今日は朝から映画見に行って、思ったより感動してエンドロールが流れた途端に2人で泣いていた。その後、一緒に買い物に行ってとくに何をするでもなくふらふらするという、いつも通りなようでいつもとは違った週末。
隣に貴臣がいて、いちいち微笑んでくれるのがすげぇ良くて。
今日1日一緒にいるんだって思ったら幸せで、ほのぼのしてた30分くらい前の俺に戻りたい。今、俺の心臓は太鼓の音レベルで脈打っている気がする。
俺の家に貴臣が泊まるだけのこと。俺の部屋で貴臣とゲームをしているのも、もうすっかり日常の一部。
――だけど、今日はうちに親がいない。そういう日も年に何回かはあるけど、貴臣と付き合ってからは初めてのことだった。変に意識しているのは、恐らく俺だけ。
「寄りかかられると俺が負けるだろ」
「知っててやってる」
「動いたら当たっちゃうから。貴臣だってやりづらいだろ」
肩に力が入りっぱなしで、コントローラーを持つ手が汗ばんでうまく握れていない。
おかげで画面の中では俺だけカーブをうまく曲がれないし、アイテムだって後ろへ投げても当たらない。バナナに引っかかって転んでくれよ。
このままだと、俺が貴臣に負けてしまう。さっきまで貴臣と大差をつけて1位だったのに、今はすぐ後ろにいた。
3回勝負で、1勝1敗。俺の唯一の得意なゲームなのに。
次に負けたら、貴臣の言うことを聞かなきゃならなくなる。流れで貴臣に乗せられて、そうなってしまった。
「これ雪斗の心臓の音? すっごい音する」
「え、そんなわかる?」
「全然、言ってみただけ。あー、でも、」
冗談半分で笑いながらそう言った貴臣は、ずりずりと頭を動かして俺の背中に耳をつけてきた。そして「これは疲れそうだな」と、楽しげな声色とは真逆のことを口にする。
誰のせいだと思ってんだ。
今のうちにアイテムでやっつけられないかと思ったものの、いいアイテムが当たらないまま貴臣が顔を上げてしまった。
「さすがにこの程度は慣れてもらわないと、俺が何もできない」
「何かしてこようとすんなよ。普通にいてくれ」
「普通にゲームしてるだけだよ。俺は強いから雪斗に寄りかかるくらいのハンデあげないと」
「どんなハンデだよ。だいたいこれは俺のが強……あっ、赤甲羅はずりぃだろ」
赤い甲羅の衝突を避けることもかなわず、車が回転して失速する。他の誰かにやられたのか歩いてきた爆弾が俺の位置で爆発して、あっという間に5位まで落ちてしまった。
ゴールまであと少し。次々ゴールしていく中で、アイテムのない俺は巻き返す術もなかった。貴臣が1位で俺は5位。
コントローラーを持ったままうなだれると、貴臣がふふっと笑って顔をのぞき込んできた。ほんと、こいつはいい性格してる。
「約束通り俺の言うこと、1つ聞いてね」
「まあ、言ったからな……」
何でも来い。やっぱ、何でもは困る。俺ができる範囲にしてほしい。
貴臣をじっと見つめて身構えると「そんなに怖がることはしないのに」と拗ねられた。信用できない。
うーんと少しの間、思案していた様子の貴臣がぽんと手を打った。
「じゃあ、ラーメン作ってよ。袋のやつ」
「え、らーめん? あー、さっき夕飯用に買ったやつか」
「そう。雪斗だから、カレーもいいかなと思ったけどラーメンのが簡単だろ。そのためのカット野菜買ったから包丁もいらないし」
ものすごく俺のために準備されている。さっき買い物してるときは俺が作るとは一言も言ってなかった。
貴臣から提案されたゲームに負けたらというのも、何気なく決めたものだと思っていたらどうやら計画的だった。
いつも貴臣が色々作ってくれるし、そのくらいは勝敗で言うことを聞かなくたって、俺がやるべきだろう。というか、言われたらすぐやるのに。
あ、言われる前からやるべきだったか?
貴臣のが得意だからと、貴臣に任せる前提でいてしまった。
俺のこういうところは良くないなと1人反省会を開いていると、頬にキスされて「ぎゃっ」と情けない声をあげてしまった。あっという間に熱を帯びて、そのあたりを擦る。
「らーめんは作るけど、言うこと聞くのは別のことでいいよ。下手だけど、らーめんくらいはいくらでも作ってやるよ」
「えっ、いいの?」
ぱっと目を輝かせる貴臣を見て、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚がした。やっぱり俺はまだとても慣れることができない。いつまで経っても、貴臣がかわいいくてしんどい気がする(付き合ってまだ1週間なんだけど)。
下のキッチンへ行って、さっそく自分と貴臣の分のらーめんの準備を始めた。換気扇の音が少しだけ響く。
貴臣はキッチンの外側から、様子を見ている。中に入ると手伝いたくなってしまうらしい。
「俺は色々怖いから助けてくれたほうがいいけど」
「俺がやだよ。せっかくなら、雪斗にぜんぶやってもらいたいじゃん」
よくわからないけど、そういうもんなのか。
フライパンに油を垂らすと、じゅっと音が立って香ばしい匂いが立ち込める。野菜を炒めたら、火力を誤ってしまった。このくらいは食べても問題ないだろう。
俺は沸騰する鍋の中で踊る麺に目を向ける。料理がそんなにできない俺でも、これまでの授業で習った程度のことはできた。
大したことない俺の一連の動きを、貴臣は最近流行りの曲を鼻歌を口ずさみながらにこにこと眺めている。
「雪斗、せっかくだから何か一言」
「何?」
「記念に撮っておこうかと思って」
「何の記念だよ。いらねぇだろ」
気づけばスマホをこちらに向けて、動画を撮る貴臣。こんな俺を撮って何が楽しいんだか。意味わかんねぇ、と俺まで笑ってしまった。
「大事な記念だよ。撮りたくなる気持ち、雪斗にはわかんないかなぁ」
「わかんねぇな。これから何回でも作ってやるってば」
「一生?」
答えてやらない。スマホを止める気配もないし、俺はスルーして茹で上がった麺に具材を盛り付ける作業を続ける。
チャーシューを盛り付けて、野菜を少し焦がしたことに目をつぶればそれなりの出来映えになりそうだ。あともうひとつ足せば、さらにそれっぽくなるだろう。
「ねぇ、一生?」
「貴臣も温玉も乗せるだろ? 100均様々だよな。温玉が簡単にできる」
動画に残すと、何かと一緒に見ようとか言い出しそうで怖い。
温玉も乗せて、らーめんは完成。貴臣も感心したように「盛りつけまで丁寧だね」とほめてくれた。
ふんわり湯気が立つらーめんをテーブルに並べると、貴臣は真面目な顔つきで写真を撮り始めた。シャッター音だけが聞こえる。
「作ってくれてありがとう」と、貴臣が席に着く。
「いーえ。俺のが普段作ってもらってるし」
俺の幼なじみってこんなだったか? と誰かに問いたい気持ちになった。俺のこと好きすぎない?
なんて、さすがにうぬぼれすぎか。動画で撮られなくなったのをいいことに、俺は「一生でも作ってやるよ」と貴臣の向かいに座りつつ言った。
「ははは、残念。また動画でした。音したでしょ?」
「は? ちょっ、今のなしで!」
「プロポーズみたい。別に誰にも見せないからさ。冷めちゃうし食べよう」
いただきまーす、と逃げるように先に食べ始めた貴臣。誰にも見せないって言うなら、許容範囲ってことにしておいた。
俺も手を合わせて、らーめんを啜る。ほんのりした塩気が口の中に広がった。
「やっぱ塩が一番うまいな」
「うん、うまい。雪斗の茹で加減ばっちり」
「ほぼ袋麺のおかげだろ」
「それもあるけど、全部やってくれたじゃん。沁みる」
「ならよかった」
そんなにおだてなくても、また作るのに。
夢みたいだなぁと、貴臣が眉を下げてぽつりと呟く。俺は黙って食べ進めた。
隣に貴臣がいて、いちいち微笑んでくれるのがすげぇ良くて。
今日1日一緒にいるんだって思ったら幸せで、ほのぼのしてた30分くらい前の俺に戻りたい。今、俺の心臓は太鼓の音レベルで脈打っている気がする。
俺の家に貴臣が泊まるだけのこと。俺の部屋で貴臣とゲームをしているのも、もうすっかり日常の一部。
――だけど、今日はうちに親がいない。そういう日も年に何回かはあるけど、貴臣と付き合ってからは初めてのことだった。変に意識しているのは、恐らく俺だけ。
「寄りかかられると俺が負けるだろ」
「知っててやってる」
「動いたら当たっちゃうから。貴臣だってやりづらいだろ」
肩に力が入りっぱなしで、コントローラーを持つ手が汗ばんでうまく握れていない。
おかげで画面の中では俺だけカーブをうまく曲がれないし、アイテムだって後ろへ投げても当たらない。バナナに引っかかって転んでくれよ。
このままだと、俺が貴臣に負けてしまう。さっきまで貴臣と大差をつけて1位だったのに、今はすぐ後ろにいた。
3回勝負で、1勝1敗。俺の唯一の得意なゲームなのに。
次に負けたら、貴臣の言うことを聞かなきゃならなくなる。流れで貴臣に乗せられて、そうなってしまった。
「これ雪斗の心臓の音? すっごい音する」
「え、そんなわかる?」
「全然、言ってみただけ。あー、でも、」
冗談半分で笑いながらそう言った貴臣は、ずりずりと頭を動かして俺の背中に耳をつけてきた。そして「これは疲れそうだな」と、楽しげな声色とは真逆のことを口にする。
誰のせいだと思ってんだ。
今のうちにアイテムでやっつけられないかと思ったものの、いいアイテムが当たらないまま貴臣が顔を上げてしまった。
「さすがにこの程度は慣れてもらわないと、俺が何もできない」
「何かしてこようとすんなよ。普通にいてくれ」
「普通にゲームしてるだけだよ。俺は強いから雪斗に寄りかかるくらいのハンデあげないと」
「どんなハンデだよ。だいたいこれは俺のが強……あっ、赤甲羅はずりぃだろ」
赤い甲羅の衝突を避けることもかなわず、車が回転して失速する。他の誰かにやられたのか歩いてきた爆弾が俺の位置で爆発して、あっという間に5位まで落ちてしまった。
ゴールまであと少し。次々ゴールしていく中で、アイテムのない俺は巻き返す術もなかった。貴臣が1位で俺は5位。
コントローラーを持ったままうなだれると、貴臣がふふっと笑って顔をのぞき込んできた。ほんと、こいつはいい性格してる。
「約束通り俺の言うこと、1つ聞いてね」
「まあ、言ったからな……」
何でも来い。やっぱ、何でもは困る。俺ができる範囲にしてほしい。
貴臣をじっと見つめて身構えると「そんなに怖がることはしないのに」と拗ねられた。信用できない。
うーんと少しの間、思案していた様子の貴臣がぽんと手を打った。
「じゃあ、ラーメン作ってよ。袋のやつ」
「え、らーめん? あー、さっき夕飯用に買ったやつか」
「そう。雪斗だから、カレーもいいかなと思ったけどラーメンのが簡単だろ。そのためのカット野菜買ったから包丁もいらないし」
ものすごく俺のために準備されている。さっき買い物してるときは俺が作るとは一言も言ってなかった。
貴臣から提案されたゲームに負けたらというのも、何気なく決めたものだと思っていたらどうやら計画的だった。
いつも貴臣が色々作ってくれるし、そのくらいは勝敗で言うことを聞かなくたって、俺がやるべきだろう。というか、言われたらすぐやるのに。
あ、言われる前からやるべきだったか?
貴臣のが得意だからと、貴臣に任せる前提でいてしまった。
俺のこういうところは良くないなと1人反省会を開いていると、頬にキスされて「ぎゃっ」と情けない声をあげてしまった。あっという間に熱を帯びて、そのあたりを擦る。
「らーめんは作るけど、言うこと聞くのは別のことでいいよ。下手だけど、らーめんくらいはいくらでも作ってやるよ」
「えっ、いいの?」
ぱっと目を輝かせる貴臣を見て、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚がした。やっぱり俺はまだとても慣れることができない。いつまで経っても、貴臣がかわいいくてしんどい気がする(付き合ってまだ1週間なんだけど)。
下のキッチンへ行って、さっそく自分と貴臣の分のらーめんの準備を始めた。換気扇の音が少しだけ響く。
貴臣はキッチンの外側から、様子を見ている。中に入ると手伝いたくなってしまうらしい。
「俺は色々怖いから助けてくれたほうがいいけど」
「俺がやだよ。せっかくなら、雪斗にぜんぶやってもらいたいじゃん」
よくわからないけど、そういうもんなのか。
フライパンに油を垂らすと、じゅっと音が立って香ばしい匂いが立ち込める。野菜を炒めたら、火力を誤ってしまった。このくらいは食べても問題ないだろう。
俺は沸騰する鍋の中で踊る麺に目を向ける。料理がそんなにできない俺でも、これまでの授業で習った程度のことはできた。
大したことない俺の一連の動きを、貴臣は最近流行りの曲を鼻歌を口ずさみながらにこにこと眺めている。
「雪斗、せっかくだから何か一言」
「何?」
「記念に撮っておこうかと思って」
「何の記念だよ。いらねぇだろ」
気づけばスマホをこちらに向けて、動画を撮る貴臣。こんな俺を撮って何が楽しいんだか。意味わかんねぇ、と俺まで笑ってしまった。
「大事な記念だよ。撮りたくなる気持ち、雪斗にはわかんないかなぁ」
「わかんねぇな。これから何回でも作ってやるってば」
「一生?」
答えてやらない。スマホを止める気配もないし、俺はスルーして茹で上がった麺に具材を盛り付ける作業を続ける。
チャーシューを盛り付けて、野菜を少し焦がしたことに目をつぶればそれなりの出来映えになりそうだ。あともうひとつ足せば、さらにそれっぽくなるだろう。
「ねぇ、一生?」
「貴臣も温玉も乗せるだろ? 100均様々だよな。温玉が簡単にできる」
動画に残すと、何かと一緒に見ようとか言い出しそうで怖い。
温玉も乗せて、らーめんは完成。貴臣も感心したように「盛りつけまで丁寧だね」とほめてくれた。
ふんわり湯気が立つらーめんをテーブルに並べると、貴臣は真面目な顔つきで写真を撮り始めた。シャッター音だけが聞こえる。
「作ってくれてありがとう」と、貴臣が席に着く。
「いーえ。俺のが普段作ってもらってるし」
俺の幼なじみってこんなだったか? と誰かに問いたい気持ちになった。俺のこと好きすぎない?
なんて、さすがにうぬぼれすぎか。動画で撮られなくなったのをいいことに、俺は「一生でも作ってやるよ」と貴臣の向かいに座りつつ言った。
「ははは、残念。また動画でした。音したでしょ?」
「は? ちょっ、今のなしで!」
「プロポーズみたい。別に誰にも見せないからさ。冷めちゃうし食べよう」
いただきまーす、と逃げるように先に食べ始めた貴臣。誰にも見せないって言うなら、許容範囲ってことにしておいた。
俺も手を合わせて、らーめんを啜る。ほんのりした塩気が口の中に広がった。
「やっぱ塩が一番うまいな」
「うん、うまい。雪斗の茹で加減ばっちり」
「ほぼ袋麺のおかげだろ」
「それもあるけど、全部やってくれたじゃん。沁みる」
「ならよかった」
そんなにおだてなくても、また作るのに。
夢みたいだなぁと、貴臣が眉を下げてぽつりと呟く。俺は黙って食べ進めた。