「疲れた…。」
私は大きなため息をつく。10ヶ所以上の工場や農園を視察して、次がやっと最後の農園だ。
「そうね…私も疲れたけれど、次のが終わったら宿に行けるわよ。頑張りましょう。」
母も苦笑いしている。
車が停まった。どうやら目的地に着いたようだ。
「思ったより小さな農園ね。」
三葉がつぶやく。私も同感だ。今まで訪れた農園に比べれば、かなり規模が小さい。
中に入ると、この農園の持ち主らしい男性が緊張した面持ちで迎え入れてくれた。父は、独裁者とはいえ自分の意見に従わない者以外には驚くほど丁寧に、威圧感を与えないよう接する。
「お忙しいところ、訪問を受け入れていただきありがとうございます。」
「とんでもないです!どうぞ、遠慮なく上がってください。私は藤宮 穂(ふじみや みのる)と申します。」
「1人で切り盛りしているのか?」
父がまさかといった様子で問うと、藤宮は首を横に振った。
「いえ、妻の楓(かえで)と、息子の柊月(ひづき)がいます。」
「そうか。」
父がほっとしたようにうなずく。その時、奥の畑に通じていると思われる扉から1人の男の子が微笑みながら入ってきた。
___その瞬間、周りの全ての音が消え、私の目はその青年に釘づけになった。心臓が大きく脈打ち、何も考えられなくなる。
「…どうしたの、二葉?」
「…えっ?あぁ、ごめん。少しぼーっとしてた。」
一葉に不審そうに声をかけられ、私はやっと我に帰った。私達が視察に来ることは聞いていたのか、彼はこちらを見て丁寧にお辞儀をし、名前を名のる。
「こんにちは。この農園の息子の、藤宮 柊月と申します。」
「こんにちは。いつもご苦労様。」
父は笑顔で言葉を返し、こちらを向いた。
「じゃあ、私はいつも通り、ここの持ち主にこの農園を案内してもらうから、自由に見ておいで。」
「分かったわ」
母が私たちを代表して返事をする。父はほとんどの場合、自分が案内してもらっている間、私たちは自由時間にしてくれる。
母や姉たちがそれぞれ行きたい場所に去っていったのを確認して、私は男の子に近づいた。
「あの…こんにちは。えっと…柊月くん、で合ってる…よね?」
「えっ…あぁ、はい。」
私に話しかけられるとは思っていなかったのか、驚いたように振り向いて彼は返事をする。
(えっと…何を話したら…)
私が心の中で考えていると、彼は私の気持ちを察したように柔らかく微笑んで言った。
「よかったら…少し、ここを案内しましょうか?」
「いいの⁉︎じゃあ、よろしく。それと…あなた、何歳?」
「えっ?あぁ、16歳です。」
「私も16歳よ。なら…敬語は使わないで。」
「えっ…でも」
「いいの。私が嫌だから。」
「そういうことなら…分かった。じゃあ…えっと…。」
「私の名前は、二葉よ。よろしく。」
「俺は柊月。よろしく。」
そして、私たちは歩き出した。