退屈な人生だった。
人に誇れるものといえば、他人より少し真面目なくらいだった。
無難に生きて、真面目に勉強して、最悪なブラック企業に就職したのが運の尽きだ。
まさか高所から落ちて死ぬとは思わなかった。
今ごろあの極悪社長は不慮の事故だと書類に書いているのだろう。実際は過労死だが……。
私の名前は君内志賀《きみうちしが》、40代半ばに差し掛かるおじさんだ。
だがどうやら異世界に転生したらしい。
今いる森は、見たこともない植物で溢れている。
身体中に宿る不思議な感覚が、直感で魔力だとわかった。
安全靴を履いているのが幸いだが、歩けど歩けど山の中で困っている。
危険は今の所ないが、最悪な事に誰もいない。
住んでいる所が田舎だったこともあり、森の中だということでパニックになることはないが、私が知っているキノコなどは生えていない。
食料はない。ひとまず水辺を見つけたのだが、これまた驚いたことがある。
「……少し若返っているのか」
20代後半か30前半くらいの私が水に反射して映っていた。
何となく変だなと思っていたが、どうやらそういうことらしい。
気になるのは、なぜ私がここにいるかということだ。
神隠しなるものを聞いたことがあるが、それと同じで偶発的に起きただけかもしれない。
となると、ここで無意味に屍となり朽ちてしまう可能性がある。
そんな漠然とした恐怖を感じながらも数時間彷徨うも、結局手がかりはなかった。
「お腹が空いたな……」
仕方ない。今で見て見ぬふりをしていたが、やはりこれに頼るしかないのだろう。
右下にわずかに見えるアイコンに手を触れてみる。
まるでゲームだ。幼い頃は人並みにアニメや漫画が好きだったので興奮しないと言えば嘘になるが、心がおじさんなので不安があった。
おそるそそる『ステータスオープン』を唱えると、自身の詳細のようなものが映し出される。
名前:キミウチシガ
レベル:1
体力:E
魔力:E
気力:E
ステータス:やや疲れ気味(甘い物を食べたほうがいいかも)
装備品:作業現場ワーカー上下(やや安い)、安全靴(やや硬い)
スキル:空間魔法Lv.1、
固有能力:超成熟、お買い物、多言語理解
称号:異世界転生者
なんだこれは……。
ステータスはおそらく低いが、スキルを知らぬ間に覚えている。
だが意味不明な文言だ。後、甘い物は食べたくても食べられないんだが……。
試しに空間魔法を詠唱してみると、目の前にブラックホールのようなものが出てきた。
イシコロを投げ入れてみると、1/100と表示される。
なるほど……。もう少し大きいイシコロだと、3/100となった。
おそらく体積か何かで判断されているのだろう。
超成熟とお買い物はよくわからなかった。多言語理解はそのままの意味だろうが、誰とも会ってないので使いようがない。
とりあえず声に出してみるか。
「超成熟!」
……何も起こらない。
時間差なのか、それとも魔法なのか。
「お買い物!」
何も起こらない――と思っていたが、視界に映し出されたのは随分と見覚えのある通販サイトだった。
Nyamazon《にゃまぞん》。オリジナル製品を販売している大サイトで、どこかに必ず猫のマークが入っている。
購入できるのかと適当に選択肢してみたが、お金が足りないと表示された。当たり前と言えば当たり前か。
気になるのは、お届け先の住所の項目がないことだ。
画面の右下に、何かを入れてくださいと言わんばかりの謎の空間がある。
試しにイシコロを入れて見たが0円と表記された。
戻ってはこない……。
もしかすると価値があるものだと表示されるのだろうか。
そういえば山を歩いている途中に見つけた綺麗な石ころを持っている。
赤く光っているので何かの役に立つかもしれぬと思ったが、どうだろうか。
「えいっ」
期待を込めて投げると、数字の表示が――切り替わる。
『計算中、計算中、――800円にゃあ』
「おお……?」
わずかな期待に胸を膨らませてウィンドウを動かすと、食料品という項目を見つけた。
そして私は、猫印おにぎり150円4つと、猫ウォーターボトル500mlの100円を2本を買い物籠にいれる。
ドキドキしながらクリックすると『お買い上げありがとにゃ~』とアナウンスが流れた。
次の瞬間、自身の上部からブラックホールが出現し、そこからおにぎりと水が出てきた。
猫マークのロゴ付き。間違いない、Nyamazon《にゃまぞん》の製品だ。
よくわからない出来事に驚きつつも、とにかくお腹が空いていたので勢いよくおにぎりを頬張る
「ああ……最高だ……私はおにぎりの為に生きていたのかもしれない」
この世の物とは思えない白米の旨味、海苔が絡まり合った懐かしい味が身体に染み渡っていく。
数分足らずで胃袋に掻き込む、500mlの水をゴクゴクと飲み干す。
酒ではないが、五臓六腑に染み渡る……。
お腹がいっぱいになると、ようやく頭が冴えてくる。
一時期はどうなる事かと思ったが、もしかしたらなんとかなるかもしれない。
「ぐう」
だが私のお腹は、まだ足りないと叫んでいる。
とりあえず、赤い石を探す旅に出よう。
『お買い上げありがとニャーン』
上空から、ポテっと『ファイヤースターター』が落ちてくる。
ネイビー色をした大きな鉄の塊。重ね合わせて火花を散らして、火をつけるものだ。
縁には炎を扱う三毛猫のイラストが描かれている。うむ、可愛い。
「よいっしょっと、さて、これで火が着くといいんだが」
私がこの世界に転生してから三日が経過した。
幸い、いや本当にありがたいことに赤い石をいくつか見つけることができた。
食料はもちろんだが、まず寝床の確保が欲しくて、キャンプ用品を揃えた。
Nyamazonにキャンプ応援セールというものがあり、それほど高くない金額でテントと小物を購入したのだ。
だが火をつけようと思ったら肝心の着火剤がなく、購入しようにも『金額が足りませんにゃあ』とお預けを食らっていた。
2日間もこの日を待ちわびていたのである。
「意外に難しいな……」
キャンプは趣味だったが、いつもバーナーを使っていた。だが燃料を考えるとこれが安上りだったのだ。
カチッカチッと金属を擦り合わせること数十分、小さな火花がやがて火となり炎となった。
「よし、何とかなったな」
今すぐに必要がなくなった『ファイヤースターター』は、空間魔法のブラックホールに放り投げる。
24/100
他にも使えそうなものをいくつか入れているが、その時、アナウンスが流れた。
『空間魔法のレベルがあがりました。レベル2――24/120』
おお、こいうのもあるのか。
ということは……ステータスオープン。
名前:キミウチシガ 28歳
レベル:4
体力:E+
魔力:E
気力:C
ステータス:やや快調、寂しがり、
装備品:作業現場ワーカー上下(やや安い)、安全靴(やや硬い)
スキル:空間魔法Lv.2、New:解析Lv1、
固有能力:超成熟、お買い物、多言語理解
気づけばレベルが上がっている。
朝から晩まで石を探していたからだろうか、だが歩くだけで?
もしかして超成熟が機能してるのだろうか……?
空間魔法を右手でクリックすると、所持品が映し出される。
先日購入した釣り竿、ナイフ、そしてファイヤースターター。
ひとまず生活は出来ているが、問題は赤い石を使い切ってしまったことだ。
近くの川には魚がいるのを確認したので、そこで食料を得るしかない。
釣り具セットを構えて移動し、小川に腰を掛けようとした瞬間、後方から気配がした。
何とも言えないが、気配察知というスキルが発動したのを直感で理解したのだ。
「ガウウウウウウ」
狼のような大きさで、私に牙を向けている。狼に似ているが圧倒的に違うのは、頭部の尖がった角だ。
――魔狼《まろう》。
直後、心の奥底でこの世界が異世界だと信じ切れていなかったのか、心臓が鼓動し始める。
明らかに敵意を向けられているのだ。怖くないわけがない。
釣り竿を急いで手放すと、腰のナイフに手をかけた。
構えは適当だが、戦うという意思を見せつける。
だがジリジリなんて易しさは持ち合わせていなかったらしい。
魔狼は、勢いよく飛び掛かって来た。
「ガウッ!」
ナイフで牙を受け止めると、身体を翻して必死に振り払う。
魔狼は小川に倒れ込み、水を吸ったのか明らかに身体の動きが鈍くなった。
偶然だが、これで幾分か有利になったことは間違いない。
再び仕掛けてきたが、明らかに遅い。
なぜだかわからないが、頭が冴えていく。
突き出したナイフが、獰猛な口の中を突きさし、そのまま頭部まで貫通した。
「ギァアアアアアア――グン」
だがすぐに絶命はせず、私は返り血を浴びた状態で数分、いや数十分も魔狼を突き刺し続けた。
やがて浅い呼吸を繰り返した後、完全に息絶える。
「はあはあ……――ッ!」
その瞬間、ハッと回りを見渡す。
狼は群れで行動するものだ。
だが幸いなことに気配はなかった。
『魔狼《ルイウルフ》を討伐、超成熟スキルが発動、EXPボーナスが入ります。レベルが7になりました。短剣術Lv1を習得しました。並列思考Lv1を習得しました。冷静沈着Lv1を習得しました』
その時、何処からともなく流れるアナウンス。
ステータスを確認してみると、体力や魔力が上昇していた。
ゲームのようだが、倒れ込んでいる魔狼は本物だ。
超成熟は、やはり私が思っていたスキルだったらしい。
「はあはあ……だがこれは……肉……か」
ここへきて三日目、私の脳も随分と野生味を帯びていた。
命のやり取りをした後、魔狼を貴重な食糧だと思ったのだ。
だが解剖なんてしたことはないし、そこまでの知識はない。
空間魔法で収納するか悩んだが、もしかしたら、とお買い物を呼び出し、ブラックホールに入れてみる。
『計算中、計算中、――850円にゃあ』
……まさかだった。
だが金額にするとおにぎり五つ分……命を懸けた値段とは思えないが、とにかくこれでお腹が満たせる。
高鳴る心臓とは裏腹に、今まで味わったことのない高揚感が溢れ出た。
とりあえず、今夜は晩酌にしようと思う。
翌日、ビールの空き缶とおにぎりの袋を放置したまま、小さなテント内で目を覚ます。
襲われた直後になんという醜態かもしれないが、気配察知でなんとなく周囲がわかる。
一応、自信を持ったうえで眠った、ということをにしておこう。
テントから這い出るとまず小川で顔を洗い、昨日出来なかった釣りを再開した。
だが一時間、二時間、三時間経っても釣れず、場所が悪いのかと移動したら、昨日より小さなウルフがいた。
恐怖よりも、昨晩のビールとおにぎりが忘れられない。
釣りよりも狩ったほうが早い、冷静沈着のおかげだろうか、心が穏やかで狂喜に満ちている。
ゆっくりと近づき、今度は後ろから不意打ちで倒す。
罪悪感は多少あるが、これも生きる為だ。
昨日と同じ要領で投げ入れると、金額は350円だった。
なるほど、個体によって金額が違うのか。
そしてレベルがまた上がった。超成熟のおかげかわからないが、何とも言えぬ快感はある。
名前:キミウチシガ 28歳。
レベル:7⇒9
体力:C
魔力:C
気力:B
ステータス:やや興奮気味、寂しがり、
装備品:作業現場ワーカー上下(やや安い)、安全靴(やや硬い)、ナイフ
スキル:空間魔法Lv.2、冷静沈着Lv1、並列思考Lv1、解析Lv1、New:短剣術Lv2、気配察知Lv2、隠密Lv1
固有能力:超成熟、お買い物、多言語理解
短剣術や気配察知、隠密を習得したことから考えると、魔物と戦ったことや足音を殺して近づいたことが関係するのだろう。
となると、スキルを習得する為に必要なクエストのようなものが裏設定されているのかもしれない。
しかしステータスの寂しがり、は相変わらず消えていない。
「まあ、それもそうだよな」
ここへ来てから誰とも話していないのだ。ウルフとは対話なんて出来なかった。
昔飼っていた猫でもいれば違うのだが……。
『ピロロロン、ステータス寂しがりが基準値を超えました。状態を維持する為、魔獣召喚Lv1を習得しました』
「しょうか……ん?」
まさか……。流行る気持ちを抑えてテントまで戻ると、静かに詠唱してみる。
魔獣召喚。
何も起こらないと思っていたが、Nyamazonの時と違って今度は地面に黒い魔法陣が現れた。
するとそこから――もふもふの猫が現れた。だが、背中には小さな羽が付いている。
「にゃごろーん」
「これが、魔獣か……」
そして私に頭を擦りつけてくる。
これは……かわちぃ。
おじさんの心もきゅんきゅんだ。
「にゃん」
私の寂しがりゲージが、どんどん減少していくのがわかる。
やはり誰かと過ごすと心が洗われるようだ。
「そうだな……うむ」
Niyamazonを操作して購入、出てきたのは――チャールだった。
180円と少し高いが、猫の笑顔が見たい。
「にゃ……」
「大丈夫、ほら食べてごらん」
くんくんと匂ったあと、無我夢中でぺろぺろしはじめる。
その様子を見ていると、つい時間を忘れてしまったほど愛おしく見えた。
「はは、美味しいか」
「にゃん!」
その日、私はご飯を食う事も忘れてニャン太郎と遊んでいた。
だが――。
『召喚終了、5.4.3.2.1.消滅しました――』
そのままニャン太郎は消えてしまった……。
「そんな……」
もう一度詠唱してみたが、『魔力が足りません』と表示される。
ステータスを見てみると、マナがなくなっていた。
そういえばニャン太郎がいる間は魔力が消費しているような気分だった。
「そういうことか……」
四時間ほど待って再び召喚してみると、次に現れたのは小さなリスだった。
ニャン太郎ではなかったが、この子もまた可愛かった。そして小さい分、ニャン太郎よりも長く居てくれた。
理屈はわからないが、私の現在の心に寄り添うように魔物を召喚してくれるのだろう。
『魔獣召喚レベルが2になりました』
気づけばレベルが上がった。だが、リス次郎が消えた時、私の心がきゅっとなった。
これは諸刃の剣だ。
だからもう少し、本当に必要な時までは我慢しようと思った。
ニャン太郎やリス次郎にまた会える日まで、おじさん強くなるニャン……。
異世界転生してから一番の危機が訪れていた。
いや、普通に考えるとずっと危機なのだが、以前の仕事があまりにも過酷だったのでそうは感じられなかったのだ。
「腹減った……」
空腹である。
人間は不便だ。食べても食べても消化してしまう。
子供のように小石を川に投げつけながら、お腹をすりすり。
とにかく食べる物がない。
期待していた釣りは全然ダメだった。お買い物をしようにも価値のあるものがない。
ビールの底に残っていた水滴を少量摂取した後、ようやく覚悟を決める。
「そろそろ狩るか……♠」
テンションをあげたいので言ってみたが、やはりテンションは変わらない。
つまりただのおっさんの私が、モンスターを積極的に狩っていこうということだ。
一応、たまに魔狼の遠吠えは夜に聞こえてくる。
Nyamazonがあるので解体などはしなくてもいい、ただ倒せばいいのだ。
魔狼は一体650円、二体で1300円だ。つまり三体で1950円!
当たり前のことなのだが、自分を奮い立たせる為に言ったのである。
顔を洗って焚火の火を消すと、キャンプ用品を全て空間魔法に収納した。
その後、寂しいわけではないが、覚悟を決めて魔獣を呼び出す。
「いいのが出てくれよ」
『プルルルルルル?』
すると現れたのは、一体のスライムだった。
レベルはLv2、おそらく私の魔獣召喚レベルと比例しているのだろう。
「ぷいにゅにゅー?」
ドラゴンやフェニックスが出てくれるとありがたかったが、そう上手くはいかない。
スライムは私の頭の上に乗ると、ぷにぷにと鳴き声をあげながら、あっちだ、こっちだと教えてくれる。
言語を喋っているわけではないが、なんとなくわかる。
魔力探知能力に優れているのだろうか、今の私にはピッタリだ。
「ぷい郎、出来るだけ離れた場所から観察したい」
「ぷいにゅ」
わかった、ということらしい。
小さなナイフは、サバイバルナイフになっていた。
これもNyamazonから手に入れた物だ。
魔法があれば遠距離から攻撃できるのだが、ステータスには表示されていない。
他のスキル同様、何かきっかけが必要なのかもしれない。
一時間ほど歩いた後、ぷい郎が敵を見つけたらしく、ぷいぷいと教えてくれた。
森の影から覗いてみると、離れた場所に魔狼の群れがいる。
一匹ずつだと思っていたので、流石にこれは退かねば、と思っていたら、魔狼が私に視線を向けた。
「もしや……」
咄嗟に唾液をつけた指を風にさらしてみると、風下だったのだ。
すぐにその場から離れようとしたが、魔狼は獰猛な叫び声をあげ、凄まじい速度で走ってくる。
その数は五体、等価交換だと3250円、おにぎりにすると21個は買える。こんな時に冷静沈着は辞めて頂きたい。
「ガルルウウウウウウウウ!」
「覚悟を決めるしかないな……」
サバイバルナイフを構えると、魔狼は警戒したのか少し手前で止まった。だが私を囲むようにじりじりと前後左右に分かれていく。
一体でさえ手こずったのだ。絶体絶命に等しいかもしれない。
だが不思議と恐怖はなかった。
人はありえない状況に遭遇すると、心の辻妻を合わせる為に正常性バイアスというのが働くらしい。
自分にとって都合の悪い情報を無視したり過小評価する防衛本能の一つだ。
だが今この状況で一番危険なのはパニックだろう、冷静沈着と合わせて感謝していると、後ろの魔狼が唸った。
思わず反応して振り返る。だが次に前が、そして横のウルフが一斉に襲ってきた。
――罠か。
私は半ば夢中でナイフを振りかぶろうとした。
その時、不思議な事が起きた。
何かが、いやスキルが手助けしてくれる感覚があった。
誰かがそっと身体を支えてくれているかのように、回避行動、体重移動、攻撃方法、剣の達人ならばこうだよ、と赤ん坊の私に細胞レベルで教えてくれる。
まるでスローモーションとも思えるほどの感覚を味わいながら、気づけば飛び掛かってきた魔狼全ての息の根を――完全に止めていた。
『ピロピロリン、レベルが上がりました♪ 新たなスキルを習得しました♪ レベル10を超えたので、ボーナススキルを取得、選択してください』
名前:キミウチシガ 28歳
レベル:9⇒15
体力:C+
魔力:C+
気力:A
ステータス:心臓高鳴る、溢れる高揚感
装備品:作業現場ワーカー上下(やや安い)、安全靴(やや硬い)、サバイバルナイフ
スキル:空間魔法Lv.2、解析Lv1、短剣術Lv3、気配察知Lv2、隠密Lv1、冷静沈着lv2、魔獣召喚Lv2⇒3
New:格闘Lv1、君内剣Lv1
固有能力:超成熟、お買い物、多言語理解、New:能力解析
やはり超成熟のおかげだろう、レベルが一気に上がった。
その時、ボーナススキルを選んでくださいと、視界に映し出される。
①身体強化(弱)
➁騎乗術(弱)
③自然治癒(弱)
これだけじゃ何もわからないな……そうだ、解析を覚えたのか。
すると詳細が映し出される。
①身体強化(弱)、魔法耐性、防御耐性を向上させ、怪我を負いにくくなります。
➁騎乗術(弱) 、生物、機械に関わらず、基本的な操縦技術を身につけます。
③自然治癒(弱)、自己の軽傷や軽い病気であれば、一日程度で回復できるようになります。
こんなものが……。
どれも魅力的だが、いざ習得しようとなると悩んでしまう。
①は魅力的だが、効果のほどが不明だ。➁は今すぐに必要はないだろう。この世界に機械があるかどうかも甚だ疑問だ。
となると、③が安牌かもしれない。
軽い病気と言うのは気になるが、歯医者嫌いの私は虫歯がいくつかある。是非習得しておきたい。
何よりも体力が回復しやすくなるだろう……決まりだな。
「③の自然治癒(弱)だ」
『了承しました。スキルが適用されます』
すると体少し軽くなったような感覚に陥った。擦り傷だらけの身体が、ほわほわと温かみを感じる。
なるほど、これが自己治癒か。
10でボーナスだということは、次は20だろうか。
高鳴る鼓動を抑えながら、そういえばスライムは何をしていたんだと思って上を見ると、ガクガクブルブルと震えていた。
「もう大丈夫だよ」
「ぷ、ぷいにゅ……」
戦闘能力はなくとも、魔物察知能力がある。そう思えば贅沢は言えないか。
そんなことを考えていると、後ろっ! とスライムが教えてくれた。
「ピイイイー!」
見たこともない巨大なクモの魔物だ。
強そうだが、やはり恐怖はない。
「ふむ、次はどんなスキルを習得できるかな?」
私は、今まで浮かべたことのない笑みを浮かべてナイフを構えた。
初めての国は、深く眠っていた私の童心を呼び起こしていた。
不安はどこへやら、高鳴る鼓動を抑えるので必死だ。
「すごい……すごいな」
「ははっ、そんな面白いか?」
ヨーロッパ風の街並みだが、大きく違うのは人種だ。
垂れ下がった犬耳、猫耳、かと思えば、普通の人もいる。
魔狼がいても、やはりどこかで異世界ではないのかもしれないと疑っていたが、これで確信した。
やがて馬車を路地の一角で止める。目の前には少し古い建物があった。
入口には使用人のような人が待機しており、馬車を預けて私も降りる。
どうやらビアードは私が思っていたよりも立派な商人のようだ。
Nyamazonを使って売買しながらお金を稼ごうとも考えていたが、ここでコネができるのはありがたい。
「古い屋敷だが中は広いぞ、部屋もいくつかあるから都合がいいんだ」
「都合がいい?」
「ま、見たらわかる。心配せず入りな。お前はあの妖魔の森を抜けてきたんだ。強さぐらいわかってる、悪さはしない」
妖魔の森……? そういえば途中から魔物が多かった。詳しく聞こうとしたが、建物の中に入った途端、そんなことは頭から消えてしまった。
お香のような匂い、壁に掛かっている絵画は、エルフやドワーフ、偉人のようにも思える。
天井は魔法陣で光り輝き、照明の代わりをはたしている。内装は、西洋を思わせる造りだ。
文明が混在している、だがそれが余計に私の好奇心をくすぐった。
彼の後を追って階段を上がっていくと、話の通り部屋がいくつもあった。
人の気配もするが、挨拶をすることもなく奥まで歩くと、応接間と思われる部屋に通された。
骨董品だろうか、壺や魔法の杖のようなものや、ここにも絵画が壁に飾られており、一目見て高価なことがわかった。
商人といっても様々なはずだ。古銭を扱うもの、骨董品を扱うもの、だが彼はそのどれも当てはまらないように思える。
ナイフを見た時のあの鋭い目は、気に入ったものを幅広く物を取り扱っている気がした。
その時、誰かが扉をノックした。
「失礼します」
――現れたのは小さな女の子だった。髪は金色の毛並みで、腰まで長い。
耳はピンと伸びており、おそらく……エルフだろうか。鼻筋が通っていて、青い瞳が輝いている。
「どうぞ、お客様」
「ありがとう」
ここで働くにしては随分と若いが、おしぼりのようなものを手渡してくれた。
彼女にお礼を言った後、ビアードが気にせず話し始める。
「色々と聞きたいこともあるが、さっきのナイフをもう一度見せてもらっていいか?」
「ああ、構わない」
少し不安はあったが、何が起きても対処できるだろうという謎の自信があった。
魔物を倒し続けていたという成功体験が、私の性格を大胆にさせたのかもしれない。
ナイフを受け取ったビアードは、しっかりと品定めをした後、ゆっくりと机に置いた。
「やはり良いものだな。それで、友人はどんなものを持ってるんだ?」
「色々だ。ただ間違いないのは、品質は良く、めずらしいものが多いだろう」
「ははっ、強気だな。ククリ、飲み物を持ってきてくれ」
「畏まりました」
彼は、先ほどのエルフの少女に声をかけた。ククリという名はわかったが、使用人だろうか。
この国での常識がまだわからないが、中学生ぐらいのように思える。
「あの子は?」
「西の森で死にかけてたところを拾った。だが幼過ぎて買い手がつかねえ。エルフのくせに魔法が使えないのが致命的だ」
「買い手? ――もしかして……彼女を売っているということか?」
「ああ、もしかして奴隷が非合法の田舎から来たのか?」
今まで好感を持っていたのが、嘘のように熱が引いていく。
だが歴史上、奴隷はどこの世界もあるものだ。
彼女が死にかけていたという発言からも、一概にこの状況が悪いとはわからないが、何ともいえない気分になってしまう。
その時、ハッと部屋が多いほうがいいという彼の言葉に気づく。
「もしかして……この家にある部屋には……」
「そうだ。でも勘違いするなよ。俺は三流奴隷商人じゃない。商品は大事にするし、クソみてえなやつには売らねえ。実際、ククリは自らここへ来た」
彼の口調はぶっきらぼうだが、確かにククリの身なりは整えられていた。
言葉遣いも丁寧だったところをみると、粗末な扱いはしていないのだろう。
だが元気がないのは……いや、親が亡くなったなのだから、当たり前か。
それより――。
「魔法が使えないと買い手はつかないのか?」
「そりゃそうさ、奴隷ってのは基本的に戦闘要員だ。家で囲って愛でるだけなんざ一部の道楽者しかしねえ。そんなことも知らないのか?」
「ああ、そうか……いや、そうだな」
無知な自分が酷く恥ずかしい。
そして話の途中で戻って来たククリが、私に飲み物をくれた。目が合った瞬間、少しだけニコリと微笑んでくれたが、逆に心が痛くなる。
可哀想、というのは私のエゴだろうか。
彼に言ってククリを離れさせた後、好奇心か、いやよくわからない感情のままに、彼女の値段を訊ねてみた。
「そうだな、6万ペンスってところだ。魔法が使えなくても、あいつは容姿がいい」
「6万ペンス……例えば、このナイフはいくらになる?」
そういえば、私はこの世界の通貨のことを知らなかった。
値段を訪ねてもわかるわけがない。それがいくらなのか、さっぱりわからない。
「俺が買い取るなら――5000だな。ちなみに言っておくが、これでも良心的だぜ」
金額が高いか安いかではなく、少女の値段がサバイバルナイフ十二本分だということ驚いた。
同時に気づく。
この世界の命は――間違いなく軽い。
「どうした、ククリが欲しいのか?」
「いや……」
自分でもわからなかった。だが初めての出来事を目の当たりにしたのだ。解放してあげたい気持ちが湧いてくるのは当然の感覚だろう。幸い、私には魔物を倒して得た9500円がある。サバイバルナイフの値段は一本1850円だ。足りない分は魔物を倒しにいけば数日で貯まる。
少しの苦労で、彼女を解放することができる、その事実が、私の心を揺れ動かせた。
「ちなみに言っておくが、明日、ククリは東のゴルドー国へ行く。勘違いさせたくないが、売る為に嘘をついてるんじゃない。買い手がつきそうな富豪がいるんだ。さっきの言葉と真逆だが、そいつはガキが好きなんだとさ」
「売る為じゃないといっておきながら……その割には私の心を揺さぶってくるじゃないか」
ニヤリと笑う彼は、商売をわかっているようにも思えた。
子供を売買することを真剣に悩んでいる自分に嫌気がさしたが、この衝動は、抑えられない。
「買おう。ナイフと交換でお願いしたい」
「毎度ありがとよ、ちなみに初物だ」
「……それはいい。だが頼みがある。数日だけ待ってくれないか? 今手持ちが五本分しかない。必ず買う、色もつけよう」
この交渉が決裂すれば、ククリは私の目の前から消える。だが――。
「数日と言わずに数週間待とう。それに今日、ククリのやつを持っていってもいい」
「……いいのか? なぜだ?」
「ははっ、自分から言っといて逆に質問するなよ。俺はこれでも目利きがいいんだ。お前が嘘をいってないこと、ここで恩を売ったほうがいいことぐらいわかってる。けどまあ色はつけてくれよ」
ふむ、やはり彼はそこまで悪いやつではないみたいだ。
友人から残りのナイフを取りに行くと嘘をついて外に出ると、少し時間を潰して、Nlyamazonからナイフを購入した。
彼は私が間違いなく戻って来ると思ったのか、ククリは外行き用の服に着替えて待っていた。
だが少し不安気に私の顔を覗き込み、「よろしくお願いします」と言った。
「じゃあなククリ、お前は幸運だ。シガ、俺は当分この屋敷にいる。他にも困ったことがあったら訪ねてこい」
「すまないな。――じゃあ、行こうか。ククリ」
「は……はい」
なぜかわからないが、私は屋敷から逃げるような気持ちで外に出た。人を買ったという事実から早く逃げたかったのか、理由は定かではない。
その罪悪感を消すかのように、外に出て少し歩いた後、しゃがみ込み、ククリに声をかけた。
「すまない。実は衝動で行ってしまった。私は君に何かさせるつもりはない」
「衝動……?」
「ああ、奴隷として……その、買ったんじゃない。君を解放する為なんだ」
「解放……私をですか?」
「そうだ。君はもう自由だ。何処へ行ってもいいし、何をしてもいい。お金がないなら、私が少し都合をつけよう」
どう考えても偽善行為だ。あの屋敷には部屋はいくつもあった。もしかしたら、ククリと同じ年齢の子供もいたのかもしれない。
けれども、私に後悔はない。
幼い頃、私は、父親と母親を事故で亡くし、親戚の家を点々とした。
その時の思い出はあまりいいものではない。それが、彼女と重なったのだ。
何度もするつもりはない、ただ理屈ではなかった。
「でも、行く所がない……」
その言葉で、ハッとなった。どやら私の頭は、平和な世界のままだったらしい。
解放さえすれば喜ぶと思っていたが、普通に考えたらそんなわけがない。
衣食住にくわえて、安全面も考慮しないといけない。考え方によっては、以前よりも危険な状態なのかもしれないと猛省した。
「私はバカだ……」
大きなため息を吐いて項垂れるような声を出してしまう。
だが笑い声が聞こえた。
「ふふふ、ご主人様は、凄くお優しい方なんですね」
「どうだろうな……その、ご主人様ってのはやめてくれないか。私の名前は志賀というんだが、シガって呼んでくれるか」
「シガ様ですか?」
「ああ、様はいらないが……。とりあえず今すぐに放りだすのは身勝手だとわかった。とりあえず、君が落ち着けるまで私が責任もって面倒を見よう」
「ありがとうございます。てっきり……エッチなことをされると思ってたので」
「そ、そんなことはしないぞ!?」
「はい、でも望むのならいつでも」
といっても、異世界に来て初めての買い物が、食べ物でも武器でも防具でもなく、子供のエルフだなんて……普通はそうだよな。
だが彼女の笑顔を見ていると、なんだか落ち着く。
おそらく私のステータスに、寂しいとは書かれていないだろう。
「それでシガ様、今日はどこにお泊りになるのですか?」
「……あ」
気づけば夜になっていた。
敵を倒してはお金に替えてを繰り返していると、次第にレベルも上がっていた。
生きたままの魔物をNyamazonに入れて見たらどうなるかとやってみたが、それは出来なかった。
ステータスも軒並み上昇。
レベルが15から17しか上がってない所を見ると、必要経験値が高くなってきたのだろうか。
そしてようやく、念願の魔法を覚えたのだ。
キャンプをしている時に、火を、顔を洗っている時に水を、風が心地よかった時に風を、転んだ時に土を。
最後は情けないが、とにかく覚えたのである。
スキル:空間魔法Lv.2、解析Lv1、短剣Lv3、気配察知Lv2、隠密Lv1、冷静沈着lv2、魔獣召喚Lv2⇒3、格闘Lv1、君内剣Lv1
New:火魔法Lv1、水魔法Lv1、風魔法Lv1、土魔法Lv1、魔法糸Lv1。
更にもう一つ、魔法糸、というのを覚えた。
おそらくスパイダーの攻撃を受けたことが要因だが、手の平から魔力の糸を出せるようになったのだ。
少し不気味だが、とはいえ貴重なスキル。
ゴムのように伸び縮みするし、裁縫が出来そうな小さな糸も出せる。
また色々と調べてみようと思う。
Nyamazonの貯金残高は9500円、なんとビールワンケースを買える勢いだ。
思わず頬が緩む。
近くの川で顔を洗おうとしたら、自身が返り血に染まっている事に気づく。
「……人の心は忘れないようにしないとな」
戦闘は楽しいが、道徳まで無くしたくはない、そんな思いを胸に抱き、顔を上げると、遠くに灯りが見えた。
知らないうちに随分と森を突き進んでいたのだろう。あれは――街だ。
この世界の知識はないが、言語理解があれば人と対話をすることはできるはず。
一晩山で過ごし、早朝向かってみるか。
考えていたことがある。
Nyamazonで購入したアイテムを売れば、もしかしたら高く売れるんじゃないのか、と。
幼い頃、親のお使いを頼まれた時のような不安と高揚感。
逸る気持ちを抑え身体の血を綺麗にふき取ると、空間魔法からキャンプ用品を取り出し、テントを設営して中に入る。
そして召喚した魔獣のハム三郎を抱きしめながら、ぐっすりと眠った。
◇
「凄いな、結構大きな街だな、いや国か」
近づくとその全貌が見えてきた。
高い壁に囲まれた国、行商のような者、一般人、兵士のような人たちが出入りしている。
特に何か見せている様子はないが……怪しまれないだろうか。
自分の恰好を確かめてみると、完全なる作業着。
「これは……どうなんだ」
その時、カッポカッポ馬車の音が聞こえてきた。
積み荷は少なく、どうやら何かの帰りだろうか。
馬を操っているのは、ふくよかで穏やかそうな男性だった。
……そうか。
「すみません」
「……ん? なんだ君は?」
声を掛けると馬を停止させてくれた。
だが眉をひそめて私を見る。
この格好のせいだろうか。ということはやはり変わっているのだろう。
だが止まってくれるということは、悪い人ではないと思った。
「田舎から来たのでわからなくて……あの国に入るには何か必要ですか?」
「田舎……ねえ? 確かに身なりはボロボロだが……どうやってここまで来たんだ?」
「森を抜けてました」
「森? この森をか?」
「はい、途中魔物に出くわしましたが、倒しつつ」
「ほう、そこそこ腕はあるのか。あそこはオーリアという国だ。その恰好なら許可証がないと怪しまれるだろう」
「やはりそうですか……」
事前に教えてもらって良かったが、問題が解決したわけではない。
一か八かで入国しようとしてもいいが、捕まったりしないだろうか。
やはり国はまだ早いか……。
「入りたいのか?」
「え?」
「オーリアだ、そうなのだろう」
「ええ、はい。ですが、許可証は持ってなくて……」
「だろうな。だが育ちは悪くなさそうだ。言葉遣いがしっかりしている」
「ありがとうございます」
どこか私を品定めするかのように見た後、何かを考えこんだ。
「俺の名前はビアードだ。商人で色々な国を渡り歩いている。それで訊ねたいが、何か珍しいものでも持ってるか? それ次第では付き人だと伝えよう」
「珍しい物ですか?」
なるほど、やはり商人だったのか。積み荷を降ろして戻って来た、ということなのだろうか。
空間魔法にはいくつか入っているが、人前で見せるのは少し不安だ。
ゴソゴソとポケットを探るが何もない。
唯一身に着けていたものはサバイバルナイフだった。
「でしたら、こちらはどうでしょうか? 傷つけることはしません、どうぞ手に取ってみてください」
逆手に持ってナイフを手渡すと、ビアードさんはすぐに驚いて声をあげた。
「精巧な作りだな……耐久性も高そうだ。これはどこで?」
「私の田舎で作っていたものです。あの国に古い友人がいまして、他にも珍しいものはいくつか」
「ほう……」
嘘も方便だが、商人ならこの物言いだけでわかるだろう。
つまり珍しい物を今後も譲ることができるという意味だ。彼にとってもコネが出来るかもしれない。
「頭も切れるようだな。ナイフは返そう。取らぬワイバーンの皮算用、俺の好きな言葉だ。国に着いたら色々と話を聞かせてくれ。お前に恩を売れば得になる気がする。どうだ? 国に入りたいか?」
差し出された手、交渉成立だ。
偶然の出会いだったが、どうやら出会いのスキルも習得していたらしい。
「キミウチシガだ、よろしく」
「シガか、いい名前だ」
そうして私は馬車の後ろに乗り込むと、少年のように高鳴る鼓動を抑えながら、門をくぐった。
初めての国は、深く眠っていた私の童心を呼び起こしていた。
不安はどこへやら、高鳴る鼓動を抑えるので必死だ。
「すごい……すごいな」
「ははっ、そんな面白いか?」
ヨーロッパ風の街並みだが、大きく違うのは人種だ。
垂れ下がった犬耳、猫耳、かと思えば、普通の人もいる。
魔狼がいても、やはりどこかで異世界ではないのかもしれないと疑っていたが、これで確信した。
やがて馬車を路地の一角で止める。目の前には少し古い建物があった。
入口には使用人のような人が待機しており、馬車を預けて私も降りる。
どうやらビアードは私が思っていたよりも立派な商人のようだ。
Nyamazonを使って売買しながらお金を稼ごうとも考えていたが、ここでコネができるのはありがたい。
「古い屋敷だが中は広いぞ、部屋もいくつかあるから都合がいいんだ」
「都合がいい?」
「ま、見たらわかる。心配せず入りな。お前はあの妖魔の森を抜けてきたんだ。強さぐらいわかってる、悪さはしない」
妖魔の森……? そういえば途中から魔物が多かった。詳しく聞こうとしたが、建物の中に入った途端、そんなことは頭から消えてしまった。
お香のような匂い、壁に掛かっている絵画は、エルフやドワーフ、偉人のようにも思える。
天井は魔法陣で光り輝き、照明の代わりをはたしている。内装は、西洋を思わせる造りだ。
文明が混在している、だがそれが余計に私の好奇心をくすぐった。
彼の後を追って階段を上がっていくと、話の通り部屋がいくつもあった。
人の気配もするが、挨拶をすることもなく奥まで歩くと、応接間と思われる部屋に通された。
骨董品だろうか、壺や魔法の杖のようなものや、ここにも絵画が壁に飾られており、一目見て高価なことがわかった。
商人といっても様々なはずだ。古銭を扱うもの、骨董品を扱うもの、だが彼はそのどれも当てはまらないように思える。
ナイフを見た時のあの鋭い目は、気に入ったものを幅広く物を取り扱っている気がした。
その時、誰かが扉をノックした。
「失礼します」
――現れたのは小さな女の子だった。髪は金色の毛並みで、腰まで長い。
耳はピンと伸びており、おそらく……エルフだろうか。鼻筋が通っていて、青い瞳が輝いている。
「どうぞ、お客様」
「ありがとう」
ここで働くにしては随分と若いが、おしぼりのようなものを手渡してくれた。
彼女にお礼を言った後、ビアードが気にせず話し始める。
「色々と聞きたいこともあるが、さっきのナイフをもう一度見せてもらっていいか?」
「ああ、構わない」
少し不安はあったが、何が起きても対処できるだろうという謎の自信があった。
魔物を倒し続けていたという成功体験が、私の性格を大胆にさせたのかもしれない。
ナイフを受け取ったビアードは、しっかりと品定めをした後、ゆっくりと机に置いた。
「やはり良いものだな。それで、友人はどんなものを持ってるんだ?」
「色々だ。ただ間違いないのは、品質は良く、めずらしいものが多いだろう」
「ははっ、強気だな。ククリ、飲み物を持ってきてくれ」
「畏まりました」
彼は、先ほどのエルフの少女に声をかけた。ククリという名はわかったが、使用人だろうか。
この国での常識がまだわからないが、中学生ぐらいのように思える。
「あの子は?」
「西の森で死にかけてたところを拾った。だが幼過ぎて買い手がつかねえ。エルフのくせに魔法が使えないのが致命的だ」
「買い手? ――もしかして……彼女を売っているということか?」
「ああ、もしかして奴隷が非合法の田舎から来たのか?」
今まで好感を持っていたのが、嘘のように熱が引いていく。
だが歴史上、奴隷はどこの世界もあるものだ。
彼女が死にかけていたという発言からも、一概にこの状況が悪いとはわからないが、何ともいえない気分になってしまう。
その時、ハッと部屋が多いほうがいいという彼の言葉に気づく。
「もしかして……この家にある部屋には……」
「そうだ。でも勘違いするなよ。俺は三流奴隷商人じゃない。商品は大事にするし、クソみてえなやつには売らねえ。実際、ククリは自らここへ来た」
彼の口調はぶっきらぼうだが、確かにククリの身なりは整えられていた。
言葉遣いも丁寧だったところをみると、粗末な扱いはしていないのだろう。
だが元気がないのは……いや、親が亡くなったなのだから、当たり前か。
それより――。
「魔法が使えないと買い手はつかないのか?」
「そりゃそうさ、奴隷ってのは基本的に戦闘要員だ。家で囲って愛でるだけなんざ一部の道楽者しかしねえ。そんなことも知らないのか?」
「ああ、そうか……いや、そうだな」
無知な自分が酷く恥ずかしい。
そして話の途中で戻って来たククリが、私に飲み物をくれた。目が合った瞬間、少しだけニコリと微笑んでくれたが、逆に心が痛くなる。
可哀想、というのは私のエゴだろうか。
彼に言ってククリを離れさせた後、好奇心か、いやよくわからない感情のままに、彼女の値段を訊ねてみた。
「そうだな、6万ペンスってところだ。魔法が使えなくても、あいつは容姿がいい」
「6万ペンス……例えば、このナイフはいくらになる?」
そういえば、私はこの世界の通貨のことを知らなかった。
値段を訪ねてもわかるわけがない。それがいくらなのか、さっぱりわからない。
「俺が買い取るなら――5000だな。ちなみに言っておくが、これでも良心的だぜ」
金額が高いか安いかではなく、少女の値段がサバイバルナイフ十二本分だということ驚いた。
同時に気づく。
この世界の命は――間違いなく軽い。
「どうした、ククリが欲しいのか?」
「いや……」
自分でもわからなかった。だが初めての出来事を目の当たりにしたのだ。解放してあげたい気持ちが湧いてくるのは当然の感覚だろう。幸い、私には魔物を倒して得た9500円がある。サバイバルナイフの値段は一本1850円だ。足りない分は魔物を倒しにいけば数日で貯まる。
少しの苦労で、彼女を解放することができる、その事実が、私の心を揺れ動かせた。
「ちなみに言っておくが、明日、ククリは東のゴルドー国へ行く。勘違いさせたくないが、売る為に嘘をついてるんじゃない。買い手がつきそうな富豪がいるんだ。さっきの言葉と真逆だが、そいつはガキが好きなんだとさ」
「売る為じゃないといっておきながら……その割には私の心を揺さぶってくるじゃないか」
ニヤリと笑う彼は、商売をわかっているようにも思えた。
子供を売買することを真剣に悩んでいる自分に嫌気がさしたが、この衝動は、抑えられない。
「買おう。ナイフと交換でお願いしたい」
「毎度ありがとよ、ちなみに初物だ」
「……それはいい。だが頼みがある。数日だけ待ってくれないか? 今手持ちが五本分しかない。必ず買う、色もつけよう」
この交渉が決裂すれば、ククリは私の目の前から消える。だが――。
「数日と言わずに数週間待とう。それに今日、ククリのやつを持っていってもいい」
「……いいのか? なぜだ?」
「ははっ、自分から言っといて逆に質問するなよ。俺はこれでも目利きがいいんだ。お前が嘘をいってないこと、ここで恩を売ったほうがいいことぐらいわかってる。けどまあ色はつけてくれよ」
ふむ、やはり彼はそこまで悪いやつではないみたいだ。
友人から残りのナイフを取りに行くと嘘をついて外に出ると、少し時間を潰して、Nlyamazonからナイフを購入した。
彼は私が間違いなく戻って来ると思ったのか、ククリは外行き用の服に着替えて待っていた。
だが少し不安気に私の顔を覗き込み、「よろしくお願いします」と言った。
「じゃあなククリ、お前は幸運だ。シガ、俺は当分この屋敷にいる。他にも困ったことがあったら訪ねてこい」
「すまないな。――じゃあ、行こうか。ククリ」
「は……はい」
なぜかわからないが、私は屋敷から逃げるような気持ちで外に出た。人を買ったという事実から早く逃げたかったのか、理由は定かではない。
その罪悪感を消すかのように、外に出て少し歩いた後、しゃがみ込み、ククリに声をかけた。
「すまない。実は衝動で行ってしまった。私は君に何かさせるつもりはない」
「衝動……?」
「ああ、奴隷として……その、買ったんじゃない。君を解放する為なんだ」
「解放……私をですか?」
「そうだ。君はもう自由だ。何処へ行ってもいいし、何をしてもいい。お金がないなら、私が少し都合をつけよう」
どう考えても偽善行為だ。あの屋敷には部屋はいくつもあった。もしかしたら、ククリと同じ年齢の子供もいたのかもしれない。
けれども、私に後悔はない。
幼い頃、私は、父親と母親を事故で亡くし、親戚の家を点々とした。
その時の思い出はあまりいいものではない。それが、彼女と重なったのだ。
何度もするつもりはない、ただ理屈ではなかった。
「でも、行く所がない……」
その言葉で、ハッとなった。どやら私の頭は、平和な世界のままだったらしい。
解放さえすれば喜ぶと思っていたが、普通に考えたらそんなわけがない。
衣食住にくわえて、安全面も考慮しないといけない。考え方によっては、以前よりも危険な状態なのかもしれないと猛省した。
「私はバカだ……」
大きなため息を吐いて項垂れるような声を出してしまう。
だが笑い声が聞こえた。
「ふふふ、ご主人様は、凄くお優しい方なんですね」
「どうだろうな……その、ご主人様ってのはやめてくれないか。私の名前は志賀というんだが、シガって呼んでくれるか」
「シガ様ですか?」
「ああ、様はいらないが……。とりあえず今すぐに放りだすのは身勝手だとわかった。とりあえず、君が落ち着けるまで私が責任もって面倒を見よう」
「ありがとうございます。てっきり……エッチなことをされると思ってたので」
「そ、そんなことはしないぞ!?」
「はい、でも望むのならいつでも」
といっても、異世界に来て初めての買い物が、食べ物でも武器でも防具でもなく、子供のエルフだなんて……普通はそうだよな。
だが彼女の笑顔を見ていると、なんだか落ち着く。
おそらく私のステータスに、寂しいとは書かれていないだろう。
「それでシガ様、今日はどこにお泊りになるのですか?」
「……あ」
いい匂いがする。
久し振りのような、初めてのような匂いが鼻腔をくすぐる。
「おはようございます。シガ様」
「シガ……え、だ、誰だ!?」
エルフの少女は、首を傾げる。そうか、いや、そうだ。彼女はククリだ。
私が――買った少女だ。
「この宿は朝食が出ないので、パンを購入してきました。あ、もちろん費用は結構です! その、少しばかりのお礼です!」
「……ありがとう、これではどっちが主人だかわからないな。いや、私たちは対等だが」
私は何もかも無計画だった。この街の事も知らない、食べ物も、しきたりも。
だが彼女はそれなりに長い間この国で暮らしていたので、安い宿を教えてくれた。
わずかばかりではあるが給付金も頂いていたらしく、そこから私の宿泊代も出してくれた。
不甲斐ないが、更に朝食まで用意してくれている。
この歳になって養ってもらっているような気分だが、事実、私の知識は赤子と変わらない。
「それとシガ様、奴隷紋を付けないでくれたこと、本当にありがとうございます」
ククリは、ペコリと頭を下げる。
奴隷紋とは、首や腕、とにかく第三者にわかるように見せつける所有物の証だそうだ。
昨晩、彼がククリに刻み込もうとしたところを止めたのである。
『おい、わかってるのか? これが無きゃ逃げられても知らねえぞ。ククリは従順で良い奴だが、それでもわからねえぞ』
『その時はその時だ。私は既に罪を犯した。商売にとやかく言うつもりはないが、私が嫌なのだ』
『……ははっ、やっぱり変わってるなお前』
奴隷紋を付けていると、解放されたとしても痕を消すのに一苦労するらしい。
私はククリを生涯の奴隷とするつもりもないし、今もそうは思っていない。
そんなリスクを、彼女に負わせたくなかった。
「ここのパン、ふわふわで美味しいんですが、時間が経つと固くなっちゃうんです。早く食べないともったいないですよ」
「ああ、ありがとう。――確かに美味いな」
「でしょ? あっ!? すいません。ですよね」
「構わないよ。多少の砕けた喋り方はむしろ嬉しいだけだ」
思っていたよりも、ククリは前向きで明るい子だ。
私の価値観はどうもこの世界とは合わなそうだが、それでもなんとかやっていけるかもしれない。
パンを食べながら今後のことを考える。
まず近くの魔物を狩ってお金を貯めて、それでククリの負債を完済する。
当面の目的はそれでいいだろう。
それ以降は、ゆっくりと世界を見て回りたい。
元の世界では旅行なんて行く暇も金もなかったが、能力《スキル》があれば何とかなる。
そういえば、ククリは魔法が使えないといっていたな。
――もしかすると。
「ククリ、ちょっとこっちに来てくれるか?」
「? はい」
昨日、人と出会ったばかりですっかり忘れていた。
もしかしたら、解析スキルは他人にも使えるのではないか? と。
試しにステータスと声に出してみたが、自分のしか出なかった。
無理なのか? いや……。
「ククリ、少し手を握るぞ」
「は、はい」
ステータス、オープン――。
名前:ククリ・ファンセント 年齢不明
レベル:2
体力:E
魔力:B
気力:C+
ステータス:緊張、やや興奮気味、
装備品:綿のシャツ、綿のスカート、綿の白下着、
スキル:魔法Lv:0、格闘Lv:1、料理Lv:2
「魔法がゼロ……レベル?」
「どうしましたか?」
「いや……」
変だ。魔法が使えないのならば、スキルに記載されていないはず。
レベルがゼロなのも違和感だが……何らかの理由でロックされている状態、ということか?
「ククリ、君は本当に魔法は使えないんだな?」
「はい……エルフは生来魔力が高いのですが、私は……申し訳ありません」
「いや、大丈夫だ」
格闘スキルと料理はそのままだろう。ステータスが間違っているとも思えないが……念のため……。
「下着の色は白か?」
「え!? あ、は、はい」
「そうか」
どうやら間違ってもいないようだ。
おや、ステータスが、赤面に変わったぞ、なぜだろうか。
まあいいか、慌てるような話でもないし、ゆっくりと調べていけばいいだろう。
もういいぞ、と言おうと思ったが、ククリは震えていた。おそらく魔法が使えない事を再確認したのが、彼女が怖がらせてしまったのだろう。
私にはわからないが、魔法が使えないと商人が念押しするということは、この世界において凄く重要に違いない。
「……魔獣、召喚」
「え?」
「にゃおーん♪」
空中からにゃん太郎が落ちてくる。
ククリの膝の上に着地すると、ごろごろとネコナデ声をあげて頬をすりすりした。
「な、何ですかこの生き物!? ~~~~ッッッッ、か、かわいいです!」
「魔獣だ。私のスキルで生み出したんだ。制限時間はあるが、癒してくれるんだ」
「確かに……これは癒されますね……」
ククリは、笑顔を取り戻してくれた。いつも出すのに躊躇してしまうが、スキルを覚えていてよかった。
存分にニャン太郎を撫でた後、ククリは我に返ったかのように声をあげた。
「シガ様……そういえばさっき、魔獣っていいましたか?」
「ああ、それがどうしたんだ」
「……私の記憶が正しければ、魔獣を召喚できるのは……世界でほんの一握りです」
「そうなのか? といっても、他の魔法も使えるが……」
私は手の平からゆっくりと火、水、風、地を出した。まだレベル1なので大した事はないと思っていたが、ククリの様子が――変だ。
「な、な、な、な、な、な!? 四大魔法を一人で!? いや、それよりも魔獣もありましたよね? え、え、え、え、え ど、どういうことですか!?」
「いや……なんだ、普通じゃないのか? 練習すれば、誰でも使えるだろう。ほら、他にもこんなのがあるが」
私が糸魔法を出すと、ククリはもはや声を出せないぐらい驚いていた。
「魔法は一種類のみ、世界の大魔法使いでも、使えて二種だと聞いています。それに魔獣と合わせて糸魔法なんて固有能力は見たこともありませんよ!? シガ様、一体何者ですか!? こんなの、英雄を超えて世界征服できちゃうレベルですよ!?」
どうやら私は、無自覚に凄いことになっていたようだ。
ああ、どうしよう。
Niymazonのこと、話したらどうなるのだろう。