水無月は『水が無い月』ではなく、古語の『無』が『の』を意味する文字だったため、『水の月』という意味だと授業で耳にした。
言い得て妙だ。水無月たる六月の空は梅雨の気配を帯び、雲間から覗く太陽がグラウンドを優しく照らしているものの、足元で踏みしめる土の感触はまだしっとり湿っている。味方からパスされたサッカーボールも、いつになく重く感じられる。
「鬼越、シュートだッ!」
チームメイトの声援に背を押され、俺はゴール目掛けてシュートを打つ。相手のディフェンスを避けて放たれたそれは、しかしゴールキーパーのパンチングによって弾かれた。
「惜しい!」
天高く舞うボールの行く末を誰もが見守る中、俺は背後から駆け寄ってくる足音に気付いた。
「鬼越、背中丸めて!」
言われるがまま背中を丸める。次の瞬間、背中に何か重いものがのしかかり、強い衝撃を残して消え去った。俺は衝撃に耐え切れず、グラウンドへと崩れ落ちる。
俯せのまま空を仰ぎ見る。雲間の太陽に照らされ、一人のシルエットが浮かび上がっている。
「恐田……!」
俺は恐田に踏み台にされたようだ。天高く跳躍した恐田は捻り動作の中でボールを蹴り飛ばした。
鋭い角度から放たれたシュートはゴールキーパーの反射を凌駕し、ゴールネットをぶち抜いた。
グラウンドに着地し、恐田がジャージについた埃を払う。
「うおおおおおッ!! 何なんだ、あのシュート!? 映画みてーじゃん!」
「何? あの人、サッカー部?」
「いや、見たことねーぜ!? あの動き、体操部か何かか!?」
「チア部じゃねーの!?」
観戦していた生徒たちが湧き上がる。既に他の競技を終えたであろう生徒も集まり、グラウンドはちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
全員外れだ。恐田は帰宅部。アクロバティックな動きは独学のパルクールで培ったものだ。
「アリかよッ!? そんなのッ!!」
相手のゴールキーパーがボールを拾い上げ、驚きと戸惑いが混ざった抗議の声を上げる。本来のルールならスポーツマンシップに反する危険行為だが――
「球技大会だから怪我さえなければ」
審判を務めていたサッカー部の生徒は恐田のプレイを不問にした。
試合終了の笛が鳴る。球技大会のサッカー部門は俺たちのクラスが優勝した。
グラウンド中に盛大な歓声が湧き起こった。渦の中心はもちろん恐田だ。
チームメイトが恐田の周りに集まってゆく。
「恐田! すげーな! 全試合ハットトリック! もうプロになっちまえよ!」
「おいおい、プロ舐め過ぎだから。あんなの一発レッドカードだぜ?」
「派手な技が無くても凄かっただろ!? 準決勝の股抜きドリブル、五人抜きだぜ? しかも、自分は相手を跳び越えるって! 身体デケェのによく跳べるよな! 普通の人じゃ無理だって!」
「忍者かよってな!」
チームメイトから揉みくちゃにされながらも、恐田は満更でも無さそうな顔をしていた。次第に観戦していた他学年の生徒まで集まってゆき、俺の入る隙は無くなっていた。
「はー、決勝で負けた。金子強過ぎ」
遠巻きに恐田らを眺めていると、クラスメートの目黒が隣にやって来た。「お疲れ」と共に目黒へとスポーツドリンクを手渡す。担任の村岡先生からの奢りだ。
「ドンマイ。アイツは規格外だからな。バスケ部でもないと勝てねぇよ」
「だよな。善戦したんだけどな」
目黒が肩を竦める。金子は昼休みにも練習に励むほどのバスケ好きだ。他のメンバーがどれだけ下手だろうと、球技大会のレベルなら金子はまず敗戦しないだろう。だから、俺も球技大会の種目でバスケを避けたのだ。
「鬼越のほうはどうだ? ……って、見りゃわかるか。おめでとう」
目黒とペットボトルで乾杯する。「ありがとう」と言うものの、俺は大した活躍をしていない。九割方恐田のおかげだ。
「恐田も大分周りに溶け込んできたな」
「そうだな。俺もあんな風に恐田が他の奴らと喋るなんて新鮮だ」
恐田は見慣れない生徒と話していた。「チア部に……」とか「ラグビー部に……」とか聞こえてくる。おそらく部活動の勧誘を受けているのだろう。恐田ほどの運動神経があれば、二年生の六月から始めても良い成績を残せるだろう。むしろ、これまで部活動に所属していなかったことに驚くほどだ。
理由はわかる。恐田は親の目を気にしていた。だから、夜遅くまで拘束される部活動を嫌がったのだろう。恐田はただ、親に構ってもらいたかっただけなのだ。
親御さんの真意はわからないが、恐田が部活の一つでも始めていれば、事態は好転していたのではないかと思う。家の中にずっと引きこもっているよりも健康的だし、上下関係のある集団の中に属するようになれば、親御さん的にも心配の種が少なくなりそうなものだ。全て結果論だが。
「悲しい?」
突然、目黒がわけのわからないことを訊いてきた。俺はペットボトルに口をつける。
「何が?」
「恐田が他の奴らと仲良くなって、寂しくなったりしないのか?」
「何で? 良いことだろ?」
「そりゃそうだけど」
目黒が何と言えばいいのかと考えあぐねている。
確かに俺と恐田は周囲から見れば仲の良い二人組に映っていることだろう。駅で出会えば一緒に登校し、昼休みになれば一緒に昼飯を食べる。だが、その程度だ。移動教室は目黒と一緒になることが多いし、下校時だって目黒と一緒になることのほうが多い。
だからだろうか。未だに付き合い始めた実感が湧かない。デートはおろか、手を繋いだこともない。いや、家に招いたり出かけたりしたことはあるが、他の友人とやっていることは同じだ。果たしてそれがデートと呼べるだろうか。実態としては、友達以上恋人未満な状態だ。授業をサボる恐田を連れ戻していた頃のほうが、今よりもわちゃわちゃと触れ合っていたように思う。
だってよ、と目黒が話を続ける。考えがまとまったのだろう。目黒の話に耳を傾ける――
「お前、恐田と付き合ってんだろ?」
「は……?」
俺はペットボトルを取り落とした。グラウンドの喧騒が遠くに聞こえる。まるで俺の周りだけ空間が隔絶されている心地だ。
目黒の台詞が頭の中で何度も繰り返される。
『お前、恐田と付き合ってんだろ?』
『恐田と付き合ってんだろ?』
『恐田と付き合って』
(目黒は俺と恐田が付き合っていると知っている? そんなはずない! 学校で怪しい素振りを見せたことなんてないし、学校じゃなくても手だって繋いだことない! だったら、これはブラフ……?)
目黒が俺の目を凝視している。沈黙は金ではない、黒だ。早く何か答えなければ、認めていることになる。
(悪い、恐田。俺はクラス委員なんだ。誰かと付き合っているなんて、口が裂けても言えない)
クラス委員は誰からも好かれなければならない。色恋沙汰など揉め事を起こすだけ。現を抜かすなと言うつもりはないが、公にしないに限る。
ペットボトルを拾い上げつつ、何も気にしていない体を装う。
「何言ってんだよ。そんな風に見えるのか?」
「ん? ああ、だって――」
地面に横たわるペットボトルの脇に足元が映り込む。パッと面を上げると、半袖姿の恐田が立っていた。ジャージを脱ぐと、筋肉が浮かび上がってよく見える。
「おう、恐田。あれ? ジャージはどうした?」
「剥ぎ取られた」
「羅生門かよ」
観客の中に熱狂的な恐田ファンが紛れ込んでいたのかもしれない。用心しよう。
「部活の勧誘受けてたのか?」
「ああ。サッカー部と野球部とチア部とラグビー部と水泳部とテニス部とバド部とバスケ部とラクロス部とパソコン部と――」
「大人気だな!」
恐田の話を強制終了する。危うく全部活動の紹介をされるところだった。
(……いや、パソコン部は関係ねぇだろ!)
もしかすると、熱狂的な恐田ファンはパソコン部の中にいるのかもしれない。用心しなければ。
「気に入った部活はあったか?」
「特になかったな。……どうせなら、鬼越と一緒にやれる部活がいい」
「あ~~~~~~!! 知り合いと一緒のほうが楽しいもんなッ!!」
チラ、と目黒を見遣る。俺たちの会話に興味がないのか、スポーツドリンクを飲んでいる。
(セーフ……!)
恐田は俺との関係を隠そうとしない。隠さなければならない理由がないのだ。だから、こうしてストレートに物を言うし、行動を起こしてくる。先日など、他のクラスメートが俺の背中に抱きついてきたのを見て、それを真似て抱き着いてきた。考え過ぎなのかもしれないが、他のクラスメートの時よりも湿度が高かったように思う。
一応恐田には付き合っていることを隠したい旨を伝えているが、どこまで理解しているかは定かではない。恐田は空気を読めない部分がある。悪気が無い分、タチが悪いのだ。
だけど、と恐田が続ける。
「今度の土曜日、練習試合に出てほしいって頼まれた。人が足りないらしい」
「へえ、助っ人か。引き受けたのか?」
恐田はこくりと頷いた。
「もし空いてるなら、鬼越にも見に来てほしい」
「おう、いいぜ。何をやるんだ?」
「アルティメット」
(??????)
「アルティ、メ……三つ首の龍じゃなくて?」
「アルティメット」
「……そうか」
究極の部活動。それはきっと俺の想像の及ばない競技なのだろう。
(何だろう? AIを駆使した近未来ボクシングとか?)
***
どんな夜も必ず明けるように、梅雨の合間にも必ず晴れ間はやって来る。芝生の柔らかな匂いが風に乗り、今日が絶好のアルティメット日和であると知らせてくれる。
太陽の眩しさに目を細める。突き抜けるような青天井には白い円盤が行き来している。まるで自由に羽ばたく鳥のようだ。
まるで自由を求めるように、俺も円盤の一つに手を伸ばす――
「フリスビーじゃねぇか!!」
俺はキャッチした白い円盤を恐田目掛けて放り投げた。手首を内側から外側へ曲げて投げるバックスローだ。
円盤は風の影響を受け、正面に立つ恐田から逸れてゆく。恐田は、しかし円盤の動きに反応し、円盤をしかとキャッチした。
「フリスビーは商標。正式名称はフライングディスクって言うらしい。何でもディスクを使ったスキルとか、スピードとか、体力とか必要になるから究極――アルティメットって言うんだとか」
今度は恐田が俺へ向けてフライングディスクを投げてくる。俺の時とは異なり、恐田が投げたディスクは綺麗な軌道を描いて俺の手の中に収まった。
「わざわざ調べたのか?」
「白熊部長から教えてもらった」
噂をしていると、アルティメット部の白熊部長から号令がかかった。
「集合ッ!!」
部長のもとに部員が集結する。集まった部員は四名。部長合わせて計五名。部員の後ろに俺と恐田も並ぶ。
白熊部長が俺たちを眺め、「よし」と頷く。名は体を表す。大きな体躯で大らかそうな顔付きをしている。一番怒らせたくないタイプだ。
「七人いるな! 今日は練習試合だが、油断せず勝ちに行くぞ!」
「はいッ!!」
芝生の中央で一列に並び、相手チームと挨拶を交わす。
「よろしくお願いしますッ!!」
それぞれのポジションに着き、試合開始の笛が鳴る。
フライングディスクが飛び交う中、俺は思っていたことをようやく口にした。
「俺も出るのかよッ!!」
「ユニフォームに着替えてから言われても」
恐田が苦言を呈するように、俺は恐田や他のメンバーと同じ黒いユニフォームに身を包んでいる。
そうだけど、と俺は食い下がる。
「見に来てほしいって言葉は嘘だったのかよ!」
もしかするとアルティメット部の差し金なのかもしれない。
俺が抗議の意を示すと、傍にいた恐田が顔を赤くして俯いた。
「……嘘じゃない。鬼越にはすぐ傍で見ていてほしいから……」
「そんなこと言われたら……」
(もう何も言えないじゃねぇか)
確かに嘘はついていない。屁理屈のような、叙述トリックのような気もするが。
白線の外側を見る。部員の親と思しき観客に紛れて、クラスメートの目黒も観戦している。二人だと付き合っていると勘繰られると考え、俺が誘ったのだ。
先日の目黒の言葉が脳内によみがえる。
『お前、恐田と付き合ってんだろ?』
(怪しまれないようにしねぇと……!)
アルティメットのコートは37m×100mで、両端18mはお互いの『エンドゾーン』つまり『ゴールエリア』という構成だ。
お互いに自陣のエンドゾーンに七人が並び、ディフェンスチームがオフェンスチームへとディスクをスローオフすることで試合が開始する。
相手チームがこちらへとディスクを投げると同時に駆け出してきた。試合開始だ。白熊部長を筆頭に、俺たちのチームもディスクを追いかけ、コート中央へと密集する。
白熊部長が大きな図体とは対照的な軽やかな跳躍でディスクをキャッチする。その横をチームメイトの芦原君が全速力で通過し、部長が彼の進む先へとパスを出す。一年生ながら物凄い脚力だ。芦原君は相手のエンドゾーン内で大きく跳び上がりディスクをキャッチした。
白線の外から歓声が上がる。芦原君もガッツポーズを掲げ、駆け寄ってきた部員らとハイタッチを交わしている。俺も皆に合わせて芦原君とハイタッチする。若いのに背が高い。羨ましい。
自陣に戻ろうとすると、不意に恐田から肩を組まれた。
「鬼越、コートチェンジ」
「え? もう?」
「アルティメットは風の影響を受けやすいから、一点ごとにコートチェンジだ」
「そうなのか。わかった。……わかったけど、距離が近くないか?」
わざわざ肩を組んで伝える話ではない気がする。
もしかすると俺が恥をかかないように気を遣ってくれたのかもしれない。確かに肩を掴んで呼び止めたりしたら、ルールを知らないことがバレバレだ。
「……鬼越の顔が見たかった」
それだけ言い残し、恐田は脱兎の如く駆け去った。
「鬼越君、顔赤いけど大丈夫かい? 少し休む?」
白熊部長から心配され、俺は余計に顔が熱くなった。「平気です」と笑顔を返し、相手チームにスローオフする。今度は相手がオフェンスだ。
アルティメット超初心者の俺への指示は一つ。相手チームの一人を徹底マークすること。俺はその指示に従い、相手選手の一人にぴったりとくっついた。
不意に視線を感じ、そちらを見ると恐田と目が合った。不満そうな顔をしている。嫉妬だろうか。可愛いところがあるものだ。
とその時、マークしていた選手が俺たちのエンドゾーンへ向かって走り出した。追いかけることなら恐田で慣れている。
頭上にディスクが近付いてくる。相手選手へのパスだろう。俺は相手選手の目の前に身体を割り込ませ、飛来してきたディスクをキャッチした。
「よし!」
思わずガッツポーズを決める。
「恐田ほどじゃねぇな!」
連日、恐田を追いかけ続けたこの脚力を甘く見ないでもらいたい。
「……で、これからどうすればいいんだ?」
ディスクをパスすればいいのだろうか。だが、相手チームがブロックしてくる気配はない。
そうこうしているうちに白熊部長がやってきた。
「相手のパスを阻止したらターンオーバーだ。エンドゾーンまで戻ろう」
わかりました、と白熊部長の後をついてゆく。
「鬼越君はアルティメット経験者?」
「いえ、初めてです」
「そうなのかい。いやなに、パスカットが上手だと思ってさ」
「よく同級生とバスケの1on1やっているので」
「確かにアルティメットはバスケとアメフトを合わせた競技だってよく言われるね。バスケみたいにディスクをパスしていって、アメフトのタッチダウンみたいに相手の陣地でディスクをキャッチして得点を取る。ちなみにアルティメットにもバスケみたいにトラベリングがあるけど、バスケと違って一歩も歩けないから注意してね」
合点がいった。なるほど。だから、白熊部長はディスクをキャッチしてすぐに芦原君へとパスを出したのか。
「あとはバスケと似ているかな。ラインを出たら攻守交替。ああそれと、ディスクが地面についても交代だから気をつけて」
「わかりました!」
ルールは大体わかった。これからが本番だ――
「コートチェンジ!」
と意気込んだものの、常に走り続けていたこともあり、すぐに体力の限界が訪れた。相手選手へのマークも甘くなり、徐々にパスカットが失敗するようになった。
「恐田君! ナイスキャッチ!」
一方、恐田は絶好調だった。相手選手の股下をくぐってエンドゾーンまで駆け出し、高い跳躍力でディスクをキャッチしたかと思えば、
「恐田君! ナイトカット!」
今度は屈んだ相手選手を大きく跳び越え、パスをカットしたりと、最早恐田の独壇場だった。アルティメットは相手選手への接触が全面禁止されているが、障害物を乗り越えて移動するパルクールとは相性が良いようだ。
いつしか恐田に三人もの相手選手がマークしていたが、恐田にとってはそれすらも障害にはならないようだ。マークをかわし、ディスクを追いかけて高く舞う。その姿はまるで自由な鳥そのものだった。
「かっけぇ……」
思わず漏れた本音を「おっと」と押さえる。白線の外を見遣ると、目黒は恐田の活躍に目を奪われていた。バレていないようだ。セーフ。
「カッコいいよね、恐田君」
ぬっ、と背後から現れた白熊部長に俺は跳び退った。「ひえっ!」と幽霊でも見たような悲鳴が漏れ、白熊部長に大笑いされた。背中をバンと叩かれ、背中を仰け反らせる。
「見惚れる気持ちもわかるよ」
胸がキュッと締めつけられた。俺は今、そんな目をしていたのだろうか。
恐田を見る。すると、恐田もこちらを見た。何を思ったのか、会釈してきた。とりあえず俺も会釈を返す。何だこれは。
「さて、最後まで気を抜かずに行きましょうか!」
白熊部長の背中を追いかけ、俺はエンドゾーンに並んだ。
「ありがとうございました!!」
17対14で俺たちのチームが勝利した。相手チームと挨拶を交わし、チーム内でハイタッチを交わす。
「鬼越、お疲れ」
例に漏れず、恐田も右手を上げてやってきた。俺も右手を上げてハイタッチに応じる。そして、そのまま流れるようにハグされた。
「……いやなんか、近くねぇか?」
「勝利のハグだから、大丈夫」
(何が大丈夫なんだ?)
俺に触れたいという下心が透けて見えるのだが。
横目に目黒を見ると、俺たちのことをじーっと凝視していた。マズい。誤魔化さなければ。
「はは、恐田にも随分懐かれちまったな! これもクラス委員の恩恵か?」
「クラス委員じゃなくなっても、鬼越のことは好きだぞ?」
(あんた一体何なんだッ!?)
心中で声を荒らげるが、恐田はきょとんとするばかり。心なしか、目黒も俺に同情しているように見える。
恐田から離れようとしたその時、芦原君が俺たちのもとへと駆け寄ってきた。
「恐田先輩! 鬼越先輩! お疲れ様です!」
無邪気な笑みで俺たちのハグに加わってくる。
「ありがとう、芦原君……」
「こちらこそありがとうございました!」
なんて良い子なのだろう。彼に心の底からの感謝を。
ユニフォームから私服へと着替え、アルティメット部と別れると、俺たちは目黒と合流した。試合の感想を話しながら駅のフードコートへと移動する。
「あ~、疲れた! 助っ人も終わったし、この後どっか行くか、目黒?」
「今日のMVPに任せるよ」
目黒が恐田へと視線を向ける。
「……寄りたいところがあるんだ」
「ほう? それじゃあ邪魔者は先に帰るとするか」
目黒が悪戯っぽい笑みを向けてくる。
「あのなぁ、俺たちは別にそういうんじゃ……」
「目黒にも来てほしい」
恐田が俺の反論を遮った。俺と目黒の視線が恐田に集中する。
「大事な用があるんだ」