「ところで、ロシアはいつまで戦争を続けることができるのだろうか? 1日の戦費が最大で3兆円に達したという情報もある。ロシアの歳入が年間31兆円ほどしかないことを考えると、これ以上の戦争継続は難しいと考えるのが筋なのだが」
君はどう思う? というふうに視線を向けられたので、「私見でありますが」と断った上で慎重に言葉を選んだ。
「戦費については毎日3兆円を投入しているわけではありませんから今の時点ではなんとも言えませんが、長引くと財政的にはかなり厳しくなると思われます。それに、経済制裁の影響がこれから強く出てくると思われます。半導体などの先端技術製品や軍事用に使用される部品の輸入が止まっていますから、新たに戦闘機やミサイルを造ることが困難になるものと思われますし、修理する場合も同様だと思われます」
「そうだな。で、ロシアの国防相が財務相に軍予算の増額について打診したという情報があるが、それはどうなっている」
「今のところ増額したかどうかは不明です。しかし、戦争を続ける限り増額せざるを得ません。ですが、財源が見当たりません。経済制裁によって国内の景気が冷え込んでいますから増税もできませんし、国債の格付けが最低レベルになっているので新規発行はできないでしょうし、そうなると、ルーブルの増刷しかないと思われます」
「それしかないだろうな。しかし、増刷はそんなに簡単ではないだろう。インフレがかなり加速している状況で増刷すると悪性インフレになる可能性があるからな」
「そうですね。第一次世界大戦後のドイツや太平洋戦争後の日本でも実際に起きていますから諸刃の剣となる可能性が大ですね。既にルーブル安に伴ってインフレ率が14パーセントを超えていますし、政策金利が20パーセントに引き上げられています。大変な状況になっていることは確かです」
「まあ、そのために経済制裁をしたんだから当然といえば当然だがな」
「はい。今回の制裁によって57パーセントに相当する外貨が使えなくなりましたし、金についても取引の禁止を行いましたので、かなり効いているものと思われます」
「そうだろうな。それに、IMFの特別引き出し権についてもドルとユーロとポンドと円は使えないから、残るは人民元だけになる。中国がどう対応するか見ものだな」
「そうですね。習近平国家主席がどう考えるかですが、プーチンにとっても重要な問題だと思われます。中国に頼りすぎるのは後々(のちのち)大きな不安材料を残すことになりかねませんから」
「まあそうだろうな。中国に恩を着せられるだけでなく足元を見られて、原油やガスを買い叩かれるのがオチだろう」
「はい。そうなる可能性は高いと思われます」
「それはそうと、経済損失が既に70兆円に上るとウクライナの経済相が言っているらしいが、賠償についてはどうなっていくと思うかね」
「はい。経済相は侵略者に要求すると言っていますが、そんなことにプーチンが耳を貸すはずはありません。そもそも占領して自らの国土としようとしているのですから賠償という概念すら持ってないでしょう。となると、差し押さえた資産からということになります。ウクライナは当然国内で没収したロシアの資産を充てるでしょうし、欧米が差し押さえた資産を要求するものと思われます。しかし、そう簡単ではありません。あくまでも経済制裁は資産の凍結であり、資産の没収ではないからです。それに、戦争当事国ではない欧米が勝手に処分することはできません。ですから、停戦合意後の多国間会議によって話し合うしかないと思われます」
「というと」
「はい。ご存じの通り第二次世界大戦後のポツダム会議が有名ですが、あの時は戦勝国による会議でしたので、今回とは性格が異なっております。勝者も敗者もない痛み分けとなるであろう今回は中立的な国家による仲裁という形が一番収まりやすいと思われます。ですので、停戦交渉を主導したトルコやイスラエルといった中立を貫いた国家によって行われるのがいいのではないかと思います。もちろん私見ですが」
そして、差し押さえた資産総額が35兆円であることを告げると、「まだまだ足りないな」と総理はゆらゆらと首を振った。
その通りだった。ウクライナが被ることになる経済損失の半分しか押さえられていないのだ。
なんといっても今回の侵攻で非があるのはロシアだけであり、ウクライナにはなんの責任もない。
だからウクライナ国内を破壊し尽くしたロシアが全責任を負うべきなのだ。
「さあ、どうやってやるかだな」
次の一手に思いを巡らすような総理の呟きが耳に届いた瞬間、破壊されたウクライナの街々の映像が頭の中に蘇ってきた。
覚悟を決めてやらねばならない、
芯賀は改めて腹をくくった。
君はどう思う? というふうに視線を向けられたので、「私見でありますが」と断った上で慎重に言葉を選んだ。
「戦費については毎日3兆円を投入しているわけではありませんから今の時点ではなんとも言えませんが、長引くと財政的にはかなり厳しくなると思われます。それに、経済制裁の影響がこれから強く出てくると思われます。半導体などの先端技術製品や軍事用に使用される部品の輸入が止まっていますから、新たに戦闘機やミサイルを造ることが困難になるものと思われますし、修理する場合も同様だと思われます」
「そうだな。で、ロシアの国防相が財務相に軍予算の増額について打診したという情報があるが、それはどうなっている」
「今のところ増額したかどうかは不明です。しかし、戦争を続ける限り増額せざるを得ません。ですが、財源が見当たりません。経済制裁によって国内の景気が冷え込んでいますから増税もできませんし、国債の格付けが最低レベルになっているので新規発行はできないでしょうし、そうなると、ルーブルの増刷しかないと思われます」
「それしかないだろうな。しかし、増刷はそんなに簡単ではないだろう。インフレがかなり加速している状況で増刷すると悪性インフレになる可能性があるからな」
「そうですね。第一次世界大戦後のドイツや太平洋戦争後の日本でも実際に起きていますから諸刃の剣となる可能性が大ですね。既にルーブル安に伴ってインフレ率が14パーセントを超えていますし、政策金利が20パーセントに引き上げられています。大変な状況になっていることは確かです」
「まあ、そのために経済制裁をしたんだから当然といえば当然だがな」
「はい。今回の制裁によって57パーセントに相当する外貨が使えなくなりましたし、金についても取引の禁止を行いましたので、かなり効いているものと思われます」
「そうだろうな。それに、IMFの特別引き出し権についてもドルとユーロとポンドと円は使えないから、残るは人民元だけになる。中国がどう対応するか見ものだな」
「そうですね。習近平国家主席がどう考えるかですが、プーチンにとっても重要な問題だと思われます。中国に頼りすぎるのは後々(のちのち)大きな不安材料を残すことになりかねませんから」
「まあそうだろうな。中国に恩を着せられるだけでなく足元を見られて、原油やガスを買い叩かれるのがオチだろう」
「はい。そうなる可能性は高いと思われます」
「それはそうと、経済損失が既に70兆円に上るとウクライナの経済相が言っているらしいが、賠償についてはどうなっていくと思うかね」
「はい。経済相は侵略者に要求すると言っていますが、そんなことにプーチンが耳を貸すはずはありません。そもそも占領して自らの国土としようとしているのですから賠償という概念すら持ってないでしょう。となると、差し押さえた資産からということになります。ウクライナは当然国内で没収したロシアの資産を充てるでしょうし、欧米が差し押さえた資産を要求するものと思われます。しかし、そう簡単ではありません。あくまでも経済制裁は資産の凍結であり、資産の没収ではないからです。それに、戦争当事国ではない欧米が勝手に処分することはできません。ですから、停戦合意後の多国間会議によって話し合うしかないと思われます」
「というと」
「はい。ご存じの通り第二次世界大戦後のポツダム会議が有名ですが、あの時は戦勝国による会議でしたので、今回とは性格が異なっております。勝者も敗者もない痛み分けとなるであろう今回は中立的な国家による仲裁という形が一番収まりやすいと思われます。ですので、停戦交渉を主導したトルコやイスラエルといった中立を貫いた国家によって行われるのがいいのではないかと思います。もちろん私見ですが」
そして、差し押さえた資産総額が35兆円であることを告げると、「まだまだ足りないな」と総理はゆらゆらと首を振った。
その通りだった。ウクライナが被ることになる経済損失の半分しか押さえられていないのだ。
なんといっても今回の侵攻で非があるのはロシアだけであり、ウクライナにはなんの責任もない。
だからウクライナ国内を破壊し尽くしたロシアが全責任を負うべきなのだ。
「さあ、どうやってやるかだな」
次の一手に思いを巡らすような総理の呟きが耳に届いた瞬間、破壊されたウクライナの街々の映像が頭の中に蘇ってきた。
覚悟を決めてやらねばならない、
芯賀は改めて腹をくくった。