「本当の卯兎さんって・・・どういうこと?当時の卯兎さんは本当じゃなかったってどういう意味?」
― ここ幽世には、知っての通り、神々とあやかしたち。そして現世から天界へ、転生へと向かう魂が集う世界だ。ひとがココで暮らすには、神薙などの神職に就くか、神族に仕えるか…。
それとて簡単なことではない。神薙などの神職にはそれなりの能力が求められるし、ここでの神薙の仕事にはある種特殊な能力も求められる。だから、だいたいは神薙は同じ血筋から受け継がれて就くことが多い。
稀に普通の家庭にチカラを持って生まれる子がいても、その子は神薙の家の養子となって、幽世の神薙に就く。―
「あ。僕の曾祖父はそのチカラが弱かったから神薙に就かせることを諦めた高祖父母は、曾祖父を高祖母が連れて現世に戻って、高祖父はこちらに残ったので、その後、盈月の神薙は高祖父を最後にいなくなって、現世でもたぶん僕が最後の盈月の人間なんだと思います」
「おぉ。そうだった。雪兎は「盈月」の人間だったな。しかし、お前の聞いてきたその話は事実と少し違うようだ・・・。
うーん。それについては、ここにいる間にでも刑に尋ねるといい。刑が当時の盈月とは昵懇だったし、あの件の当事者のひとりだからな」
「え?烏頭さん?当事者?どういうことです?」
雪兎は顔色を変えて青龍に迫ったが、青龍は
「…刑に聞け。俺の口からは言えないが、お前の血筋は俺たちの世界にとって少しばかり厄介でな」
と、呟くように答えると卯兎の話の続きを始めた。
― 昔はときどき子どもが現世からこちらへ迷い込んできたものだった。
遊んでいて友や兄弟とはぐれて、うろうろしているうちにこちらへの道へ迷い込んでしまった者。こいつらは、刑たち刑部省の烏天狗たちがそっと家の近くまで連れ帰ってやる。
昔、現世で言われていた『神隠し』の正体だな。現世では「烏天狗が子を攫う」と言われていたようだが、逆だ。連れ帰ってやってたのだ。
もう一つは切ないのだが・・・現世で飢饉などになったときに、口減らしのために親がわざわざ幽世の入り口に我が子を置いていくのだ。
そういう子らは、こちらの心ある者が運良く見つければ、神薙の養子になったり、神族の屋敷で下働きをしたりして、その寿命が来て光の湖を渡るまで、この街の皆で面倒見る。なかには、そうしてるうちに神族や神薙の誰かに見初められて婚姻して龍籍や神籍を手に入れる者もいるが。
見つけられなければ、そのまま飢えて命を落としたり、獣や質の悪いあやかしに喰われた子らも多かった。そうなると、魂の導かれるままに光の湖へ行き、転生の道をたどるのだがな。光の湖の虹の橋を渡るのは、必ず一人。それがどんなに幼い子でもな。幼子でも行けるように鬼界の鬼たちが補助はしてやるのだけどな。
卯兎は、このどれでもなかった。―
「小さい子が鬼なんか見たら、泣き出しちゃうんじゃない?」
「神族の我らは、人形を採っていることが常だからな。本来の姿で会うわけじゃない」
― 卯兎は、現世では「生」を受けられなかった子として、幽世へ来たのだ。
どういった経緯で現世に生れ落ちなかったのかは、知らん。
とにかく、「ひと」として現世をいきることなく幽世にやってきた。そして、虹の橋を渡ることなく、幽世の街に居ついたところを同時代に口減らしで幽世に送られた『結卯』や『兎朱』らとともに、ここ幽玄亭の神薙とあやかしに引き取られて育った。
なぜ虹の橋を渡らなかったのか?渡れなかったのか?未だにそれもわからん。鬼界の鬼たちが見落としたとも思えなかったんだが…―
「現世で「ひと」として生まれなかったってことは、「ひと」としてのカタチはなかったんじゃ・・・」
「そのことか。ここでは肉体は問題ではない。現世では肉体がないと動けず、カタチも認識されないだろうが、ここでは魂がカタチを成すのだ」
「ん?どういうこと?よくわかんない?体がないのに、料理したり、神子のお勤めができたりするの?ん?」
「ここは、そういうところだ」
青龍に豪快に笑い飛ばされたが、未だ、瞳子の頭のなかは大混乱。
ふと、雪兎を見ると、さっきの「刑に聞け!」と言われた話が引っかかっているようだ。
「雪兎、青龍さんとのお話が終わったら、刑さんを探そう。景子のことも聞きたいし・・・ね?」
雪兎は、我に返ってニッコリ微笑むと瞳子の肩に手をやった。
「刑を探しに行くなら、雪兎ひとりで行けばいいだろ。卯兎・・・いや瞳子はココにいろ」
「はぁ?なんでっ⁉いやよ!雪兎と一緒に行きますっ‼」
「あ、いや、刑なら後で俺が呼べばすぐ来るだろう・・・続けるぞ」
瞳子の思わぬ迫力に負けた青龍は、ムリムリな感じで話を続けた。
― 卯兎はいつも元気で、元気すぎて…お転婆とも言える面があったけれど、神事などのときはソツなく熟す器用さもあった。
もの覚えもよくてな。神薙の上級の仕事もできそうだったな。
いつも笑って、笑わされて…―
「いつも怒らせて、怒られてっていうのもあるんじゃないの?」
声に振り返ると、青龍とソックリの男性が御簾から出てくるところだった。
『せ、青龍さんが、二人??』
よく見ると、目の前の青龍はひと房の髪が金色のような黄色とターコイズのようなブルーなのに、もう一人の青龍はトルマリンのような透明に近いような透き通るブルー。
あとは、何から何まで瓜二つ。座る青龍と御簾の前に立つ青龍の両方をキョロキョロと見比べる瞳子と雪兎。
「おかえり。卯兎。やっと帰ってきたね」
「晦、まだ卯兎じゃないんだ。いまは『瞳子』というらしい。隣にいるのが夫の『雪兎』だ」
晦と呼ばれた青龍もどきは、先ほどの青龍が見せた寂し気な自嘲するような笑みを見せて瞳子を見つめる。
「そうなのか。どう見ても卯兎なのに…」
「瞳子、雪兎、これは、オレの兄貴。晦だ。『黄龍八龍』はさっき説明したな?そのうちの、今の『蒼龍』が晦だ。見ればわかるが、双子だ」
「あぁ。双子・・・どうりで・・・。初めまして盈月雪兎と妻の瞳子です」
雪兎は、手を差し出した。
蒼龍は、その手を包み込むように両手で受けると自分の胸に引き寄せた。
「これまで卯兎を・・・いえ瞳子を守ってくれてありがとうございます。無事に会えて、こんなにうれしいことはありません」
同じ顔、同じ声なのに、蒼龍の方は随分、物腰が柔らかい。
「ホントに双子なの?顔は似てるけど、性格は随分違うのねぇ」
思ったことをすぐ口にしてしまう瞳子に雪兎が慌てて、頭を下げる。
「すみません。悪気はないんですけど・・・」
「そういうところも卯兎そのままなのになぁ・・・」
寂し気に微笑みながら、ジッと瞳子を見つめる蒼龍は、青龍に向き直って言った。
「で?どこまで話したの?しづらかったら、私が話そうか?」
「いや、オレが話す。足りないことがあったら、助けてくれ」
そう答えつつも青龍は、顎に手を当ててしばらく黙り込んでいた。
「ねぇ、朔。朔は卯兎の話の続きを考えてて。私はさっきの瞳子の疑問に答えるよ」
「さっきの?」
「あぁ。『「ひと」としてのカタチはなかった。でも料理したり、神子のお勤めはできたのか?』って話だよ」
「それって・・・っていうか、お前いつから御簾の裏にいたんだ?」
「う~ん・・・。『卯兎は、本当の卯兎になりたかった』って下りのちょっと前かなぁ」「そのちょっと前って、話の最初からいたんじゃないか。とっとと出てくれば良いものを!」
「まぁまぁ。私が出ないほうがいいこともあるかと思って、様子を見ていたんだよ。じゃ、さっきの瞳子の疑問に答えるよ?」
「知りたい、知りたい‼なんだかよくわからないもの。ねぇ雪兎?」
瞳子が大きく身を乗り出した。
「わかった!わかった」
蒼龍・晦が、瞳子の迫力にのけぞりながら後ずさった。
「じゃ、その話を晦がしてる間に、俺はどう話したら、瞳子が卯兎であることを思いだしてくれるか⁉考えるよ」
「どう話してくれても、私はわ・た・し。盈月瞳子よッ」
― ここ幽世には、知っての通り、神々とあやかしたち。そして現世から天界へ、転生へと向かう魂が集う世界だ。ひとがココで暮らすには、神薙などの神職に就くか、神族に仕えるか…。
それとて簡単なことではない。神薙などの神職にはそれなりの能力が求められるし、ここでの神薙の仕事にはある種特殊な能力も求められる。だから、だいたいは神薙は同じ血筋から受け継がれて就くことが多い。
稀に普通の家庭にチカラを持って生まれる子がいても、その子は神薙の家の養子となって、幽世の神薙に就く。―
「あ。僕の曾祖父はそのチカラが弱かったから神薙に就かせることを諦めた高祖父母は、曾祖父を高祖母が連れて現世に戻って、高祖父はこちらに残ったので、その後、盈月の神薙は高祖父を最後にいなくなって、現世でもたぶん僕が最後の盈月の人間なんだと思います」
「おぉ。そうだった。雪兎は「盈月」の人間だったな。しかし、お前の聞いてきたその話は事実と少し違うようだ・・・。
うーん。それについては、ここにいる間にでも刑に尋ねるといい。刑が当時の盈月とは昵懇だったし、あの件の当事者のひとりだからな」
「え?烏頭さん?当事者?どういうことです?」
雪兎は顔色を変えて青龍に迫ったが、青龍は
「…刑に聞け。俺の口からは言えないが、お前の血筋は俺たちの世界にとって少しばかり厄介でな」
と、呟くように答えると卯兎の話の続きを始めた。
― 昔はときどき子どもが現世からこちらへ迷い込んできたものだった。
遊んでいて友や兄弟とはぐれて、うろうろしているうちにこちらへの道へ迷い込んでしまった者。こいつらは、刑たち刑部省の烏天狗たちがそっと家の近くまで連れ帰ってやる。
昔、現世で言われていた『神隠し』の正体だな。現世では「烏天狗が子を攫う」と言われていたようだが、逆だ。連れ帰ってやってたのだ。
もう一つは切ないのだが・・・現世で飢饉などになったときに、口減らしのために親がわざわざ幽世の入り口に我が子を置いていくのだ。
そういう子らは、こちらの心ある者が運良く見つければ、神薙の養子になったり、神族の屋敷で下働きをしたりして、その寿命が来て光の湖を渡るまで、この街の皆で面倒見る。なかには、そうしてるうちに神族や神薙の誰かに見初められて婚姻して龍籍や神籍を手に入れる者もいるが。
見つけられなければ、そのまま飢えて命を落としたり、獣や質の悪いあやかしに喰われた子らも多かった。そうなると、魂の導かれるままに光の湖へ行き、転生の道をたどるのだがな。光の湖の虹の橋を渡るのは、必ず一人。それがどんなに幼い子でもな。幼子でも行けるように鬼界の鬼たちが補助はしてやるのだけどな。
卯兎は、このどれでもなかった。―
「小さい子が鬼なんか見たら、泣き出しちゃうんじゃない?」
「神族の我らは、人形を採っていることが常だからな。本来の姿で会うわけじゃない」
― 卯兎は、現世では「生」を受けられなかった子として、幽世へ来たのだ。
どういった経緯で現世に生れ落ちなかったのかは、知らん。
とにかく、「ひと」として現世をいきることなく幽世にやってきた。そして、虹の橋を渡ることなく、幽世の街に居ついたところを同時代に口減らしで幽世に送られた『結卯』や『兎朱』らとともに、ここ幽玄亭の神薙とあやかしに引き取られて育った。
なぜ虹の橋を渡らなかったのか?渡れなかったのか?未だにそれもわからん。鬼界の鬼たちが見落としたとも思えなかったんだが…―
「現世で「ひと」として生まれなかったってことは、「ひと」としてのカタチはなかったんじゃ・・・」
「そのことか。ここでは肉体は問題ではない。現世では肉体がないと動けず、カタチも認識されないだろうが、ここでは魂がカタチを成すのだ」
「ん?どういうこと?よくわかんない?体がないのに、料理したり、神子のお勤めができたりするの?ん?」
「ここは、そういうところだ」
青龍に豪快に笑い飛ばされたが、未だ、瞳子の頭のなかは大混乱。
ふと、雪兎を見ると、さっきの「刑に聞け!」と言われた話が引っかかっているようだ。
「雪兎、青龍さんとのお話が終わったら、刑さんを探そう。景子のことも聞きたいし・・・ね?」
雪兎は、我に返ってニッコリ微笑むと瞳子の肩に手をやった。
「刑を探しに行くなら、雪兎ひとりで行けばいいだろ。卯兎・・・いや瞳子はココにいろ」
「はぁ?なんでっ⁉いやよ!雪兎と一緒に行きますっ‼」
「あ、いや、刑なら後で俺が呼べばすぐ来るだろう・・・続けるぞ」
瞳子の思わぬ迫力に負けた青龍は、ムリムリな感じで話を続けた。
― 卯兎はいつも元気で、元気すぎて…お転婆とも言える面があったけれど、神事などのときはソツなく熟す器用さもあった。
もの覚えもよくてな。神薙の上級の仕事もできそうだったな。
いつも笑って、笑わされて…―
「いつも怒らせて、怒られてっていうのもあるんじゃないの?」
声に振り返ると、青龍とソックリの男性が御簾から出てくるところだった。
『せ、青龍さんが、二人??』
よく見ると、目の前の青龍はひと房の髪が金色のような黄色とターコイズのようなブルーなのに、もう一人の青龍はトルマリンのような透明に近いような透き通るブルー。
あとは、何から何まで瓜二つ。座る青龍と御簾の前に立つ青龍の両方をキョロキョロと見比べる瞳子と雪兎。
「おかえり。卯兎。やっと帰ってきたね」
「晦、まだ卯兎じゃないんだ。いまは『瞳子』というらしい。隣にいるのが夫の『雪兎』だ」
晦と呼ばれた青龍もどきは、先ほどの青龍が見せた寂し気な自嘲するような笑みを見せて瞳子を見つめる。
「そうなのか。どう見ても卯兎なのに…」
「瞳子、雪兎、これは、オレの兄貴。晦だ。『黄龍八龍』はさっき説明したな?そのうちの、今の『蒼龍』が晦だ。見ればわかるが、双子だ」
「あぁ。双子・・・どうりで・・・。初めまして盈月雪兎と妻の瞳子です」
雪兎は、手を差し出した。
蒼龍は、その手を包み込むように両手で受けると自分の胸に引き寄せた。
「これまで卯兎を・・・いえ瞳子を守ってくれてありがとうございます。無事に会えて、こんなにうれしいことはありません」
同じ顔、同じ声なのに、蒼龍の方は随分、物腰が柔らかい。
「ホントに双子なの?顔は似てるけど、性格は随分違うのねぇ」
思ったことをすぐ口にしてしまう瞳子に雪兎が慌てて、頭を下げる。
「すみません。悪気はないんですけど・・・」
「そういうところも卯兎そのままなのになぁ・・・」
寂し気に微笑みながら、ジッと瞳子を見つめる蒼龍は、青龍に向き直って言った。
「で?どこまで話したの?しづらかったら、私が話そうか?」
「いや、オレが話す。足りないことがあったら、助けてくれ」
そう答えつつも青龍は、顎に手を当ててしばらく黙り込んでいた。
「ねぇ、朔。朔は卯兎の話の続きを考えてて。私はさっきの瞳子の疑問に答えるよ」
「さっきの?」
「あぁ。『「ひと」としてのカタチはなかった。でも料理したり、神子のお勤めはできたのか?』って話だよ」
「それって・・・っていうか、お前いつから御簾の裏にいたんだ?」
「う~ん・・・。『卯兎は、本当の卯兎になりたかった』って下りのちょっと前かなぁ」「そのちょっと前って、話の最初からいたんじゃないか。とっとと出てくれば良いものを!」
「まぁまぁ。私が出ないほうがいいこともあるかと思って、様子を見ていたんだよ。じゃ、さっきの瞳子の疑問に答えるよ?」
「知りたい、知りたい‼なんだかよくわからないもの。ねぇ雪兎?」
瞳子が大きく身を乗り出した。
「わかった!わかった」
蒼龍・晦が、瞳子の迫力にのけぞりながら後ずさった。
「じゃ、その話を晦がしてる間に、俺はどう話したら、瞳子が卯兎であることを思いだしてくれるか⁉考えるよ」
「どう話してくれても、私はわ・た・し。盈月瞳子よッ」
