まさか山宮くんが責任を感じて自分に苛立っていたとは思わず、私は慌てて否定した。
「あの時山宮くんが一番に助けに来てくれて嬉しかった。安心した。ヒーローみたいにかっこよかった」
「大袈裟だよ」
「本当にそう思ったんだもん。だから…そんなこと言わないでほしい。お願い」
私の思いが少し伝わったのか、山宮くんの顔は徐々に力が抜けていった。
「ほんと…優しいね、白石さん」
「山宮くんの方が優しいじゃん。私のこと助けてくれた」
「当たり前だよ。…怖かったでしょ、大丈夫?」
山宮くんは処置の終わった私の腕を手のひらで触れる。
「さっきまで怖かったけど、山宮くんの顔見た瞬間どっか行っちゃった。本当に相手を追い払っちゃうんだからすごいよ。やっぱり山宮くんは私のヒーローだね!」
「だから、大袈裟だって」
わざと大袈裟なことを言うと、山宮くんはやっと笑ってくれた。
よかった。やっぱり山宮くんには笑顔が一番似合う。
山宮くんの笑顔を見てやっと完全に安心できたような感覚だ。
「腕、ありがとう。みんなのところ戻ろっか」
「…まだ、よくない?」
山宮くんのその言葉の意味がすぐに分かって、心臓が鳴った。
私の勘違いだろうか。もしかしたら同じことを考えていたのかもしれない。
こんな形だったのは不本意だったけど、山宮くんと二人きりになれる時間が増えて喜んでいた自分がいる。
けれどみんなのところに戻らなくちゃと気持ちを切り替えた時だった。
「…うん」
右腕に触れている手のひらは、まだ離れていなかった。
***
「文化祭中図書館になんてみんな来ないよね、すごい静か」
「そうだね」
何となく、落ち着かない雰囲気。
いつもと同じ一番慣れた図書館に来たのに、気持ちが落ち着かなくてそわそわする。
さっきの山宮くんのあの言葉は、どういう意味なんだろうか。
まだ二人でいたいと山宮くんも思ってくれていたのかは分からない。
自分に都合よく捉えてしまっているのではないかと怖くなる。
「白石さん」
「は、はい」
いつも一緒に本を読んでいる角のソファーまで歩いてきて腰を下ろすと、山宮くんから改まったように名前を呼ばれる。
「少し何も言わないで聞いてほしいんだけどね」
「…うん」
「あの日、白石さんから言われたこと真剣に考えてみたんだ」
私は何も言わずに、頷く。
その次に続く言葉を聞くのが怖くて耳を塞ぎたくなった。
「少し、時間をくれないかな」
「…え?」
けれど山宮くんの口から出たのは私の予想していたどの言葉でもなかった。
「白石さんは返事はいらないって言ってたけど、やっぱり俺はちゃんと考えたいと思った。白石さんが他の人とは違う存在だってことは分かってるんだけど、その気持ちがまだはっきりしなくて。だからその気持ちがはっきりした時には伝えても、いいかな」
それは今山宮くんからもらう言葉の中で、きっと一番嬉しいものだった。
山宮くんに自分がどう思われているのか聞いたことは初めてで少し新鮮で照れくさい。
「白石さん…?」
張本人の山宮くんは不安げな表情で私のことを見つめている。
「あっごめん…嬉しくて。まさかそんなに山宮くんが考えてくれてるとは思わなかった」
「考えるよそりゃ…。きっと白石さんも勇気出して俺に伝えてくれたんだろうし」
「でも山宮くん、告白なんて日常茶飯事なんじゃないの?」
少し意地悪な質問をしてしまった。
そして山宮くんはあからさまに困った様子で言いづらそうに言う。
「まぁ…ないことはないけど、こんな近い関係の人に告白されるのとはまた違うからね」
遠回しに私のことを親しい関係だと言ってくれたようで自然と頬が緩む。
「へへ…そっか」
「うん」
私がまた口を開こうとした時、外からバルーンリリースのアナウンスが聞こえた。
「えっ…もうそんな時間?」
「やば。風船もらうの忘れたね」
この時間までに生徒たちはバルーンリリースに必要な風船を生徒会のタスキをつけている人からもらうのだが、バタバタして完全に忘れてしまった。
図書館の二階に上って、窓を開ける。
外は風船を持った生徒でいっぱいで、今から行ってももう間に合わないだろう。
「まぁいっそ眺めるだけでもいいか」
「そうだね。私風船膨らませられなくてやったことないし」
「えっ⁈」
なぜか山宮くんにかなり驚かれてしまったけれど、恐らくバルーンリリースの時間はもうすぐだ。
去年もその前もまともに参加していない私は、こうして山宮くんと一緒に見ることができるだけで幸せなのに。
『さぁ、時間になりました。フィナーレのバルーンリリースを行います!』
どこかから聞こえるアナウンスの声。
どうやらもうカウントダウンが始まるようだ。
「じゃあ白石さん、この景色見るのも初めて?」
「うん」
「そっか。…きっと今回もめちゃくちゃ綺麗だよ。しかも今日なんか綺麗な秋晴れだから、余計に」
そんな景色を私は今から山宮くんと見ることができるのか。
こんな幸せをもらっていいのかとまで思っていると、とうとうカウントダウンが始まった。
『十、九、八、七…』
「六、五、四…」
私達もみんなのカウントダウンの声に乗せて、数を数える。
『三、二、一、せーの!』
その声と同時に風船が生徒の手から離れ、歓声があがる。
風船は下からふわりと浮き上がり、あっという間に私達を通り越した。
「わぁ…」
夕焼け色の空に広がった、カラフルな風船。
いたるところから聞こえる感嘆の声。
地面より少し高い所から見ると、風船が綺麗な空に向かって吸い込まれているようにも見える。
そんな空は物凄く広くて、大きくて、どう頑張っても手が届かない。
そんなところに吸い込まれていく風船は少し羨ましかった。
「綺麗だね」
「…うん」
隣の山宮くんも同じ空を同じ気持ちで見ていた。
そのことがどうしようもなく嬉しくて、涙が出そうになる。
「去年、この景色をここから一人で見たんだ」
「えっ?」
「久しぶりにパニックの発作が出て、文化祭の途中で人混みからとにかく抜け出したくてここにたどり着いたんだよね。けど、ここめちゃくちゃ穴場じゃない?」
笑って話しているけれど恐らく物凄く辛かったであろう山宮くんの姿を想像してしまい、苦しくなった。
私が隣にいたら、何かできただろうか。
いや、きっと何もできない。山宮くんの恐怖や苦しみや虚しさを取り除くことなんて誰にも出来やしない。
「その日からたまにここに来るようになった。ここの窓を開けて大きく息を吸うと、やっとちゃんと呼吸ができる気がするんだ」
そう言って笑う山宮くんは、強かった。
堪えていた涙が少し溢れてしまって、山宮くんにバレないよう拭う。
きっと何度もくじけそうになったはずなのに。苦しくて諦めてしまいたくなったはずなのに。
それなのに山宮くんは今私の隣にいてくれている。
そのこと自体が奇跡なんじゃないかと思う。
だから私は言った。
好きだとか、特別なんだとか、そんなことじゃない。
ただ今伝えたいのは。
「あの時、負けないでくれてありがとう」
毎年文化祭が終わると一気に時の流れが早くなるような気がする。
ついこの間終わったと思った文化祭ももう一か月以上前の話で、今はもう十二月初旬。
街は受験生の私を置いていくかのようにイルミネーションでの光でキラキラと光り始め、気の早いお店は正月のお餅を出し始める。
そんな世の中の変化で更に受験への焦りが募ってしまう。
入試までは残り三ヶ月弱。
これまでのように勉強は続けているものの、やってもやっても終わりが見えないことに毎日絶望を感じる。
そして入試が近づいて焦っているのは私だけではない。
この間からお母さんの口出しがまた増えてきて、新たなストレスの要因となっている。
焦る私を察して静かにしてくれているのかと思ったが、やはり耐えられなくなったのか最近は私への束縛がきつい。
私も前ほど精神状態に余裕がないので、言い合いになってしまうことも少なくない。
今日の朝もそうだ。
学校に行く前だというのに私の成績の話を持ち出してきた。
『最近成績が上がっていないみたいだけど…本当にちゃんと勉強してるの?塾に行ってる時に居眠りなんかしてないよね』
毎日毎日張りつめた状態で勉強している私にとって、今一番言われたくない言葉だった。
もう少し私に余裕があれば、いつものことだなと流せたかもしれない。
けれど、毎日言われる小言にもう私の精神状態も限界を迎えていた。
『うるっさいなぁやってるにきまってるでしょ。もう口出ししないでよね』
苛立った私はそう言ってその後のお母さんの言葉を全て無視して家を出てきてしまった。
良くないことだとは分かっているけれど、正直もう勘弁してほしい。
そのせいで最近はまた夜も上手く眠れないし、頭も上手く働かない。
今も何の授業を受けているのか分からない。
内職用にこっそり開いている参考書も何が書いてあるのか分からなくなってきた。
何度も読み返したはずなのに、なんで。やっぱり覚えられていないのだろうか。
そんなことでまた不安になる。
どうしよう、どうしたらいい。
頭の中で言葉が回っておかしくなりそうだ。
授業とは全く関係のないことで頭がいっぱいになっていると、前の席の愛梨ちゃんから話しかけられたような気がした。
虚ろな目で愛梨ちゃんと目を合わせる。
「奏葉、呼ばれてる」
「え…?」
教卓の方を見ると、私の方を見つめた先生が不思議そうな顔をしている。
それだけでなくクラス中の視線が私に集まっており、やっと事態を理解した。
私は慌てて席を立ちあがる。少し立ち眩みがしたけど、どうにか耐えた。
「あ…えっと」
「白石さん大丈夫?なんかずっと下向いてたみたいだけど」
「…すみません」
「いやいいけど…珍しいね。しっかりしてよ」
幸い優しい先生だったことと普段の私の授業態度を含め、甘く見てくれたようだ。
私はもう一度すみませんと呟き、席に着いた。
「奏葉、大丈夫ー?なんか最近元気ないよね」
「うん、ごめん…」
「体調悪いなら一緒に保健室行こうか?」
「ううん、大丈夫。あ…ごめん。今日も勉強しなきゃだから私一人で食べるね」
「いいけど…気を付けてね」
「ありがとう」
四限の授業が終わり、昼休みの時間になった。
さっきの私の様子を見て心配してくれたのか、授業が終わった途端三人が揃って私の席に集まってくれた。
けれど前までは楽しいと思えていた愛梨ちゃん達との会話も身体的に辛くなってしまって、最近は一人でご飯を食べることも多い。
みんなになぜか気を付けてねと言われ、私は参考書とおにぎりを持って教室を出た。
階段を下り、外に出て右に曲がると、人通りの少ないベンチがある。
最近の私はそこの校舎裏のベンチで一人、過ごしている。
今日は朝お母さんと言い合いになってしまい、お弁当を受け取らずに出てきてしまったので、登校する途中でおにぎりを買った。
袋に包まれた何味かも分からないようなおにぎりを取り出し、頬張る。
全く味がしない。美味しいとも不味いとも思わない。
とにかく早く口に詰め込むということだけに注力して、すぐにまた参考書を開いた。
繰り返し解いた問題集。ボールペンで書き込んだ文字だらけの参考書。
朝のお母さんの言葉も先生達の期待の眼差しも。
その全てが私を急かしているような気がして、思わず参考書を閉じた。
息が荒い。目のクマを隠すためにしているマスクが苦しくて、でもどうしようもできない。
みんなと出会って全く違う世界を知って、私も少しは同じになれたと思っていた。
けれどそうじゃない。
私はみんなと同じ色を纏っただけの全く違う人間なんだ。
だからこうして定期的に優等生でいることが苦しくなるし、こんな自分を捨てたくなってしまう。
みんなのように生きられない自分が嫌になってしまう。
けれど辞められない。優等生でなくなった私には、何も残らない。
苦しい。苦しい。苦しい。
周りの音は何も聞こえなくて、聞こえるのは自分のうるさい心臓の音と荒い呼吸音。
もう駄目かもしれないと思った時、私の背中に暖かい手のひらが触れた。
私は何がなんだか分からないまま、その人のさするタイミングに合わせて呼吸をした。
「大丈夫、大丈夫。その調子でゆっくり息吸って、吐いて」
顔を見なくても、声で分かってしまった。
すぐそばに山宮くんがいてくれている。そのことが分かった途端、息が上手くできるようになった。
だんだん霞んでいた視界もクリアになっていき、自分がベンチから地面に座り込んでいたことに気がつく。
「ごめ…ん。もう大丈夫だから」
「そう?」
山宮くんはパニック状態になった時、同じく過呼吸の発作を起こすと言っていた。
頻繁に発作を起こしていた時期を経験している山宮くんは、迅速な対応で私の呼吸を促してくれたのだろう。
少し目眩が残るまま、私はとりあえずベンチに座り直す。
山宮くんは私に「ちょっと待ってて」と言い残し、しばらくしてから五百ミリリットルの水を買って戻ってきた。
「ありがとう…あ、お金」
「いいよ」
「…ごめん」
山宮くんの優しさに甘えて私はペットボトルを受け取った。
口に水を含むと何だか頭が少し軽くなったような気がする。
「ちゃんと水は飲まないと」
勢いよく水を飲む私のことを見て、山宮くんはそう言って笑う。
そして水を飲み終わった私の横顔を優しい瞳で見つめて、言った。
「大丈夫だよ」
そのたった数文字の言葉になぜか涙が溢れて止まらなくなった。
山宮くんは何も聞かなかった。
私がなぜ過呼吸を起こすまで追い詰められていたのか。なぜ泣いているのか。
気になることはあるはずなのに。
それなのに彼は何も聞かずに私に大丈夫だよ、と声をかけてくれた。
その言葉は優しくて、不安を全てを包み込んでくれるような温かさがあった。
ただ隣で傍にいて、世那かを撫でてくれた。
そのことが嬉しくて、ずっと涙が止まらない。情けない嗚咽まで零れている。
奥の方で昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
それでも山宮くんは何も言わなかった。
普段の私なら授業をサボるなんて絶対にあり得なかったけど、今日ばかりはもうどうでもいいと思えた。
「もう…駄目かもしれない…っ」
「どうして?」
私が泣きながら話始めると、山宮くんは優しく問い返してきた。
「もう、疲れちゃった…。ずっとしたくもない勉強をすることも、学校で優等生でいることも、愛梨ちゃんや、みんなと同じにはなれないのも、全部嫌だ…」
「うん」
「けど、辞めたら私、全部なくなっちゃうよ…」
自分で言葉にしながら、また涙が溢れてきた。
どうしたらこの苦しみから解放されるんだろう。
いつになったら私は本当の私を認められる?
「白石さんは、頑張りすぎちゃうんだよね」
山宮くんは淡々と話し始めた。
「頑張って、ないよ」
「頑張ってるよ。ここ最近はもっと頑張っちゃってて心配になるくらいだった」
頑張ってなんかいない。
世の中には自分よりもっと秀でている人がいて、その人達に後れを取らないように最低限のことをしているだけ。
こんなのは頑張りじゃない。
「白石さんはもっと自分を褒めていいんだよ。頑張れなくたっていい。前にも言ったけど頑張れることは当たり前じゃないし、すごいことだよ」
「でも…そんな私、誰も認めてくれない。自分も、自分のこと認められない」
「白石さんは誰に何を認めてもらいたいの?」
その言葉に、少し戸惑った。山宮くんの言う通りだ。
私はずっと、何を求めているんだろう。
こんなになって頑張っているのは親のためかと言えば、それだけじゃない。
親に見捨てられるのが怖いのは一つの理由としてあるけれど、今は自分自身のために必死になっているような気がする。
自分の価値を無くしたくなくて、そのための頑張り方をどこかで間違えてしまったのかもしれない。
「最初は親や周りから失望されないようにって思ってた。けどいつの間にか…自分が、自分のことを認められなくなってた。」
「そっか。じゃあ白石さんはずっと自分を好きになるために、認めるために色んなことを頑張ってきてたんだね」
それなのに、いつの間にかどんどん自分のことが嫌いになって、認められなくなった。
他人とばかり比べて、優等生でない自分のことを愛せていないのは私の方だった。
「今の白石さんは頑張れなくなって優等生じゃなくなったら自分の価値が無くなったって思っちゃうかもしれないけど、俺はその度にそうじゃないって言い続ける。頑張りたいことは頑張り続けてもいいけど、優等生じゃなきゃ自分の価値がないなんてそんなことは絶対ないよ。俺が証明する」
「なんで…」
山宮くんは困ったように笑って言った。
「だって俺から見たら白石さんは、いい意味で優等生じゃないもん」
「えっ?」
帰ってきた言葉は全く予想外の言葉だった。
「確かに白石さんは成績をキープするためにいつもたくさん頑張ってるし、他人からの評価もすごく気にしていると思う。少し前の俺だったら確かに優等生な白石さんっていうイメージだったかもしれない。でも今の白石さんのイメージって俺にとっては優等生とはちょっと違うんだよね。神谷達と無邪気に話してる姿とか、意外といたずら好きなところとか、すぐに泣くところとかを見てると優等生って言葉だけで白石さんのことを表すのは違う気がして」
「そう…なの?」
「うん。きっと神谷達ももう優等生の白石さんじゃなくて普通に友達の白石さんとして見てると思う。だからみんあがみんな優等生の白石さんを求めているわけじゃないんだよ」
「そ…っか。そうだったんだ」
私は今まで作り上げてきた優等生の自分というレッテルを崩れることをとても恐れていた。
けれど近くで関わる人にとっては私のそんな安っぽいレッテルなんかとっくに剝がれていて、それを失うことを恐れたりしなくたって良かったんだ。
少なくとも学校で親しくしてくれているみんなには、そんなレッテルもう必要ないのかもしれない。
そのことが分かった途端、急に楽になった。
けれどまだ一つ、振り切れないところがある。
「でもやっぱり学生のうちは親から離れられないし、どれだけ素の自分でもいいやって思えるようになったとしてもお母さんには認めてもらえないかもしれないのが、怖い…」
「そうだね。人によっては白石さんを自分の理想に押し付けてくるかもしれない。その人から解放されたくても俺だけの力じゃどうにもできないかもしれない。けどその時は俺達のこと思い出して。俺や神谷達は、白石さんのことをそのまま受け止める。これだけ偉そうに言っておいて傍にいることしかできないのが本当に悔しくて情けないだけどね。ごめん…」
山宮くんはそう言って悔しそうに俯いた。
そんなことない。私にとって傍に味方がいることが何より嬉しいか。
ずっと一人で抱え込んできた過去の自分とは違う。
まだ本当の自分のことは受け入れきれないし、親に見捨てられるのも怖い。
けれどまた不安になった時には、山宮くんが、みんながいる。
本当の私を一番に受け止めてくれるみんなの存在がとても温かく感じた。
「私が優等生を完全に卒業できるのはきっとまだ先だろうな…」
「ゆっくりいいし、何ならそのままでもいいんだよ。でもその時は、一緒にいたい」
少し照れた顔の彼と目が合う。そして二人で笑った。
その瞬間、絶望の中に微かに光が見えた気がした。
教室に戻ると、私の顔を見た愛梨ちゃん達が自分の席から飛んできてくれた。
「奏葉っ…」
「愛梨ちゃん…」
そしてその勢いで、私は愛梨ちゃんに抱き着かれた。
肩に当たった愛梨ちゃんの手が少し震えているのが分かって、申し訳ない気持ちになる。
「あんた…頑張りすぎなんだよ。私らといる時くらい肩の力抜いていいんだよ!」
「ごめ…」
「そんなことしても当たり前に嫌いになんてならないし、奏葉は奏葉だから。それは絶対変わんないんだからね!」
涙が滲む愛梨ちゃんの声で、止まっていたはずの涙がまた押し寄せる。
「そうだぞ~もう心配かけないでよ。まぁ奏葉のことだから無理だろうけど」
「それでもいいから私達のところに帰ってきてね!」
涙で歪む視界の中で、笑顔の蘭ちゃんと凪咲ちゃんが見える。
私は今までみんなの何を見ていたんだろう。
こんなに素の私を受け入れてくれて、愛のある言葉をくれる人達なだというのに。
ずっと他人を疑って生きてきたけれど、一番信用していなかったのは私の方だった。
初めて信じたいと思えた人がみんなで本当に良かった。
「ねぇちょっとやだ~!なんで奏葉まで泣いてんの?」
「だって…」
「ほら拭いて、もう授業始まっちゃうよ。出られそう?」
「うん、もう大丈夫」
愛梨ちゃんは少し安心した顔で涙で濡れた私の顔を優しく拭いてくれた。
もうしばらくは、大丈夫だと思えた。
でもきっとまた駄目になってしまう時が来る。
その時はまたみんなに少し体を預けさせてもらおう。