考える。恭平たちが来たときにKyoの曲を弾いている姿を見られたくないと考えて、なとりを選んだ。
アコギがあればベストなのに。
そう考えたら、壁にもたれかかっていた恭平のエレアコが目に留まる。
勝手に借りるのは気が引けたが、置きっぱなしなのが悪いんだと言い訳をしながら、エレアコの誘惑に負けて手に取った。
「ああ、やっぱこれだな」
鳴らした瞬間しっくりきた。なとりを一本で弾くならアコギに限る。
なとりの『糸電話』を弾き始めた。弾いていたら乗ってきて、歌も口ずさみ始めた。
最初は小さな声でぼそぼそと歌っていたが、9時を過ぎても誰も来ないので気が緩み、部室なので大声で歌っても構わないだろうと、ノリノリで歌い始めた。河原やカラオケと違って、ギターもかき鳴らしながら歌えるので楽しくなってくる。
それから、同じなとりの『フライデー・ナイト』に移った。
恭平がキーボードで弾いていたアレンジを思い出して、ギターを合わせたら最高なんじゃないかと妄想が進み、慌てて振り払う。
バンドを組む恭平にそんな暇はない。それに、恭平の前では歌わないと決めたはずだ。
そう言えばと、Kyoの『千秋楽』も似たアプローチができる曲だと思いつき、考え始めたらうずうずとしてきて、続いて弾き始めた。歌いこんでいたから歌詞もばっちりだったため、これまた練習した通りに本気で歌った。
歌っているところを見られたら面倒だなと思いながらも、聞かれてもいい、いやむしろ聞いてくれとの思いで歌っていた。
恭平が顔を出して「やっぱり組むなら響しかいない」と気がついてくれないものかと、期待していた。
香里奈よりも自分のほうがKyoの曲を歌いこなせるし、声も合っているはずだ。それなのになぜ香里奈なんだ。なぜ俺ではないんだと、混乱が怒りに変わり、聞かせてやりたくてたまらなかった。
しかし恭平は現れなかった。
毎日のように来ているくせに、なぜ今日に限って来ないのだと腹の中で悪態をつく。もしかしたら、香里奈とスタジオかどこかで練習しているのかもしれないとも思いついて、ますます苛立ちが募る。
その理不尽な怒りの原因は自覚していた。香里奈に対する嫉妬だ。
湊に否定され、頑なに歌わないようにしていたくせに、本音では未だに自分は歌が上手いはずだと思っていた。Mistyに劣る理由が理解できず、自分んが下手だからだと思い込もうとして自尊心を押し潰しても、そんな想いがわずかばかり残っていた。
その想いが恭平の言葉で再び膨らんできたのだ。それなのに香里奈を選ぶなんて、と嫉妬の炎が燃え上がっていた。
演奏をやめて一息ついたとき、空腹を感じて時計を見ると11時半だった。早めに来たから朝食もろくにとっていない。それを思い出し、近くのコンビニに向かうことにした。いや、もう帰ろうと考え直す。
ここにいても恭平は来ない。それならば自宅に帰ろう。
そう決めて、片付けを始めた。
部室の外に出ると、目の前に恭平と香里奈が立っていて飛び上がった。向かい合い、親しげな様子で話している。
なぜ、という疑問が頭に浮かぶ以上の速度で、怒りが頭を支配した。
こちらの表情には気がついていない様子で、笑顔を浮かべた恭平が近づいてきた。
「よお!」
恭平と目が合ったため、睨みつけ、何も言わずに駆け出した。
「響!」
恭平が追いかけてくる。
「盗み聞きしていて悪かった……入ったらまた歌うのをやめると思って……待てって!」
腕を掴まれて足を止められたが、すぐに振り払う。
「最高だった。歌ってくれて嬉しかった。やっぱりお前は最高だ」
響は、恭平のその言葉で目の前が暗くなるほど怒りに駆られた。
「何言ってんだ! 葉山さんと組むんだろ?」
「は?」
「俺の歌がいいとか言いながら、葉山さんを選んでるじゃないか!」
「それはお前の──」
「わかってるよ。葉山さんはプロになれるレベルだ。Mistyみたいに。アルグレみたいになりたいなら格好のボーカルだよ」
「アルグレみたいになりたいわけじゃない」
「でも兄貴のファンだろ?」
「……ファンていうか」
「ギターを使ってくれたのも、Kawaseの弟だからだろ」
「何言ってるんだ?」
「兄貴に憧れているから、弟の俺と親しくなろうとしたんだ」
「何言ってんだ? お前がKawaseさんの弟だって意識したことねーよ!」
「俺と仲良くしていたのも、ギターを使ってくれたのも、声がいいと言ってくれたのも、全部Kawaseの弟だからだ!」
「は?」
「俺自身が必要なわけじゃない。だったら、俺を選ぶはずだろ?」
耐えられず、全速力で駆け出した。
「響!」
絶対に追いつかれたくないというスピードで駆け、校門を突っ切り、そのまま駅へと向かう道まで走り続けた。
振り返っても恭平の姿はない。
いきなりのことで驚いたのか、それとも事実を突きつけられて戸惑ったのか、恭平は追ってこなかった。
響は考えることをやめるために、イヤホンを耳に突っ込んだ。音楽に集中して考えを振り払おうとしたからだが、選んだのはKyoの『ディスコミュニケーション』で、自分で選んでおいて泣きたくなった。
恭平に選ばれなくても、Kyoの音楽からは逃げられない。聞かずにはいられない。
口では何を言っても、本心では必要として欲しいと願ってる。
傷ついても執着してしまう。歌を否定されても、歌いたい気持ちがくすぶっていたように。
恭平から歌って欲しいと言ってもらいたかった。お前しかいないと言って、選んでもらいたかった。
しかし歌っていると香里奈のことを思い出してしまい、苛立ちが募ってくる。それを振り払おうとしてギターを弾き始めると、自然とKyoの曲を選んでしまってまた思い出す。ぐるぐると感情が一周し、逃れたくても逃れられない負のスパイラルにハマってしまうのだ。
Kyoのことがどうしようもなく好きなのである。日を追うごとに夢中になっている。恭平に対して歓喜と怒りと絶望を味わっていても、演奏せずにはいられない。どうにかして歌とギターを自分のものにしたくて堪らない。そうドツボにはまり、躍起にもなって演奏し続けていた。
部室に行けば、恭平と香里奈が練習しているはずだと考えて、自宅で一人そのように鬱積した日々を過ごしていた。
しかし一週間ほどすると、恭平に会いたくてたまらなくなってきた。孤独が嫌だったわけではない。それは慣れている。そうではなくて、恭平の顔を見たくなり、会話をしたくなった。Kyoを弾いて歌うごとにその想いが募り、香里奈と一緒でも構わないと思うほどに、その想いが高まっていた。
その日、早い時間を狙って久しぶりに部室に顔を出した。予想通り、まだ誰も来ていない。二人が親しくしているところに飛び込むよりも、待ち構えていたほうが気が楽だと考えたからだが、実際に来てみると、それもそれで嫌かもしれないとも感じ始めた。
そうは言っても既に来てしまったのだから、それならば思いっきりギターを弾いてやると意気込んで、気持ちを切り替えた。
ギターを取り出してアンプに繋ぎ、何を弾こうかと考える。恭平たちが来たときにKyoの曲を弾いている姿を見られたくないと考えて、なとりを選んだ。
アコギがあればベストなのに。
そう考えたら、壁にもたれかかっていた恭平のエレアコが目に留まる。
勝手に借りるのは気が引けたが、置きっぱなしなのが悪いんだと言い訳をしながら、エレアコの誘惑に負けて手に取った。
「ああ、やっぱこれだな」
鳴らした瞬間しっくりきた。なとりを一本で弾くならアコギに限る。
なとりの『糸電話』を弾き始めた。弾いていたら乗ってきて、歌も口ずさみ始めた。
最初は小さな声でぼそぼそと歌っていたが、9時を過ぎても誰も来ないので気が緩み、部室なので大声で歌っても構わないだろうと、ノリノリで歌い始めた。河原やカラオケと違って、ギターもかき鳴らしながら歌えるので楽しくなってくる。
それから、同じなとりの『フライデー・ナイト』に移った。
恭平がキーボードで弾いていたアレンジを思い出して、ギターを合わせたら最高なんじゃないかと妄想が進み、慌てて振り払う。
バンドを組む恭平にそんな暇はない。それに、恭平の前では歌わないと決めたはずだ。
そう言えばと、Kyoの『千秋楽』も似たアプローチができる曲だと思いつき、考え始めたらうずうずとしてきて、続いて弾き始めた。歌いこんでいたから歌詞もばっちりだったため、これまた練習した通りに本気で歌った。
歌っているところを見られたら面倒だなと思いながらも、聞かれてもいい、いやむしろ聞いてくれとの思いで歌っていた。
恭平が顔を出して「やっぱり組むなら響しかいない」と気がついてくれないものかと、期待していた。
香里奈よりも自分のほうがKyoの曲を歌いこなせるし、声も合っているはずだ。それなのになぜ香里奈なんだ。なぜ俺ではないんだと、混乱が怒りに変わり、聞かせてやりたくてたまらなかった。
しかし恭平は現れなかった。
毎日のように来ているくせに、なぜ今日に限って来ないのだと腹の中で悪態をつく。もしかしたら、香里奈とスタジオかどこかで練習しているのかもしれないとも思いついて、ますます苛立ちが募る。
その理不尽な怒りの原因は自覚していた。香里奈に対する嫉妬だ。
湊に否定され、頑なに歌わないようにしていたくせに、本音では未だに自分は歌が上手いはずだと思っていた。Mistyに劣る理由が理解できず、自分んが下手だからだと思い込もうとして自尊心を押し潰しても、そんな想いがわずかばかり残っていた。
その想いが恭平の言葉で再び膨らんできたのだ。それなのに香里奈を選ぶなんて、と嫉妬の炎が燃え上がっていた。
演奏をやめて一息ついたとき、空腹を感じて時計を見ると11時半だった。早めに来たから朝食もろくにとっていない。それを思い出し、近くのコンビニに向かうことにした。いや、もう帰ろうと考え直す。
ここにいても恭平は来ない。それならば自宅に帰ろう。
そう決めて、片付けを始めた。
部室の外に出ると、目の前に恭平と香里奈が立っていて飛び上がった。向かい合い、親しげな様子で話している。
なぜ、という疑問が頭に浮かぶ以上の速度で、怒りが頭を支配した。
こちらの表情には気がついていない様子で、笑顔を浮かべた恭平が近づいてきた。
「よお!」
恭平と目が合ったため、睨みつけ、何も言わずに駆け出した。
「響!」
恭平が追いかけてくる。
「盗み聞きしていて悪かった……入ったらまた歌うのをやめると思って……待てって!」
腕を掴まれて足を止められたが、すぐに振り払う。
「最高だった。歌ってくれて嬉しかった。やっぱりお前は最高だ」
響は、恭平のその言葉で目の前が暗くなるほど怒りに駆られた。
「何言ってんだ! 葉山さんと組むんだろ?」
「は?」
「俺の歌がいいとか言いながら、葉山さんを選んでるじゃないか!」
「それはお前の──」
「わかってるよ。葉山さんはプロになれるレベルだ。Mistyみたいに。アルグレみたいになりたいなら格好のボーカルだよ」
「アルグレみたいになりたいわけじゃない」
「でも兄貴のファンだろ?」
「……ファンていうか」
「ギターを使ってくれたのも、Kawaseの弟だからだろ」
「何言ってるんだ?」
「兄貴に憧れているから、弟の俺と親しくなろうとしたんだ」
「何言ってんだ? お前がKawaseさんの弟だって意識したことねーよ!」
「俺と仲良くしていたのも、ギターを使ってくれたのも、声がいいと言ってくれたのも、全部Kawaseの弟だからだ!」
「は?」
「俺自身が必要なわけじゃない。だったら、俺を選ぶはずだろ?」
耐えられず、全速力で駆け出した。
「響!」
絶対に追いつかれたくないというスピードで駆け、校門を突っ切り、そのまま駅へと向かう道まで走り続けた。
振り返っても恭平の姿はない。
いきなりのことで驚いたのか、それとも事実を突きつけられて戸惑ったのか、恭平は追ってこなかった。
響は考えることをやめるために、イヤホンを耳に突っ込んだ。音楽に集中して考えを振り払おうとしたからだが、選んだのはKyoの『ディスコミュニケーション』で、自分で選んでおいて泣きたくなった。
恭平に選ばれなくても、Kyoの音楽からは逃げられない。聞かずにはいられない。
口では何を言っても、本心では必要として欲しいと願ってる。
傷ついても執着してしまう。歌を否定されても、歌いたい気持ちがくすぶっていたように。
恭平から歌って欲しいと言ってもらいたかった。お前しかいないと言って、選んでもらいたかった。