終業式が終わり、夏休みが始まってしばらく経った。

 ルナは怪我は治ったものの、監督と相談して夏休み明けまでは部活を休むことになったのだ。本当ならリラックスできる長期休暇なのだが、そうもいかなかった。
 
 なぜかというと、どこへ行くにもヨルがついてくるのだ。

 ルナはヨルを連れたまま、スーパーに買い物に来ていた。  

「ルナ兄、オレそのニンジンって野菜嫌いなんだけど……」

「我慢しろよ。今日カレーだから」

「カレー!?やったー!」

 無邪気に喜ぶ弟を見て、ルナも微笑む。

「あら、ルナ君とヨル君!」

 名前を呼ばれて振り返ると、そこには買い物かごを持った菫が立っていた。

「あ、藤堂さん!こんな所にいるなんて珍しいね。どうしたの?」

「メイドと買い物に来ていましたの。初めてのお使いですわ!」

 菫はそう言うと、得意気に胸を張った。  

「そうなんだ。偉いね、藤堂さん」

 初めてのお使いを精いっぱい楽しむ菫の様子に微笑ましくなり、ルナは彼女に優しい笑顔を見せる。

「もう、褒めてもなにも出ませんわよ!」

 想い人に褒められた菫は、赤くなった頬を両手で包んで照れ笑いを浮かべる。

「あっ、ところでルナ君!もうすぐ花火大会ですわね」

「あ、そういえばそうだね!」

 ヨルの来訪からバタバタしていて、ルナもすっかり忘れていた。花火大会は、たしか来週末だ。
 
「ルナ君と花火が見れるの、楽しみですわ」

 うっとりと話す菫を見て、ヨルは興味津々といった表情で手を挙げた。
  
「はい!花火大会って何?」

 魔界には花火なんて無い。だからヨルは花火大会を知らなかったのだ。

 ヨルの言葉を聞いた菫は目を丸くする。

「花火大会を知らないんですの?」  

「ああ!ヨルさ、この前まで海外の親戚の家にいたから、花火大会見たことないんだ!」

 ルナは慌てて誤魔化す。

 花火を知らない外国なんて、きっとごく少数だ。少し苦しい言い訳だったか……ルナのこめかみに冷や汗が伝う。

 しかし、菫は納得したようだった。

「あら、そうでしたの。ヨル君、花火大会っていうのはね、夜空に光る花を打ち上げて、それをみんなで楽しむお祭りのことですわ」

「へぇ~」

「ヨル君も見に来ると良いですわ。きっと楽しいわ」

 そう言って微笑む菫の手を、ヨルは力強く握った。

 ヨルに甘い微笑みで見つめられ、菫は思わず赤面する。

「うん。お嬢さんが行くならオレも行くよ」

「こら、ヨル!」

 ルナは慌ててヨルを菫から引き離した。全く、油断も隙も無い。

「……じゃあ、僕達そろそろ会計するよ。花火大会でね、藤堂さん」

「お嬢さん、また会おうね~!」

「ええ。またね、2人とも」

 菫は手を振りながら目の前を去って行く2人の影を見ていた。

「花火大会……か」

 今度の花火大会、菫の中にはある覚悟があった。

「今度の花火大会、絶対ルナ君に告白して見せますわ」