「あー疲れた」
リボンクラフトのワークショップが終わった後、的場は疲れた様子だった。それもそのはずで、リボンで花を作る方法を聞いてきた全員に教えていたのだ。
講師の人が教えようとするも、大丈夫です、俺がやりますと請け負ってしまったのも原因の一つだろう。
「そんなこと言うなら、講師の先生にも手伝ってもらったらよかったんじゃないですか」
「それとこれとは別なんだよ」
俺が撒いた種を他人に回収させてどうすんだ、と言う。それなら、ぐちぐち言わないでくださいと思ったが、屁理屈で返される予感しかしないので口をつぐんだ。
「他のチームはもう終わってるみたいです」
携帯には雪哉と葉月からワークショップが終了したと連絡が入っていた。すでに三人で合流しているらしい。
「じゃ、俺たちも行くか」
的場が素早く歩き出す。まるで競歩だ。
「あ、ちょっと待ってください!」
どこへ行けばいいかわからないのに、どうして歩き出すんだ。第一たくさんの人がいる中でむやみやたらに動くのはどう考えたって危ない。そこを考慮した上で行動しているのか。多分してない。
考えている間にも的場は歩いていってしまう。
「あーもう、待ってください!」
的場の腕を衝動的に掴んだ。この行動は予想していなかったのか、一瞬の隙が生まれた。この隙に集合場所まで引っ張って行こうとした時、
「何してるの」
「え……?」
息を少し切らした葉月がいた。俺が的場にしがみついているように見えたのだろう。硬直している。
「葉月こそなんでここに」
「高瀬先輩に二人の集合が遅いから様子を見てきてほしいって頼まれたんだ」
「そうなんだ」
ちょうど会えたことだし、このまま三人で雪哉と水戸がいる場所まで行こう。
話している間にも的場の腕は掴んだままだ。離してしまったらどこかの店にふらふらといってしまうことは目に見えているから。
「どうして佐倉くんは的場先輩の腕を掴んだまんまなの」
いつもより、発する声が低い気がするのは俺の勘違いだろうか。いつも通り前髪で表情がわからない。けれど雰囲気が暗い気がする。
「どうもこうも……」
「それは佐倉が俺のことを好きだからだよな?」
急に俺の肩を持って引き寄せてくる。腕は掴んだままでいたものの、一定の距離をとっていた体の隙間が一気になくなる。
「急に何するんですか!」
「まあまあ、照れんなよ」
照れてない。そもそも人がいる場所でこんなことするな。ほら、立ち止まって俺たちの方を見ている人たちが数名いる。
助けてくれと葉月に目配せするも反応はない。
「本当に離してください!」
「まあまあ」
この人さっきから、まあまあしか言わない。悪ノリはやめてほしい。
「そうです、佐倉くんを離してください」
我に返ったのか葉月が反論する。
「それはこいつが決めることだと思うけど」
「嫌がってますよ」
「本心かわかんねえだろ」
本心に決まってんだろ。好きでもなんでもない人、ましてや男の先輩にやられても全く嬉しくない。離れよう模索しているが、的場の力が強く腕が抜けないのだ。
でも抱きついて密着している相手が葉月だったらどうだろう。ここまで近づくのは横断歩道で車に轢かれかけていたところを助けてもらった時以来だ。あの時は切羽詰まっていたし、体の距離なんて考える余裕もなかった。
ぐっと力強くを俺を引っ張る手、近くに感じる息遣い、頭に乗っけられた顎その相手が葉月だったなら。
想像した途端に、心拍数が上がる。今まで規則正しくなっていた音が、存在を主張し始める。頬が高潮する感覚がして、収めようと思ってもどうすることもできない。
想像だけで、胸が苦しい。
「……もういいですよね」
葉月が俺の肩に回されていた的場の腕を剥がしとる。ようやく解放された。
「行こう、佐倉くん」
返事をする前に手を引かれてしまう。偶然にも繋いだ手から、体温が伝わってくる。
ありがとう、困ってたんだ。そう言いたいのに、葉月の背中しか見えなくて。どう話すべきなのかわからない。
「……佐倉くんはさ、的場先輩のことが好きなの?」
「へっ?」
あれは的場の冗談だ。俺は必死に離れようとしていたが、葉月には伝わっていなかったらしい。
「全然、違うけど」
「本当?」
進むことをやめた葉月は俺の方に振り返った。
「本当」
「……あの人、俺をからかったな」
「え?」
からかった?なんのことだ。
「なんでもないよ」
恥ずかしそうに言った後、どんなに俺が聞いても葉月が教えてくれることはなかった。
***
「やっと来た……って佐倉と葉月がすごく疲れているように見えるけど」
「そりゃそうでしょう」
恨み節を込めて言い放つ。ここまで連れてくるのは本当に骨が折れた。的場は興味があるものは見ないと気が済まないらしく、あちらこちらの店に行こうとする。
なんとか目的の場所に向かうため、気力も体力も使い果たし疲労困憊だ。葉月がいなかったらどうなっていたことか。
「的場、後輩に迷惑をかけるなよ」
「かけてない。こいつらが勝手にひっついてきたんだ」
「また、お前が勝手な行動をしようとしたんだろう」
「そんなことない」
そんなことあるでしょう。
言い返す気力もなく黙っていると、葉月が心配そうに近づいてきた。
「佐倉くん、大丈夫?これさっき買ってきた水」
「サンキュ」
差し出された水を受け取る。喉を潤すと、少し疲れが取れたような気がする。知らず知らずのうちに水分不足になっていたようだ。
「的場先輩のあの感じ、本当に以外でしたね。クールな人だと思っていたんですが、あそこまで自由人だとは」
「だよな、俺もびびった」
俺たちが休憩している側で雪哉と的場はまだ言い合っている。飽きないのか。
「ところでどうして集合場所がここなんだ?」
雪哉に指定された場所は、始めの場所とは異なっていた。
「それは、俺が高瀬先輩にお願いして変更してもらったんだ」
葉月が参加をしていた編みぐるみのワークショップでこの場所でショーが行われると教えてもらい、見学することにしたそうだ。
初めは葉月だけが残るつもりでいたようだが、せっかくの機会だから部員全員で参加しようと雪哉が提案をした。その結果集合場所を変更したのだ。
「ここのワークショップに参加している方の作品や、学生の方がデザインした衣装がお披露目されるらしいですよ」
水戸がパンフレットを見ながら言った。興味のある内容らしく見入っている。対して俺は気疲れの代償が大きく、空を見上げながら水を一口含んだ。
一筋の雲が風にさらされて、少しずつ形を変えていく。瞬か位をするたびに違う光景が広がっている。
「佐倉くん、体調悪い?」
ぼんやりしていると現実世界に引き戻された。
「大丈夫、少し疲れただけ」
「的場先輩?」
「そう」
「あの人はパワフルだよね」
「パワフルっつうか自由人なだけな気もするけどな」
「確かに」
「なーに話してんだ?」
「わっ!」
急に後ろから飛びつかれた。いきなり衝撃が来て体勢が崩れそうになるも、なんとか持ち堪える。
こんなことをするのは、この場ではあの人しかいない。
「的場先輩危ないです」
「はいはい、ごめんなさいね。葉月、そんなに怒んなよ」
明らかにからかっている。それに葉月は簡単に怒るタイプではない。
「怒ってないですよ」
「そう?じゃあそういうことにしとくわ」
「はいはい、おふざけはそこまで。もう少しでショーが始まるらしいよ」
雪哉がやってきて的場の動きを静止する。ショーがもう間も無く始まるからか、的場も無駄な抵抗はしなかった。
今から始まるショーは常設されているステージの周りに観客用のパイプ椅子が置かれているという形式だ。俺たちは雪哉と水戸が席を確保してくれたおかげで、ステージと近い位置に座っている。
席は葉月、俺、的場、雪哉、水戸の順番で座った。
会場にアナウンスが入りショーが始まった。学生モデルの人たちがハンドメイド作家によって作られた服や小物装飾品を身にまとって登場する。
中にはさっき店舗で見たような作品も混じっていた。一つの作品だけを見ても唯一無二の輝きを放っていて、魅力的だがそれらが合わさることによって、また違う価値が生まれているように感じる。
一つ一つに作り手の想いが込められているからこそ、感じるものがあるのだろう。
「いいよな、手作りっていうのは」
こぼれ落ちたような一言だ。きっと的場も言葉にする気はなかったのだろう。
「そうですね」
見入っている彼の世界を崩さないよう、それだけ返しておいた。
ショーも終盤に差しかかり、学生がデザインした衣装のお披露目が始まろうとしていた。これは先ほどパンフレットを見ながら水戸が言っていたやつだ。
先ほどアナウンスがされていたが、デザインしたのは俺たちと同じ高校生だそうだ。先日行われた高校生対象の衣装デザインコンテストで優秀賞を受賞している。
隣に座っている葉月の姿勢が前のめりだ。それほど気になるのだろう。
「それではお披露目いたします。衣装デザインコンテスト優秀賞を受賞した作品です!」
登場したのは。真っ白なミニスカートのドレスだった。ミニといっても、後ろに長いレースがつけれていて、歩くたびに風によってなびく。その姿が幻想的で大人びた印象になる。
他にもドレス全体に大きさの違うビーズが縫い付けられており、光の加減によって異なる輝きを見せるのだ。
お披露目は一瞬の間に終わってしまった。
「すごかったね」
「そうだな」
「あれが高校生のデザインしたものなんだ……」
圧倒されるとはこういうことを言うんだろうか。俺は手芸部に入って日が浅いし、特別詳しいわけでもない。けれどあの作品がどれだけ手の込んだものなのかわかる。
葉月や的場、雪哉や水戸はもっとそれを感じているんだろう。
「ただいまお披露目された衣装は衣装デザインコンテスト応募作品において的場翔さんがデザインし作成されたものです」
その後、ショーの終わりの挨拶をしていた気がするが全く耳に入ってこなかった。
“的場翔さんがデザインし作成されたものです”
(的場先輩の下の名前って翔じゃなかったか……?)
隣に座っている的場を見るとニヤついている。
「もしかして、俺が製作したやつだって知らなかった?」
他の三人の様子を見ると葉月と水戸は知らないようだった。雪哉は気まずそうにしながら視線を逸らす。
「高瀬から聞いてると思ってたんだけどなあ」
「……高瀬先輩?」
「いや、三人がどうして的場が手芸部に来ないのか気になってたから、どうせなら言わないで驚かせた方がいいのかなって……」
「心臓に悪いです!」
よく言ってくれた水戸。同意するように葉月と一緒に首を縦に振る。
と言うことは、的場はコンテストに作品を応募するために部活には来なかった。
そして今回のワークショップ案内のチラシを持っていたことも納得がいく。自分がデザインし作成した衣装がお披露目されるんだ。もらっていてもおかしくない。
彼は、自由人で不思議な人。それでいて手芸部の先輩だが幽霊部員状態で雪哉に言われてようやく最近来るようになった。それに付随してコンテストで優秀賞を取ってしまう実力の持ち主。
的場という男は恐ろしい。俺たちの脳はここ数日でキャパオーバーだ。