**無職44日目(10月14日)**

心太朗の睡眠改善大作戦は初日から大成功を収めた。少なくとも彼自身はそう思っている。何が成功かと言えば、まず夜の睡眠がとにかくうまくいかないということが彼の悩みの一つだった。ベッドに入ると、決まって目が冴えてしまう。逆に、ソファに横になると「ああ、このまま動きたくない」と思ってしまうのだ。なぜこんな違いが出るのかは彼にも謎だが、今回はその特性を活かして、ソファで寝ることに決めた。

これが驚くほど効果的だった。澄麗が「おやすみ」と言ってベッドに向かうのを横目に、心太朗はソファに体を横たえ、軽くラジオを流していた。気づけば朝、そして彼は7時間も寝ていたのだ。彼は思わず「自分、天才か?」と自画自賛した。朝起きたのは7時半で、予定より1時間半ほど遅れたが、それでも彼の中では許容範囲内。ギリギリ取り返せるという感覚だ。

朝のルーティンが始まる。まずはジャーナリングを行う。最近、彼はチョコザップに通っていることもあり、朝一番にプロテインを摂取することが習慣になっていた。牛乳で溶かしたココア味のプロテインが、朝の味という感じで心地よい。これを飲むと腹が軽く膨れ、朝食を取らなくても満足できるのだ。その後、ジャーナリングが終わるとすぐに日記を書き始める。今の心太朗にとって、これがメインのタスクだ。

その日、心太朗は澄麗と一緒に父親の誕生日プレゼントを買いに出かけることにした。彼の父は今年69歳になる。若い頃、父は肺気腫を患い、タバコをやめていた。元々、彼の父は肺が弱かったらしく、コロナウイルスが流行し始めた時期に、父は肺炎で死にかけたことがあった。時期が時期だけに、周囲にはコロナの影響だと誤解されることもあったが、実際はただの風邪をこじらせての肺炎だった。

その時、彼の父は人工呼吸器をつけなければ呼吸できないほどの状態に陥り、集中治療室に入るほどの危機的状況にあった。医者からは「生きるか死ぬかは彼の生命力次第」と言われるほどだったが、奇跡的に父の生命力が勝り、なんとか助かったのだ。心太朗にとって、その出来事は父との関係を変えるきっかけになったかもしれない。

それまで、心太朗の父は、音楽活動をしていた彼に対して厳しい言葉を投げかけていた。「夢ばかり見るな」と言われ、心太朗も内心「俺の歌なんて一度も聴いたことがないくせに」と反発していた。しかし、肺炎で父が危機的状況に陥った際、あちこちの病院を駆けずり回った。その姿を母から聞いていたのか、それ以来、父は心太朗に対して以前のような厳しい言葉をかけることがなくなった。もしかすると、父にとって心太朗は命の恩人だったのかもしれない。

その父への誕生日プレゼントを選びに行く中で、心太朗は迷わず酒を選んだ。父はタバコをやめたが、今でも大の酒好きだった。彼が喜ぶプレゼントと言えば、酒で間違いないと心太朗は考えていた。彼は「かのか」という安い酒を2リットルのペットボトルで2本買うことにした。父が求めているのは量であって、質ではないことを知っていたからだ。しかし、澄麗は気を使い、少し上等なワインを選んでいた。

心太朗は、父に長生きして欲しいと願う一方で、父には好きなことをして生きて欲しいという考えも持っていた。祖父も酒やタバコを楽しみながら82歳まで生き、最後は老衰で亡くなった。心太朗は、祖父のように好きなことをして生きる方が後悔がないのではないかと考えていた。逆に、祖母は酒やタバコを取り上げられ、最終的には歩けなくなり、辛い晩年を送っていたように見えた。

心太朗は結局のところ、どんな選択が正しいかはわからないと思っていた。だからこそ、父が生きている間は、彼が好きな酒を飲ませてあげたいと考えていたし、自分自身も好きなことをして生きたいと思っていた。

父への誕生日プレゼントを選びながら、心太朗は「かのか」2リットル2本を手に取り、父のためにこれを買おうと決めた。澄麗は「ちょっといいワイン」を選んでいたが、それもまた良い選択だと心太朗は思っていた。どちらにせよ、父が喜んでくれることを楽しみにしていた。

心太朗は、長生きも大事だが、それ以上に父には幸せに生きて欲しいと思っていた。それは父に限らず、心太朗自身を含め、彼が関わるすべての人に対して抱く思いだった。