深夜0時、窓で音がした。恐る恐るカーテンを開けると路地に自転車に跨った蔵之介が満面の笑みで手を振っていた。そして下を見てというように指を差した。


「・・・・暇なのね」


 ベランダには大量の紙飛行機が落ちていた。


な か を み て


 声にならない声。私は紙飛行機を破かないように広げて見た。


莉子 大好き
莉子 頑張れ
莉子 合格


 蔵之介は「大学受験、不合格になれば良いのに」と私が東京の大学に進学する事を快く思っていなかった。その気持ちを我慢して応援してくれた事に目頭が熱くなった。夏期講習で会えない日は深夜0時になると飛行機が窓を叩いた。


莉子 会いたい


 私もノートを破って紙飛行機を作った。


蔵之介 会いたい


 すると蔵之介は手招きをし私が腕でバツ印を作ると泣き真似をして見せた。


(会いたい)


 時計を見ると午前0時30分、家族が寝静まる時間まで後少し時間が必要だった。私はもう一度不恰好な飛行機を飛ばした。


後で降りて行く 30分待てる?


 蔵之介は飛び跳ねながら大きな丸を作った。


(・・・・可愛い)


 私は暗がりで目立たない黒いジーンズとTシャツを着た。髪型を整え薄く色付くリップスティックを塗った。



ん、ぱっ



 そして親に気付かれない様にベッドの上にクッションを並べタオルケットを掛けた。膨らんだシルエットは私はここで寝ていますという風に見えた。部屋の扉を静かに閉め、廊下は音を立てない様にすり足で玄関に向かった。緊張で口の中が渇き心臓が跳ねた。スニーカーを持って台所の勝手口のドアノブに手を掛けた。


カチャン


 息をしていなかった事に気が付き深呼吸した。慌ててスニーカーを履き路地から顔を出すとコンクリートの壁に寄り掛かり携帯電話を(いじ)る蔵之介がいた。


ーーー蔵之介!
ーーー莉子!


 2人は一目散で大通りへと向かった。


「会いたかった」

「うん」


 蔵之介は息が止まるほど強く抱き締め私に口付けた。嬉しかった。


「莉子、星を見にこうよ!」

「こんな明るい所じゃ見えないよ」

「獅子座流星群、流れ星が見えるよ!」


 蔵之介は私を自転車のキャリアに乗せてペダルを()いだ。坂を登りきった夜景は今も忘れない。眼下に広がる街は暗い海、街灯は漂うウミホタルに見えた。


「どこまで行くの?」


 行き先は明かりの少ない港で自転車で行けば近いよと蔵之介は無邪気に笑った。肌に湿った風が纏わりつき時速18kmの景色が流れて消えた。郊外へと向かう一本道、ペダルは颯の様に駆け抜けた。


「いーーっぽん、にーーーほん」

「なに、なに数えてるの」

「電柱、電柱の数を数えてるの」


 私は蔵之介の鼓動を感じながら通り過ぎる電柱の数を数えた。


「電柱の数の分だけ家から遠くなるでしょ?」

「うん」

「その分、2人だけの秘密が増えているみたいでドキドキする」


 蔵之介の鼓動が急に速くなった。


「あ、ほら交番がある!」


 白と黒のパトカーが駐車した交番の赤色灯が見えた。交通違反で注意されたら未成年だと知られてしまうと思った私は焦ってキャリアから降りた。

 
「あーーびっくりしたね」

「ドキドキした」


 コンビニエンスストアを通り過ぎたところで蔵之介が「あのバスターミナルを曲がったら港だよ」と黄色点滅信号の交差点を指差し自転車のスピードを加速させた。その時だった。


「ーーー莉子!」


 私の名前を叫んだ蔵之介の横顔が眩しいライトで照らされ自転車が急に停まった。私は蔵之介の背中へとつんのめり瞬間キャリアから放り出された。


「ーーーー!」


 背中と後頭部に衝撃を感じ驚きで目を見開いた私は不思議な姿勢でぴくりとも動かない蔵之介を認めた。あちらこちらに転がるスニーカー、ひしゃげた自転車のホイール。そして私の額から生温いものが流れ慌てふためいたおじさんがどこかに電話をしていた。


(あれは蔵之介?)


 回る赤いライト、白い救急車、蔵之介は複数人の救急隊員に抱えられストレッチャーに横たわった。


(あれは?)


 ダラリと力無くぶら下がった腕、そしてハッチバックが閉まった。