「それでは先生!今日はここまでにして、また明日からよろしくお願いしますね」
「ちょっと待ってくれ、ミカエル」
やりたいことがあって今日はお開きにしようとしたのだが、待ったをくらった。
「なんでしょう。今日は急いでいるのですが......」
「いいや、なんでしょう。ではなく、俺は続けるなど言っていないぞ」
「え?」
でもさっきおお、って相槌打ってたし。
「え?と言いたいのは俺の方だ。まだ了承していないぞ」
「まあまあ!ちょっとくらい、いいじゃないですか!!」
ちょっと、というかかなり強引すぎたかもしれないがきっと許してくれるだろう!
「それではまた明日!!絶対来てくださいね!!!」
そう言い、足早に宮殿を去る。後方で先生が何か言っていたが、聞こえないフリをすることにした。
でも誠実な先生ならきっと明日も来てくれると信じている。
門の付近で掃除をしているイザベラを見つけ、街に行こうとせがむ。
「お願い!イザベラ!!」
「ですが...、すみません。ミカエル様」
「ねーえ!!お願いイザベラ!!」
「申し訳ございません...」
でも絶対にここで引き下がるわけにはいかない。今日はなんとしてでも絶対に。
多少汚い手を使ってでも絶対に外に出るんだ!
「イザベーー」
「すみません」
「イザーー」
「ミカエル様?」
なぜだ、イザベラが最後まで言わせてくれない。なんなら、さっきから圧を感じる。
でも、負けない。息を思いっきり吸って____
「イザベラに1週間の休暇をあげるから今から街に行きましょ」
なんとか言い切ることができた。これはもう、私の勝ちよ!
「もう、ミカエル様ったら仕方ないですね」
「ありがとう、イザベラ」
やっぱりね。イザベラったら満面の笑み。でもそれはそれでなんだか複雑。
* * *
「やっぱり街はいいわね!」
「そうでーー」
「あ!イザベラ!!あれ買ってきて!!」
「...串焼きですか?」
宮殿では食べたことがない珍しいものを見つけた。イザベラいわく串焼き、というものらしい。確かに名前の通り串に刺して焼いてある。
「多分それよ!!美味しそうだわ」
「......相変わらず食い意地が張ってますね」
イザベラが何か言っていたが、何も聞かなかったことにしておこう。私のためにも、イザベラのためにも。
それにしても、串焼きを売っているお店は並んでいて時間がかかりそう。よし、その間にやるしかない。人探し。
そう決め、ドレスの上に羽織っていた上着のフードを深く被り記憶を辿りながらいそうな場所へ向かうことにした。
1度目の人生で出会った時は、今日のこのくらいの時間帯。2度目の人生でも何度も街で見かけた。場所はたいてい噴水の前の広場。そして、毎回ピンクという目立つ色のドレスを着て、私の嫌いな大きなリボンを頭につけていたからから目立っていたわ。
* * *
「もしかして...っ、ミカエル様...ですよね......?」
記憶を辿りながら、噴水の方に向かっていたのだが向こうから声をかけてくるとは。想定外だったわ。
深く被っていたフードを、わざと自慢の綺麗な髪の毛が広がるように脱いだ。
「あら、存じてくださっているの?光栄ですわ」
そして、自分にできる精一杯の笑顔で挨拶をする。
3度目の人生ということだけあって、とても自然な愛想笑いができるようになった。
でも、周りにいたのは憎き相手、アイザック・セイレムだけではない。街の人たちが私を見るなり....
「姫様、きてくださったんですか!?」
「丁度パンが焼き上がったところです!!」
「是非うちの店にいらしてください!」
「いえいえ!是非うちに!!」
「自慢の野菜なので、是非持って行ってください!!」
「王妃様によろしく伝えておいてください!!」
街の人たちが次々に私に声をかけてくれる。流石お父様とお母様。街の発展に力を入れてきただけある。おかげで何もしていない娘の私まで融通が効くなんて。
見たか、アイザック・セイレム。これが王族の力だ!!
横目でチラッと様子を盗み見ると、私の方を向いて笑いかけてくる。
「凄いですっ!!憧れちゃいます...っ」
「そんなことありませんわよ。それに、このくらい貴族なら簡単ですわ」
「いいえ...、私には到底できません......」
と、内心鼻高々に答えておく。
しかし、ふと疑問が湧いた。憧れる?この光景に?できない?貴族なら下級貴族など関係なく街の人々に好かれれば簡単なこと。だから、憧れちゃう貴方は街の人々に好かれていないのね。そういう意図を込めて答えたのに、それじゃあ私が悪いみたいじゃない。
でも、改めてアイザック・セイレムの格好を見たらさらに謎が湧いた。
貴族なはずなのにドレスじゃない。しかも、ところどころ泥がついていて薄汚い。
「名前、聞いてもよろしいですか?」
「あっ、わ、私はアイザック・セイレム....です」
「生まれは?」
「この街でっ...、こう見えて看板娘......なんですよ?」
怪しまれないように名前から聞き、知りたかった生まれも聞いたのだがどういうことだろう。私が知っているアイザック・セイレムの生まれは貴族。
じゃあ、これは嘘かしら。どうせ親が人攫いを恐れて平民だと言え、と教えているのだろう。
でも、セイレム家も、セイレム伯爵、公爵、そんな名前は聞いたことないわ。まあいいわ。こんなこと気にしたって時間の無駄ね。
それに、イザベラもーー。
しまった!!イザベラに黙ってここまできたんだった!!!
「ねえ、アイザックさん」
「なっ、なんでしょう...っ」
「今から私と一緒に宮殿で茶会でもしませんか?」
「いいんですかっ?私...っ、人生で一度くらいは行ってみたかったんですっ」
もう少し誘うのに手こずると予想していたが案外すぐに決まり、驚いている。
むしろ、早い分にはいい。
それに!アイザック・セイレムを友達と紹介すれば、私はイザベラからの説教を回避できる!!はず!
「いいですか、アイザックさん。よく聞いてくださいね?」
「はいっ」
「私の貴方は友達です」
「みっ、ミカエル様とお友達なんて、無理ですよっ。嬉しい...けど、恐れ多いし.....っ、実感も湧きませんっ」
なんか、喋り方が癪に障る。過去もこんな喋り方だったかな。でもとにかくイザベラの説教は回避したい。それに、形だけでも仲良くなれば、殺されずに済むかもしれない。仲良くなっておいてそんはないわ。
「呼び方、ミカエルでいいわ。堅苦しいのは嫌いなの」
「わっ、わかりました...、ミカエル...」
「それでいいわ。私もアイザックって呼ぶから」
平民でも、特別に名前呼びと呼び捨てを許可してあげるわ。タメ口は許可しないけどっ!アイザック、貴方には敬語がお似合いよ!!
「とりあえず!早く行きましょう!!」
「はっ、はいっ...!」
何も知らないアイザックはのこのこと私の後ろをついてくる。
いい気味。
* * *
「イザベラ!ごめんなさい...っ」
反省しているフリをして申し訳なさそうに全力で謝る。だって、2時間説教フルコースは御免だわ。それに、姫がお友達の前で怒られるなんて恥晒し、イザベラが私にさせるわけがないもの。
「次は、絶対に許しませんからね」
「本当に!?やった!早く帰りましょーっ!!」
やっぱりね!まあ、アイザックが帰った後のことはわからないけれど。とりあえず今は回避できたから充分ね。
イザベラはチラッとアイザックの方を見て尋ねてくる。
「ミカエル様...、そちらの方は?」
「私のお友達よ。宮殿に招待したいの」
「どっ、どうも初めまして...っ。アイザック・セイレムと申します.......」
「ミカエル様に仕えております。イザベラです」
「使用人......」とアイザックが呟いている。まっ、平民には雇えないでしょうからね!!羨ましいでしょう!!!
というかさっきから思うのだけれど、ヒロインってもっと明るい笑顔なんじゃないの?たしか、過去のアイザックもそうだったわ。
まあ、アイザックはまだ幼いから人見知りが激しいのかもしれない。どうでもいいけど。
「イザベラっ!早く帰りましょう!!」
「わかりましたよ、ミカエル様」
イザベラが呆れたように返答する。呆れるって何!?
「ふふっ」
「ちょっとアイザック、何笑っているの!?」
「すっ、すみませ...っ」
* * *
「ーー様、あちらの方でございます」
「へえ、いいじゃん。大当たりだよ」
宮殿に帰還し、早速お茶をしようと庭に足を踏み入れたがなんと、先客がいた。
「エル!待っていたぞ」
「オスカー様...!?」
「オスカーで良いぜ。お前堅苦しいの嫌いだろ?」
その先客は、オスカー・ルイス。この国で3大伯爵家にも入ると言われている家の時期当主だ。年は私と同じ7歳。綺麗な銀色の髪の毛に燃えるように赤い瞳が映えている。ちなみに、馴れ馴れしいが記憶を遡るにほとんど会ったことはない。
そんな時、私の隣にいるアイザックに気づいたらしく、まじまじと眺めている。
「なあエル、誰?こいつ」
「私のお友達のアイザーー」
「ルイス伯爵家のオスカー様ですよね!?お初目お目にかかります。アイザック・セイレムと申します!」
紹介しようとしたのだが、私がいうよりも先にアイザックがすらすらと自己紹介をした。私の時とは全く違う。アイザック、スラスラ喋れたのね.....
やっぱり1度目、2度目の人生と同じだ。アイザック、あなたこの時から男好きだったのね。
「興味ねーし、俺エルに聞いたんだけど」
「....っ〜〜」
最高だわ、オスカー様。いいえ、オスカー。私と貴方は今日から親友よ。