一ヵ月後――。

 妖魔の森からほど近い洞窟。

 暗がりの中、魔狼十体が、縄張りを荒らされたことに憤慨していた。

 私とククリは余計な会話もせず、目くばせのみで意思疎通した後、同タイミングで駆ける。

「ガウッガウウウウ!」
「――魔力糸《マジックスレッド》」
 
 手の平から粘着性の糸を地面に放つと、まるで網のように離散して静かに付着する。

 魔狼は生来力が強く、俊敏性ににも優れている。。

 牙は鋭く、噛まれると肉だけではなく骨にまで到達する。

 だがそれは、踏ん張りの利く地面がある場合のみ。

 先頭で駆けていた数体の魔狼の前足に糸が絡むと、すぐに足が止まる。
 長い間拘束できるわけでないが――命を絶つには十分だ。

「今だッ! ――はぁっ!」
「ハァアッ!」

 私は左を、ククリは右の魔狼の首を切断した。

 魔狼《こいつらは》バカじゃない。地面の糸に気づいた残りは左右にばらけようとする。
 だが私だってバカじゃない。

「――炎壁《ファイアウォール》」

 敵を分断、メラメラと赤い壁が出現し、私とククリの姿が分かれて視えなくなる。

 だがこれはあえてだ。

 炎が収まった時、全ての魔狼が首だけがない状態で転がっていた。

 
「……情報と違うな」
「そうですね、ですがよくある事です。牙だけ取ってNyamazonに放り込みますか?」

 だがその時、気配察知が反応する。
 奥からのそりと現れたのは、通常の魔狼の二倍、いや三倍はある大型だった。

 なるほど、こいつがそうか。

「ククリ、時間はかけたくない」
「わかりました」

 洞窟内部を隈なく調べたわけではない。他にも魔狼がいて囲まれてしまえば危険だ。

 私は、先日覚えた魔法を詠唱した。
 『身体強化』だ。ククリ曰く一度しか掛けられないらしいが、限界突破という魔法も覚えたのだ。
 それにより、私は五回以上付与することが可能になった。

 先手を駆けたのはククリだった。自ら囮をしてくれる勇気に感服しつつ、足を溜める。

「ガアアアアアアアアアアアアウッッッ!」

 初撃の鋭い爪を防いだククリの後ろから、私は瞬時に近づくと、腕にすべての魔力を漲らせ一撃で首を落とした――。


 キミウチシガ
 レベル:20
 体力:B
 魔力:B
 気力:A
 ステータス:心臓高鳴る、溢れる高揚感、勝利の雄たけび
 装備品:一般的軽装備(やや高い)、安全靴(やや硬い)、サバイバルナイフ、ロングソード
 スキル:空間魔法Lv.3、解析Lv2、短剣Lv4、気配察知Lv3、隠密Lv2、冷静沈着lv3、
 魔獣召喚Lv3、格闘Lv2、君内剣Lv4、火魔法Lv2、水魔法Lv2、風魔法Lv2、土魔法Lv2、魔法糸Lv2
 固有能力:超成熟、お買い物、多言語理解、限界突破、能力解析、並列思考
 レベルボーナス:自然治癒(弱)、身体強化(弱)
 称号:異世界転生者

 ククリ・ファンセント
 レベル:14
 体力:C+
 魔力:B
 気力:B+
 ステータス:高揚感、やや緊張気味
 装備品:C級軽防具(高い)、鉄の剣、綿の白下着
 スキル:魔法Lv:0、格闘Lv:4、料理Lv:3、剣術Lv:4、隠密Lv:2、気配察知Lv:2、
 固有スキル:パーティーボーナス、超成熟恩恵

 ▽

 冒険者ギルド、隣接された酒場の連中が、私とククリを視ていた。
 以前は彼女に対して冷評な視線を送っていた連中も、今は全く真逆、尊敬と畏怖が合わさった複雑な表情を浮かべている。

 私たちは強くなった。過度な自信ではなく、他人からみても間違いなく。
 酒場で飲んだくれている冒険者はもはやククリに敵わないだろう。

 驚いたことにククリは私よりも努力家だ。
 寝る間も惜しんで剣を振り、二人で何度も仕合をした。
 
 スキルの手助けをもらっている分、私のほうがズルい気がするが、それでもククリは私を肯定してくれる。

 本当になくてはならない存在だ。

「これが大型魔狼の牙で、こちらが通常個体のだ」
「もう……ですか!? 昼に受注した依頼を……こんな早く……あ、すみません! すぐにお支払いします!」
「頼む、それと今日でこの街から出る。――色を付けてくれると嬉しいな」

 ニヤリと微笑むと、顔なじみの受付のお姉さんが笑う。

「わかりました! 任せてください! でも、シガさんがいなくなると寂しくなりますね。ククリちゃん、また遊びにきてね」
「はい! もちろんです!」

 シャンプー&リンスの売れ行きは好調だった。
 おかげで私が思っていた以上のまとまったお金が入っていた。

 次の国の名前は『オストラバ』。

 今より大きな国ではあるが、それ故にさらに大勢の人種がいるらしい。
 楽しみもあるが不安もある。

 貴族についてはビアードから話が通っているらしく、『ギール』という方を訊ねる予定だ。

 換金を終えると8等級に昇格した札をもらって、ギルドを後にした。

 夕方、私たちはビアードに別れを告げて馬車に乗り込んだ。

 相乗りも可能だが、幸いなことに貸し切りだ。

「この国最後の食事も鮭おにぎりでいいのか」
「はいっ! 最高ですよお、美味しいはうう……」
「ククリ、次の街の近くにはダンジョンとやらがあるらしい。情報収集を終えたら行ってみないか」
「はいっ! もちろんです!」

 
 私たちはゆらゆらと馬車に揺られ、頬にご飯粒を付けているククリを眺めながら、次の国へ向かった。