*
「ただいま」
「お帰り美羽。お母さんに出すプリントあったらすぐ出して、宿題あるならやって、もうすぐテストだから勉強もしなさいね」
学校から帰ると、お母さんが矢継ぎ早にそう言ってきた。しかも、毎日ほとんど同じような言葉を言われる。
「うん、分かった」
だけどそんな私も、毎日こうして同じ言葉を返す。
――しんどいな……。
ため息をつきながら階段を上って、自分の部屋に入った。
制服を脱いで部屋着に着替え、ベッドの上に腰を下ろしてひと息ついてから、鞄を開く。そこから、好きなアニメキャラが描かれているクリアファイルを取り出した。
これは、学校で配られたプリント類を入れておくためのものだ。こうしておけば失くすことはないし、鞄の奥底に放置して提出を忘れるなんてこともない。
ファイル自体を見るのを忘れてしまう時もあるけれど、それは本当にごくたまにだ。
「宿題は数学のプリント一枚だけだからすぐに終わるし、他にやらなきゃいけないこともないよね。あ、でもこれがあった……」
中身を確認しながらひとりごとを呟いていた私は、ファイルから一枚のプリントを取り出した。
【第一回進路調査票】
それを勉強机に広げ、ため息をつく。
何を書けばいいのか分からなくて、とりあえず【三年二組・早坂美羽】と、名前だけ記入したプリントを持って部屋を出た。
三年生になってまだ一ヶ月ちょっとなのに希望の進路を書けと言われても、正直分からない。なんて呑気なことを言っているのは私だけで、みんなはもう決めているんだろうな。
今日もクラスメイトが進路のことを話していたけれど、進学を希望している人はとっくに受験対策の勉強をはじめているだろうし、専門的なことを学びたい人も、すでに行きたい学校を絞っているのかも。
だとしたら、やっぱり焦る。
「お母さん、ちょっといい?」
一階に下りた私は、リビングの横の和室で洗濯物をたたんでいるお母さんに、声をかけた。
「何?」
「これ、配られたんだけど」
プリントを渡すと、お母さんは手を止めて目を通す。
「美羽はどうするか考えてるの?」
聞かれた私は、お母さんから目を逸らして黙り込んだ。
特別やりたいことはないし、なりたい職業とかもまだはっきり分からないから、専門学校よりも大学に行って学びながら考えるのが一番いいのかもしれない。だけど、そうなるとお金もかかるし……。
「なんでもいいんだよ? 大学行きたいとか専門学校がいいとか、どこって決めなくてもなんとなくでいいし。あとは、例えばちょっと興味あることとか、将来はこんな仕事したいなとか、そういうのはないの?」
考えていると、お母さんは私が答えを返す前に、必ず口を挟んでくる。
そうすると、次に聞かれたことに対してどう答えればいいのかを、もう一度最初から考え直さなきゃいけない。それでまた、私は黙り込んでしまう。
「分からないならとりあえず進学って書いておけば? お母さんも時間のある時に大学とか調べておいてあげるから」
分からないわけでも困っているわけでもなくて、ただ考えていただけだよ。
頭ではそう思っているのに、口に出しても意味がないと考えてしまう私は、「うん」と頷いた。
「宿題はあるの?」
部屋に戻ろうとした私に、お母さんが聞いてきた。一度背を向けた体を、もう一度お母さんのほうに戻す。
「うん、プリントだけ」
「他には?」
「ないよ」
「本当に? 授業で間に合わなかったところとかない? 忘れないうちにやっておかないと」
――だから、ないって言ったじゃん!
心でそう叫びながら、私は「大丈夫だよ」と言って、口元にぎこちない笑みを浮かべた。
「ならいいけど、ちゃんと確認しなさいね。あと、宿題終わったら下りてきてよ」
「うん、分かった……」
お母さんの言うこと全部に頷いて、私はようやく自分の部屋に戻る。何も言わずに頷くことが一番早いし、そうすれば、お母さんを困らせることもない。
プリントを机の上に置いて、私はそのままベッドに横になった。また、自然とため息が出る。
お母さんは私のやることにいちいち口を出してくるけれど、それは私を心配しているからだということはじゅうぶん分かっている。
勉強しろとガミガミ言うわけでもなく、やりたくもない習い事をたくさんやらせるわけでも、いい成績を求められたり、過剰に期待されたりしているわけでもない。
いわゆる教育ママ的なことではなくて、ただ少し……だいぶ、心配性なだけだ。
そうなってしまったのは多分、私の性格のせいだと思う。
三つ上の姉、舞衣は言いたいことをはっきり言えて、中学でも高校でもよく学級委員を務めていた。運動神経もよくて、クラスでも目立つタイプだった。
高校時代の姉の写真を見ると中心にいることが多いし、人気者だったのがよく分かる。
私は、そんな明朗快活な姉とは正反対だ。
小さい頃から話すのが苦手で、分からないことがあっても先生に聞くことができず、言いたいことがうまく言えない子だった。
「ただいま」
「お帰り美羽。お母さんに出すプリントあったらすぐ出して、宿題あるならやって、もうすぐテストだから勉強もしなさいね」
学校から帰ると、お母さんが矢継ぎ早にそう言ってきた。しかも、毎日ほとんど同じような言葉を言われる。
「うん、分かった」
だけどそんな私も、毎日こうして同じ言葉を返す。
――しんどいな……。
ため息をつきながら階段を上って、自分の部屋に入った。
制服を脱いで部屋着に着替え、ベッドの上に腰を下ろしてひと息ついてから、鞄を開く。そこから、好きなアニメキャラが描かれているクリアファイルを取り出した。
これは、学校で配られたプリント類を入れておくためのものだ。こうしておけば失くすことはないし、鞄の奥底に放置して提出を忘れるなんてこともない。
ファイル自体を見るのを忘れてしまう時もあるけれど、それは本当にごくたまにだ。
「宿題は数学のプリント一枚だけだからすぐに終わるし、他にやらなきゃいけないこともないよね。あ、でもこれがあった……」
中身を確認しながらひとりごとを呟いていた私は、ファイルから一枚のプリントを取り出した。
【第一回進路調査票】
それを勉強机に広げ、ため息をつく。
何を書けばいいのか分からなくて、とりあえず【三年二組・早坂美羽】と、名前だけ記入したプリントを持って部屋を出た。
三年生になってまだ一ヶ月ちょっとなのに希望の進路を書けと言われても、正直分からない。なんて呑気なことを言っているのは私だけで、みんなはもう決めているんだろうな。
今日もクラスメイトが進路のことを話していたけれど、進学を希望している人はとっくに受験対策の勉強をはじめているだろうし、専門的なことを学びたい人も、すでに行きたい学校を絞っているのかも。
だとしたら、やっぱり焦る。
「お母さん、ちょっといい?」
一階に下りた私は、リビングの横の和室で洗濯物をたたんでいるお母さんに、声をかけた。
「何?」
「これ、配られたんだけど」
プリントを渡すと、お母さんは手を止めて目を通す。
「美羽はどうするか考えてるの?」
聞かれた私は、お母さんから目を逸らして黙り込んだ。
特別やりたいことはないし、なりたい職業とかもまだはっきり分からないから、専門学校よりも大学に行って学びながら考えるのが一番いいのかもしれない。だけど、そうなるとお金もかかるし……。
「なんでもいいんだよ? 大学行きたいとか専門学校がいいとか、どこって決めなくてもなんとなくでいいし。あとは、例えばちょっと興味あることとか、将来はこんな仕事したいなとか、そういうのはないの?」
考えていると、お母さんは私が答えを返す前に、必ず口を挟んでくる。
そうすると、次に聞かれたことに対してどう答えればいいのかを、もう一度最初から考え直さなきゃいけない。それでまた、私は黙り込んでしまう。
「分からないならとりあえず進学って書いておけば? お母さんも時間のある時に大学とか調べておいてあげるから」
分からないわけでも困っているわけでもなくて、ただ考えていただけだよ。
頭ではそう思っているのに、口に出しても意味がないと考えてしまう私は、「うん」と頷いた。
「宿題はあるの?」
部屋に戻ろうとした私に、お母さんが聞いてきた。一度背を向けた体を、もう一度お母さんのほうに戻す。
「うん、プリントだけ」
「他には?」
「ないよ」
「本当に? 授業で間に合わなかったところとかない? 忘れないうちにやっておかないと」
――だから、ないって言ったじゃん!
心でそう叫びながら、私は「大丈夫だよ」と言って、口元にぎこちない笑みを浮かべた。
「ならいいけど、ちゃんと確認しなさいね。あと、宿題終わったら下りてきてよ」
「うん、分かった……」
お母さんの言うこと全部に頷いて、私はようやく自分の部屋に戻る。何も言わずに頷くことが一番早いし、そうすれば、お母さんを困らせることもない。
プリントを机の上に置いて、私はそのままベッドに横になった。また、自然とため息が出る。
お母さんは私のやることにいちいち口を出してくるけれど、それは私を心配しているからだということはじゅうぶん分かっている。
勉強しろとガミガミ言うわけでもなく、やりたくもない習い事をたくさんやらせるわけでも、いい成績を求められたり、過剰に期待されたりしているわけでもない。
いわゆる教育ママ的なことではなくて、ただ少し……だいぶ、心配性なだけだ。
そうなってしまったのは多分、私の性格のせいだと思う。
三つ上の姉、舞衣は言いたいことをはっきり言えて、中学でも高校でもよく学級委員を務めていた。運動神経もよくて、クラスでも目立つタイプだった。
高校時代の姉の写真を見ると中心にいることが多いし、人気者だったのがよく分かる。
私は、そんな明朗快活な姉とは正反対だ。
小さい頃から話すのが苦手で、分からないことがあっても先生に聞くことができず、言いたいことがうまく言えない子だった。