星に誓う、きみと僕の余命契約

 背後から、結姫の宣言にも似た大声が聞こえてくる。

 ダメだ、足を止めるな!

 これ以上を考え求め迷ったら、今ある何もかもを失いかねないじゃないか……っ。

 心臓が割れそうな鼓動。肺が割れそうな荒い呼吸。汗が流れ込んで痛む目。

 全て無視して、アパートへ駆け込む。

 扉を閉めた瞬間、玄関扉に背を預け、ズルズルと座り込んでしまった。

 力が抜ける……。

 僕が結姫の笑顔を奪ったせいで、危うく結姫の命を……奪うところだった。

 もう僕は、結姫に関わらずタイムリミットを待った方がいい。

 カササギと契約更新を約束した七夕まで、残り数週間だ。

 一人になりたいって言葉で、見逃してもらえるだろう。

 下手に結姫と関わって、あの輝きを鈍らせちゃいけないんだ。

 「ごめんね、結姫……っ。こんな僕にも諦められないことが、一つだけあるんだ」

 生きる意味や理由も、未だ分からない。何となくで生きてる。

 そんな僕に、たった一つある譲れない信念。

 「結姫のためなら、僕は死んでもいい」

 ああ、頭に浮かぶなぁ。

 この、奇跡のような一年間――

 「――君が生きて笑う将来を迎えることだけは、どうしても譲れないんだよ……っ!」

 祝福するように輝くLEDに照らされ、シーキャンドルでトラウマを克服する姿。

 初めての体験に笑顔を弾けさせる瞬間。

 豊かで分かりやすい、君の喜怒哀楽。

 着られないと宣告されてた高校の制服を着て、最高の笑みを浮かべる結姫の表情。

 わずか中学三年生で、周囲に愛されながらも命を終えてしまうはずだった。

 それでも闘い続けたからこそ掴んだ、奇跡のような現実。

 決して、失っていいものじゃないんだ――。
 「――お待ちしておりました。優しさを履き違え、人の好意も想いも、全てを無駄になさる。怠慢(たいまん)に勤勉で、実に(おろ)かな客人よ」
 僕が愚かなことなんて、言われなくても分かってるさ。

 結姫には極力近付かず、遠くから身体が無事なのを見守ることに徹して迎えた――七夕の夜。

 去年と同じく狭山市の病院敷地内を彷徨い歩き……気が付けば、また怪しい店の中にいた。

 大袈裟な身振りで迎えたのは、顔の上半分を白い仮面で覆い黒の燕尾服を着た男。

 そう、カササギだ。

 僕は今年も、カササギの取引相手として認められたらしい。

 お試し契約を途中で打ち切られず、結姫が一年を生き延びられて良かった。

 だけど今日の取引、本番はここからだ。

 「カササギ。ここは対価次第で、何でも取引ができる店。そうですよね?」

 「ええ、ええ。以前もお伝えした通り、私は嘘や(そん)(たく)が嫌いです。当然、私自身の言葉にも嘘偽りはありませんよ?」

 それを聞いて、安心したよ。

 カササギの能力にも限界があると言われたら、どうしようかと思ってたから。

 「今回の命の取引で……。僕の余命を全て、結姫へ渡してください。いえ、僕は最初から、この世に存在しなかったことにしてください。――人の記憶からもです」

 これこそ僕が考え続け、諦めず訴えようと決意した願いだ。

 一年後には終わるかもしれない、半端な契約じゃない。

 そう、『あなたが死にたいと思い適当に生きた一日は、誰かが本気で生きたくて仕方がなかった一日だ』という言葉。

 本気で生きてくれる大切な人に渡せるなら、全ての日々を渡そうじゃないか。

 生きる意味も理由も分からない適当な命が続くより、僕を知らない結姫が本気で生きる命の方が、圧倒的に尊く美しいと決まってるんだから。

 ゆっくりと、カササギの口元が半月のように歪んでいく。

 まるで悪魔のように怪しげな雰囲気に、背筋を汗が伝った――。
 僕の寿命を全て、結姫に渡してほしい。

 僕は消えて、そもそもいなかったことにしてほしい。

 その願いを聞いたカササギは、顎に手を当てながら店内の瓶を眺めてる。

 どうなんだ……。

 この余命契約を結んで、本当の意味で結姫を助けてもらえるのか?

 「空知さん。あなたの提示する取引――いえ、お願いの前に、一つ問いましょう」

 「……はい」

 「私が取引の条件として定めた〝対価〟は、何だと思われますか?」

 「それは結姫の〝輝く笑顔と生き方〟です」

 そのはずだ。

 そうでなければ、この一年間で取引を打ち切られないわけがない。

 「――赤点ギリギリ、ですねぇ……」

 「……ぇ」

 「お試し期間、と私は申し上げましたよね? お試し期間で、たった一年の余命譲渡の対価だから、〝輝く笑顔と生き方〟のみで妥協して差し上げたのですよ」

 「そんな……」

 命の取引の対価として、充分じゃなかったのか?

 「結姫の弾ける笑顔は、ここに並ぶ瓶にも負けない美しさだったじゃないですか!」

 「ほう、そう思われますか?」

 「思います。失うはずだった命を、大切に懸命に……。やれなかったことに挑む生き方は輝いてたはずです!」

 「ええ。だから赤点ギリギリでも取引を継続したのですよ? 空知さんは、そこで思考停止なさって終わりですか? 他には思いつきませんか?」

 他に思いつかないかと言われても、結姫の一年以上に輝かしいものは思いつかない。

 カササギが望むのは、もっと他にあるのか?

 瓶を眺めて考えても、分からない。冷や汗が吹き出てくる……。

 「ふむ、お分かりになりませんか?」

 「……分かりません。教えてくれませんか? 必ず、用意します」

 だから結姫に、僕の余命を全て(ささ)げさせてほしい。

 そして結姫や皆の記憶から、僕を消してほしいんだ。

 僕なりに覚悟を込めた言葉のはずだった。

 だけどカササギは――

 「――これだから、依存で生きておられる方は……」

 溜息交じりに、そう呟いた。

 「……依存、ですか?」

 「いえいえ、これまた私としたことが……。ヒントがすぎましたねぇ」

 ヒント……。

 カササギは、明確な答えを教えてくれる程に優しくも甘くもない、か。

 前回と同じように、ヒントはやるから自分で考えろってことなんだろうな……。

 しばらく僕なんか無視していたカササギは、その手に小さな光が一つだけ閉じ込められた瓶を抱えた。

 他に陳列された瓶は、どれも沢山の星々が明滅しながら煌めいてる。

 まるで夜空に浮かぶ天の川のようにさえ映る。

 それに比べて、カササギが今抱えてる瓶の中身は……。

 まるで弱々しいLED電球が一つだけ、ポンと封じ込められてるようだ。

 何というか、味気ない。

 それどころか寂しそうにも感じて、あまり見ていたくない。

 「違いを、ご理解されましたか?」

 「何となく、ですが……。僕の人生は味気なくて、見応えがないってことですか?」

 「私は風情ある輝きが好みでしてねぇ。この棚に並んでる光……つまるところ人生は、揺らめきながらも煌めいております。つい見守り応援したくなってしまいませんか?」

 消えそうで消えず、一つの大きな輝きが弱まれば他の灯りが導くように、煌めきを取り戻していく。

 そこに魅力的な何かを感じるのは、僕にも伝わる。

 「さてさて、お話を戻しましょうか。空知さんの願い。それは(すなわ)ち――何もかもを諦め、有効に死んで楽になりたい。要は、そういうことでしょうか?」

 「……似てるかもしれませんが、違います」

 「おやおや? どこが違うと(おっしゃ)るのでしょうか?」

 挑発するような声音だ。

 そう思われても仕方がないけど……。

 「諦め、死んで楽になる。そうではなくて……。せめて最期ぐらい大切な人の役に立って消えたいと――」

 「――大切な人? ふふっ」

 「僕は何か、おかしなことを言いましたか?」

 「いえいえ。あなたはご両親が大切な子息を愛したやり方を、なぞっているだけ。だから履き違えている。それを笑ってしまうのは無礼でしたね。お()び申し上げます」

 母さんや父さんが愛したやり方を、か。妙に、しっくりきてしまうな……。

 人は――誰かに愛されたようにしか愛せないって言葉があった。

 だったら無意識で、愛情表現が似てしまうのも無理はない。

 「僕が歪みきっているのは自覚してます。だから、どうしたら結姫のためになるのか。僕なりに精一杯考えて命を――」

 「――あなたは生きる意味も理由も分からない。だから最も美しく輝いている者へ全てを投げ渡し(おのれ)の犯した罪も清算せず消えて終わりたいと願ってる。愚かにも相手の真の希望や望みを尋ねもせず、対話や思考も放棄して身勝手に。何か違いますか?」

 「…………」

 返す言葉もないってのは、このことか……。

 指摘されて、やっと自分が『愚か』と言われた意味を理解できた気がする。

 結姫が笑うことや楽しむことに尽くしてきたけど、様子が変だと不審に思われた。

 告白してくれた結姫に、身勝手に輝明を薦めた。

 他にも結姫のためと言いながら、 彼女を避けて七夕を迎えたり……。

 確かに、僕は身勝手だった。

 結姫のような気配りや心配りが、欠けていたと思う。

 だけどカササギのことを話したら結姫に嫌な思いをさせるかもしれないのに、どう対話しろっていうのか。一体、どうするのが正解だったんだよ……。

 「少しでも現状を認められたようで、安心いたしましたよ。危うく、お引き取りを願うところでした」

 知らず知らずのうちに、取引交渉を打ち切られるところだったのか。

 危なかった……。

 「非常に重い命の取引を行う上で、私にも自ら定めているルールがございます」

 「ルール、ですか?」

 「ええ。残念ですが、ここで全寿命の譲渡はいたしかねます。それでは、空知さんから手数料代わりの対価を(ちょう)(だい)できませんからねぇ。よもや、その手数料支払いすらも大切な人へ押しつけると?」

 「……いえ、そんなつもりはありません。手数料代わりの対価を支払う前提で、最大何年の余命を結姫に渡せますか?」

 尋ねるとカササギは、人差し指を一本立てた。

 「残る余命を全て渡して――一年だけ残すという条件ですねぇ。空知さんの余命は、残り一年。来年の七夕までに私の求める対価を支払えれば、契約完了手続きと参りましょう。途中で打ち切りの場合は、ご想像にお任せいたします。よろしいですか?」

 僕の余命が、残り一年になるのか。

 あと一年で寿命を迎えるが構わないかという、普通なら恐れるような選択の提示。

 それでも僕は、この瞬間に最期を迎えることを覚悟して交渉に来たんだ。

 「それでもいいです」

 「後悔なさらないですね?」

 念押しのように聞いてくるな……。

 生きる意味や理由が分からない者。あと愚か者だって僕を表現してたんだから……。

 僕の出す答えなんて、分かりきってるだろうに。

 「カササギも、人の生き方が好きで監視してたなら分かるでしょう? 結姫が望みを叶えて、受験に合格して、高校へ入学して……。あんな笑顔を可能な限り延ばせるなら、それでいいに決まってるじゃないですか」

 「ふむ……」

 カササギは僕の人生が封じ込められてるという瓶を、(てのひら)に乗せじっくり眺めてる。

 「――いいでしょう。残り一年の余命契約、取引成立です」

 「ぇ……」

 瓶へと視線を向けたまま、カササギは確かに言った。

 言った……よね?

 これで、これで結姫は助かる。助かるんだ!

 歓喜に震えてる僕へ視線を移し、カササギは溜息を吐いた。

 「さて、このまま帰しても結果は目に見えておりますねぇ。ふむ。それでは私から、もう少しだけヒントを差し上げましょう」

 ヒント? 対価のか?

 そうだった。支払い不可として突如、契約を打ち切りにされる場合もあるんだ。

 結姫が苦しむ姿なんて、もう二度と見たくない。

 一言一句を聞き逃さないと集中した僕に向かい、カササギは――

 「――冷静かつ客観的に現在の周囲、そして己を大切に見つめ直すとよいでしょう。そして私の好みは人の生き様。人生とは、自分一人で歩むものではございません。私が求めるのは、ここに並べられた瓶の中身のような関係でございます!」

 僕の頭を撫でてから、両手を羽ばたくように広げ陳列された瓶を示す。

 まるでダンスでも踊ってるかのように優雅で、胡散臭さが滲み出してる。

 「これだけヒントを差し上げても改善がないなら支払い能力なしと判断いたします。空知さんの寿命は頂戴した上で、余命の譲渡もいたしません。その取引内容でも、よいですか?」

 「……分かりました。それで、結姫が救えるなら」

 「……はぁ。これは期待薄ですかねぇ。しかし追い込まれたが故にこそ、というケースもありますか。打ち切りではなく一年後、契約完了の手続きでお会いできるのを祈っておりますよ」

 明らかにテンションが下がった声から、僕には期待をしてない――いや、期待に応えられないのだろうという感情が伝わってくる。

 一年後に、僕は死ぬ。

 もし途中で対価を払えないと判断されれば、結姫まで死ぬ。

 そんなの認められるか。

 絶対に対価を見つけて、結姫に渡した余命を定着させてみせる。

 絶対に、絶対にだ!
 「くれぐれも精一杯、懸命に生きてください。私は契約不履行で即座に、いつでも余命契約を打ち切りとできる旨、ゆめゆめお忘れなきように。――それでは、失礼」
 翌日。

 学校でスマホに考えをメモしながら、周囲を観察する。

 昨日カササギがくれたヒントを、一先ず纏めてみた結果だ。

 おそらくキーとなるのは、『犯した罪の清算』、『相手の真の希望や望み、対話や思考を行い身勝手にならず』、『冷静かつ客観的に現在の周囲、己を大切に見つめ直す』、『天の川のように輝く瓶のような関係』だ。

 この四つのうち、まずは分かりやすいものから取り組もう。

 そうだな、『冷静かつ客観的に現在の周囲、己を大切に見つめ直す』といのは、やりやすいかもしれない。

 早速、結姫の様子を観察するか。

 そう決意した昼休み。

 「結姫は、凛奈ちゃんと教室に入っていったな」

 合わせる顔もなく、男子トイレに身を隠し隙間から結姫の様子を分析してた。

 僕の教室へ向かう二人の姿が見えたけど……。

 結姫は毎日、教室まで僕を迎えに来てくれてたのか?

 何事もなく七夕の夜を迎えられるようにと、このところ昼休みはずっと教室から消えてた僕なのに……。

 体育館裏の一件以来、結姫は『僕がしばらく一人で考えたい』という意見を尊重してくれてた。

 「本当に、ごめん」

 結姫の優しさに応えてない自分への嫌悪感で、押し潰されそうだ……。

 今は合わせる顔がない。忍ぶように、二人の声が聞こえる位置まで近付く。

 すると

 「結姫ちゃん、凛奈ちゃん。いらっしゃい」

 輝明の声だ。

 「やっほ~輝明先輩! 今日は惺くん、いるかな?」

 「いや、またサッと消えちゃってさ……。とりあえず、入りなよ」

 「ん~、そっか。少しだけでも、元気な顔を見られればいいんだけどなぁ。もしかしたら今日は戻ってくるかもだから、お邪魔します!」

 「……お邪魔します」

 まるで、いつものことのように輝明が二人を誘導してる。

 結姫の肩に触れ、誘導するように。

 凛奈ちゃんも、結姫も……すぐに輝明やクラスの陽キャと楽しそうに会話してる。

 「何で……。胸が痛い、何で痛むんだ、治まってよ……っ」

 この数週間で輝明の方が結姫に好意を抱いてるのかと、また(みにく)い嫉妬心を抱いてるのか?

 慌てて男子トイレへ駆け込む。

 個室で冷静に考えを整理しながら、キュッと締めつけられるような胸を押さえた。

 「正しいはずなのに……。長くてもあと一年で、僕は消えるんだ。だったら、結姫が相応しい人と一緒にいるのは、正しいことだろう?」

 それなのに、何でこんなに、胸がモヤモヤするんだ?

 結姫の肩へ輝明の手が触れた瞬間、胸が締め潰されるかと思った。

 「……違う。嫉妬じゃない。あと一年で、あの笑顔が見られなくなるからだ」

 輝明や、他の皆と仲良くなるのは願ってたことだ。

 本当に、いいと思う。

 カササギに願った通り僕の記憶を忘れ、結姫が輝明と付き合うのは素晴らしいはず。

 だけど僕だけは……もう、結姫の笑顔を見られなくなる?

 あの笑顔を、一年後には確実に――

 「――ぅぉえええ……ッ!」

 耐えられない吐き気が襲ってきて、思わず便器に胃液を吐きだす。

 ずっと当たり前にあった結姫との日々が失われ、あの笑顔が僕の知らないところで僕以外の誰かだけに向けられる。

 それが、こんなにも辛いことだったなんてね……。

 最期を意識して……。時間制限がないと、気が付かないもんだなぁ。

 思考に感情が、ついていかない……。

 まずは、汚れた手を洗わないと――。

 「――何て情けない表情をしてるんだよ、僕は」

 鏡に映る自分の顔は、悲痛に歪んでた。

 この数週間、食べるのすら面倒で……。

 今日に至っては、吐いた。

 いや、こんな顔をしてるのは、それだけが理由じゃないんだろうな……。

 冷静かつ客観的に周囲や自分を見つめ直してみると、過去の自分が諦めて結姫に頼りっきりだったことに対する後悔が止まらない――。

 異変が起きたのは、その日の午後。体育の授業中だった。

 「ぁ……」

 目眩が止まらない。サッカーの最中、いつも通り立ってただけなのに……。

 夏のはずなのに、寒い……。あの店に招かれた時みたいに、世界が回り始めた。

 これも、カササギからの報いなのか?

 ダメだ、意識が遠のいて――

 「――優惺!?」

 てる、あき?

 誰かが、僕を揺らしてる?

 「先生、早く保健室に! 優惺が、空知が倒れてます!」

 「何だと!? おい空知、大丈夫か!?」

 「しっかりしろ! おい、なぁ! 目を開けてくれって!」

 「揺するな高橋! 意識がない。誰かAEDと他の先生を! 俺は救急車を呼ぶ!」

 迷惑をかけるから、そんなことしなくても……と言いたいのに。

 それなのに、口が動いてくれない。視界も暗くなって、これはダメだ……。

 ああ、大事になっちゃったなぁ。

 これは話が耳に届いたら、結姫にも心配かけちゃうかも。

 いや、もう僕のことなんて気にしないでくれれば――……。
 白い、天井?

 ここは……。

 「あ、気が付きましたか? ご自分の名前、言えますか?」

 「……空知、優惺です」

 「うん、大丈夫ですね。それでは、点滴を外したら帰って大丈夫ですよ」

 この服装に発言内容からして、看護師さんかな?

 じゃあ僕は、病院に搬送されて治療を受けた後ってことか。

 ベッドから身体を起こすと、結姫の入院してた病院と同じ構造だった。

 つまり、結姫やカササギ絡みで何かと縁がある病院に運ばれたってことか……。

 「あの……。僕は、助かったんですか?」

 「はい。先生も(たい)()(ばん)を押してましたよ。栄養失調と脱水しかないので、点滴で充分。意識が戻ったら、そのまま帰って平気ですって。良かったですね」

 「そう、ですか」

 「本当は、まだ未成年なんで保護者さんと帰っていただきたいのですが……。お母様は、合わせる顔がないと……。少し顔を見たら、支払いや手続きをされて逃げるように帰られてしまいまして」

 母さんが、僕の元へ来たのか? 

 まぁ、それはそうか……。

 学校には、保護者の緊急連絡先として母さんの携帯電話番号を届け出てるはずだ。

 「治療業務に関連しないので、お母様との仲は聞けませんが……」

 「他にも、何かありましたか?」

 「いえ、面会希望の女の子がいらしてるみたいで……。入院は不要なので面会はできないって伝えたら、ずっと外で待ってるらしいんですよ。もし彼女さんなら、無事を知らせてあげた方がいいんじゃないかなって」

 「ぇ……」

 僕に会いに来てくれる女の子?

 そんなの、一人しか心当たりがない!

 「ちょっ! 空知さん、急に走っちゃダメですよ!?」

 「お世話になりました!」

 周囲の人に気を付け、一階へ駆け降りる。

 待合室を抜け玄関を(くぐ)ると――

 「――結姫……」

 「惺くん! 無事で良かった!」

 僕の姿を見つけるなり、結姫が駆け寄ってきた。

 こんなに近くで結姫と話すのは、どれぐらいぶりだろう?

 あの体育館裏以来、か。七夕が終わるまではと避け続けた僕なんかのために……。

 「心配かけちゃって、ごめんね」

 「ううん! 私こそ、惺くんを守るって前から約束してたのに、栄養失調にも気が付かなくてごめんね!?」

 「僕は元々、骨と皮だけみたいな身体だから。気が付かないでしょ」

 「それでもだよ!」

 骨と皮だけみたいなのは否定してくれないのか。

 ああ、こんな結姫とのやり取りも、酷く懐かしく感じる。

 結姫のためにならないと決断して、避けてたから。それも僕の身勝手だってカササギに指摘されたからには、もう避ける理由もない。

 こんな嬉しい気分、久し振りだ……。

 「惺くんのお母さんと会ったよ。……お金を沢山押しつけられてね、『私の代わりに、ご飯を食べさせてやってくれませんか』って……。ぺこぺこ頭を下げて、泣いてた」

 「そう、なんだ……」

 母さんは母さんで、僕に何か負い目を感じてるのかもしれない。

 落ち着いたら連絡しないとな。

 「母さんの願いを無理して聞かなくていいよ。今日からは自分でちゃんと食べるから」

 「ぶっぶ~! 今の惺くんの言葉は、信用できません! 私が作ります!」

 「えぇ……。でも迷惑をかけるし、料理は……」

 「一緒に作ろうよ! 惺くん、私が未練を残さないように付き合ってくれるって約束したよね? 何週間も一人になる時間あげたんだから、いい加減に付き合ってよ!」

 それを言われちゃうと、弱いなぁ。

 距離を置いてた罪悪感が、胸をチクチクと(えぐ)る……。

 カササギのヒント――天の川のように輝く瓶のような関係に、助け合いとかも関係あるのかもしれない。

 もしかしたら、丁度良い機会なのかな。

 頷くと、結姫はパッと光が灯った電球のように輝く笑みを浮かべた。

 「惺くん、家まで歩けそう? (ぜい)(たく)にタクシー呼ぶ?」

 「いや、歩けるよ。あ、でも結姫が辛いなら……」

 「ううん。惺くんが平気なら、私は歩きたいかな。ご飯の材料買いたいし、惺くんとも話したいから。……あ、私の言葉、重かったかな? いや~反省! もっと明るくいくね!」

 「……そんな無理、もうしなくていいよ? ネガティブな発言をして、いいんだよ」

 僕の言葉が気になったのか、結姫はキョトンとしながら首を(ひね)ってる。

 ヒントにあったけど……。真の希望や望み、対話をするためにも、変な気遣いはさせるべきじゃないだろう。

 とりあえず、家に向かって歩きながら話をしたい。

 思わず浮かんだ笑みを抑えるのが大変だ。

 結姫の荷物を奪うように持ち、僕たちは歩きだす。

 結姫はスキップしながら、ご機嫌そうにスマホをいじってる。

 普通に危ないんだけど……。まぁ、僕が結姫の分も周りに注意をしていればいっか。

 「結姫、誰かにメッセージ?」

 「うん。この間、『報告と連絡と相談が大事 』って先生が言ってたからね。特に、心配して連絡を待ってくれてる人たちには、ササッと報告をしないとね」

 「随分、嬉しそうだね」

 「あ、分かる? そっか、分かっちゃうかぁ~!」

 中々、目にしないレベルで浮かれてる。

 そんなにも、いいことがあったのかな――。
 真夏だけど、手軽に栄養を摂れる料理ってことで(なべ)を作った。

 これなら結姫も指を切ることなく料理ができるだろうって思惑もある。

 一番は、結姫が埼玉名物の(ふか)()ネギを買い物カゴに入れたがって譲らなかったから。

 誰かと鍋をつつくのは、凄く温かい。心までも。

 冷房をつけてても、鍋だから汗が吹き出ちゃうのは難点だけど……。

 「ご馳走様でした! 何だ、惺くん食べられるじゃん!」

 「だから言ってるじゃん。昨日までは、その……。食べるのを(なま)けてたんだよ」

 「食べるのを怠けるって、珍しい言葉だね!」

 正確には、食べなくてもいいと思ってたんだ。

 七夕の夜に、全てを終えるつもりだったから。

 だけど予期せずして人生は、あと一年間続くことになった。

 あと一年、か……。

 これは――自ら望んでつくり出した余命のはずなのになぁ。

 何で僕は――……。

 「……何か暗いというか、思い詰めてる? やっぱり私、迷惑だったかな?」

 「あ……。違うよ、迷惑なんかじゃない。ちょっと、考えごとをね」

 「そう? それなら、まぁ……」

 何とも言えない、納得はしてない表情だけど、結姫も受け入れてくれたみたいだ。

 言わずに結姫へ余命を渡せるのが一番だけど、対話や思考が大切ってヒントが気になる。

 結姫には、カササギのことを相談するべきか?

 どっちが答えなのか――

 「――惺くん、これ!」

 考え込んでると、視界に突然スマホのディスプレイが飛び込んできた。

 映ってるのは、お祭りかな?

 「(さい)()(さい)?」

 「そう! 来月、(あさ)()でやるんだって! よさこいとか(なる)()を踊って、その後に花火! 出店も沢山あるんだってさ! 行ってみたく、ないかな?」

 最後にトーンダウンしたのは、鎌倉での一件を気にしてるからかな?

 いや、僕が思い詰めたような表情をしてる――ように見えるせいかもしれない。

 結姫に嫌な思いはさせたくないし、これを断ったら……きっと、悲しむよね。

 「朝霞市なら、狭山市駅からも近いね。うん、行こうか」

 「いいの!? やった~! 断られたら、どうしようってドキドキしちゃったよ!」

 不安そうな顔から一転、畳の上を転げて喜んでる。

 あと一年で結姫とは、お別れなのに……。

 僕はヒントとか関係なしに、結姫との思い出を欲してしまってる気がする。

 これは、身勝手じゃないかな?

 支払う対価に、悪影響を及ぼさないかな?

 やっぱり僕が寿命を全て渡して、皆の記憶から消えるのが一番――……。

 「……あれ?」

 「ん? 惺くん? どう、したの? 顔色、真っ青だよ」

 「いや、えっと……。あれ?」

 待て……。

 待て待て待て!

 カササギは、あの胡散臭い男は……っ。

 余命契約を結ぶ時――僕が存在しなかったことにすると、一度も言ってない?

 そうだ、ただ余命を渡すことのみの契約だった!

 何てことだ……。

 結姫の余命を長くする一心で、こんな大切な契約の漏れにも気が付かないなんて!

 「惺くん? どうしたの? 頭を抱えて……。やっぱり、まだ体調悪い?」

 「いや、違う。違うんだよ……っ。自分の愚かさが、無能さが許せなくて……っ!」

 このままでは――上手くいっても、結姫に僕が亡くなる場面を見せてしまう?

 そんなの、絶対にダメだ。

 結姫の笑顔が守れない!

 何とか、何とか手はないか……。来年の七夕まで、カササギに会う手段はない。

 来年、契約完了の手続きで会おうと言われた。

 それは、来年まで会うつもりがないってことだ。こんな契約をしておいてっ!

 「くそ……っ。やっぱり悪魔だったっ!」

 「……惺くん、大丈夫だよ。落ち着いて?」

 背を撫でてくれる結姫の手が、汗で肌へ張りつく僕のTシャツに引っかかってる。

 それでも、嫌がるそぶりもない。撫でるのも、やめない……。

 こんな、いい子なのに……。

 人の最期を見せるなんて、トラウマを植えつけたくないっ!

 全てを事前に話しておけば、少しは結姫の傷が浅く済むか?

 伝えたら結姫は、『諦めた行動をしないでよ!』って怒るかな。

 いや、余計に悲しませてしまうのかも……。

 「惺くん、深呼吸しよっか?」

 「あ……。ごめん、もう大丈夫だよ」

 結姫を家に送った後、一人で悩めばいいんだ。

 僕には思考することが大切なんだって、カササギもヒントをくれたじゃないか。

 「花火、楽しみにしてる。全力で楽しんで、結姫が笑えるようにしよう」

 「惺くんもね? そうだ、浴衣着ていこうよ! その方が楽しそう!」

 「浴衣? 分かった、買っておく。アルバイト代も入るから――」

 「――それは食費に回して! おばさんのお金もあるんだし、栄養と健康的な生活が優先! 自分のことも、しっかり考えてよ!」
 怒られてしまった。

 結局、浴衣は結姫のお父さんが家に置いてるのを借りることになった。

 結構な数があるらしく、結姫が僕に似合いそうな色をチョイスしてくれるらしい。

 面白そうに「どんな色を着せようかな」と想像してる姿も楽しそうだから、買わない選択は正しかったのかもしれない。

 結姫を家へと送り届けた後、僕は改めて、どう自分の存在を終えるのか。

 頭を悩ませ続けた。

 結局、現状を打開できるような案は、何一つとして浮かばなかった――。
 埼玉県朝霞市で行われる彩夏祭の当日。

 今まで意識しなかった僕の余命が尽きるまで、あと十一ヶ月と迫った八月だ。

 暑いとニュースでも噂になる埼玉県。

 陽光がジリジリと肌を焦がして痛い。心なしか、歩くだけで息も苦しい。

 結姫と僕は――

 「――うわぁ! 凄い、鳴子の音に踊りが綺麗! これ、芸術ってやつだよね!?」

 「芸術とかは分からないけど、格好いいよね」

 昼から地元の団体が披露する鳴子や、よさこい踊りを見ていた。

 二人して浴衣。

 あの時は着物だったけど、シチュエーション的に鎌倉の一件を思い出してしまう。

 キラキラとした結姫の目が、僕の最期を目の当たりにしたらどうなるのか。

 何も知らされずの方が、幸せなのか?

 それとも……。

 「……惺くん? 暑い?」

 「あ、ああ。ごめん。考えごと」

 「また? う~ん……。とりあえず、お茶飲みなよ! はい、これ」

 「これ、()(やま)(ちゃ)? 地元のスーパーで買ってきたのか」

 狭山のお茶は有名だもんな。脱水とか熱中症を心配して用意したんだろうけど……。

 僕は結姫とは違うことを心配して、悩んでる。

 演舞を見て、出店を回り……。

 楽しい雰囲気の祭りの中――心に募るのは、この笑顔をどうすれば失わせないか。

 そして、カササギがくれた四つのヒントへの思考ばかりだ。

 結姫を可愛くて大切だと思えば思う程、自分の余命が少しずつ近付くのに恐怖を抱き始めてしまった。

 覚悟はできていたつもりだったのに……。

 猶予がある方が辛いなんて、思いもしなかった――。