今日も朝早くに起きた。あるものを作るため。
裁縫箱を引き出しから取り出して、針と糸を用意する。
「糸が通らない…」
まあ、それはいつものこと。
これを作るために、何回、自分の指に針を刺してしまったのだろう。
でも、もう終わる。
♢ ♢ ♢
「ねえ、次が最後の試合でしょ?」
「うん。」
「——これ、あげる。」
私は、野球部のある人のことが好き。あっちも、私のことが好きだったらしいから、付き合った。
「これ…」
「いらなかったら、好きにしてくれてもかまわないから。」
ここの学校の野球ユニフォーム風のキーホルダー。中に綿も詰めたし、その人の背番号も入れた。我ながら、自信作。
「これに、付けて。」
「ここ?」
「うん。」
付けた場所は、ユニフォームの入ったカバン。丁度良さそう。
「ありがとう。大切にするね。」
「こちらこそ。最後の試合、応援してるからね。」
愛する人の最後の試合まで、あと3日。
あなたの放つホームランボール、待っています。
大好きな人に、別れを告げられた。僕も大好きだったし、相手方もまだ好きだった。
けど、受験のため、仕方がなくお別れすることにした。
「でも、親友でいてほしい。これからもずっと…」
そう言いながらも、相手方の目は潤んでいた。きっと、苦渋の決断だったのだろう。
「いいよ。これからも、親友として、よろしくお願いします。」
そんなことがあった日から日付は変わり、この日は昨日のことになってしまった。
さみしいとは、あまり思わなかった。だって、まだ親友でいられるから。
忘れられてしまうのが、1番悲しいかもしれない。
「ジョギング、するか。」
週末の朝のルーティーン。どれだけ僕を取り巻く環境が変わろうと、習慣を変えたくはない。
今まで、ありがとう。
そう思いながら、靴ひもを結びなおした。
♢ ♢ ♢
スズメが鳴いている。空の上で、ぴちぴちぴちぴちと、元気よく鳴いている。
風が、心にあった何かを、フッと飛ばした。
(心が、軽くなった気がする。)
また、1日が始まる。
学食でご飯を食べる時間は、好きだ。
好きな人に会えるから。
学年は違うし、クラブも違う。接点は一切ないけど、好き。
「あ…」
見つけた。私の好きな人。
「おめーは何食べるんだ?」
「んー… オムライス?」
可愛い。オムライスを頼むところが普通に可愛い。
「…?」
ハンカチが落ちている。誰のかは分からない。
食堂にはたくさんの人。どうやって持ち主を探そう…
「君、どうしたの?」
「え?」
私の好きな人。私の隣に居るのは、私の好きな人。
「これの…持ち主を…」
「一緒に探す?」
「あ、はい…」
♢ ♢ ♢
「あの、ありがとうございました。」
「いいよ。気にしないで。」
好きな人と過ごした、束の間の時間。
長いような、短いような、なんとも不思議な時間だった。
「じゃあね。」
好きな人の声が心に響く。
もう話すことは、ないだろうな…
最初で最後の、夢のような時間は、静かにどこかへ消えていった。
「本当に、ありがとうございました。」
私は精一杯、もう話すことのない好きな人に頭を下げた。
今日の体育の授業は、サッカー。なぜこんな暑い日の暑い時間帯に体育を行うのかよく分からない。
「にしても、何だか調子がおかしいような…」
いつもならそんなことないはずなのに、なぜだか今日は頭がぼんやりする。
(なんだか体もふらふらしてくるし…何が起きてるの?)
回らない思考回路を必死に叩き起こし、ボールを蹴ろうとした。
その次の瞬間だった…
「危ないっ…!」
「え?」
「大丈夫?あんた、もしかして熱中症じゃ…」
♢ ♢ ♢
「もしかしたら熱中症かもね。さあ、保健室でゆっくり体を休めなさい。」
あの子に言われたとおり、僕は熱中症になりかけていたらしい。
(命…救ってもらった…)
近くにいた人が、優しい人で良かった。
近くにいた人が、周りをきちんと見ている人で良かった。
近くにいた、同じクラスのあの子に、命を救ってくれたあの子に、感謝しかない。
放課後の帰り道に、2人きり。
「僕と…付き合ってくれませんか…?」
何度、この言葉を飲み込んだのだろうか。
何度、この言葉を放つのを躊躇ったのだろうか…
「え…?」
まあ、これが常人の反応。僕なんかが、誰かと付き合えるわけがない。
「その…本気っていうか…本当に?」
ああ、やっぱり。後々ゴシップにでもされてクラス中…いや、学年中に晒される感じだ。
「う、うん。」
一応、真面目に答えてみる。これで笑われたら振られるのは確定。
「——え⁈」
その子は、泣いていた。
鼻水が垂れそうな勢いで泣いている。
「あ、ご、ごめんなさい…その…嬉し、くて…」
泣きながら話しているからか、少しばかり途切れていた言葉は、僕の脳に思い切り刺さった。
「こんなこと、言われるの…初めてだし…好きな人に言われた、から…」
「え…?」
脳に言葉が刺さった部分から、徐々に温かさとドキドキが流れてきた。
「こんなので…良ければ…」
これが、僕と愛する人の”始まり”だった。
いつも通りの、静かな夜だった。
静かな夜の、はずだった。
「ごめん、急に電話を掛けちゃって。声、聞きたくなって。」
私の恋人から、急にかかってきた電話。寝る前だったけど、何かあったのかと思って目がさえてしまった。
「そろそろ寝たい?」
「まだ、話す。」
「そっか。」
何か話しては、このくだり。
「そっちは、寝たいの?」
「ううん。まだもうちょっと声が聞きたい。」
こんなことを言われるのは、初めてかもしれない。
今までも何度か、恋愛をし、付き合いに発展したことはある。けど、いつもバットエンドばかり。
こんなに恋人らしいことは、初めてかもしれない。
「そういえば明日、課題の提出あるけど…」
終わったかどうか聞こうとした、次の瞬間…
「あ、終わってない…てっきり来週かと…」
忘れているところさえ、愛おしい。
「ごめん…急に電話したのにこんなことになっちゃうなんて…」
「いいの。電話くらい、いつでもできるから。」
おやすみなさい。私の愛おしい人。
課題、頑張ってね。
まだ起きたくはない。
でも、君に会いたい。
そんな一心で、ベッドから起き上がる。
「やっとだ…」
今日から、修学旅行。活動班の中には、私の好きな人もいる。頑張って起きた理由は、一緒に活動班で回るため。
「お茶、着替え、お菓子、暇つぶし用の本…」
全部用意できた。後は…
「活動班冊子。」
これを忘れると、先生と回る羽目になってしまう(らしい)。
好きな人と回るために、ちゃんと持っていく。
「完璧…!」
待ちに待った修学旅行。やっと一緒に回れる。
「朝ごはん、食べないと。」
私はそうつぶやいて、今日のために朝ご飯を食べにリビングへと向かった。