テレビ局を出て三十分。自宅近くの芝生公園に仰向けになっている咲佑を見つけた。そのすぐ横にある電話ボックスの扉は半開きの状態で、その床には黒く丸い染みができていた。

咲佑に近づこうと、灼熱のアスファルトの上を歩く。そこには、間隔も定まらず、不規則な形と大きさで付着している黒い染みがあった。この辺には野良猫もいるから、きっと怪我でも負った子が歩いただけだろう。そうだよ、きっと。

芝生の上を、わざと音を鳴らして歩く。少しでも早く俺の存在に気付いて欲しいから。でも、どれだけ俺が近付いても、全く目を開けようとしない咲佑。もしかしたら太陽と芝生の陽気に誘われて眠ってしまったのかもしれない。

 「咲佑」俺はそっと耳元で呼びかける。開かない目。もう少し大きい声で…。身体を揺らして起こそうと芝生の上に手を付いたとき、掌に何かが付着した。

俺はその場で腰を抜かした。寝ころんでいる芝生は赤く染まり、咲佑が着ている黒Tシャツの腰骨付近は、ぱっと見じゃ分からないけれど色が濃くなっていたる。電話ボックスの床、アスファルトの上、俺が見てきた染みは見ず知らずの人のものでも、野良猫のものでもない。咲佑のもの。

 凉樹は自身から血の気が引いていくのを感じていた。凉樹は血が怖く、ちょっとした傷口から出る自分の血ですら、幼い頃から恐怖心を覚えていた。そんな凉樹に対し「大人になれば怖くなくなるよ」と優しく慰めてくれた母親。それを信じきっていた幼かった凉樹。二十歳を超えた今でも血は怖い。やはり治らなかった。でも今はそんなこと言ってられない。血が怖いからってこの場から逃げ出すことは許されない。今までの自分に打ち勝つために、俺は咲佑の血なら、触れる。

「咲佑! 起きろ! なぁ、起きろよ……。起きろってば!」

俺はその場にいる人目も憚らず、大声で咲佑に呼びかけ続ける。周りはただ心配そうに見ていたり、俺らの存在に気付いたのかスマホを向けて撮影していたりする。俺も咲佑も芸能人。今目の前で起きていることをSNSで拡散されたっていい。このことに対して何を言われても構わない。そんなことをいちいち気にしてたら負ける。

「俺にはお前が必要なんだよ! だから頼む、目を覚ましてくれ!」

 咲佑は目を覚ますことなく、群衆の中の誰かが呼んだ救急車で病院に運ばれ、治療を受けることになった。俺は付添人として同行することになったが、その間まったくと言っていいほど生きた心地がしなかった。大切な誰かがこんな事件に巻き込まれるなんて現実からかけ離れ過ぎていて、昏夢でも見ているんじゃないかと疑いもした。でも、俺は寝ていない。意識もハッキリしている。だから、咲佑が電話してきたあの時から今の今まで、起きたこと、見たこと全てが現実だ。