週末、俺たち手芸部一行は手芸ワークショップを行うために集まっていた。

 集合時間になり、全員が揃う。

「それではここから各自でワークショップの体験に行きます。文化祭の出展を決めるための見学も兼ねているので、はめは外しすぎないように。問題を起こしたら部費が止められるから」

 部費が止められるのは死活問題のため、丁寧語が抜ける。雪哉の長々とした話を聞き、俺たちは各方面に散らばった。

 俺と的場は同じワークショップの参加するため、一緒に行動する。

 気まずい。会話がない。同い年でもなければ、今まで関わりがあったわけではないのでなおさら。

 的場はあまり気にしていないのか、並んでいる店舗の商品を見たりしている。

「佐倉、見なくていいのか。高瀬にちゃんと見学しとけって言われただろ」

「は、はい!」

 呼ばれて、的場の隣に行き商品を見るも何を見ればいいのかわからない。

キラキラとした手作り品が並ぶ。全てプロが作ったものみたいだ。実際プロが作ったものもあるようだが、趣味の範囲内で作っている人もいる。素人目には見分けがつかないほど、繊細だ。

「佐倉はここにあるものを見てどう思う?」

 どういう質問だ。何か試されているのか。

「……全部、綺麗だと思います。高い店に売られていてもおかしくないくらいに」

「そうか」

 一言呟いて、的場は行ってしまう。

 今の会話はなんだったんだろうか。一応ちゃんと考えて答えたつもりだけど。謎だ。

「何ぼーっとしてんだ。行くぞ」

 こっちに来いと言ったり、行くぞと言ったり、的場の言葉に振り回されている気がする。葉月とはまた違う不思議さを持った人だ。

 リボンクラフトのワークショップをする店に到着すると、俺たち以外の参加者が揃っていた。小さい子どもからご年配までさまざまだ。

 用意された席に座るとさっそく説明が始まる。

 目の前に置かれたリボンはどれでも使っていい。花を作ってみたり、編んで紐を作ったりもできると言われた。

 完全に初心者の俺はリボン結びからスタートだ。

 リボンの種類といっても、ツルツルとしたサテン生地や刺繍がほどこされているもの、透けているものなどさまざまなものがあると講師の人が言っていた。

 申し訳ないがあまり違いがわからないので、直感でリボンを選ぶ。

 手に取ったのは白いリボンだ。この前葉月にもらったヘアピンと同じ色。真っ白と言うわけじゃなくて少し黄色っぽいのが似ている。

 学校に持っていって無くしたら嫌だから、家の自分の部屋に置いている。

「難しい」

 リボン結びは簡単だろと思っていたが、意外と難しい。リボンを結んでも真っ直ぐにならず、不恰好になってしまう。何度やってもうまくいかない。

「佐倉、ちょっとかせ」

 見かねた的場がリボンを結ぶ。そうすると真っ直ぐ正面を向いた綺麗なリボン結びをして見せた。しかも左右対称だ。

「すごい、綺麗なリボン結びですね」

「結ぶのにコツがあんだよ」

 どうやら俺はリボンをずっと間違えた方向にかけていたらしい。的場に教えられた通りに結んでみたら、綺麗に結ぶことができた。

「俺でも綺麗に結べるんだ」

「何感心してんだ。要点さえ守れば誰でもできる」

 言葉がグサりと心に突き刺さってくる。わかってるんだよ、そんなことは。ちょっとくらい喜んでもいいだろ。

「でもまあ、綺麗にできてる」

 急に褒められた。少し傷ついていた分よけいに嬉しい。

「キモい笑い方やめろ」

「え」

 表情に出ていたらしい。キモい顔を人様に見せるのは流石に嫌だ。真顔、真顔。

「さっき佐倉に質問したろ」

 並んでいる商品を指して、これどう思うと聞いてきたことか。

「それで、全部綺麗だと言った。……俺もそう思う」

 なんでかわかるか、と続けた。

 質問に次ぐ質問。何かの授業ですか、これは。考えるために作業を一旦止めようとしたけれど、それはしなくていいと言われる。

「……作る人が上手いからですかね」

「まあそれもある」

 でも、と的場は続けた。

「それ以上に作り手が時間をかけて真剣に取り組んできたから、あんなに綺麗に見えるんだ」

 売られている一つ一つが、差はあるが作り手のたくさんの時間と気持ちが込められている。だから魅力的に見えるのだと。

「だから、その」

 言葉に詰まった。ここまでスムーズに話していたというのに、どうしたんだ。

一度手を止めてよく見ると的場の頬が赤い。

「他のやつと比べてうまくできなくても、へこむ必要はないってことだ」

 そこまでの言葉と態度でやっとわかった。

 この人、俺のことを励まそうとしてる。

 俺が手芸の初心者で他の部員よりも上手くできない。雪哉と葉月は以前から手芸部で活動をしていて、上手い。それに水戸もよく妹のために縫い物をしたり一緒にアクセサリーを作ったりしているらしく手先が器用だ。

 そんな中で俺ははるかに見劣りしている。部室には手芸部員の作品を置いているため、的場はそれを見たのかもしれない。

 少なくとも、俺を気遣ってくれたことは確かだ。

「ありがとうございます」

「別に」

 何事もなかったように作業を進めていく。けれど頬は赤いままだ。きっとこれは暑さのせいじゃないだろう。不器用な人だ。

「手、、止まってんぞ」

 指摘は欠かさない。俺は急いで作業に戻った。

 講師の人からのアドバイスだと、色々な種類のリボンを使った方が見栄えがするらしい。最終的には小さな針山に飾り付けをしていくのだ。

 一つは白いリボン。他の色はどうしよう。何かをイメージして作るといいと言っていたけど、うまく思いつかない。

「あら、お兄さん上手ねえ」

 隣を見ると的場が近くで作業していたお婆さんに話しかけられていた。

「ありがとうございます」

「お兄さんくらいの若い人は、外で体を動かすことの方に興味があると思っていたけれど、違うのね」

「俺は、こうゆう手芸するの好きなんで」

「いいわよね、手芸。体験の場で若い男性を見たことがなかったから、話しかけてしまったの。失礼だったらごめんなさい」

「いえ、別に。そちらの作品も素敵ですね」

 的場が指した先にはお婆さんが作っていただろう針山がある。ほとんど完成していて、たくさんのリボンや編み込まれたものが付けられていた。

「あら、ありがとう。私の孫たちをイメージして作ってみたの。離れて暮らしていて滅多に会えないから、少しでも近くに感じたいと思ってね」

 よく見れば針山につけられたリボンはそれぞれ色や大きさが異なっていた。お孫さんをイメージしてあえて変えたのだろう。

「でも、何かもの足りなくって」

「それ俺に提案させてもらってもいいですか」

 すると的場は目の前に置いてあったリボンからいくつかを選んで、素早く編んでいく。

 素人目には何が起きているかわからないが、出来上がっていく編まれた紐の目が揃っていて綺麗なので相当すごいことが起きているんだろう。

 他の席にいた参加者たちもその技術に見入っていた。

「これを足してみるのはどうですか」

 出来上がったのは、小ぶりな花だった。針山に飾りつけるので大きさは小さいものの、何本かのリボンを編んでいるため豪華な印象になっている。

「まあまあ素敵」

「お婆さんがお孫さんと一緒にいるというイメージで作りました」

「花に自分を例えてもらうなんていつぶりかしら。ありがたくつけさせていただきますね」

 お婆さんは的場から花を受け取る。針刺しに飾りつけた。

「一気に華やかになったわ」

 嬉しそうに笑みを浮かべる。それをみた人たちが的場にその花はどうやって作るのだと、質問に来る。

 少し気まずくなって俺は近くの席に移動した。さてどうしたものか。

 さっきのお婆さんはお孫さんをイメージして飾り付けをしたと言っていた。身近な人たちを思い浮かべながら作るのがいいかもしれない。

 今回はアイデアを借りさせてもらおう。

 近しい人、近しい人。先ほど作った白いリボンを見つめる。

 これは葉月を考えて作ったものだ。それなら手芸部の部員を考えながら作ればいいのではないだろうか。ちょうど俺を含めて五人だし、針刺しを飾りつけるなら十分だ。

 早速目の前にある、リボンを手に取る。雪哉は爽やかな好青年という印象だ。怒ると怖いけど。水戸は妹好きなしっかり者。多分俺よりもしっかりしている。的場は不思議な人だが、手芸が誰よりも好きだ。このワークショップで見た姿が答えになるだろう。

 それぞれのイメージを考えているとすぐにリボンが決まった。的場に教わった方法でリボンを作っていく。さっきのお婆さんのように大きさを意図的に変えることはできないから、できるだけ同じような大きさになるように注意する。

 少し手間取ったものの、綺麗に飾ることができた。俺にしては上出来だ。

 講師の人にも、上手くできてよかったですねと言われた。

 俺が作り終わっても的場に教えを乞う人が減る様子はなく、むしろ増えていた。

 その様子を俺が蚊帳の外から見ていたのは言うまでもない。