ルナが事故に遭ってから2週間が経とうとしていた。

ルナも、もうすっかり車椅子生活にも慣れ、1人で病院の中を出歩けるようになっていた。

(車椅子に慣れたのはいいけど、暇だな……)

ルナが病院内を散歩してると、見覚えのある姿が、こちらに歩いてくるのが見えた。

(あれは確か……白神ハルさん!)

ルナの脳裏にあの日の光景が蘇った。

日の光を浴びてキラキラと輝いていたハルに見とれていた自分……。

ルナは恥ずかしくなって首をブンブンと振った。

(普通に挨拶すればいいだけ……何も恥ずかしくない!)

ルナは思い切ってハルに声をかけた。

「あの!ひ、久しぶり!」

ハルはルナの声に気がつき、表情を明るくする。

「あ、黒崎ルナ!久しぶりだね」

「ハルさん、病院に用事?どこか悪いの?」

ルナが尋ねると、ハルは平然とした様子で頷く。

「ああ、入院してるんだ」

「え……!?」

ハルの言葉に、ルナは目を丸くした。

どこをどう見ても健康そうなハル。先日はサッカーだってしていた。

ルナには、彼女が入院するような病気に罹っているようには見えなかった。

(いや、見えないだけで本当はどこか悪いのかもしれない……)

驚いたまま動かなくなっているルナを見て、ハルは事態を察して笑った。

「ボクじゃなくて、弟がね」

そう言うと、ハルはルナの背後に回って車椅子を押し始めた。

「ハ、ハルさん……僕をどこに?」

「折角だし、弟のところに一緒に来てよ。あいつ、君のファンなんだ」

「え、ええ……!?」

驚きが止まないルナに微笑みながら、ハルはルナの車椅子をどんどんと押していった。

***

ハルに連れられてルナが入った病室には、一人の少年が座っていた。

「あ、お姉ちゃん!……と、黒崎ルナだ!」

そう言って目を輝かせる少年は、黒髪に黒い瞳をしていて、全体的に色素の薄いハルとは似ても似つかなかった。

(本当に弟なのかな……?)

ルナが不思議そうな顔をしているのを気にせずに、ハルは弟の方に右手を向けて微笑む。

「紹介するよ。ボクの弟の白神涼介。サッカーが好きで、たまに一緒にボールを蹴ってるんだ」

「白神涼介です!よろしくね、黒崎ルナ!」

姉に紹介されて、涼介は明るく笑った。

確かにハルとは似ていないが、涼介の反応を見ている限り、2人は本当に姉弟なのだろう。ルナはそう思い、涼介に微笑んだ。

「ルナでいいよ。よろしくね、涼介君」

ルナにそう言われた涼介は、目をキラキラさせながら、ルナの方に向かって身を乗り出した。

「うん!ルナ、サッカーのお話ししよ!」

涼介の申し出に、ルナは快く頷く。

「いいよ。昨日のJリーグの試合見た?」

「見た!最後のシュートカッコよかったよね!」

「分かる!あのシュートすごく難しいんだ。きっとたくさん練習したんだろうな……」

サッカーの話題で盛り上がる2人を見て、ハルは思わず微笑む。

(涼介、嬉しそうだな)

ハルの空色の瞳が、柔らかく光った。

……ハルは天使だった。人に幸福を与えるのが天使の仕事で、ハルはその修行のために涼介の病気を毎日少しずつ癒していた。

お陰で、今ではボールを蹴るだけのような軽い運動なら許可されるようになったのだ。

(完治までもう少し……)

ハルは2人の様子を慈愛に満ちた表情で見つめていた。

(涼介、ボクが君を幸せにしてみせるからね)