全員が揃ったのは午前九時頃だった。いちばん遅くに起きてきたのは弘だった。まだ眠そうにしながらダイニングテーブルに座り、朝食のパンを齧っている。これが自分の彼氏なのかと思うと、詠子は自分の見る目が悪かったのではないかという気持ちになってくる。
詠子と宥介はとっくに朝食も済ませており、いつでも出発できる状態になっていた。早苗と菜美も朝食を終えて、ダイニングテ―ブルに五人が集まる。弘は朝食の最中だが、宥介は構わず今日の方針を話し始めた。
「今日は東の端に行こうと思う。どうやら東の端に石碑があるみたいなんだ」
「宥介くん、今はどのあたりにいるの?」
「わからない。だから、現在地を確かめるためにも東の端の石碑に行きたい」
菜美は詠子のほうを見た。詠子は首を傾げてみせる。
(何か意見があるなら言えよな。あたしに全部任せてんじゃねえぞ)
詠子は沈黙を貫いた。自分も一緒に考えた作戦なのだから、異論を挟むわけがない。
「それで気になったんだけれど、ラビットハントのウサギはどういうものなんだ?」
宥介がラビットハント経験者の弘と菜美に尋ねる。答えたのは菜美だった。
「本物のウサギじゃなくて、ウサギの銅像みたいな感じのものなの。それが隠されていて、ヒントに従って探すって感じかな」
「銅像、ねえ。そんなもの歩きながら見つけられるだろうか」
宥介は考え込む。例えば鬱蒼と茂る草の中に落ちているとするならば、見つけられるとは思えない。だからこそヒントが重要になるのだろう。ヒントを見つけないことには、この広大な森の中からウサギを探すことなど不可能のように思えた。
「やっぱりヒントがないとだめなんじゃないでしょうかね?」
「うん、ぼくもそう思う。東端を目指しながらヒントを探していこう」
詠子の発言に、宥介がすぐ同意する。
詠子はこの状況に危機感を覚えつつあった。宥介は既に自分を助手のように扱い始めている。このままでは、可愛さを失ってしまいかねない。どこかでどうにかしておとなしく指示を聞くだけのようなポジションに納まらなければならない。前線でがんがん意見を出して方向性を決めるよりは、決まったことに粛々と従って動くほうが可愛いと思っていた。
でも、どうやって? 今、そのポジションにいるのはきっと早苗だ。早苗がどんどん意見を出すようになるとは思えない。同じポジションに二人がいることなどできるのだろうか。
本来なら弘が詠子の位置にいるべきなのだ。なのに、弘は恐怖を隠しきれていない。外に出るということに対して消極的な表情を見せている。
「あの、このまま小屋に籠って救助を待つっていうのはどうなんでしょう?」
そう言い出したのは弘だった。やはり弘はこの安全地帯から出たくないのだ。この意気地なしめ、と口から出てしまいそうになるのを詠子は堪えた。
宥介はすぐには否定しなかった。言葉を選んでいるようにも見えた。
「ぼくは、救助が来るとは思っていない」
「でも、現実世界だって今の俺たちがおかしな状況になってるって知ってるはずでしょう? アイを止めるなりして、なんとか俺たちを助けてくれるんじゃないでしょうか?」
「アイはぼくたちを人質にしているんだと思う。もし救助が来るのなら、もう来ていてもおかしくないだろう。おそらく外部からアクセスしようとしたら、ぼくたちを殺すと言っているんじゃないかな」
弘は何も返せなくなり、押し黙った。宥介はそれを議論の終了と受け取ったようだった。
「ぼくたちはこのゲームをクリアするしかない。生きて戻るにはそれしかないんだ」
宥介の言葉を受けて、詠子は全員の様子を素早く確認する。
菜美と早苗は不安そうにしながらも、宥介の言葉に頷いている。弘は恐怖に彩られた表情で俯き、現実から目を逸らそうとしているようにも見えた。ゲームクリアをまっすぐに見ているのは宥介だけのようだった。他の三人は、不安か恐怖に支配されてしまっている。
ならば、詠子も不安を面に出すだけだ。そうすることで集団に同化することができる。可愛くあるためには、集団と同じような反応を返す必要がある。
本心では、詠子は恐怖など感じていなかった。所詮はゲームなのだという思いが色濃く残っていた。宥介は本当に死ぬと言っていたけれど、詠子はそう思わない。脱落したら元の世界に戻されるだけだと、そう信じていた。だったらこのゲームを楽しむほうがよい。
全員の様子を見ながら、宥介が前向きな話を始める。
「クリア条件を確認したい。誰か一人でもウサギを見つけたらいいのか?」
「ラビットハントではそうだったよ。だから、六人ばらばらになって探すっていうプレイスタイルもあるんだって紹介されていたのを見たことがある」
「そうか。じゃあ、五人揃って動く必要はないってことだな」
「ち、ちょっと待ってくださいよ宥介さん。ばらばらで動くんすか?」
弘がすぐに宥介の言葉を引き取った。宥介はにこりともせず、小さく頷いた。
「それも作戦のひとつだろうね。この島の広さがわからない以上、五人で集まって探していたらいつ見つかるかわからない。それなら五人でばらばらになって、各々で探すほうが効率的かもしれない」
「ひとりでこの森の中を歩くの? そんなの、怖いよ」
菜美が不安をあらわにしながら拒む。早苗も不安そうな表情を浮かべていたから、詠子も不安と恐怖を混ぜこぜにしたような顔を作る。
詠子は、本当は別々に分かれてもよかった。というよりも、そのほうが早いだろうと思っていた。動きの遅い弘と菜美を同じグループにして、宥介のグループに探索してもらえば、この島の東端にはすぐ辿り着けるのではないかと考えていた。
だが、その意見を言うのは可愛くない。可愛いのは、皆と同じように怖がることだ。
「ひとりがだめなら二つのグループに分かれてもいい。三人と二人」
「五人で行くほうが安全なんじゃないでしょうか。何かあっても助け合えるし」
弘は頑として譲らなかった。少しでも人数が多いほうが、恐怖心が和らぐのかもしれない。
「わたしも、五人のほうがいいと思います。分かれたらもう会えなくなりそうですし」
早苗が自分の意見を述べる。互いの位置を把握できない以上、分かれたら二度と会えないという可能性は確かにあった。宥介は目を閉じて思案する。
「わかった。じゃあ、五人で動こう」
ここは宥介が折れた。反対多数ということを受け入れたのだろう。ゲームクリアを第一に考えている宥介と、自分の身の安全を考えている菜美や弘とでは、意見が合わないのは当然だった。
宥介は不満そうな表情を見せることもなく、次の話題に移る。
「菜美、ラビットハントのヒントはどういうふうに提示されるんだ?」
「ええと、入ったらまず校門に出てくるんだけど、校門に大きな石碑があるの。そこに、その時のウサギがどこに隠されているのか、ヒントが書いてあるって感じ」
「このゲームがラビットハントに基づいているなら、石碑にヒントが書かれている可能性が高いってことか」
「じゃあますます端っこの石碑を見に行かないとですね。東と、西と、両方見るにはどれくらい時間がかかるんでしょう?」
「わからない。とりあえず、今日は東端の石碑を目指そう」
全員が今日の目的を把握し、そこで作戦会議は終了した。宥介は席を立ち、コーヒーを淹れに行く。菜美と早苗は不安そうに顔を見合わせていた。
「弘くん、準備ができたら言ってね。ほらほら、急いで」
「わ、わかったよ、急かすなよ」
まだ出発の準備ができていない弘を詠子が急かす。弘は慌ててパンを食べて、急いで準備を進めていく。
詠子はもう一杯のコーヒーを淹れている宥介のところへ行き、話しかけた。
「宥介さん、こーゆーの慣れてるんですか?」
「こういうのって?」
「ほら、チームでなんかするやつとか。まとめるのすごい上手だなって思って」
詠子が褒めると、宥介は優しく微笑んだ。
「大学に入ったら嫌でも経験することになるよ。高校生のうちに遊んでおくほうがいい」
「お、先輩からのありがたいお言葉ですねっ」
「詠子ちゃんには弘くんもいるんだし、たくさん青春を楽しんでおいたほうがいいよ。大学生になったら意外とそんな時間もないから」
「そーなんですか? 大学生ってバイトと夜遊びのイメージしかないです」
「悪いイメージだな。一応、講義も課題もあるんだよ。行った大学次第かもしれないけれど、詠子ちゃん、成績良いだろう?」
宥介はカップに熱湯を注ぎながら詠子に言う。
詠子の成績は決して悪くはない。特別に良いわけでもないが、良い悪いの二分であるならば良いほうに入る。けれど今の詠子にとって問題だったのは、宥介が自分の成績を良いほうに捉えたという事実だった。
頭が良いほうが可愛くないわけではない。しかし、世の中の風潮は、馬鹿な子ほど可愛いのだ。どうにも宥介の前では可愛い葛城詠子を演じることができていない。宥介の洞察力が素晴らしいのか、あるいは他の理由があるのか、詠子にはわからなかった。
どう答えるべきか悩む。ほんの一瞬だけ、詠子は答えを躊躇した。
「そんなことないですよぉ。あたし、真ん中くらいの成績ですってぇ」
「そうなの? へえ、意外だな、頭良さそうなのに」
「ちなみになんですけど、どの辺であたしが頭良いって思いました?」
「うーん、全体的に、かな。このゲームにきみがいてよかったと思っているよ」
宥介は淹れたてのコーヒーを熱そうに啜る。
全体的に。それはつまり、総合力を買われているということだろう。やむを得ず発言したり行動したりしていたことが、すべてプラスに捉えられてしまっているのだろう。今日からは少し控えめにしなければならない。だって、葛城詠子は可愛くなければならないのだから。
しばらくして、弘も準備が整い、小屋を出る時間がやってくる。まだ寝癖が直りきっていない弘を見ると、詠子は何とも言えない気持ちになってしまう。
五人で小屋を出る。安全地帯からはしばらく離れることになる。弘と菜美は名残惜しそうにしていた。
「じゃあ、行こうか。詠子ちゃん、最後尾は任せた」
「はぁい。お任せくださいっ」
可愛くびしっと敬礼の真似事をする。宥介はほんの少しだけ表情を緩めてくれた。
宥介は腕時計を着けていた。小屋に置いてあったのだろう。それで時間を見ながら、今の太陽の位置をおおまかに確認して、ざっくりと東の方向へ進んでいく。昨日も歩いた道と同じように、木の根が出っ張っていたり、草が茂ったりしていて、決して歩きやすい道ではなかった。
宥介は時折後ろを気にしながら、昨日と同じように軽快に進んでいく。二番手に着いた菜美が遅れれば、足を止めて待つ。弘もなんとか宥介の速度についていこうとするが、なかなかうまくいかない。元来体力がないのかもしれない。
「詠子ちゃん、最後尾を任されたんだね」
早苗が話しかけてくる。早苗は余裕が感じられる動きで、息が荒れることはなかった。
「そーなの。宥介さんがね、何かあったら叫ぶ係が適任だって」
「ふふ、そうかも。詠子ちゃんなら躊躇わずに叫びそうだし」
「えっ、あたしそーゆー印象なの? おっかしいなぁ、可愛くお淑やかにしてるつもりなんだけどなー」
「可愛いはわかるけど、お淑やかはどうなんだろう」
早苗の笑顔は同性の詠子から見ても可愛かった。つくづく羨ましく思えてしまう。こんなに可愛い子がいたら、宥介や弘だって心を動かされてしまうのではないだろうか。早苗にその気がなかったとしても、男性が勝手に好きになってしまうことだってありそうだ。
「詠子ちゃんはすごいよね。宥介さんがいなかったらきっと詠子ちゃんがリーダーだね」
「ええ? やだよぉ、あたしそーゆーの向いてないし」
「でも、宥介さんと二人で相談して今日の目的を決めたんでしょう? さっき菜美さんからそう聞いたよ」
何がどう伝わっているのかわからない不安感が詠子を襲った。可愛くあるべきなのに、その理想からはどんどん離れていってしまっている。菜美はいったい何を聞いて、どのように早苗に伝えたのだろうか。その中身に、可愛いと思える話は含まれているのだろうか。
「もぉ、菜美さんが話盛ってるだけだよぉ。あたしは宥介さんとちょこっとだけお話ししただけなんだからさぁ」
「そうなの? 宥介さんは詠子ちゃんのおかげで考えがまとまったって言っていたらしいけど」
「ほら、人に話したらすっきりすることってあるじゃん? それだよ、きっと」
詠子はそう言って逃げるしかなかった。宥介の好感度を稼ぐにはそうするしかなかったとはいえ、できればこれ以上可愛くない自分を出すのは避けたかった。
「早苗ちゃんは、昨日は眠れた?」
「うん、そこそこ、かな。詠子ちゃんは眠れなかったんでしょう?」
「そーなの。四時に起きたらもう宥介さんが起きててさ、びっくりしちゃった。宥介さんってショートスリーパーなんだって」
「そうなんだ。わたし、実際に会うの初めて」
「ね、あたしもそう。意外と普通の人だったんだなって思っちゃった」
「そうだね。宥介さん、見た目は普通の人だもんね」
早苗と話しながら、詠子は菜美と弘の様子を窺う。登るような道になると、途端に二人の速度が遅くなる。逆に宥介が速すぎるかもしれないと思うくらいだ。宥介もそれを自覚したのか、登るような道に差し掛かると頻繁に後ろを確認するようになる。詠子が後ろから見ていると、菜美よりも弘のほうが体力的に厳しそうだった。
どこまで進んでも、周囲は森だった。代わり映えしない景色に詠子は飽き飽きしてくる。進んでいるという実感もなく、まるで同じところをずっとぐるぐると回っているかのような錯覚さえ抱いてしまう。
二時間ほど歩いただろうか。詠子や早苗にも疲れの色が見え始めた頃、景色が変わった。木が生えていない一画があり、そこに小屋が立っていたのだ。昨日使った小屋よりは小さな一階建てだけれど、小屋であることに変わりはなさそうだった。
宥介は全員の様子を観察して、言った。
「少し休もうか。小屋なら安全だろう」
「賛成。ずっと歩きっぱなしで疲れちゃった」
「俺も、疲れちゃいました」
菜美と弘が賛成して、今までよりも元気な足取りで小屋へ向かっていく。その元気があるならもう少し早く歩けただろうに、と詠子は思う。
小屋は二人用の設備だった。ベッドは二つだけ用意されており、ダイニングテ―ブルにも席は二つしかない。食料と水は潤沢にあるようだ。シャワールームも完備されているが、タオル類は二人分しかなかった。
宥介は小屋の中の設備を一通りチェックして、全員に言った。
「昼休憩にしよう。今が十二時より前だから、十四時にここを出よう。それまで休憩、ということでいいかな」
反対の声を上げる者はいなかった。慣れない道をずっと歩き続けていたから、誰もが疲れてしまっていた。宥介がいちばん元気そうだった。
「ベッド、使ってもいいですか」
弘は真っ先にそう言った。ベッドで寝たいという願望がありありと窺えた。
(お前、まず菜美さんに譲れよ。なんでお前が最初に使ってんだよ)
詠子は苛立ちを仮面の奥にしまい込み、宥介の顔を見た。宥介は何とも思っていないようだった。
「菜美も、少し眠ったら。体力は回復しておくほうがいい」
「え、でも、そしたらみんなが」
「あたしは大丈夫です。早苗ちゃんも、いいよね?」
「はい。菜美さんと弘くんで使ってください」
菜美は疲労を顔に滲ませながら、小さく頭を下げた。
「ありがとう。それじゃあ、使わせてもらうね」
弘と菜美がベッドに横になり、ダイニングテーブルに早苗と詠子が座る。宥介は床に座り、地図を広げて何か考え込んでいた。どうにかして現在地を割り出せないかと思っているのかもしれない。
詠子は席を立ち、電気ポットで湯を沸かして三人分のコーヒーを淹れた。それを早苗と宥介のところに持っていく。
「ありがとう、詠子ちゃん」
宥介はほとんど詠子のことを見ることなく受け取った。その視線は地図に注がれている。
「なんか、わかりました?」
「いや、何もわからないよ。ぼくが思っているよりもこの島は広いらしい、ということくらいかな」
「そぉなんです?」
「ああ。二時間歩いても東端に辿り着かなかった。一日あれば島を一周できると思っていたけれど、どうやらそういう大きさではないみたいだ。これは、クリアまでなかなか時間がかかりそうだね」
宥介は深く息を吐いて、コーヒーを啜った。
やはり宥介はクリアを見ている、と詠子は思った。他の三人はどうなのだろうか。弘と菜美は、クリアではなく自分の身の安全を見ているのではないだろうか。特に弘は、待っていればいつか救助がやってくると思っているようだった。この考え方の違いが、後々に響かなければよいのだが。
「わたしたちにクリアできるんでしょうか。ウサギの像がない、なんてことはないですよね?」
早苗が不安を宿した言葉を口にする。宥介は早苗のほうをちらりと見て、詠子に訊いた。
「詠子ちゃん、どう思う?」
「あたしですか。ええ、うぅん、そうだなぁ」
答えが決まっているのに、詠子はわざと間延びした声で時間を稼ぐ。ここで即答するのは可愛くないからだ。もっと悩みに悩んだうえで答えるのが大切だ。
「ウサギの像がない、なんてことはないと思います。それじゃゲームが成立しない」
宥介は詠子の答えに満足したようだった。ゆっくりと頷いて、早苗に微笑みを向ける。
「ぼくも同意見だ。アイはゲームを創ったと言っている。ゲームである以上、ゴールが達成できないということはあり得ない。だから、ウサギは必ずどこかにあるし、ヒントがあれば探し出せるところにあるんだ」
「そう、ですよね。クリアできるんですよね、わたしたち」
「早苗ちゃん、大丈夫だよぉ。宥介さんがばばんとなんとかしてくれるからさっ」
詠子は明るい声で早苗を励ます。名前を出された宥介は苦笑いを浮かべていた。
「ばばんと何とかするには、きみたちの力も必要だよ。みんなで協力しなければ、きっとウサギを見つけることはできない」
「そーですよねぇ。五人の力を合わせて頑張りましょ」
詠子はあえて五人と言ったが、心の中では弘を数に入れなかった。あいつが役に立つことはきっとないだろうと思っていた。ラビットハントに来る前までは確かに愛があったはずなのに、この世界に来てからはその愛が急激に萎んでしまっていることを実感していた。
「さあ、まずは食事にしようか。菜美と弘くんは後で食べるだろうから、ぼくたちは先に食べてしまおう」
「はぁい、賛成ですっ。て言っても、ここはパンしかないみたいですねぇ」
「ないよりマシだよ。暖かいものが恋しくなるけれどね」
宥介が備蓄用のパンを人数分引っ張り出してくる。
あとこれから何度このパンを食べることになるのだろう。いつまでこの世界にいることになるのだろう。
早く帰りたい。帰って、自分のベッドで思う存分寝たい。
詠子の希望が叶えられるのは、もっとずっと後のことだろうと思った。
詠子と宥介はとっくに朝食も済ませており、いつでも出発できる状態になっていた。早苗と菜美も朝食を終えて、ダイニングテ―ブルに五人が集まる。弘は朝食の最中だが、宥介は構わず今日の方針を話し始めた。
「今日は東の端に行こうと思う。どうやら東の端に石碑があるみたいなんだ」
「宥介くん、今はどのあたりにいるの?」
「わからない。だから、現在地を確かめるためにも東の端の石碑に行きたい」
菜美は詠子のほうを見た。詠子は首を傾げてみせる。
(何か意見があるなら言えよな。あたしに全部任せてんじゃねえぞ)
詠子は沈黙を貫いた。自分も一緒に考えた作戦なのだから、異論を挟むわけがない。
「それで気になったんだけれど、ラビットハントのウサギはどういうものなんだ?」
宥介がラビットハント経験者の弘と菜美に尋ねる。答えたのは菜美だった。
「本物のウサギじゃなくて、ウサギの銅像みたいな感じのものなの。それが隠されていて、ヒントに従って探すって感じかな」
「銅像、ねえ。そんなもの歩きながら見つけられるだろうか」
宥介は考え込む。例えば鬱蒼と茂る草の中に落ちているとするならば、見つけられるとは思えない。だからこそヒントが重要になるのだろう。ヒントを見つけないことには、この広大な森の中からウサギを探すことなど不可能のように思えた。
「やっぱりヒントがないとだめなんじゃないでしょうかね?」
「うん、ぼくもそう思う。東端を目指しながらヒントを探していこう」
詠子の発言に、宥介がすぐ同意する。
詠子はこの状況に危機感を覚えつつあった。宥介は既に自分を助手のように扱い始めている。このままでは、可愛さを失ってしまいかねない。どこかでどうにかしておとなしく指示を聞くだけのようなポジションに納まらなければならない。前線でがんがん意見を出して方向性を決めるよりは、決まったことに粛々と従って動くほうが可愛いと思っていた。
でも、どうやって? 今、そのポジションにいるのはきっと早苗だ。早苗がどんどん意見を出すようになるとは思えない。同じポジションに二人がいることなどできるのだろうか。
本来なら弘が詠子の位置にいるべきなのだ。なのに、弘は恐怖を隠しきれていない。外に出るということに対して消極的な表情を見せている。
「あの、このまま小屋に籠って救助を待つっていうのはどうなんでしょう?」
そう言い出したのは弘だった。やはり弘はこの安全地帯から出たくないのだ。この意気地なしめ、と口から出てしまいそうになるのを詠子は堪えた。
宥介はすぐには否定しなかった。言葉を選んでいるようにも見えた。
「ぼくは、救助が来るとは思っていない」
「でも、現実世界だって今の俺たちがおかしな状況になってるって知ってるはずでしょう? アイを止めるなりして、なんとか俺たちを助けてくれるんじゃないでしょうか?」
「アイはぼくたちを人質にしているんだと思う。もし救助が来るのなら、もう来ていてもおかしくないだろう。おそらく外部からアクセスしようとしたら、ぼくたちを殺すと言っているんじゃないかな」
弘は何も返せなくなり、押し黙った。宥介はそれを議論の終了と受け取ったようだった。
「ぼくたちはこのゲームをクリアするしかない。生きて戻るにはそれしかないんだ」
宥介の言葉を受けて、詠子は全員の様子を素早く確認する。
菜美と早苗は不安そうにしながらも、宥介の言葉に頷いている。弘は恐怖に彩られた表情で俯き、現実から目を逸らそうとしているようにも見えた。ゲームクリアをまっすぐに見ているのは宥介だけのようだった。他の三人は、不安か恐怖に支配されてしまっている。
ならば、詠子も不安を面に出すだけだ。そうすることで集団に同化することができる。可愛くあるためには、集団と同じような反応を返す必要がある。
本心では、詠子は恐怖など感じていなかった。所詮はゲームなのだという思いが色濃く残っていた。宥介は本当に死ぬと言っていたけれど、詠子はそう思わない。脱落したら元の世界に戻されるだけだと、そう信じていた。だったらこのゲームを楽しむほうがよい。
全員の様子を見ながら、宥介が前向きな話を始める。
「クリア条件を確認したい。誰か一人でもウサギを見つけたらいいのか?」
「ラビットハントではそうだったよ。だから、六人ばらばらになって探すっていうプレイスタイルもあるんだって紹介されていたのを見たことがある」
「そうか。じゃあ、五人揃って動く必要はないってことだな」
「ち、ちょっと待ってくださいよ宥介さん。ばらばらで動くんすか?」
弘がすぐに宥介の言葉を引き取った。宥介はにこりともせず、小さく頷いた。
「それも作戦のひとつだろうね。この島の広さがわからない以上、五人で集まって探していたらいつ見つかるかわからない。それなら五人でばらばらになって、各々で探すほうが効率的かもしれない」
「ひとりでこの森の中を歩くの? そんなの、怖いよ」
菜美が不安をあらわにしながら拒む。早苗も不安そうな表情を浮かべていたから、詠子も不安と恐怖を混ぜこぜにしたような顔を作る。
詠子は、本当は別々に分かれてもよかった。というよりも、そのほうが早いだろうと思っていた。動きの遅い弘と菜美を同じグループにして、宥介のグループに探索してもらえば、この島の東端にはすぐ辿り着けるのではないかと考えていた。
だが、その意見を言うのは可愛くない。可愛いのは、皆と同じように怖がることだ。
「ひとりがだめなら二つのグループに分かれてもいい。三人と二人」
「五人で行くほうが安全なんじゃないでしょうか。何かあっても助け合えるし」
弘は頑として譲らなかった。少しでも人数が多いほうが、恐怖心が和らぐのかもしれない。
「わたしも、五人のほうがいいと思います。分かれたらもう会えなくなりそうですし」
早苗が自分の意見を述べる。互いの位置を把握できない以上、分かれたら二度と会えないという可能性は確かにあった。宥介は目を閉じて思案する。
「わかった。じゃあ、五人で動こう」
ここは宥介が折れた。反対多数ということを受け入れたのだろう。ゲームクリアを第一に考えている宥介と、自分の身の安全を考えている菜美や弘とでは、意見が合わないのは当然だった。
宥介は不満そうな表情を見せることもなく、次の話題に移る。
「菜美、ラビットハントのヒントはどういうふうに提示されるんだ?」
「ええと、入ったらまず校門に出てくるんだけど、校門に大きな石碑があるの。そこに、その時のウサギがどこに隠されているのか、ヒントが書いてあるって感じ」
「このゲームがラビットハントに基づいているなら、石碑にヒントが書かれている可能性が高いってことか」
「じゃあますます端っこの石碑を見に行かないとですね。東と、西と、両方見るにはどれくらい時間がかかるんでしょう?」
「わからない。とりあえず、今日は東端の石碑を目指そう」
全員が今日の目的を把握し、そこで作戦会議は終了した。宥介は席を立ち、コーヒーを淹れに行く。菜美と早苗は不安そうに顔を見合わせていた。
「弘くん、準備ができたら言ってね。ほらほら、急いで」
「わ、わかったよ、急かすなよ」
まだ出発の準備ができていない弘を詠子が急かす。弘は慌ててパンを食べて、急いで準備を進めていく。
詠子はもう一杯のコーヒーを淹れている宥介のところへ行き、話しかけた。
「宥介さん、こーゆーの慣れてるんですか?」
「こういうのって?」
「ほら、チームでなんかするやつとか。まとめるのすごい上手だなって思って」
詠子が褒めると、宥介は優しく微笑んだ。
「大学に入ったら嫌でも経験することになるよ。高校生のうちに遊んでおくほうがいい」
「お、先輩からのありがたいお言葉ですねっ」
「詠子ちゃんには弘くんもいるんだし、たくさん青春を楽しんでおいたほうがいいよ。大学生になったら意外とそんな時間もないから」
「そーなんですか? 大学生ってバイトと夜遊びのイメージしかないです」
「悪いイメージだな。一応、講義も課題もあるんだよ。行った大学次第かもしれないけれど、詠子ちゃん、成績良いだろう?」
宥介はカップに熱湯を注ぎながら詠子に言う。
詠子の成績は決して悪くはない。特別に良いわけでもないが、良い悪いの二分であるならば良いほうに入る。けれど今の詠子にとって問題だったのは、宥介が自分の成績を良いほうに捉えたという事実だった。
頭が良いほうが可愛くないわけではない。しかし、世の中の風潮は、馬鹿な子ほど可愛いのだ。どうにも宥介の前では可愛い葛城詠子を演じることができていない。宥介の洞察力が素晴らしいのか、あるいは他の理由があるのか、詠子にはわからなかった。
どう答えるべきか悩む。ほんの一瞬だけ、詠子は答えを躊躇した。
「そんなことないですよぉ。あたし、真ん中くらいの成績ですってぇ」
「そうなの? へえ、意外だな、頭良さそうなのに」
「ちなみになんですけど、どの辺であたしが頭良いって思いました?」
「うーん、全体的に、かな。このゲームにきみがいてよかったと思っているよ」
宥介は淹れたてのコーヒーを熱そうに啜る。
全体的に。それはつまり、総合力を買われているということだろう。やむを得ず発言したり行動したりしていたことが、すべてプラスに捉えられてしまっているのだろう。今日からは少し控えめにしなければならない。だって、葛城詠子は可愛くなければならないのだから。
しばらくして、弘も準備が整い、小屋を出る時間がやってくる。まだ寝癖が直りきっていない弘を見ると、詠子は何とも言えない気持ちになってしまう。
五人で小屋を出る。安全地帯からはしばらく離れることになる。弘と菜美は名残惜しそうにしていた。
「じゃあ、行こうか。詠子ちゃん、最後尾は任せた」
「はぁい。お任せくださいっ」
可愛くびしっと敬礼の真似事をする。宥介はほんの少しだけ表情を緩めてくれた。
宥介は腕時計を着けていた。小屋に置いてあったのだろう。それで時間を見ながら、今の太陽の位置をおおまかに確認して、ざっくりと東の方向へ進んでいく。昨日も歩いた道と同じように、木の根が出っ張っていたり、草が茂ったりしていて、決して歩きやすい道ではなかった。
宥介は時折後ろを気にしながら、昨日と同じように軽快に進んでいく。二番手に着いた菜美が遅れれば、足を止めて待つ。弘もなんとか宥介の速度についていこうとするが、なかなかうまくいかない。元来体力がないのかもしれない。
「詠子ちゃん、最後尾を任されたんだね」
早苗が話しかけてくる。早苗は余裕が感じられる動きで、息が荒れることはなかった。
「そーなの。宥介さんがね、何かあったら叫ぶ係が適任だって」
「ふふ、そうかも。詠子ちゃんなら躊躇わずに叫びそうだし」
「えっ、あたしそーゆー印象なの? おっかしいなぁ、可愛くお淑やかにしてるつもりなんだけどなー」
「可愛いはわかるけど、お淑やかはどうなんだろう」
早苗の笑顔は同性の詠子から見ても可愛かった。つくづく羨ましく思えてしまう。こんなに可愛い子がいたら、宥介や弘だって心を動かされてしまうのではないだろうか。早苗にその気がなかったとしても、男性が勝手に好きになってしまうことだってありそうだ。
「詠子ちゃんはすごいよね。宥介さんがいなかったらきっと詠子ちゃんがリーダーだね」
「ええ? やだよぉ、あたしそーゆーの向いてないし」
「でも、宥介さんと二人で相談して今日の目的を決めたんでしょう? さっき菜美さんからそう聞いたよ」
何がどう伝わっているのかわからない不安感が詠子を襲った。可愛くあるべきなのに、その理想からはどんどん離れていってしまっている。菜美はいったい何を聞いて、どのように早苗に伝えたのだろうか。その中身に、可愛いと思える話は含まれているのだろうか。
「もぉ、菜美さんが話盛ってるだけだよぉ。あたしは宥介さんとちょこっとだけお話ししただけなんだからさぁ」
「そうなの? 宥介さんは詠子ちゃんのおかげで考えがまとまったって言っていたらしいけど」
「ほら、人に話したらすっきりすることってあるじゃん? それだよ、きっと」
詠子はそう言って逃げるしかなかった。宥介の好感度を稼ぐにはそうするしかなかったとはいえ、できればこれ以上可愛くない自分を出すのは避けたかった。
「早苗ちゃんは、昨日は眠れた?」
「うん、そこそこ、かな。詠子ちゃんは眠れなかったんでしょう?」
「そーなの。四時に起きたらもう宥介さんが起きててさ、びっくりしちゃった。宥介さんってショートスリーパーなんだって」
「そうなんだ。わたし、実際に会うの初めて」
「ね、あたしもそう。意外と普通の人だったんだなって思っちゃった」
「そうだね。宥介さん、見た目は普通の人だもんね」
早苗と話しながら、詠子は菜美と弘の様子を窺う。登るような道になると、途端に二人の速度が遅くなる。逆に宥介が速すぎるかもしれないと思うくらいだ。宥介もそれを自覚したのか、登るような道に差し掛かると頻繁に後ろを確認するようになる。詠子が後ろから見ていると、菜美よりも弘のほうが体力的に厳しそうだった。
どこまで進んでも、周囲は森だった。代わり映えしない景色に詠子は飽き飽きしてくる。進んでいるという実感もなく、まるで同じところをずっとぐるぐると回っているかのような錯覚さえ抱いてしまう。
二時間ほど歩いただろうか。詠子や早苗にも疲れの色が見え始めた頃、景色が変わった。木が生えていない一画があり、そこに小屋が立っていたのだ。昨日使った小屋よりは小さな一階建てだけれど、小屋であることに変わりはなさそうだった。
宥介は全員の様子を観察して、言った。
「少し休もうか。小屋なら安全だろう」
「賛成。ずっと歩きっぱなしで疲れちゃった」
「俺も、疲れちゃいました」
菜美と弘が賛成して、今までよりも元気な足取りで小屋へ向かっていく。その元気があるならもう少し早く歩けただろうに、と詠子は思う。
小屋は二人用の設備だった。ベッドは二つだけ用意されており、ダイニングテ―ブルにも席は二つしかない。食料と水は潤沢にあるようだ。シャワールームも完備されているが、タオル類は二人分しかなかった。
宥介は小屋の中の設備を一通りチェックして、全員に言った。
「昼休憩にしよう。今が十二時より前だから、十四時にここを出よう。それまで休憩、ということでいいかな」
反対の声を上げる者はいなかった。慣れない道をずっと歩き続けていたから、誰もが疲れてしまっていた。宥介がいちばん元気そうだった。
「ベッド、使ってもいいですか」
弘は真っ先にそう言った。ベッドで寝たいという願望がありありと窺えた。
(お前、まず菜美さんに譲れよ。なんでお前が最初に使ってんだよ)
詠子は苛立ちを仮面の奥にしまい込み、宥介の顔を見た。宥介は何とも思っていないようだった。
「菜美も、少し眠ったら。体力は回復しておくほうがいい」
「え、でも、そしたらみんなが」
「あたしは大丈夫です。早苗ちゃんも、いいよね?」
「はい。菜美さんと弘くんで使ってください」
菜美は疲労を顔に滲ませながら、小さく頭を下げた。
「ありがとう。それじゃあ、使わせてもらうね」
弘と菜美がベッドに横になり、ダイニングテーブルに早苗と詠子が座る。宥介は床に座り、地図を広げて何か考え込んでいた。どうにかして現在地を割り出せないかと思っているのかもしれない。
詠子は席を立ち、電気ポットで湯を沸かして三人分のコーヒーを淹れた。それを早苗と宥介のところに持っていく。
「ありがとう、詠子ちゃん」
宥介はほとんど詠子のことを見ることなく受け取った。その視線は地図に注がれている。
「なんか、わかりました?」
「いや、何もわからないよ。ぼくが思っているよりもこの島は広いらしい、ということくらいかな」
「そぉなんです?」
「ああ。二時間歩いても東端に辿り着かなかった。一日あれば島を一周できると思っていたけれど、どうやらそういう大きさではないみたいだ。これは、クリアまでなかなか時間がかかりそうだね」
宥介は深く息を吐いて、コーヒーを啜った。
やはり宥介はクリアを見ている、と詠子は思った。他の三人はどうなのだろうか。弘と菜美は、クリアではなく自分の身の安全を見ているのではないだろうか。特に弘は、待っていればいつか救助がやってくると思っているようだった。この考え方の違いが、後々に響かなければよいのだが。
「わたしたちにクリアできるんでしょうか。ウサギの像がない、なんてことはないですよね?」
早苗が不安を宿した言葉を口にする。宥介は早苗のほうをちらりと見て、詠子に訊いた。
「詠子ちゃん、どう思う?」
「あたしですか。ええ、うぅん、そうだなぁ」
答えが決まっているのに、詠子はわざと間延びした声で時間を稼ぐ。ここで即答するのは可愛くないからだ。もっと悩みに悩んだうえで答えるのが大切だ。
「ウサギの像がない、なんてことはないと思います。それじゃゲームが成立しない」
宥介は詠子の答えに満足したようだった。ゆっくりと頷いて、早苗に微笑みを向ける。
「ぼくも同意見だ。アイはゲームを創ったと言っている。ゲームである以上、ゴールが達成できないということはあり得ない。だから、ウサギは必ずどこかにあるし、ヒントがあれば探し出せるところにあるんだ」
「そう、ですよね。クリアできるんですよね、わたしたち」
「早苗ちゃん、大丈夫だよぉ。宥介さんがばばんとなんとかしてくれるからさっ」
詠子は明るい声で早苗を励ます。名前を出された宥介は苦笑いを浮かべていた。
「ばばんと何とかするには、きみたちの力も必要だよ。みんなで協力しなければ、きっとウサギを見つけることはできない」
「そーですよねぇ。五人の力を合わせて頑張りましょ」
詠子はあえて五人と言ったが、心の中では弘を数に入れなかった。あいつが役に立つことはきっとないだろうと思っていた。ラビットハントに来る前までは確かに愛があったはずなのに、この世界に来てからはその愛が急激に萎んでしまっていることを実感していた。
「さあ、まずは食事にしようか。菜美と弘くんは後で食べるだろうから、ぼくたちは先に食べてしまおう」
「はぁい、賛成ですっ。て言っても、ここはパンしかないみたいですねぇ」
「ないよりマシだよ。暖かいものが恋しくなるけれどね」
宥介が備蓄用のパンを人数分引っ張り出してくる。
あとこれから何度このパンを食べることになるのだろう。いつまでこの世界にいることになるのだろう。
早く帰りたい。帰って、自分のベッドで思う存分寝たい。
詠子の希望が叶えられるのは、もっとずっと後のことだろうと思った。