「チェスの基本はまず、駒の特性を理解することだ。」
放課後、松野君と遊ぶ約束を取り付けた僕は、今日も変わらず目の前にチェスのボードを広げていた。しかも場所はチャトランガの部屋である。
遊ぶと言ってもボードゲームしか浮かばなかった俺は本当にボードゲーム馬鹿。
しかし、松野君にもチェスのことを教えると約束したし、ある程度の基礎知識は覚えていて損は無いはずだ。
すぐには俺や蛇さん等の幹部を相手取るような試合は無理だろうが、チェスも経験が大切だ。
基礎知識から経験を重ね、応用し、策を練り、それぞれの状況に合った駒の動かし方を覚えていく。
そうして試合数を重ねていけばいつか松野君も強いチェスプレイヤーとなるはずだ。
「キングは試合の勝ち負けを決める駒だ。彼が追い込まれれば負け、彼を追い込めれば勝ちとなる。ただ、キングを盤上から退かすような事は勝敗を決める際にもしない。『取る取られる』、ではなく『追い込む追い込まれる』が勝敗だ。動かせるのは周辺に1マスのみ。」
と、簡易的な駒の説明に、「てっきりキングも最後には取るのかと思ってました……」と、松野君が興味深そうに盤上を眺めている。
「そして、クイーン。彼女が1番大きく動き、そして攻撃の要になる事ができる。上下左右斜め、どこにでも行くことが出来る。」
「えっ!それってほとんど無敵って事じゃないですか!」
「まあ、そうだな。彼女を取られればほぼ負ける。攻撃でも守りでも彼女は要だ。動ける範囲が広い分、可能性も多大だ。だからこそ、彼女を終盤まで残せるか否かも重要になってくる。」
「すごい駒なんですねぇ……」とクイーンへと関心を寄せる松野君を見ながら、思えば三日月さんの以前の名前がクイーンだったな、とふと思い出した。
その名の通り彼女の試合はクイーンが中心の攻守のバランスが取れたプレイヤーだ。クイーンの動かし方については彼女の方が知識は多いかもしれない。
そう思いチラリと三日月さんの方を見ると何故かこちらを凝視している三日月さんと視線がかち合った。
あまりの目の見開きようにどこか危機迫ったものを感じるが、そんなに変なことを俺は言っただろうか?
(……あ!もしかして同じクイーンだからって前の名前教えんじゃねぇぞってこと!?)
確かに、いくらチェスが好きだからって駒の名前をそのまま組織の名前として使っていたというのは名前を変えた今では恥ずかしい記憶なのかもしれない。
(大丈夫です!僕は言いません!言いませんよ!)
と、心の中でだけ勢いよく返事をするが、コミュニケーションが苦手な僕が女子相手に現実にそんなこと言えるはずもなく、とりあえず安心させるように微笑んでおいた。
その後、ビショップやナイトなどの駒やキャスリングやアンパッサンなどの特殊ルールなどを説明していき、今度は実際にボード上で擬似的な試合をしてみる。
いきなり新しい知識を詰め込まれた松野君だったが、さすが進学校に通うだけあって飲み込みが早かった。
僕のような偶然入れた人間じゃないから頭の良さが違う。
僕は本当に運良く入れただけで、そしてたまたま入学式の時には祝辞を述べることとなったが、あれも偶然頭の良い生徒が体調不良で欠席していたせいだろう。
廊下に張り出されている結果表には上位20位までの名前が載せられるが、そんな上位20名に入るわけがないと知っているので自分の心の安泰のためにも1度も見に行ったことがない。
たまに、廊下に出る時に何かの奇跡でギリギリ20位に入っていないかな、とちらりと見るも、その20位と書かれた数字の横に自分の名前が載ったことなど1度もなかった。
我ながら悲しくなってきた。
「シヴァ様!ありがとうございました!」
勢いよく頭を下げる松野君に苦笑を漏らす。
名前呼びでいいと、何度か言っているが、恐らく彼は学校では王様と呼び、ここではシヴァ様と呼び分けるのだろう。
何だかちょっと悲しいけど直らないのなら仕方がない。
「こちらこそ。楽しかったよ。今日教えたのはあくまで基本。これらを理解して経験を積み、応用していけばより優れたプレイヤーになれる。……それに、松野君は新人だし、色々な角度から物事が見れるかもね。」
チェスには色々な定跡がある。それをあえて崩すという戦法もあるし、そういう斬新なことは意外に始めたばかりの新人とかの方が出来たりする。
「はい!チェス頑張って覚えます!」
「楽しみにしてる。」
再び元気よく頭を下げて、帰路を走っていった松野君にヒラヒラと軽く手を振る。
うん、なかなか学生の放課後らしいことが出来たんじゃないだろうか?
そう1人満足していると、
「シヴァ様はやはり流石ですね……」
と、謎の言葉を三日月さんから頂いた。
え、それはチェスの腕前ですか?
それとも僕の口下手の方ですか?
(……また変な勘違いされてなきゃいいけど……)
とりあえず当たり障りのないように、
「僕なんてまだまだですよ。」
と言っておいた。
放課後、松野君と遊ぶ約束を取り付けた僕は、今日も変わらず目の前にチェスのボードを広げていた。しかも場所はチャトランガの部屋である。
遊ぶと言ってもボードゲームしか浮かばなかった俺は本当にボードゲーム馬鹿。
しかし、松野君にもチェスのことを教えると約束したし、ある程度の基礎知識は覚えていて損は無いはずだ。
すぐには俺や蛇さん等の幹部を相手取るような試合は無理だろうが、チェスも経験が大切だ。
基礎知識から経験を重ね、応用し、策を練り、それぞれの状況に合った駒の動かし方を覚えていく。
そうして試合数を重ねていけばいつか松野君も強いチェスプレイヤーとなるはずだ。
「キングは試合の勝ち負けを決める駒だ。彼が追い込まれれば負け、彼を追い込めれば勝ちとなる。ただ、キングを盤上から退かすような事は勝敗を決める際にもしない。『取る取られる』、ではなく『追い込む追い込まれる』が勝敗だ。動かせるのは周辺に1マスのみ。」
と、簡易的な駒の説明に、「てっきりキングも最後には取るのかと思ってました……」と、松野君が興味深そうに盤上を眺めている。
「そして、クイーン。彼女が1番大きく動き、そして攻撃の要になる事ができる。上下左右斜め、どこにでも行くことが出来る。」
「えっ!それってほとんど無敵って事じゃないですか!」
「まあ、そうだな。彼女を取られればほぼ負ける。攻撃でも守りでも彼女は要だ。動ける範囲が広い分、可能性も多大だ。だからこそ、彼女を終盤まで残せるか否かも重要になってくる。」
「すごい駒なんですねぇ……」とクイーンへと関心を寄せる松野君を見ながら、思えば三日月さんの以前の名前がクイーンだったな、とふと思い出した。
その名の通り彼女の試合はクイーンが中心の攻守のバランスが取れたプレイヤーだ。クイーンの動かし方については彼女の方が知識は多いかもしれない。
そう思いチラリと三日月さんの方を見ると何故かこちらを凝視している三日月さんと視線がかち合った。
あまりの目の見開きようにどこか危機迫ったものを感じるが、そんなに変なことを俺は言っただろうか?
(……あ!もしかして同じクイーンだからって前の名前教えんじゃねぇぞってこと!?)
確かに、いくらチェスが好きだからって駒の名前をそのまま組織の名前として使っていたというのは名前を変えた今では恥ずかしい記憶なのかもしれない。
(大丈夫です!僕は言いません!言いませんよ!)
と、心の中でだけ勢いよく返事をするが、コミュニケーションが苦手な僕が女子相手に現実にそんなこと言えるはずもなく、とりあえず安心させるように微笑んでおいた。
その後、ビショップやナイトなどの駒やキャスリングやアンパッサンなどの特殊ルールなどを説明していき、今度は実際にボード上で擬似的な試合をしてみる。
いきなり新しい知識を詰め込まれた松野君だったが、さすが進学校に通うだけあって飲み込みが早かった。
僕のような偶然入れた人間じゃないから頭の良さが違う。
僕は本当に運良く入れただけで、そしてたまたま入学式の時には祝辞を述べることとなったが、あれも偶然頭の良い生徒が体調不良で欠席していたせいだろう。
廊下に張り出されている結果表には上位20位までの名前が載せられるが、そんな上位20名に入るわけがないと知っているので自分の心の安泰のためにも1度も見に行ったことがない。
たまに、廊下に出る時に何かの奇跡でギリギリ20位に入っていないかな、とちらりと見るも、その20位と書かれた数字の横に自分の名前が載ったことなど1度もなかった。
我ながら悲しくなってきた。
「シヴァ様!ありがとうございました!」
勢いよく頭を下げる松野君に苦笑を漏らす。
名前呼びでいいと、何度か言っているが、恐らく彼は学校では王様と呼び、ここではシヴァ様と呼び分けるのだろう。
何だかちょっと悲しいけど直らないのなら仕方がない。
「こちらこそ。楽しかったよ。今日教えたのはあくまで基本。これらを理解して経験を積み、応用していけばより優れたプレイヤーになれる。……それに、松野君は新人だし、色々な角度から物事が見れるかもね。」
チェスには色々な定跡がある。それをあえて崩すという戦法もあるし、そういう斬新なことは意外に始めたばかりの新人とかの方が出来たりする。
「はい!チェス頑張って覚えます!」
「楽しみにしてる。」
再び元気よく頭を下げて、帰路を走っていった松野君にヒラヒラと軽く手を振る。
うん、なかなか学生の放課後らしいことが出来たんじゃないだろうか?
そう1人満足していると、
「シヴァ様はやはり流石ですね……」
と、謎の言葉を三日月さんから頂いた。
え、それはチェスの腕前ですか?
それとも僕の口下手の方ですか?
(……また変な勘違いされてなきゃいいけど……)
とりあえず当たり障りのないように、
「僕なんてまだまだですよ。」
と言っておいた。