「晴さ、夏祭り行ったときに花火好きって言ってたじゃん」


 T市からの帰りの電車の中で、となりに座る悠が言った。


 わたしが夏祭りのときに言ったこと覚えててくれたんだ。


 「俺さ、小学校の頃、一回だけ家族旅行で岐阜県のG市に行ったことがあるんだ」


 「あの温泉で有名なG市?」


 「うん。あそこでクリスマスにも花火が上がるんだけど、真冬の空気が澄んだ夜空にたくさんの花火が上がるんだ。俺が見たときは雪が降ってて、やばいくらい幻想的だったよ。夏に見る花火もいいけど冬の花火も最高なんだよ!それを晴に見せたい。当日、雪降るかはわかんないけど絶対綺麗だからさ」


 わたしはあれこれ考えるより、もう口が勝手に動いていた。


 「見たい」


 「よっしゃー!じゃあ冬になったらG市に行こう。遠いからお泊まり旅行だね。冬が楽しみー、あー待ち遠しい」


 冬に悠と花火を見たい気持ち、でも今がずっとつづいてほしい気持ち。


 その両方に挟まれてわたしの心は押し潰されそうだ。


 空を見ると、また悠に何か悟られてしまうので見ない。


 わたしは目を閉じて悠の肩に寄りかかった。


 細身だけど芯がありしっかりとした彼の身体に支えられる。


 きっと今も悠は何かを察しているのだろう。


 そして、わたしのつらい気持ちを理解しようとして、寄り添ってくれようとするのだろう。


 とにかく側にいてくれようとするのだろう。


 でも、わたしはこれ以上、壊れていくわたしを悠に見せたくない。


 そんなわたしを見たら、きっと悠は心を痛めて悲しんでしまう。


 たくさん苦しみ、生きることに絶望してしまうかもしれない。


 わたしは悠に幸せになってほしい。


 笑顔でいてほしい。


 そう願ったとき。


 「やっぱり冬までだ」


 わたしは自分の決意をたしかめるかのように呟いた。


 「ん、何が?」と、悠が聞き返す。


 「悠を甘やかさずに冬の旅行まで、何か頑張ってもらおうかなーって思って」と、適当にわたしは誤魔化した。


 「えー」と言いつつ「晴のためだったら、俺はなんでも頑張れるから大丈夫っしょ」と、悠は無邪気に笑う。


 桜舞駅を降りてからも、わたしたちは家まで手を繋いで帰った。