いい匂いがする。
久し振りのような、初めてのような匂いが鼻腔をくすぐる。
「おはようございます。シガ様」
「シガ……え、だ、誰だ!?」
エルフの少女は、首を傾げる。そうか、いや、そうだ。彼女はククリだ。
私が――買った少女だ。
「この宿は朝食が出ないので、パンを購入してきました。あ、もちろん費用は結構です! その、少しばかりのお礼です!」
「……ありがとう、これではどっちが主人だかわからないな。いや、私たちは対等だが」
私は何もかも無計画だった。この街の事も知らない、食べ物も、しきたりも。
だが彼女はそれなりに長い間この国で暮らしていたので、安い宿を教えてくれた。
わずかばかりではあるが給付金も頂いていたらしく、そこから私の宿泊代も出してくれた。
不甲斐ないが、更に朝食まで用意してくれている。
この歳になって養ってもらっているような気分だが、事実、私の知識は赤子と変わらない。
「それとシガ様、奴隷紋を付けないでくれたこと、本当にありがとうございます」
ククリは、ペコリと頭を下げる。
奴隷紋とは、首や腕、とにかく第三者にわかるように見せつける所有物の証だそうだ。
昨晩、彼がククリに刻み込もうとしたところを止めたのである。
『おい、わかってるのか? これが無きゃ逃げられても知らねえぞ。ククリは従順で良い奴だが、それでもわからねえぞ』
『その時はその時だ。私は既に罪を犯した。商売にとやかく言うつもりはないが、私が嫌なのだ』
『……ははっ、やっぱり変わってるなお前』
奴隷紋を付けていると、解放されたとしても痕を消すのに一苦労するらしい。
私はククリを生涯の奴隷とするつもりもないし、今もそうは思っていない。
そんなリスクを、彼女に負わせたくなかった。
「ここのパン、ふわふわで美味しいんですが、時間が経つと固くなっちゃうんです。早く食べないともったいないですよ」
「ああ、ありがとう。――確かに美味いな」
「でしょ? あっ!? すいません。ですよね」
「構わないよ。多少の砕けた喋り方はむしろ嬉しいだけだ」
思っていたよりも、ククリは前向きで明るい子だ。
私の価値観はどうもこの世界とは合わなそうだが、それでもなんとかやっていけるかもしれない。
パンを食べながら今後のことを考える。
まず近くの魔物を狩ってお金を貯めて、それでククリの負債を完済する。
当面の目的はそれでいいだろう。
それ以降は、ゆっくりと世界を見て回りたい。
元の世界では旅行なんて行く暇も金もなかったが、能力《スキル》があれば何とかなる。
そういえば、ククリは魔法が使えないといっていたな。
――もしかすると。
「ククリ、ちょっとこっちに来てくれるか?」
「? はい」
昨日、人と出会ったばかりですっかり忘れていた。
もしかしたら、解析スキルは他人にも使えるのではないか? と。
試しにステータスと声に出してみたが、自分のしか出なかった。
無理なのか? いや……。
「ククリ、少し手を握るぞ」
「は、はい」
ステータス、オープン――。
名前:ククリ・ファンセント 年齢不明
レベル:2
体力:E
魔力:B
気力:C+
ステータス:緊張、やや興奮気味、
装備品:綿のシャツ、綿のスカート、綿の白下着、
スキル:魔法Lv:0、格闘Lv:1、料理Lv:2
「魔法がゼロ……レベル?」
「どうしましたか?」
「いや……」
変だ。魔法が使えないのならば、スキルに記載されていないはず。
レベルがゼロなのも違和感だが……何らかの理由でロックされている状態、ということか?
「ククリ、君は本当に魔法は使えないんだな?」
「はい……エルフは生来魔力が高いのですが、私は……申し訳ありません」
「いや、大丈夫だ」
格闘スキルと料理はそのままだろう。ステータスが間違っているとも思えないが……念のため……。
「下着の色は白か?」
「え!? あ、は、はい」
「そうか」
どうやら間違ってもいないようだ。
おや、ステータスが、赤面に変わったぞ、なぜだろうか。
まあいいか、慌てるような話でもないし、ゆっくりと調べていけばいいだろう。
もういいぞ、と言おうと思ったが、ククリは震えていた。おそらく魔法が使えない事を再確認したのが、彼女が怖がらせてしまったのだろう。
私にはわからないが、魔法が使えないと商人が念押しするということは、この世界において凄く重要に違いない。
「……魔獣、召喚」
「え?」
「にゃおーん♪」
空中からにゃん太郎が落ちてくる。
ククリの膝の上に着地すると、ごろごろとネコナデ声をあげて頬をすりすりした。
「な、何ですかこの生き物!? ~~~~ッッッッ、か、かわいいです!」
「魔獣だ。私のスキルで生み出したんだ。制限時間はあるが、癒してくれるんだ」
「確かに……これは癒されますね……」
ククリは、笑顔を取り戻してくれた。いつも出すのに躊躇してしまうが、スキルを覚えていてよかった。
存分にニャン太郎を撫でた後、ククリは我に返ったかのように声をあげた。
「シガ様……そういえばさっき、魔獣っていいましたか?」
「ああ、それがどうしたんだ」
「……私の記憶が正しければ、魔獣を召喚できるのは……世界でほんの一握りです」
「そうなのか? といっても、他の魔法も使えるが……」
私は手の平からゆっくりと火、水、風、地を出した。まだレベル1なので大した事はないと思っていたが、ククリの様子が――変だ。
「な、な、な、な、な、な!? 四大魔法を一人で!? いや、それよりも魔獣もありましたよね? え、え、え、え、え ど、どういうことですか!?」
「いや……なんだ、普通じゃないのか? 練習すれば、誰でも使えるだろう。ほら、他にもこんなのがあるが」
私が糸魔法を出すと、ククリはもはや声を出せないぐらい驚いていた。
「魔法は一種類のみ、世界の大魔法使いでも、使えて二種だと聞いています。それに魔獣と合わせて糸魔法なんて固有能力は見たこともありませんよ!? シガ様、一体何者ですか!? こんなの、英雄を超えて世界征服できちゃうレベルですよ!?」
どうやら私は、無自覚に凄いことになっていたようだ。
ああ、どうしよう。
Niymazonのこと、話したらどうなるのだろう。
久し振りのような、初めてのような匂いが鼻腔をくすぐる。
「おはようございます。シガ様」
「シガ……え、だ、誰だ!?」
エルフの少女は、首を傾げる。そうか、いや、そうだ。彼女はククリだ。
私が――買った少女だ。
「この宿は朝食が出ないので、パンを購入してきました。あ、もちろん費用は結構です! その、少しばかりのお礼です!」
「……ありがとう、これではどっちが主人だかわからないな。いや、私たちは対等だが」
私は何もかも無計画だった。この街の事も知らない、食べ物も、しきたりも。
だが彼女はそれなりに長い間この国で暮らしていたので、安い宿を教えてくれた。
わずかばかりではあるが給付金も頂いていたらしく、そこから私の宿泊代も出してくれた。
不甲斐ないが、更に朝食まで用意してくれている。
この歳になって養ってもらっているような気分だが、事実、私の知識は赤子と変わらない。
「それとシガ様、奴隷紋を付けないでくれたこと、本当にありがとうございます」
ククリは、ペコリと頭を下げる。
奴隷紋とは、首や腕、とにかく第三者にわかるように見せつける所有物の証だそうだ。
昨晩、彼がククリに刻み込もうとしたところを止めたのである。
『おい、わかってるのか? これが無きゃ逃げられても知らねえぞ。ククリは従順で良い奴だが、それでもわからねえぞ』
『その時はその時だ。私は既に罪を犯した。商売にとやかく言うつもりはないが、私が嫌なのだ』
『……ははっ、やっぱり変わってるなお前』
奴隷紋を付けていると、解放されたとしても痕を消すのに一苦労するらしい。
私はククリを生涯の奴隷とするつもりもないし、今もそうは思っていない。
そんなリスクを、彼女に負わせたくなかった。
「ここのパン、ふわふわで美味しいんですが、時間が経つと固くなっちゃうんです。早く食べないともったいないですよ」
「ああ、ありがとう。――確かに美味いな」
「でしょ? あっ!? すいません。ですよね」
「構わないよ。多少の砕けた喋り方はむしろ嬉しいだけだ」
思っていたよりも、ククリは前向きで明るい子だ。
私の価値観はどうもこの世界とは合わなそうだが、それでもなんとかやっていけるかもしれない。
パンを食べながら今後のことを考える。
まず近くの魔物を狩ってお金を貯めて、それでククリの負債を完済する。
当面の目的はそれでいいだろう。
それ以降は、ゆっくりと世界を見て回りたい。
元の世界では旅行なんて行く暇も金もなかったが、能力《スキル》があれば何とかなる。
そういえば、ククリは魔法が使えないといっていたな。
――もしかすると。
「ククリ、ちょっとこっちに来てくれるか?」
「? はい」
昨日、人と出会ったばかりですっかり忘れていた。
もしかしたら、解析スキルは他人にも使えるのではないか? と。
試しにステータスと声に出してみたが、自分のしか出なかった。
無理なのか? いや……。
「ククリ、少し手を握るぞ」
「は、はい」
ステータス、オープン――。
名前:ククリ・ファンセント 年齢不明
レベル:2
体力:E
魔力:B
気力:C+
ステータス:緊張、やや興奮気味、
装備品:綿のシャツ、綿のスカート、綿の白下着、
スキル:魔法Lv:0、格闘Lv:1、料理Lv:2
「魔法がゼロ……レベル?」
「どうしましたか?」
「いや……」
変だ。魔法が使えないのならば、スキルに記載されていないはず。
レベルがゼロなのも違和感だが……何らかの理由でロックされている状態、ということか?
「ククリ、君は本当に魔法は使えないんだな?」
「はい……エルフは生来魔力が高いのですが、私は……申し訳ありません」
「いや、大丈夫だ」
格闘スキルと料理はそのままだろう。ステータスが間違っているとも思えないが……念のため……。
「下着の色は白か?」
「え!? あ、は、はい」
「そうか」
どうやら間違ってもいないようだ。
おや、ステータスが、赤面に変わったぞ、なぜだろうか。
まあいいか、慌てるような話でもないし、ゆっくりと調べていけばいいだろう。
もういいぞ、と言おうと思ったが、ククリは震えていた。おそらく魔法が使えない事を再確認したのが、彼女が怖がらせてしまったのだろう。
私にはわからないが、魔法が使えないと商人が念押しするということは、この世界において凄く重要に違いない。
「……魔獣、召喚」
「え?」
「にゃおーん♪」
空中からにゃん太郎が落ちてくる。
ククリの膝の上に着地すると、ごろごろとネコナデ声をあげて頬をすりすりした。
「な、何ですかこの生き物!? ~~~~ッッッッ、か、かわいいです!」
「魔獣だ。私のスキルで生み出したんだ。制限時間はあるが、癒してくれるんだ」
「確かに……これは癒されますね……」
ククリは、笑顔を取り戻してくれた。いつも出すのに躊躇してしまうが、スキルを覚えていてよかった。
存分にニャン太郎を撫でた後、ククリは我に返ったかのように声をあげた。
「シガ様……そういえばさっき、魔獣っていいましたか?」
「ああ、それがどうしたんだ」
「……私の記憶が正しければ、魔獣を召喚できるのは……世界でほんの一握りです」
「そうなのか? といっても、他の魔法も使えるが……」
私は手の平からゆっくりと火、水、風、地を出した。まだレベル1なので大した事はないと思っていたが、ククリの様子が――変だ。
「な、な、な、な、な、な!? 四大魔法を一人で!? いや、それよりも魔獣もありましたよね? え、え、え、え、え ど、どういうことですか!?」
「いや……なんだ、普通じゃないのか? 練習すれば、誰でも使えるだろう。ほら、他にもこんなのがあるが」
私が糸魔法を出すと、ククリはもはや声を出せないぐらい驚いていた。
「魔法は一種類のみ、世界の大魔法使いでも、使えて二種だと聞いています。それに魔獣と合わせて糸魔法なんて固有能力は見たこともありませんよ!? シガ様、一体何者ですか!? こんなの、英雄を超えて世界征服できちゃうレベルですよ!?」
どうやら私は、無自覚に凄いことになっていたようだ。
ああ、どうしよう。
Niymazonのこと、話したらどうなるのだろう。