退屈な人生を歩んでいたおっさんが異世界に飛ばされるも無自覚チートで無双しながらネットショッピングしたりする話

 気づけば夜になっていた。
 敵を倒してはお金に替えてを繰り返していると、次第にレベルも上がっていた。

 生きたままの魔物をNyamazonに入れて見たらどうなるかとやってみたが、それは出来なかった。

 ステータスも軒並み上昇。
 レベルが15から17しか上がってない所を見ると、必要経験値が高くなってきたのだろうか。

 そしてようやく、念願の魔法を覚えたのだ。
 キャンプをしている時に、火を、顔を洗っている時に水を、風が心地よかった時に風を、転んだ時に土を。
 
 最後は情けないが、とにかく覚えたのである。

 スキル:空間魔法Lv.2、解析Lv1、短剣Lv3、気配察知Lv2、隠密Lv1、冷静沈着lv2、魔獣召喚Lv2⇒3、格闘Lv1、君内剣Lv1
    New:火魔法Lv1、水魔法Lv1、風魔法Lv1、土魔法Lv1、魔法糸Lv1。

 更にもう一つ、魔法糸、というのを覚えた。
 
 おそらくスパイダーの攻撃を受けたことが要因だが、手の平から魔力の糸を出せるようになったのだ。
 少し不気味だが、とはいえ貴重なスキル。

 ゴムのように伸び縮みするし、裁縫が出来そうな小さな糸も出せる。
 また色々と調べてみようと思う。

 Nyamazonの貯金残高は9500円、なんとビールワンケースを買える勢いだ。
 思わず頬が緩む。

 近くの川で顔を洗おうとしたら、自身が返り血に染まっている事に気づく。

「……人の心は忘れないようにしないとな」

 戦闘は楽しいが、道徳まで無くしたくはない、そんな思いを胸に抱き、顔を上げると、遠くに灯りが見えた。
 知らないうちに随分と森を突き進んでいたのだろう。あれは――街だ。

 この世界の知識はないが、言語理解があれば人と対話をすることはできるはず。

 一晩山で過ごし、早朝向かってみるか。


 考えていたことがある。
 Nyamazonで購入したアイテムを売れば、もしかしたら高く売れるんじゃないのか、と。
 
 幼い頃、親のお使いを頼まれた時のような不安と高揚感。

 逸る気持ちを抑え身体の血を綺麗にふき取ると、空間魔法からキャンプ用品を取り出し、テントを設営して中に入る。
 そして召喚した魔獣のハム三郎を抱きしめながら、ぐっすりと眠った。

 ◇

「凄いな、結構大きな街だな、いや国か」

 近づくとその全貌が見えてきた。
 高い壁に囲まれた国、行商のような者、一般人、兵士のような人たちが出入りしている。
 特に何か見せている様子はないが……怪しまれないだろうか。

 自分の恰好を確かめてみると、完全なる作業着。

「これは……どうなんだ」

 その時、カッポカッポ馬車の音が聞こえてきた。
 積み荷は少なく、どうやら何かの帰りだろうか。
 
 馬を操っているのは、ふくよかで穏やかそうな男性だった。

 ……そうか。

「すみません」
「……ん? なんだ君は?」

 声を掛けると馬を停止させてくれた。
 だが眉をひそめて私を見る。

 この格好のせいだろうか。ということはやはり変わっているのだろう。
 だが止まってくれるということは、悪い人ではないと思った。

「田舎から来たのでわからなくて……あの国に入るには何か必要ですか?」
「田舎……ねえ? 確かに身なりはボロボロだが……どうやってここまで来たんだ?」
「森を抜けてました」
「森? この森をか?」
「はい、途中魔物に出くわしましたが、倒しつつ」
「ほう、そこそこ腕はあるのか。あそこはオーリアという国だ。その恰好なら許可証がないと怪しまれるだろう」
「やはりそうですか……」

 事前に教えてもらって良かったが、問題が解決したわけではない。
 一か八かで入国しようとしてもいいが、捕まったりしないだろうか。

 やはり国はまだ早いか……。

「入りたいのか?」
「え?」
「オーリアだ、そうなのだろう」
「ええ、はい。ですが、許可証は持ってなくて……」
「だろうな。だが育ちは悪くなさそうだ。言葉遣いがしっかりしている」
「ありがとうございます」

 どこか私を品定めするかのように見た後、何かを考えこんだ。

「俺の名前はビアードだ。商人で色々な国を渡り歩いている。それで訊ねたいが、何か珍しいものでも持ってるか? それ次第では付き人だと伝えよう」
「珍しい物ですか?」

 なるほど、やはり商人だったのか。積み荷を降ろして戻って来た、ということなのだろうか。
 空間魔法にはいくつか入っているが、人前で見せるのは少し不安だ。

 ゴソゴソとポケットを探るが何もない。
 唯一身に着けていたものはサバイバルナイフだった。

「でしたら、こちらはどうでしょうか? 傷つけることはしません、どうぞ手に取ってみてください」

 逆手に持ってナイフを手渡すと、ビアードさんはすぐに驚いて声をあげた。

「精巧な作りだな……耐久性も高そうだ。これはどこで?」
「私の田舎で作っていたものです。あの国に古い友人がいまして、他にも珍しいものはいくつか」
「ほう……」

 嘘も方便だが、商人ならこの物言いだけでわかるだろう。
 つまり珍しい物を今後も譲ることができるという意味だ。彼にとってもコネが出来るかもしれない。

「頭も切れるようだな。ナイフは返そう。取らぬワイバーンの皮算用、俺の好きな言葉だ。国に着いたら色々と話を聞かせてくれ。お前に恩を売れば得になる気がする。どうだ? 国に入りたいか?」

 差し出された手、交渉成立だ。
 偶然の出会いだったが、どうやら出会いのスキルも習得していたらしい。

「キミウチシガだ、よろしく」
「シガか、いい名前だ」

 そうして私は馬車の後ろに乗り込むと、少年のように高鳴る鼓動を抑えながら、門をくぐった。
 初めての国は、深く眠っていた私の童心を呼び起こしていた。

 不安はどこへやら、高鳴る鼓動を抑えるので必死だ。

「すごい……すごいな」
「ははっ、そんな面白いか?」

 ヨーロッパ風の街並みだが、大きく違うのは人種だ。
 
 垂れ下がった犬耳、猫耳、かと思えば、普通の人もいる。

 魔狼がいても、やはりどこかで異世界ではないのかもしれないと疑っていたが、これで確信した。

 やがて馬車を路地の一角で止める。目の前には少し古い建物があった。
 入口には使用人のような人が待機しており、馬車を預けて私も降りる。

 どうやらビアードは私が思っていたよりも立派な商人のようだ。
 Nyamazonを使って売買しながらお金を稼ごうとも考えていたが、ここでコネができるのはありがたい。

「古い屋敷だが中は広いぞ、部屋もいくつかあるから都合がいいんだ」
「都合がいい?」
「ま、見たらわかる。心配せず入りな。お前はあの妖魔の森を抜けてきたんだ。強さぐらいわかってる、悪さはしない」

 妖魔の森……? そういえば途中から魔物が多かった。詳しく聞こうとしたが、建物の中に入った途端、そんなことは頭から消えてしまった。
 お香のような匂い、壁に掛かっている絵画は、エルフやドワーフ、偉人のようにも思える。
 天井は魔法陣で光り輝き、照明の代わりをはたしている。内装は、西洋を思わせる造りだ。

 文明が混在している、だがそれが余計に私の好奇心をくすぐった。

 彼の後を追って階段を上がっていくと、話の通り部屋がいくつもあった。
 人の気配もするが、挨拶をすることもなく奥まで歩くと、応接間と思われる部屋に通された。

 骨董品だろうか、壺や魔法の杖のようなものや、ここにも絵画が壁に飾られており、一目見て高価なことがわかった。
 商人といっても様々なはずだ。古銭を扱うもの、骨董品を扱うもの、だが彼はそのどれも当てはまらないように思える。
 ナイフを見た時のあの鋭い目は、気に入ったものを幅広く物を取り扱っている気がした。

 その時、誰かが扉をノックした。

「失礼します」

 ――現れたのは小さな女の子だった。髪は金色の毛並みで、腰まで長い。
 耳はピンと伸びており、おそらく……エルフだろうか。鼻筋が通っていて、青い瞳が輝いている。

「どうぞ、お客様」
「ありがとう」

 ここで働くにしては随分と若いが、おしぼりのようなものを手渡してくれた。
 彼女にお礼を言った後、ビアードが気にせず話し始める。

「色々と聞きたいこともあるが、さっきのナイフをもう一度見せてもらっていいか?」
「ああ、構わない」

 少し不安はあったが、何が起きても対処できるだろうという謎の自信があった。
 魔物を倒し続けていたという成功体験が、私の性格を大胆にさせたのかもしれない。

 ナイフを受け取ったビアードは、しっかりと品定めをした後、ゆっくりと机に置いた。

「やはり良いものだな。それで、友人はどんなものを持ってるんだ?」
「色々だ。ただ間違いないのは、品質は良く、めずらしいものが多いだろう」
「ははっ、強気だな。ククリ、飲み物を持ってきてくれ」
「畏まりました」

 彼は、先ほどのエルフの少女に声をかけた。ククリという名はわかったが、使用人だろうか。
 この国での常識がまだわからないが、中学生ぐらいのように思える。

「あの子は?」
「西の森で死にかけてたところを拾った。だが幼過ぎて買い手がつかねえ。エルフのくせに魔法が使えないのが致命的だ」
「買い手? ――もしかして……彼女を売っているということか?」
「ああ、もしかして奴隷が非合法の田舎から来たのか?」

 今まで好感を持っていたのが、嘘のように熱が引いていく。
 だが歴史上、奴隷はどこの世界もあるものだ。
 彼女が死にかけていたという発言からも、一概にこの状況が悪いとはわからないが、何ともいえない気分になってしまう。

 その時、ハッと部屋が多いほうがいいという彼の言葉に気づく。

「もしかして……この家にある部屋には……」
「そうだ。でも勘違いするなよ。俺は三流奴隷商人じゃない。商品は大事にするし、クソみてえなやつには売らねえ。実際、ククリは自らここへ来た」

 彼の口調はぶっきらぼうだが、確かにククリの身なりは整えられていた。
 言葉遣いも丁寧だったところをみると、粗末な扱いはしていないのだろう。

 だが元気がないのは……いや、親が亡くなったなのだから、当たり前か。
 それより――。

「魔法が使えないと買い手はつかないのか?」
「そりゃそうさ、奴隷ってのは基本的に戦闘要員だ。家で囲って愛でるだけなんざ一部の道楽者しかしねえ。そんなことも知らないのか?」
「ああ、そうか……いや、そうだな」

 無知な自分が酷く恥ずかしい。

 そして話の途中で戻って来たククリが、私に飲み物をくれた。目が合った瞬間、少しだけニコリと微笑んでくれたが、逆に心が痛くなる。
 可哀想、というのは私のエゴだろうか。

 彼に言ってククリを離れさせた後、好奇心か、いやよくわからない感情のままに、彼女の値段(・・)を訊ねてみた。

「そうだな、6万ペンスってところだ。魔法が使えなくても、あいつは容姿がいい」
「6万ペンス……例えば、このナイフはいくらになる?」

 そういえば、私はこの世界の通貨のことを知らなかった。
 値段を訪ねてもわかるわけがない。それがいくらなのか、さっぱりわからない。

「俺が買い取るなら――5000だな。ちなみに言っておくが、これでも良心的だぜ」

 金額が高いか安いかではなく、少女の値段がサバイバルナイフ十二本分だということ驚いた。

 同時に気づく。
 この世界の命は――間違いなく軽い。

「どうした、ククリが欲しいのか?」
「いや……」

 自分でもわからなかった。だが初めての出来事を目の当たりにしたのだ。解放してあげたい気持ちが湧いてくるのは当然の感覚だろう。幸い、私には魔物を倒して得た9500円がある。サバイバルナイフの値段は一本1850円だ。足りない分は魔物を倒しにいけば数日で貯まる。

 少しの苦労で、彼女を解放することができる、その事実が、私の心を揺れ動かせた。

「ちなみに言っておくが、明日、ククリは東のゴルドー国へ行く。勘違いさせたくないが、売る為に嘘をついてるんじゃない。買い手がつきそうな富豪がいるんだ。さっきの言葉と真逆だが、そいつはガキが好きなんだとさ」
「売る為じゃないといっておきながら……その割には私の心を揺さぶってくるじゃないか」

 ニヤリと笑う彼は、商売をわかっているようにも思えた。
 子供を売買することを真剣に悩んでいる自分に嫌気がさしたが、この衝動は、抑えられない。

「買おう。ナイフと交換でお願いしたい」
「毎度ありがとよ、ちなみに初物だ」
「……それはいい。だが頼みがある。数日だけ待ってくれないか? 今手持ちが五本分しかない。必ず買う、色もつけよう」

 この交渉が決裂すれば、ククリは私の目の前から消える。だが――。

「数日と言わずに数週間待とう。それに今日、ククリのやつを持っていってもいい」
「……いいのか? なぜだ?」
「ははっ、自分から言っといて逆に質問するなよ。俺はこれでも目利きがいいんだ。お前が嘘をいってないこと、ここで恩を売ったほうがいいことぐらいわかってる。けどまあ色はつけてくれよ」

 ふむ、やはり彼はそこまで悪いやつではないみたいだ。

 友人から残りのナイフを取りに行くと嘘をついて外に出ると、少し時間を潰して、Nlyamazonからナイフを購入した。

 彼は私が間違いなく戻って来ると思ったのか、ククリは外行き用の服に着替えて待っていた。
 だが少し不安気に私の顔を覗き込み、「よろしくお願いします」と言った。

「じゃあなククリ、お前は幸運だ。シガ、俺は当分この屋敷にいる。他にも困ったことがあったら訪ねてこい」
「すまないな。――じゃあ、行こうか。ククリ(・・・)
「は……はい」

 なぜかわからないが、私は屋敷から逃げるような気持ちで外に出た。人を買ったという事実から早く逃げたかったのか、理由は定かではない。
 その罪悪感を消すかのように、外に出て少し歩いた後、しゃがみ込み、ククリに声をかけた。

「すまない。実は衝動で行ってしまった。私は君に何かさせるつもりはない」
「衝動……?」
「ああ、奴隷として……その、買ったんじゃない。君を解放する為なんだ」
「解放……私をですか?」
「そうだ。君はもう自由だ。何処へ行ってもいいし、何をしてもいい。お金がないなら、私が少し都合をつけよう」

 どう考えても偽善行為だ。あの屋敷には部屋はいくつもあった。もしかしたら、ククリと同じ年齢の子供もいたのかもしれない。
 けれども、私に後悔はない。

 幼い頃、私は、父親と母親を事故で亡くし、親戚の家を点々とした。
 その時の思い出はあまりいいものではない。それが、彼女と重なったのだ。
 
 何度もするつもりはない、ただ理屈ではなかった。

「でも、行く所がない……」

 その言葉で、ハッとなった。どやら私の頭は、平和な世界のままだったらしい。
 解放さえすれば喜ぶと思っていたが、普通に考えたらそんなわけがない。

 衣食住にくわえて、安全面も考慮しないといけない。考え方によっては、以前よりも危険な状態なのかもしれないと猛省した。

「私はバカだ……」

 大きなため息を吐いて項垂れるような声を出してしまう。
 だが笑い声が聞こえた。

「ふふふ、ご主人様は、凄くお優しい方なんですね」
「どうだろうな……その、ご主人様ってのはやめてくれないか。私の名前は志賀というんだが、シガって呼んでくれるか」
「シガ様ですか?」
「ああ、様はいらないが……。とりあえず今すぐに放りだすのは身勝手だとわかった。とりあえず、君が落ち着けるまで私が責任もって面倒を見よう」
「ありがとうございます。てっきり……エッチなことをされると思ってたので」
「そ、そんなことはしないぞ!?」
「はい、でも望むのならいつでも」

 といっても、異世界に来て初めての買い物が、食べ物でも武器でも防具でもなく、子供のエルフだなんて……普通はそうだよな。

 だが彼女の笑顔を見ていると、なんだか落ち着く。
 おそらく私のステータスに、寂しいとは書かれていないだろう。

「それでシガ様、今日はどこにお泊りになるのですか?」
「……あ」
 いい匂いがする。
 久し振りのような、初めてのような匂いが鼻腔をくすぐる。

「おはようございます。シガ様」
「シガ……え、だ、誰だ!?」

 エルフの少女は、首を傾げる。そうか、いや、そうだ。彼女はククリだ。
 私が――買った少女だ。

「この宿は朝食が出ないので、パンを購入してきました。あ、もちろん費用は結構です! その、少しばかりのお礼です!」
「……ありがとう、これではどっちが主人だかわからないな。いや、私たちは対等だが」

 私は何もかも無計画だった。この街の事も知らない、食べ物も、しきたりも。
 だが彼女はそれなりに長い間この国で暮らしていたので、安い宿を教えてくれた。

 わずかばかりではあるが給付金も頂いていたらしく、そこから私の宿泊代も出してくれた。
 不甲斐ないが、更に朝食まで用意してくれている。

 この歳になって養ってもらっているような気分だが、事実、私の知識は赤子と変わらない。

「それとシガ様、奴隷紋を付けないでくれたこと、本当にありがとうございます」

 ククリは、ペコリと頭を下げる。

 奴隷紋とは、首や腕、とにかく第三者にわかるように見せつける所有物の証だそうだ。
 昨晩、彼がククリに刻み込もうとしたところを止めたのである。

『おい、わかってるのか? これが無きゃ逃げられても知らねえぞ。ククリは従順で良い奴だが、それでもわからねえぞ』
『その時はその時だ。私は既に罪を犯した。商売にとやかく言うつもりはないが、私が嫌なのだ』
『……ははっ、やっぱり変わってるなお前』

 奴隷紋を付けていると、解放されたとしても痕を消すのに一苦労するらしい。
 私はククリを生涯の奴隷とするつもりもないし、今もそうは思っていない。
 そんなリスクを、彼女に負わせたくなかった。

「ここのパン、ふわふわで美味しいんですが、時間が経つと固くなっちゃうんです。早く食べないともったいないですよ」
「ああ、ありがとう。――確かに美味いな」
「でしょ? あっ!? すいません。ですよね」
「構わないよ。多少の砕けた喋り方はむしろ嬉しいだけだ」

 思っていたよりも、ククリは前向きで明るい子だ。
 私の価値観はどうもこの世界とは合わなそうだが、それでもなんとかやっていけるかもしれない。

 パンを食べながら今後のことを考える。
 まず近くの魔物を狩ってお金を貯めて、それでククリの負債を完済する。
 当面の目的はそれでいいだろう。
 それ以降は、ゆっくりと世界を見て回りたい。

 元の世界では旅行なんて行く暇も金もなかったが、能力《スキル》があれば何とかなる。

 そういえば、ククリは魔法が使えないといっていたな。

 ――もしかすると。

「ククリ、ちょっとこっちに来てくれるか?」
「? はい」

 昨日、人と出会ったばかりですっかり忘れていた。
 もしかしたら、解析スキルは他人にも使えるのではないか? と。

 試しにステータスと声に出してみたが、自分のしか出なかった。

 無理なのか? いや……。

「ククリ、少し手を握るぞ」
「は、はい」

 ステータス、オープン――。

 名前:ククリ・ファンセント 年齢不明
 レベル:2
 体力:E
 魔力:B
 気力:C+
 ステータス:緊張、やや興奮気味、
 装備品:綿のシャツ、綿のスカート、綿の白下着、
 スキル:魔法Lv:0、格闘Lv:1、料理Lv:2

「魔法がゼロ……レベル?」
「どうしましたか?」
「いや……」

 変だ。魔法が使えないのならば、スキルに記載されていないはず。
 レベルがゼロなのも違和感だが……何らかの理由でロックされている状態、ということか?

「ククリ、君は本当に魔法は使えないんだな?」
「はい……エルフは生来魔力が高いのですが、私は……申し訳ありません」
「いや、大丈夫だ」

 格闘スキルと料理はそのままだろう。ステータスが間違っているとも思えないが……念のため……。

「下着の色は白か?」
「え!? あ、は、はい」
「そうか」

 どうやら間違ってもいないようだ。

 おや、ステータスが、赤面に変わったぞ、なぜだろうか。
 まあいいか、慌てるような話でもないし、ゆっくりと調べていけばいいだろう。

 もういいぞ、と言おうと思ったが、ククリは震えていた。おそらく魔法が使えない事を再確認したのが、彼女が怖がらせてしまったのだろう。
 私にはわからないが、魔法が使えないと商人が念押しするということは、この世界において凄く重要に違いない。
 
「……魔獣、召喚」
「え?」
「にゃおーん♪」

 空中からにゃん太郎が落ちてくる。
 ククリの膝の上に着地すると、ごろごろとネコナデ声をあげて頬をすりすりした。

「な、何ですかこの生き物!? ~~~~ッッッッ、か、かわいいです!」
「魔獣だ。私のスキルで生み出したんだ。制限時間はあるが、癒してくれるんだ」
「確かに……これは癒されますね……」

 ククリは、笑顔を取り戻してくれた。いつも出すのに躊躇してしまうが、スキルを覚えていてよかった。
 存分にニャン太郎を撫でた後、ククリは我に返ったかのように声をあげた。

「シガ様……そういえばさっき、魔獣っていいましたか?」
「ああ、それがどうしたんだ」
「……私の記憶が正しければ、魔獣を召喚できるのは……世界でほんの一握りです」
「そうなのか? といっても、他の魔法も使えるが……」

 私は手の平からゆっくりと火、水、風、地を出した。まだレベル1なので大した事はないと思っていたが、ククリの様子が――変だ。

「な、な、な、な、な、な!? 四大魔法を一人で!? いや、それよりも魔獣もありましたよね? え、え、え、え、え ど、どういうことですか!?」
「いや……なんだ、普通じゃないのか? 練習すれば、誰でも使えるだろう。ほら、他にもこんなのがあるが」

 私が糸魔法を出すと、ククリはもはや声を出せないぐらい驚いていた。

「魔法は一種類のみ、世界の大魔法使いでも、使えて二種だと聞いています。それに魔獣と合わせて糸魔法なんて固有能力は見たこともありませんよ!? シガ様、一体何者ですか!? こんなの、英雄を超えて世界征服できちゃうレベルですよ!?」

 どうやら私は、無自覚に凄いことになっていたようだ。
 
 ああ、どうしよう。

 Niymazonのこと、話したらどうなるのだろう。
「ククリ、そっちへ行ったぞ!」
「はい!」

 魔狼が、涎を滴り落としながらククリに牙を向ける。
 普通のか弱い少女ならば悲鳴をあげて尻餅をつくだろう。

 だが彼女は、手にしている鉄の剣で、見事なまでに首を切り落とした。

「はあはあ……やりました!」
「よくやった。レベルを見てみよう、手をかしてくれ」
「はい!」

 名前:ククリ・ファンセント
 レベル:5⇒8
 体力:C
 魔力:B
 気力:B+
 ステータス:高揚感、やや緊張気味
 装備品:C級防具、鉄の剣、綿の下着、
 スキル:魔法Lv:0、格闘Lv:2、料理Lv:3、剣術Lv:2、隠密Lv:1、気配察知Lv:1
 固有スキル:パーティーボーナス、超成熟恩恵

「いい感じにレベルが上がってるな。10日で8になるのが早いかどうかはわからんが……」
「8!? そんなにですか!? 低レベルでも、1あげるのに数ヵ月はかかると言われていますよ。きっと、シガ様の超成熟のおかげです!」

 私がククリを購入してから、いや、共に行動するようになってから10日が経過していた。拠点は変わっておらず、オーリア国と妖魔の森、そして宿を行き来している。

「それは良かった。今近くに魔物の気配はない。ここらで昼食にしよ――」
「鮭がいいです! 鮭おにぎりっ!」
「わかったわかった、突然抱き着くのはやめるんだ」

 Nyamazonを立ち上げると、鮭おにぎり四つ、ツナマヨとこんぶ二つ、最後に水を二本を購入した。

『お買い上げ、ありがとにゃ~ん♪』

 ポテっと落ちてくる前に、ククリが既に待機しており、見事に空中でキャッチ。
 ただすぐにがっつくようなはしたない真似はしない。
 まるで犬のように私を待ってくれている。

「待たなくていいぞ。おじさんは行動が遅くてな」
「シガ様はおじさんではありませんよ! それに、この待ち時間も幸せです」

ククリとは随分打ち解けたと思う。
 色々考えたが、無責任に放り出すのは自己中心的すぎるとわかったので、私が培った多少の戦闘知識を授けることにした。
 彼女は思っていた以上に筋が良く、数日でかなり動けるようになった。
 元々格闘術を覚えていたこともあり、動きは機敏だ。

 魔法は相変わらずゼロレベルのままだが、急ぐようなことでもない。

 嬉しい誤算だったのは私の超成熟スキルが、ククリにもボーナスとして付与されていたことだ。
 ただ解析スキルは私しか習得していないので、ククリ自身がステータスを見ることは出来ないが、随分と強くなったことに喜んでいる。

 そんなことを考えていたら、ククリが耳をぴくぴくさせていた。
 これは、もう待ちきれないサインだ。

「すまない、食べよか」
「はいっ! がぶがぶっ、――はう、美味しい……」
「いつも鮭で飽きないのか?」
「飽きません! 死ぬまでこれでも構いません!」
「ははっ、他のも美味しいのだがな」

 色々と悩んだが、ククリにはスキルを含む全てを話した。
 私が異世界人であること、転移か転生で突然ここへ来たこと、Nyamazonのこと。

 そして異世界人だということはすんなり受け入れてくれた。
 様々な人種がいるこの世界では、そこまでの驚きがないのかもしれない。

 反対にお買い物には疑心暗鬼というか、理解してもらえなかった。
 ネットで購入の説明がいまいち伝わらなかったので、Nyamazonを実際に見せて鮭おにぎりを食べていなさいと言うと、この世の物とはおもえないほど美味しいと喜んでくれた。

 それ以来、鮭おにぎりの虜だ。

 商人《ビアード》には既に借金を返し終わっているが、もう少しお金が貯まれば何か販売しようと考えていた。
 あまり目立つのも良くないだろう。なので薄利多売ではなく、貴族向けにまずは美容製品にしようかと考えていた。

 シャンプーやリンス、石鹸などがいいだろう。
 どの世界でも女性は美容に気を遣っているはず。それに商売は消耗品が一番いい。
 少しズルい考えかもしれないが、そのくらいは許してほしい。

 だがいい事ばかりではない。
 それは思っていたよりも稼げていないことだ。

 妖魔の森で私が最初に倒した魔物や魔石は、特別な個体だったらしい。魔石はかなり希少価値が高かったらしく、今倒した魔狼を投げ入れても250円にしかならない。
 そしてこの世界の貨幣を入れてお買い物ができるのではと思ったが、それが一番最悪だった。

 例えば私たちの宿代は一泊1200ペンス。

 Nyamazonに100ペンスを試しに入れて見たのだが、それは10円にしかならなかったのだ。
 つまり、現地通貨でネットショッピングをするには、現地通貨で十倍以上のお金が必要ということになる。
 そう思うと、赤い魔石は800円、つまり8000ペンスだ。もの凄く高価だった、少し後悔した。
 
 それなのになぜ私たちは、安いパンではなくおにぎりを食べているのか。
 それは単純明快、硬いパンより美味しいからだ。

「食べ終わりました! ええと……ご馳走様でした」
「ははっ、もう覚えたのか」
「はい! シガ様の丁寧な物言いが好きなので真似したいです」
「そうか、ありがとう」

 ククリを見ていると、温かい気持ちになる。だが一方で、まだ完全に吹っ切れないでいた。
 私は彼女を買ったのだ。その事実は、今後消えることはない。

「私、シガ様と一緒に居るのが楽しいですよ。だから、無理にここにいるわけじゃないです」
「……まるで心を見透かしたような言い方だな」
「エルフは、人の心が読めるんですよ」
「……本当か?」
「嘘です。えへへ、でも、本当に思ってますから」

 ククリは不思議な少女だ。気配りが良く、それでいて嫌味がない。

「そういえばシガ様、冒険者に興味はありませんか?」
「冒険者か、手続きとかもあるんだろう?」

 興味がないといえば嘘になる。だが面倒なしがらみも増えるだろう。
 私はこの世界について詳しくない。人付き合いが増えるとリスクも増える。

「はい、多少の登録費もかかります。ですが、魔物を狩り続けるなら手続きをした方がいいと思います。縄張り争いで揉めることもあると聞きますし、あと身分証にもなります。妖魔の森で何か依頼があれば追加でお金にもなりますし。ここまで順調だと思わなかったので、早く言えば良かったんですが」
「いや、無知な私が悪いのだ。なるほどな……」

 ククリは、私がこの世界について何も知らないことを聞いてから様々な提案をしてくれる。
 押しつけがましくもなく、最後は私の決定に従う、と。
 だが、いつもよりも少し強気な気がした。

「縄張り争いはそれほど危険だったりするのか?」
「聞いた話ですが、免許を持たない野良旅人が荒らしていると難癖を付けられて……殺されることもあると。もちろん、シガ様がお強いのは知っていますが、念の為です」
「そうか……」

 だがそれを聞いても、すぐに決断が下せなかった。元の世界でもそうだ。大変なことがあっても、いつも後回しにしてしまう癖がある。
 それで随分と……ひどい目にあったこともある。

 異世界に来てまで、そんな思いはしたくない。

 それに今は、一人じゃない。

「……わかった。冒険者の手続きをしにいこう。迷惑でなければ、私が二人分の登録費を払う。そのほうがいいだろう」
「え!? あ、いや! シガ様だけでも大丈夫だと思いますよ!?」
「身分証にもなるんだろう? 気にするな」
「……ありがとうございます! シガ様は、本当にいい人ですね」
「そうかな」
「はい! ふふふ、それに冒険者ってちょっと憧れでもあったんです」
「それは良かった。だが――」
「道案内ですね、はいっ! 行きますよ!」

 そう言ってククリは、私の腕を掴んだ。

 まったく、彼女には何も言う必要がないな。
「それではこれで講習を終わります!」

 受付の猫耳お姉さんが、元気よく話を終えた。
 冒険者ギルド内は、私が思っていたよりも明るい雰囲気だった。殺伐とした空気かもしれないと緊張していたが、王国内の治安が保たれていることもあって静かなものだ。
 ただ小さな街だったり、それこそ兵士が仕事をサボっているところは私の想像通りの場所もあるらしく、注意したほうがいいとククリに釘を刺された。

 椅子に座って待っていると、ククリを見た冒険者の男たちが、なぜか怪訝そうな顔をしていた。

「すみません、私のせいです」
「……どういうことだ?」
「……後で説明しますね」

 その様子から少し込み入った話だと思ったので、すぐに言及はしなかった。
 ほどなくすると、木板のカードのようなものを猫耳お姉さんが渡してくれた。
 肌身離さず持ってほしいとのことだが、失くした場合の再発行は可能、ただし登録料が別途必要になるとのことだった。

 落としたものを再利用された場合どうなるのかと訊ねたところ、本人確認する為の秘密があるらしく、問題はないとのことだ。
 ちなみにククリと二人合わせて4000ペンス。
 凄く高いわけではないが、今の私たちにとっては大金だった。

 カードには私の名前と等級が書いてある。
 10級から1級、それ以上になると特級と呼ばれて称号が付くらしいが、そこまでいくことは流石にないだろう。

 最初なので二人とも10級だ。
 掲示板には様々な依頼書が貼られており、等級のレベルによって任務を受領することが可能となる。
 特別な推薦があればレベル外でも受けることもできるらしいが、できるだけ死なずに遂行してほしいので基本的には守られているとのことだった。

 どうしてこんなにも登録が簡単なのだと訊ねてみると、冒険者は万年人手不足らしく、死人が多いので受け入れてもすぐに減ってしまうらしい。
 なんとも恐ろしい話だが、気を引き締める良い話ではあった。

 冒険者ギルドから外に出る。
 ククリから先ほどの話題を切り出してもらうまで雑談でも続けようと思ったが、すぐに教えてくれた。

「エルフ族は、冒険者からあまり好かれてないんです」
「……なぜだ?」
「基本的にエルフ族は、高位な魔法を使える人が多く、従って戦闘能力が高い傾向にあります。ただ、そのせいか傲慢な人が多く、長命種は短命種を見下す事も多くて……あ!? でも、私は全然そんなことないですよ!? そもそも魔法も使えませんし……」

 これだけ多種多様な人種がいるのだ。差別は少なからずあると思っていたが、この治安の良い国でもあんな目をされる。
 となると、治安の悪い国は……想像するのが怖いな。

「そうか。だがみんな勘違いしているな」
「勘違い?」
「ククリはとても思いやりのある性格だ。たとえ魔法が使えたとしても、その優しさ変わらなかっただろう」
「そんな……でも、そう言ってくださって嬉しいです」

 えへへと笑うククリの笑顔は、とても可愛かった。
 
 私たちは、せっかくだからと簡単な依頼を受けてみた。
 いつもの狩場の近くで薬草拾いだ。
 実績を積む目的とわずかばかりのペンスが手に入る。

 現在の手持ち通貨は5000ペンス、Nyamazonの残高が6000円ほど。
 今日頑張れば、8000円ほど貯まるだろう。

 そろそろ商人の彼に話をしてみようと思っている。
 
 捕らぬ狸の皮算用だが、勝算はある。
 嬉しい誤算だったのは、この世界の品質が元の世界と比べて著しく程度が低いことだ。
 石鹸はなく、草の樹液のようなもので身体や髪を洗うのだが、ゴワゴワになるし、匂いも決して良いとは言えない。

 もちろん上等なものはあるだろうが、日本産のシャンプーに勝てるわけがないだろう。多分。

「シガ様、どうして笑っておられるのですか?」
「あ……いや、ちょっと色々考えていた。そうだな、悪巧みってやつかもしれない」
「ふふふ、似合いませんね」

 ククリにも転売の話はしているが、まだおにぎりと水以外を見せたことはない。
 どうせだったら、アッと驚かせてみたい。

 ククリの金髪の長い髪が透き通るようなサラサラになれば、冒険者ギルド内にいた男たちも考えを改めるだろう。

「さて、日が落ちる前にもうひと踏ん張りだ」
「はい! 鮭おにぎり食べたいです!」
「今日は昼に食べたから、夜ご飯はパンで節約だ。また明日な」
「ぐう……はい! だったら、薬草を沢山拾いましょうね!」

 今から魔物と戦うのだが、気持ちはピクニックのよう。

 最近は。ククリの笑顔が見たいがために行動している気がする。

 ああ、異世界は――存外楽しいな。
「確かに……シガの言う通りのようだな」

 数日後、少し時間はかかったが、目標の金額を達成した。
 薬草拾いの任務は定期的に受領している。頂いたペンスは夕食のパンになっており、ククリの提案のおかげで食費も浮いていた。

 今はビアードの屋敷、ククリのサラサラになった髪を眺めながら、彼が感心の溜息を洩らす。

 昨晩、宿にあるお世辞にも綺麗とは言えない水洗い場で、初めてシャンプーをククリに見せた。

『これ……凄いですね』
『わかってくれたのか』
『凄く硬い容器ですし、色々使い勝手が良さそうです!』

 ……当然伝わらなかったが、私に使い方を教わり、おそるおそる髪をほぐしていくとサラサラになっていく様に驚いていた。
 だが汚れた垢が水に流れていくのを見て、『私ってこんなに汚かったんだ……』とショックを受けていたのは申し訳なかったが。

 だが綺麗に乾かした後のククリの笑顔は、二度と忘れないだろう。

 Nyamazonには様々な種類があったが、まずはシャンプー&リンスが合体している安価な物を売ることにした。
 猫のマークが付いているオリジナルブランドなのだが、この猫を私のマークということにすれば、説明も容易い。

 元の世界の基準で考えると凄まじい法律違反だ。
 真面目に生きていた私が、こんな悪いことをしているのは少し笑える。

「ほう、で、髪に濡らした後にこの液体を使うのか」
「基本的には貴族向けに考えてる。だがまずはお試し用に一本、そしてもう一本をビアードに無料で渡そう。試してもらって、更に購入希望者がいた場合のみ買い取ってもらえばいい」
「ははっ、俺に好条件すぎるが、いくらふんだくるつもりだ?」

 ビアードは、がははと笑う。

 シャンプー&リンスの値段は800円。ペンス換算だと8000ペンスだ。
 といういうことは、8000以上で売れば利益が出るということになる。

 商売の基本は売り上げの数パーセントの利益が出れば良いらしいが、ずっとここで商売するつもりはない。
 つまり私は彼の言う通り、ふんだくろうとしている。

「一つ16000ペンスで販売したいと思ってる。手間もかかるのと、容器代も考えると妥当だと思う」
「なるほど、いい値段だな。だが――安いぜ」
「……安い?」
「今後の付き合いを考えた上で言うが、一般人価格としては高い。だが貴族としては安い。2万ペンスでどうだ? 俺なら売れる自信がある。もちろん数日時間は頂くがな」

 ……予想以上の好条件だった。
 もしそれが実現すれば、
 シャンプー&リンス、ペンスで購入した場合-8000 販売+20000=利益12000ペンスの黒字になる。
 いや彼の取り分が入っていないか。

「俺の取り分は2000ペンスでどうだ?」
「……そんなに少なくていいのか?」
「貴族にコネを売っておけば他で儲けることができる。それにお前にも恩を売ることができる。どうだ?」」

 私の後ろで、ククリは微笑んでいる。
 売れたのが嬉しいのか、その後の鮭おにぎりのことを考えているのかはわからない。

「もちろんだ。ただ、私はずっとこの国にとどまるとは考えていない。それでもいいか?」
「真面目だな、だが問題ない。俺も商人だ、そういうのは慣れてる。お互いに利益を確保しながら出来るだけ長く相棒でいよう」

 交渉成立、私たちは、強い握手をした。

 まずは顔見知りの男爵貴族に持っていくらしい。

 貴族内でこれが流行ってくれれば、生活も随分と楽になるだろう。

 しかしNyamazonは最強だな……。

 ◇

「はうはう、鮭おにぎり最高……」
「そんなに急いで食べるとすぐに無くなってしまうぞ」
「はっ! た、確かに……でも、置いておくと固くなりますよね」
「温度が変わるとでんぷんが硬くなるからな」
「ふふふ、シガ様は何でも知っていますね」
「褒めてもおにぎりしかでないぞ」
「凄い、格好いい、天才! いけおじ!」

 悪戯っぽく笑うククリも、とても可愛い。最後はちょっと嫌だが。

 おにぎりを頬張る彼女をみながら自身のステータスを確認していると、もうすぐ20レベルになりそうだった。
 商売を始めた理由としては、まずこの現地に慣れることと、生活の基盤が欲しかったからだ。
 この国でNyamazonを利用して大商人を目指すこともできるだろうが、やはり私は……男なのだろう。

 戦闘の高揚感、魔法を使うときの楽しさが頭から離れない。
 
 等級が上がれば、色々な依頼を受けられるのも関係している。

 もし私が十代なら、すぐに旅に出て色んな国を見たいと急ぐだろうが、そうではない。
 まったりとしたペースでお金を稼ぎ、安全マージンを取った上で、じっくりレベルを上げたいと思っている。

「美味しかった……。そういえばシガ様、明日からはどうしますか? また薬草とレベルあげですか?」
「いや、一段落したし、観光というか、たまには国を見てみようか。剣を購入してから随分と武器屋にも行ってないしな、新しいのも見てみたい」
「わかりました! でしたら、そうしましょう!」 

 ククリはどんなことも否定しない。前向きで私を肯定してくれる。
 あまりにいい子過ぎて、申し訳なくなるが……。

 しかしもうそろそろククリは独り立ちできるのはないだろうか。
 そんな考えがふと頭に過る。

「……レベルも上がってお金も少し増えた。シャンプー&リンスが売れれば、少しまとまった金が入る。私から離れて一人で生きて行く事も出来る。好きにしていいんだぞ」

 だがククリは首を横に振る。

「シガ様といるのは楽しいです。それに私は戦うことも、人に感謝されることも嫌いじゃないです。これからも冒険者、一緒に頑張りましょう!」
 
 私は特別頭が良いわけではない。商売だって、私でなければもっと効率が良いことを思いつく人がいるだろう。
 能力に恵まれていることはわかっているが、それを上手く使いこなせているとは思えない。
 
 もっと強い場所で魔物を倒せばすぐにお金が手に入るかもしれない。

 だが私は自分のペースを守っていこうと思う。

 何かに振り回されることなく、自分自身の感覚に従って――ククリと共に。

「それじゃあ今日は少しいい宿に泊まらないか? ベッドがふかふかなところがあるとビアードから聞いたんだ」
「ええ、いいんですか!? 楽しみです!」

 小さな幸せを、一歩ずつ噛みしめていけばいい。
「6500ペンス、びた一文まけねえ」

 武器防具と書かれた店内、内装はヨーロッパ風、異世界感マシマシ。
 だが店主は昭和の頑固爺さんみたいな感じだ。

 ククリ曰く、ドワーフ族らしい。

 私はともかく、ククリの防具を購入しようとしたのだが、セットで購入しても安くはしてくれないとのことだった。

「そこをなんとかならないですか?」
「まけん! まけんもんはまけん!」

 鼻息を荒くするお爺さん、今すぐに必要ないと言えばそうだが、出来るだけ早く揃えて置きたかった。
 軽装備の一式、今の頼りない布服よりも幾分か打撃に有効だろう。

 ちなみに私は作業着ではなく、この街に溶け込む普通の服を着ている。

「お爺さん、なんとか……なりませんか?」

 ククリが私にウィンクをした後、上目遣いでお爺さんに歩み寄る。
 おお、何とも頼りがいがある。

 いやしかしどうだろう。
 ここまで頑固なのだから難しいのではないか――。

「そ、そこまで言われちゃ……しょ、しょうがねえな」

 いけるんかーい! と危うく叫びそうになるが抑え込む。
 ありがたいことに1500ペンスも安くしてもらい、寸法を合せてもらう。

 ククリのレベルは順調に上がっているが、防御だけはあまり高くない。
 種族の特性、みたいなものだろうか。

「ありがとうございますっ、シガ様! えへへ、ピカピカです」
「似合っているぞ。それにククリのおかげだ」

 まるで新品の服を買ってもらった娘のようだ。
 ふと目が合うと、ククリが頬を赤らめた。

 ……私もなんだか恥ずかしい。

「でも、シガ様は良いのですか? その……私を優先してもらって……」
「当たり前だ。ククリは私の……頼りになる仲間だからな」
「うふふ、ありがとうございます!」

 これは事実だ。
 私のほうが戦闘能力は上かもしれないが、それ以外のことは全て助かっている。
 
 出会いこそあれだが、彼女に感謝している。

 今のところ妖魔の森で危険な目に遭ったことはない。
 超成熟のおかげでレベルは上がるし、薬草の受領依頼も楽しんでいる。

 この街に永住しようと思えばできるだろうが……。

「ククリ、来月にはこの街を出ようと思ってるんだが……」
「……どうして私に訊ねるんですか?」
「もちろん私たちが対等だからだ。肯定してくれるのはありがたいが、ククリの意見も貴重だからな。私が間違っている時は教えてほしい、それが……お互いの安全にもつながるだろう」

 ふむふむ、と手を顎に置いて一人で頷く。
 エルフ族は動作が多いのか、それともククリの癖なのか。

「一ヵ月……ですね。少し早い気もしますが、先に理由を訊ねてもいいですか?」
「ビアードは貴族に話すといっていた。おそらくシャンプー&リンスは間違いなく購入されるだろう。一日の狩り分と食費と宿泊を引くと、一ヵ月後には、向こう一ヵ月無給で暮らせるほどのペンスが手に入る。次の街まで馬車で一週間ほどなのでそこまで問題はないだろうが、到着してすぐに仕事とは思えない。二週間以内に次の任務を受注すると仮定しての一ヵ月だ」
「なるほど……」

 再びふむふむタイム。
 頭の中で計算しているのだろう。

「……私も考えて見ましたが、一ヵ月後で問題はないと思います。ただ一つ、貴族向けのシャンプー&リンスですが、上流階級の方々は横の繋がりが豊富です。ビアードさん、もしくは購入された貴族の方に話を通してもらって、予め販売の手立てを付けておくのはどうでしょうか? それでしたら次の国に到着しても継続して販売できるかもしれないですし。私も使用して思いましたが、令嬢の方々は絶対購入すると思います。繰り返していく事で権力者の方々と繋がりが持てます。シガ様の当面の目標は稼ぐことではなく旅をする事なので、いいと思うのですが、どうでしょうか?」

 唖然だった。
 ククリは私が思っている以上に思慮深く、そして私のことを考えてくれていた。
 言い方は悪いが、彼女は今まで奴隷だったのだ。
 
 行く末の分からない未来が待っていたはずなのに安定した生活ではなく冒険の旅を一緒に目指してくれている。

 その気持ちと大胆さが、今の私には嬉しかった。

 そして何より、ククリは頭がいい。
 両親が亡くなったと聞いたが、良家の出なのだろうか。

 またいつかゆっくりと話を聞いてみたいものだ。

「私、変なこと言いましたか……?」

 そんなことを考えていると、ククリが不安そうに顔を覗き込んできた。
 いかんいかん、考え込むのは私の悪い癖だ。

「いや、感心していただけだ。凄くいい考えだと思う。さっそく明日にでもビアードに話してみる」
「良かったです……、はい!」
「防具の費用が浮いた分、奮発して昼は鮭おにぎりにするか」
「ええ、いんですか!? 嬉しいです! あ、だったら西の丘で食べませんか? この時間は気温も良くて気持ち良いはずです!」

 もはや私にとってククリは必要な存在だ。
 
 だがこれから先危険は増えていくだろう。
 迫害もあるかもしれない。

 口だけじゃ誰も守れない事を私は知っている。

 明日から、いや今日から生まれて初めての努力を始めよう。
 幸い、私は自分が思っているより強いみたいだった。

 ならばその力、無駄にするわけにはいかない。
 
 ――私の目標はこの世界を知ること、そして、危険を危険と思わなくなるまで、最強になることだ。

 一ヵ月後――。

 妖魔の森からほど近い洞窟。

 暗がりの中、魔狼十体が、縄張りを荒らされたことに憤慨していた。

 私とククリは余計な会話もせず、目くばせのみで意思疎通した後、同タイミングで駆ける。

「ガウッガウウウウ!」
「――魔力糸《マジックスレッド》」
 
 手の平から粘着性の糸を地面に放つと、まるで網のように離散して静かに付着する。

 魔狼は生来力が強く、俊敏性ににも優れている。。

 牙は鋭く、噛まれると肉だけではなく骨にまで到達する。

 だがそれは、踏ん張りの利く地面がある場合のみ。

 先頭で駆けていた数体の魔狼の前足に糸が絡むと、すぐに足が止まる。
 長い間拘束できるわけでないが――命を絶つには十分だ。

「今だッ! ――はぁっ!」
「ハァアッ!」

 私は左を、ククリは右の魔狼の首を切断した。

 魔狼《こいつらは》バカじゃない。地面の糸に気づいた残りは左右にばらけようとする。
 だが私だってバカじゃない。

「――炎壁《ファイアウォール》」

 敵を分断、メラメラと赤い壁が出現し、私とククリの姿が分かれて視えなくなる。

 だがこれはあえてだ。

 炎が収まった時、全ての魔狼が首だけがない状態で転がっていた。

 
「……情報と違うな」
「そうですね、ですがよくある事です。牙だけ取ってNyamazonに放り込みますか?」

 だがその時、気配察知が反応する。
 奥からのそりと現れたのは、通常の魔狼の二倍、いや三倍はある大型だった。

 なるほど、こいつがそうか。

「ククリ、時間はかけたくない」
「わかりました」

 洞窟内部を隈なく調べたわけではない。他にも魔狼がいて囲まれてしまえば危険だ。

 私は、先日覚えた魔法を詠唱した。
 『身体強化』だ。ククリ曰く一度しか掛けられないらしいが、限界突破という魔法も覚えたのだ。
 それにより、私は五回以上付与することが可能になった。

 先手を駆けたのはククリだった。自ら囮をしてくれる勇気に感服しつつ、足を溜める。

「ガアアアアアアアアアアアアウッッッ!」

 初撃の鋭い爪を防いだククリの後ろから、私は瞬時に近づくと、腕にすべての魔力を漲らせ一撃で首を落とした――。


 キミウチシガ
 レベル:20
 体力:B
 魔力:B
 気力:A
 ステータス:心臓高鳴る、溢れる高揚感、勝利の雄たけび
 装備品:一般的軽装備(やや高い)、安全靴(やや硬い)、サバイバルナイフ、ロングソード
 スキル:空間魔法Lv.3、解析Lv2、短剣Lv4、気配察知Lv3、隠密Lv2、冷静沈着lv3、
 魔獣召喚Lv3、格闘Lv2、君内剣Lv4、火魔法Lv2、水魔法Lv2、風魔法Lv2、土魔法Lv2、魔法糸Lv2
 固有能力:超成熟、お買い物、多言語理解、限界突破、能力解析、並列思考
 レベルボーナス:自然治癒(弱)、身体強化(弱)
 称号:異世界転生者

 ククリ・ファンセント
 レベル:14
 体力:C+
 魔力:B
 気力:B+
 ステータス:高揚感、やや緊張気味
 装備品:C級軽防具(高い)、鉄の剣、綿の白下着
 スキル:魔法Lv:0、格闘Lv:4、料理Lv:3、剣術Lv:4、隠密Lv:2、気配察知Lv:2、
 固有スキル:パーティーボーナス、超成熟恩恵

 ▽

 冒険者ギルド、隣接された酒場の連中が、私とククリを視ていた。
 以前は彼女に対して冷評な視線を送っていた連中も、今は全く真逆、尊敬と畏怖が合わさった複雑な表情を浮かべている。

 私たちは強くなった。過度な自信ではなく、他人からみても間違いなく。
 酒場で飲んだくれている冒険者はもはやククリに敵わないだろう。

 驚いたことにククリは私よりも努力家だ。
 寝る間も惜しんで剣を振り、二人で何度も仕合をした。
 
 スキルの手助けをもらっている分、私のほうがズルい気がするが、それでもククリは私を肯定してくれる。

 本当になくてはならない存在だ。

「これが大型魔狼の牙で、こちらが通常個体のだ」
「もう……ですか!? 昼に受注した依頼を……こんな早く……あ、すみません! すぐにお支払いします!」
「頼む、それと今日でこの街から出る。――色を付けてくれると嬉しいな」

 ニヤリと微笑むと、顔なじみの受付のお姉さんが笑う。

「わかりました! 任せてください! でも、シガさんがいなくなると寂しくなりますね。ククリちゃん、また遊びにきてね」
「はい! もちろんです!」

 シャンプー&リンスの売れ行きは好調だった。
 おかげで私が思っていた以上のまとまったお金が入っていた。

 次の国の名前は『オストラバ』。

 今より大きな国ではあるが、それ故にさらに大勢の人種がいるらしい。
 楽しみもあるが不安もある。

 貴族についてはビアードから話が通っているらしく、『ギール』という方を訊ねる予定だ。

 換金を終えると8等級に昇格した札をもらって、ギルドを後にした。

 夕方、私たちはビアードに別れを告げて馬車に乗り込んだ。

 相乗りも可能だが、幸いなことに貸し切りだ。

「この国最後の食事も鮭おにぎりでいいのか」
「はいっ! 最高ですよお、美味しいはうう……」
「ククリ、次の街の近くにはダンジョンとやらがあるらしい。情報収集を終えたら行ってみないか」
「はいっ! もちろんです!」

 
 私たちはゆらゆらと馬車に揺られ、頬にご飯粒を付けているククリを眺めながら、次の国へ向かった。

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