僕が初めてギターを手に入れたのは中学二年の冬だった。
母がいなくなってから、家の中から音という音が消え去った。
まるで、再生した動画をミュートするみたいに。
この家に話題と明るさを提供していたのは専ら母親で、僕と父はそれに安住していただけだったんだなと、子どもながらに思い知らされた三年間だった。
父は、全国紙の編集記者をしていた。
毎日毎晩、この人はいつ眠っているんだろうと不思議になるくらい働いていて、家では父の姿を見ること自体が稀だった。
小学生の頃、僕は心の中で父のことを密かに〈レアキャラ〉と呼んでいた。
父に比べたら、ロールプレイングゲームでエンカウントするレアモンスターの方が幾分出会う確率が高いぐらいだった。
十二月のある日、珍しく早い時間に帰ってきた父親は、僕の顔を見るなり「クリスマスプレゼント、何が欲しい」とだけ言い、ソファーを壊そうとしているのかと疑いたくなる勢いで座り、手に持った新聞を開いた。
正直、面食らっていた。
何が欲しいかなんて今まで一度も訊かれたことのなかった僕は、脳みそから煙が出るくらい考えた後、こう言った。
「ギターがほしい」
父の目がこちらを向いた。
どきりとした僕は、父が手にした新聞に隠れるように、反射的に身を竦ませた。
「どうしてギターなんだ」
父の言葉に、また脳みそをぷすぷす言わせながら、どうにか「……なんとなく」とだけ返した。
前日に見たギター演奏の動画が頭にこびりついていただけで、それ以上でも以下でもなかった。
父は「わかった」とだけ言って、新聞を乱雑に畳んで鞄に押し込み、また仕事に出かけた。
それから三日後、僕が学校から帰ってくると、玄関に大きなアコースティックギターが鎮座していた。
その日は、クリスマスイブですらない、普通の日だった。
「うわあ」
思わず声が出た。
そのアコースティックギターはケースにも納められてもおらず、そのままの状態で玄関にぽーんと放り出されていた。
僕は頭のいい人間ではないが、アコースティックギターはケースに入れて持ち運ぶものだということぐらいは知っていたし、何より僕が欲しいと思っていたのは、アコースティックギターではなくエレキギターだった。
「まあ、ギターには違いないしな」
確かに僕は、父にギターの種類を言わなかった。
ならば仕方あるまいと、自分で自分を納得させた。
あの多忙な父に、ほしかったギターはこれじゃないよと指摘する勇気など、どこを探してもありはしなかった。
ともあれギターを手に入れてしまった僕は、膨大な可処分時間を残らずギターに注ぎ込むことになった。
動画やインターネットのサイトを参考にして、見様見真似で弾きまくった。
僕の演奏技術は普通の人が見れば鼻で笑われて終わりのレベルだっただろうし、それは基本的に今も変わらない。
だけど、弾けば弾くほど上達するという感覚はとても甘美で、僕は何もかもを放り出してギターに熱中した。
ブロンズ弦を弾いた時の、ギターボディーの深い振動をお腹に感じるのが好きだった。
ギターを弾いていると、自分の意識が深層へ潜っていく感覚があった。
車に轢かれた時に近づいた生と死の境目がその辺りにあるんじゃないかと思った。
それに気づいて以来、僕にとってギターは、その辺縁へと歩み寄る手段となった。
僕が追い返され、母がひらりと跨いだ境界線。
弾いているうちに、夜が朝になっていることも少なくなかった。
「まだ起きてるのか」
振り返ると、暗い玄関に父がいた。リビングの時計は四時を指していた。
父が帰ってくるのは大抵この時間で、そのまま昼ごろまで眠り、また会社へ出掛けてしまう。
「人間って、死んだらどうなるんだろう?」
なぜそんなことを訊いたのか、今でもよくわからない。
睡眠不足が脳の細胞を腐らせてしまったせいなのかもしれない。
父はピクリと眉を顰めた。
「何もない。骨と灰になって、それで終わりだ」
「そう」
父はきっとそう言うだろうな、と思っていた。
僕らの身体のどこかに、魂とでも呼ばれるものが納まっているとして、それは決して目には見えない。
僕らが骨と灰になったとしても、そこにあるはずの魂がどこへ飛んで行ったのかを確かめることはできない。
僕が知りたいのは、それらがどこに飛んで行って、その後どうなるのか、ということだった。
話は終わりとばかりに、父は寝室に引っ込んだ。
半年分くらい父と話したかな、僕は思った。
高校卒業が迫った頃、父が突然この家を引き払うと言い出した。
母が死んで以来、父はずっとこの地方の支社で働いていたが、ついに東京本社への転勤が決まったのだそうだ。
「お前は一人で好きなようにしろ。いいな」
いいも悪いもない。
父が家にいない以上、生活に関する一通りのことは、全て僕がこなしていた。
一人暮らしをしろと言われたところで、今までだって一人暮らしをしていたようなものだ。
実質的には何も変わらない。
アパート選びも、家を手放すための面倒な手続きも、全て父が一人でやった。
それはまるで、家族という粗大ごみをばらばらに解体して、四十五リットルの燃えるごみ袋に詰め込んでいるかのようだった。
きっと、父はずっと前からそうしたかったのだろうと僕は思った。
「じゃあな」
何かあったら連絡しろよとか、しっかりやれよの言葉もなく、父というレアキャラは僕の人生から姿を消した。
その背中を見送りながら、父と暮らすことはもう二度とないのだろうと思っていた。
残ったのは母の思い出と、中二の冬に父からもらったアコースティックギターだけだった。
最低限の家具を設置し終えた僕は、自分で買ったケースからギターを取り出し、ぽろんと弾いた。
隣の部屋との壁は、ギターを弾くのには不適当なほどに薄く、頼りない。
窓を開けると、真正面には廃品処理工場が見えた。
工場からは、打ち捨てられた場所だけが持つ侘しさのような空気が醸し出されていて、父に捨てられた僕が住むには似合いの場所だと、自分で自分を笑いたくなった。
一人暮らしを始めてから一番困ったのが、ギターを弾く場所の確保だった。
これまでの家と違って、思い切りギターをかき鳴らせるほど、アパートの壁は分厚くない。
布団を被って弾くのもいいが、暗いのと狭いのと息苦しいのとで長くはもたない。
リハーサルスタジオも何度か使ったが、費用もかかるし、どこか落ち着かなかった。
紆余曲折を経て、行き着いたのが駅だった。
JR大曽根駅の北口で、ゆとりーとラインの改札へと続く階段の脇の奥まった場所。
そこはいつも周りにギターを弾く人間が多く、僕はその中にうまく埋没することができた。
電車が線路を軋ませる音や車の排気音、歌声や雑踏のざわめきが混じり合って混沌としていたが、深層に潜りさえすれば、それらは逆に、自分がこの世界から隔絶された一つの個であることを、より際立たせる効果を持っていた。
華やかな繁華街から距離をおいているところもいい。
僕はJR大曽根駅の北口をとても気に入った。
毎日通いたい気持ちもあったが、暮らしていくためにはそこそこの時間をバイトに充てる必要もある。
大曽根駅に行くのは、とりあえず週に二回、火曜日と金曜日にしよう。
そう決めた。
しばらくの間、一人きりの快適な時間を過ごしていた。
この大曽根駅の片隅は僕ととても相性がいいらしく、実家のリビングで弾いていた頃よりもずっと深いところまで潜ることができた。
近くにいる歌うたいたちの周りには大小さまざまな輪ができていたが、僕はいつまでも一人だった。
それは、誰かと関わるのではなくただ潜航したいだけの僕にとってはとても好都合なことだった。
特別上手くもなく、容姿も優れず、愛想もよくない人間に寄ってくる物好きなんているはずもない。
このままずっと一人の時間が続くのだと思うと、想像するだけで身震いするほどに幸せだった。
僕に関わろうとする人間なんて現れやしない。
そう思っていた。
一人暮らしを始めてから二か月ほどが経った、五月の半ば頃だった。
大曽根駅北口の定位置でギターを弾き始めると、改札付近から粘りつくような視線を感じた。
演奏が終わってからそちらに視線をやると、気配はぱったり消えてしまう。同じ現象は何度も続いた。注意深く気配を探り続け、ようやくその視線の主が誰なのかが見えてきた。
それは、女性だった。
年齢はおそらく僕よりも少し上だろう。
彼女は、ひどく疲れているように見えた。
まるで、彼女の周囲だけ倍の重力がのしかかっていて、少し動くだけで周りの何倍もの労力を費やしているような。
社会の歯車として規則正しく回り続けるのには、僕が想像するよりもずっと強い負荷がかかるものなのかもしれない。
そう思うと、ただの異物としか思えなかった彼女の視線も、どこか親しみをもって受け止められるような気がした。
他人だとしても、同志であるならば、視線程度を厭うのは違うんじゃないかと思ったのだ。
僕の気持ちが変わると、彼女の方も少し変わった。
少しずつ、互いの視線を避け合うのをやめ、目が合えば軽く会釈を返したりもするようになった。
不思議な感覚だった。
こんなこと、学校の同級生にだってしたことがない。
一度も話したことがないのに、これまでに出会った誰よりも心の距離は近づいていた。
誰かに親しみを覚えるのに、時間も、触れ合いも、会話すらも必要としない場合があるのだと、僕は初めて知った。
彼女もそれは同じだったんじゃないかと僕は思っている。
またしばらく経ったある日。
その日は生憎の曇り空で、僕が定位置としている高架柱の下にもぽつぽつと小雨が降り込み始めていた。
今日は早めに切り上げようかと立ち上がったところで、異変に気づいた。
男が三人ほど、ぐるりと彼女を取り囲んでいた。
男たちはそれぞれに派手で軽薄な雰囲気をまとっていて、ここではない別の場所に彼女を連れ出そうと躍起になっていた。
彼女はその誘いを好意的に受け止めていないようで、俯き加減に視線を落とし、下腹部の辺りで両手をぎゅっと握り締めていた。
よく見ると、彼女の足はかすかに震えているようにも見えた。
それを見た後の僕の行動は、実に自動的だった。
冷静さを欠いてもいた。
衝動的だった、と言ってもいいかもしれない。
僕はギターをたすき掛けのように背中に背負ったまま、彼らの輪に近づいていった。
「やめてもらえませんか」
男たちは瞬時に剣呑な空気をまとった。
「僕の大切な、お客さんなんです」
男たちの後ろで、彼女が大きく目を見開いた。
こういう人種に関わることの愚はそれなりに理解しているつもりではいた。
にも関わらずこんな暴挙に出てしまったのは、自分で思う以上に、彼女を親しく感じてしまっていたせいなのだろう。
「ああ? うぜーよ、お前」
男のうちの一人が、僕の胸を平手でどんと突いた。
彼にとっては軽く小突いた程度かもしれないが、慢性的に食が細い僕は、まるで紙細工のように容易く後ろに倒れた。
背負っていたギターが僕の自重でメキメキと音を立てて割れた。
その音は広場中に響き渡り、行き交う人たちの視線が一斉に僕らに集まった。
「……ちっ」
面倒な空気を感じ取った彼らはそそくさと退散した。
雑踏の視線も次の瞬間には霧消して、後には口元に手を当てて立ち尽くす彼女と、倒れたままの僕と、もう二度と元には戻らない壊れたギターだけが残された。
僕はどうにか身体を起こし、背後の惨状を確認した。
そこにあったのは、もう既にギターではなく、ギターだったものの成れの果てだった。
その壊れたギターと、トラックに轢かれた母の姿が重なって、胃の奥底から熱いものが込み上げてきた。
這いずるようにして側溝まで行き、胃の内容物を残らず吐き出した。
しばらく吐いていると、不意に背中を擦る手を感じた。
その手は、生命らしさを感じないほど冷たく凍りついていた。
「ごめん、なさい」
あなたが謝る必要はないと思ったが、それを口に出せるような余裕はなかった。
僕がえづいている間、彼女はずっと僕の背中を擦ってくれた。
「大丈夫? 名前、言える?」
「……枯野、最果、です」
胃液で焼けた喉で、どうにか自分の名前を言うと、彼女は口の中で「かれの、さいはて」と小さく呟いた。
「送橋由宇、です。埋め合わせ、させてください」
その声は、疲れ切った彼女の空気からは想像できないほどの強さを含んでいた。
それが僕と、送橋由宇との出会いだった。
母がいなくなってから、家の中から音という音が消え去った。
まるで、再生した動画をミュートするみたいに。
この家に話題と明るさを提供していたのは専ら母親で、僕と父はそれに安住していただけだったんだなと、子どもながらに思い知らされた三年間だった。
父は、全国紙の編集記者をしていた。
毎日毎晩、この人はいつ眠っているんだろうと不思議になるくらい働いていて、家では父の姿を見ること自体が稀だった。
小学生の頃、僕は心の中で父のことを密かに〈レアキャラ〉と呼んでいた。
父に比べたら、ロールプレイングゲームでエンカウントするレアモンスターの方が幾分出会う確率が高いぐらいだった。
十二月のある日、珍しく早い時間に帰ってきた父親は、僕の顔を見るなり「クリスマスプレゼント、何が欲しい」とだけ言い、ソファーを壊そうとしているのかと疑いたくなる勢いで座り、手に持った新聞を開いた。
正直、面食らっていた。
何が欲しいかなんて今まで一度も訊かれたことのなかった僕は、脳みそから煙が出るくらい考えた後、こう言った。
「ギターがほしい」
父の目がこちらを向いた。
どきりとした僕は、父が手にした新聞に隠れるように、反射的に身を竦ませた。
「どうしてギターなんだ」
父の言葉に、また脳みそをぷすぷす言わせながら、どうにか「……なんとなく」とだけ返した。
前日に見たギター演奏の動画が頭にこびりついていただけで、それ以上でも以下でもなかった。
父は「わかった」とだけ言って、新聞を乱雑に畳んで鞄に押し込み、また仕事に出かけた。
それから三日後、僕が学校から帰ってくると、玄関に大きなアコースティックギターが鎮座していた。
その日は、クリスマスイブですらない、普通の日だった。
「うわあ」
思わず声が出た。
そのアコースティックギターはケースにも納められてもおらず、そのままの状態で玄関にぽーんと放り出されていた。
僕は頭のいい人間ではないが、アコースティックギターはケースに入れて持ち運ぶものだということぐらいは知っていたし、何より僕が欲しいと思っていたのは、アコースティックギターではなくエレキギターだった。
「まあ、ギターには違いないしな」
確かに僕は、父にギターの種類を言わなかった。
ならば仕方あるまいと、自分で自分を納得させた。
あの多忙な父に、ほしかったギターはこれじゃないよと指摘する勇気など、どこを探してもありはしなかった。
ともあれギターを手に入れてしまった僕は、膨大な可処分時間を残らずギターに注ぎ込むことになった。
動画やインターネットのサイトを参考にして、見様見真似で弾きまくった。
僕の演奏技術は普通の人が見れば鼻で笑われて終わりのレベルだっただろうし、それは基本的に今も変わらない。
だけど、弾けば弾くほど上達するという感覚はとても甘美で、僕は何もかもを放り出してギターに熱中した。
ブロンズ弦を弾いた時の、ギターボディーの深い振動をお腹に感じるのが好きだった。
ギターを弾いていると、自分の意識が深層へ潜っていく感覚があった。
車に轢かれた時に近づいた生と死の境目がその辺りにあるんじゃないかと思った。
それに気づいて以来、僕にとってギターは、その辺縁へと歩み寄る手段となった。
僕が追い返され、母がひらりと跨いだ境界線。
弾いているうちに、夜が朝になっていることも少なくなかった。
「まだ起きてるのか」
振り返ると、暗い玄関に父がいた。リビングの時計は四時を指していた。
父が帰ってくるのは大抵この時間で、そのまま昼ごろまで眠り、また会社へ出掛けてしまう。
「人間って、死んだらどうなるんだろう?」
なぜそんなことを訊いたのか、今でもよくわからない。
睡眠不足が脳の細胞を腐らせてしまったせいなのかもしれない。
父はピクリと眉を顰めた。
「何もない。骨と灰になって、それで終わりだ」
「そう」
父はきっとそう言うだろうな、と思っていた。
僕らの身体のどこかに、魂とでも呼ばれるものが納まっているとして、それは決して目には見えない。
僕らが骨と灰になったとしても、そこにあるはずの魂がどこへ飛んで行ったのかを確かめることはできない。
僕が知りたいのは、それらがどこに飛んで行って、その後どうなるのか、ということだった。
話は終わりとばかりに、父は寝室に引っ込んだ。
半年分くらい父と話したかな、僕は思った。
高校卒業が迫った頃、父が突然この家を引き払うと言い出した。
母が死んで以来、父はずっとこの地方の支社で働いていたが、ついに東京本社への転勤が決まったのだそうだ。
「お前は一人で好きなようにしろ。いいな」
いいも悪いもない。
父が家にいない以上、生活に関する一通りのことは、全て僕がこなしていた。
一人暮らしをしろと言われたところで、今までだって一人暮らしをしていたようなものだ。
実質的には何も変わらない。
アパート選びも、家を手放すための面倒な手続きも、全て父が一人でやった。
それはまるで、家族という粗大ごみをばらばらに解体して、四十五リットルの燃えるごみ袋に詰め込んでいるかのようだった。
きっと、父はずっと前からそうしたかったのだろうと僕は思った。
「じゃあな」
何かあったら連絡しろよとか、しっかりやれよの言葉もなく、父というレアキャラは僕の人生から姿を消した。
その背中を見送りながら、父と暮らすことはもう二度とないのだろうと思っていた。
残ったのは母の思い出と、中二の冬に父からもらったアコースティックギターだけだった。
最低限の家具を設置し終えた僕は、自分で買ったケースからギターを取り出し、ぽろんと弾いた。
隣の部屋との壁は、ギターを弾くのには不適当なほどに薄く、頼りない。
窓を開けると、真正面には廃品処理工場が見えた。
工場からは、打ち捨てられた場所だけが持つ侘しさのような空気が醸し出されていて、父に捨てられた僕が住むには似合いの場所だと、自分で自分を笑いたくなった。
一人暮らしを始めてから一番困ったのが、ギターを弾く場所の確保だった。
これまでの家と違って、思い切りギターをかき鳴らせるほど、アパートの壁は分厚くない。
布団を被って弾くのもいいが、暗いのと狭いのと息苦しいのとで長くはもたない。
リハーサルスタジオも何度か使ったが、費用もかかるし、どこか落ち着かなかった。
紆余曲折を経て、行き着いたのが駅だった。
JR大曽根駅の北口で、ゆとりーとラインの改札へと続く階段の脇の奥まった場所。
そこはいつも周りにギターを弾く人間が多く、僕はその中にうまく埋没することができた。
電車が線路を軋ませる音や車の排気音、歌声や雑踏のざわめきが混じり合って混沌としていたが、深層に潜りさえすれば、それらは逆に、自分がこの世界から隔絶された一つの個であることを、より際立たせる効果を持っていた。
華やかな繁華街から距離をおいているところもいい。
僕はJR大曽根駅の北口をとても気に入った。
毎日通いたい気持ちもあったが、暮らしていくためにはそこそこの時間をバイトに充てる必要もある。
大曽根駅に行くのは、とりあえず週に二回、火曜日と金曜日にしよう。
そう決めた。
しばらくの間、一人きりの快適な時間を過ごしていた。
この大曽根駅の片隅は僕ととても相性がいいらしく、実家のリビングで弾いていた頃よりもずっと深いところまで潜ることができた。
近くにいる歌うたいたちの周りには大小さまざまな輪ができていたが、僕はいつまでも一人だった。
それは、誰かと関わるのではなくただ潜航したいだけの僕にとってはとても好都合なことだった。
特別上手くもなく、容姿も優れず、愛想もよくない人間に寄ってくる物好きなんているはずもない。
このままずっと一人の時間が続くのだと思うと、想像するだけで身震いするほどに幸せだった。
僕に関わろうとする人間なんて現れやしない。
そう思っていた。
一人暮らしを始めてから二か月ほどが経った、五月の半ば頃だった。
大曽根駅北口の定位置でギターを弾き始めると、改札付近から粘りつくような視線を感じた。
演奏が終わってからそちらに視線をやると、気配はぱったり消えてしまう。同じ現象は何度も続いた。注意深く気配を探り続け、ようやくその視線の主が誰なのかが見えてきた。
それは、女性だった。
年齢はおそらく僕よりも少し上だろう。
彼女は、ひどく疲れているように見えた。
まるで、彼女の周囲だけ倍の重力がのしかかっていて、少し動くだけで周りの何倍もの労力を費やしているような。
社会の歯車として規則正しく回り続けるのには、僕が想像するよりもずっと強い負荷がかかるものなのかもしれない。
そう思うと、ただの異物としか思えなかった彼女の視線も、どこか親しみをもって受け止められるような気がした。
他人だとしても、同志であるならば、視線程度を厭うのは違うんじゃないかと思ったのだ。
僕の気持ちが変わると、彼女の方も少し変わった。
少しずつ、互いの視線を避け合うのをやめ、目が合えば軽く会釈を返したりもするようになった。
不思議な感覚だった。
こんなこと、学校の同級生にだってしたことがない。
一度も話したことがないのに、これまでに出会った誰よりも心の距離は近づいていた。
誰かに親しみを覚えるのに、時間も、触れ合いも、会話すらも必要としない場合があるのだと、僕は初めて知った。
彼女もそれは同じだったんじゃないかと僕は思っている。
またしばらく経ったある日。
その日は生憎の曇り空で、僕が定位置としている高架柱の下にもぽつぽつと小雨が降り込み始めていた。
今日は早めに切り上げようかと立ち上がったところで、異変に気づいた。
男が三人ほど、ぐるりと彼女を取り囲んでいた。
男たちはそれぞれに派手で軽薄な雰囲気をまとっていて、ここではない別の場所に彼女を連れ出そうと躍起になっていた。
彼女はその誘いを好意的に受け止めていないようで、俯き加減に視線を落とし、下腹部の辺りで両手をぎゅっと握り締めていた。
よく見ると、彼女の足はかすかに震えているようにも見えた。
それを見た後の僕の行動は、実に自動的だった。
冷静さを欠いてもいた。
衝動的だった、と言ってもいいかもしれない。
僕はギターをたすき掛けのように背中に背負ったまま、彼らの輪に近づいていった。
「やめてもらえませんか」
男たちは瞬時に剣呑な空気をまとった。
「僕の大切な、お客さんなんです」
男たちの後ろで、彼女が大きく目を見開いた。
こういう人種に関わることの愚はそれなりに理解しているつもりではいた。
にも関わらずこんな暴挙に出てしまったのは、自分で思う以上に、彼女を親しく感じてしまっていたせいなのだろう。
「ああ? うぜーよ、お前」
男のうちの一人が、僕の胸を平手でどんと突いた。
彼にとっては軽く小突いた程度かもしれないが、慢性的に食が細い僕は、まるで紙細工のように容易く後ろに倒れた。
背負っていたギターが僕の自重でメキメキと音を立てて割れた。
その音は広場中に響き渡り、行き交う人たちの視線が一斉に僕らに集まった。
「……ちっ」
面倒な空気を感じ取った彼らはそそくさと退散した。
雑踏の視線も次の瞬間には霧消して、後には口元に手を当てて立ち尽くす彼女と、倒れたままの僕と、もう二度と元には戻らない壊れたギターだけが残された。
僕はどうにか身体を起こし、背後の惨状を確認した。
そこにあったのは、もう既にギターではなく、ギターだったものの成れの果てだった。
その壊れたギターと、トラックに轢かれた母の姿が重なって、胃の奥底から熱いものが込み上げてきた。
這いずるようにして側溝まで行き、胃の内容物を残らず吐き出した。
しばらく吐いていると、不意に背中を擦る手を感じた。
その手は、生命らしさを感じないほど冷たく凍りついていた。
「ごめん、なさい」
あなたが謝る必要はないと思ったが、それを口に出せるような余裕はなかった。
僕がえづいている間、彼女はずっと僕の背中を擦ってくれた。
「大丈夫? 名前、言える?」
「……枯野、最果、です」
胃液で焼けた喉で、どうにか自分の名前を言うと、彼女は口の中で「かれの、さいはて」と小さく呟いた。
「送橋由宇、です。埋め合わせ、させてください」
その声は、疲れ切った彼女の空気からは想像できないほどの強さを含んでいた。
それが僕と、送橋由宇との出会いだった。