最初は同じ七日間を繰り返すのも楽しかった。
 なにを食べても、まあどうせ一週間でリセットされるしと、体重やニキビを気にして普段だったら絶対に食べない夜のアイスクリームとかチョコレートとかを平気で食べてしまうし。
 既に突発的な小テストをやる日も、テスト範囲も知っているから、その部分だけあらかじめ教科書を読み直しておけば余裕で解けてしまうし、先生が自分で言っていた引っかけ問題だって引っかからないから、皆に「すごいすごい」と褒められて鼻高々になったりしたし。
 逆に体育の時間で天気のせいで外でやるテニスから、手が痛くて嫌いなバレーボールに切り替わることを知っている私は、さっさと保健室に貧血だと嘘ついて避難したし。
 なんとか七日間を楽しくやっていたけれど、でもだんだん楽しくなくなってしまったんだ。
 一生懸命やっているソシャゲの次のイベントが、七日間経ってリセットされてしまうから、全然はじまらないし。
 既に親がずっと見ているドラマの内容を覚えてしまったけれど、全く続きが見れないし。
 本屋に出かけてマンガの新刊を買っても、七日間経つたびにリセットされて、次の新刊が遠のいてしまうし。
 人間、どれだけ好物を並べ立てられても、いつかは飽きてしまうんだ。
 私だってアイスクリームもチョコレートも好きだけれど、たまにだったら梅干しが食べたいし、ハンバーガーだって食べたい。
 だんだん飽きてしまった私は、今日でリセットされてしまう自分の手帳を見ながら、ふと気付いた。

「……飽きてしまうんだったら、いっそのこと、飽きない場所に行ってしまうのは?」

 七日間で何故か強制リセットがかかってしまうし、学校でやっているありとあらゆることはもう飽きてしまった。
 なら、学校をサボッてどこかに行ってしまえばいいんじゃないだろうか。
 制服を着ていたら、生活指導の先生に見つかってしまい最悪補導されてしまうけれど。どこかで制服を脱いで私服に着替えてしまったら、誰もなにも言えないはずだ。それにお母さんには「ちょっと風邪気味だから病院に行きたい」とでも言ってしまえば普通にサボれるし、病院に行くふりして遊びに行けるし。

「うん、そうしよう」

 平日の繁華街。普段は学校帰りにしか行かない場所だから、わくわくする。それでも近所の人に見つかって、うっかりと親にアプリで密告されても困るから、なるべく近くて遠い場所で遊ぼう。
 私はそう思い立って、ひとまず明日のリセットに備えて、天気予報を書いておくことにした。

 一日目:晴れ
 二日目:晴れ
 三日目:曇りときどきゲリラ豪雨
 四日目:晴れ
 五日目:雨
 六日目:曇り
 七日目:晴れ

 こうして書き出してみると、この七日間、意外と天気がいいんだなと思いながら、私は布団に潜った。
 もう回数を忘れてしまった七日間がはじまろうとしている。

****

「お母さん。お腹痛い。うちに胃薬あったっけ?」
「ええ?」

 パートに行く前のお母さんが、私の言葉に顔をしかめた。それに私はガッツポーズを取る。そうだよ、お母さん。私は体調がとても悪いんだよ。だから学校休むよ。
 私は学校サボるぞサボるぞサボるぞと思っていることをできる限りおくびに出さないで言ってみたら、やがて溜息をつかれた。

「じゃあ近所の病院行ってらっしゃいね」
「はあい」

 やったあ。
 私は学校サボれる大義名分を得られて、うきうきと服に着替えた。
 可愛過ぎる服を着てもしょうがないから、シャツとデニムにスニーカーという、普通過ぎる出で立ちだ。
 まあいっか。そう思いながら、私は普段あんまり行かない繁華街へと出かけていった。
 うちの近所は開発の格差が大きい。駅に近ければ近いほど再開発が進んで、高層マンションが建ち、新しいビルには可愛いカフェやショップが入るおしゃれな街並みになっていくけれど、駅から離れた途端、アスファルトをペターと貼り付けているけれど、経年劣化で剥がれかけている道、平成から建ち尽くしてもう持ち主がいなくなって放置されたまんまの建物が並ぶ。
 地元の駅だと近所の人に密告されるかもしれないから、私は隣の隣の駅目指して自転車を漕ぐことにした。
 私の住んでいるマンションのしみったれた灰色の街並みから一転、モザイクカラーの施された綺麗な街並みには、新しくできたカフェや自転車屋、ショップが立ち並ぶ。それを私はうきうきしながら眺めていた。
 ここもまた、新しく高層マンションが建ち、そこの住民目当ての店が増えたんだよなあとしみじみと思う。
 私は自転車を降りて、その店をゆったりと眺めはじめた。花屋には季節の花が並び、中には彩り豊かな鉢植えが置かれている。
 カフェはまだモーニングの時間帯だからか、サラリーマンらしき人たちがモーニングを食べながらスマホを見ているのが目に入った。
 あんまりお小遣いはないけれど、どこかで遊べる場所はないかな。私はそう思いながらどこかのビルに入ってみようと、自転車置き場を探しているとき。
 ガツンッと背後から音が響いたのに気付いた。
 私の真後ろに、なにかが大きな音を立てて落ちてきたのだ。

「あっぶなあ……」

 落ちてきたのはキャンパスだ。中学時代、美術の時間に触ったことがある、布を張った絵を描くための板。こんなものどこから落ちてきたんだろう、これ人の頭に当たってたら大変なことになってたぞ。
 端が地面に落ちた衝撃でへしゃげたそれを拾い、思わず固まってしまった。
 そこには独特の匂いを放って、まだ生乾きの絵が描かれていた。多分この匂いは油絵の具だ。その絵は、海の背景なんだろうけれど。その海は見ているとだんだん不安になってくるほどに、深く濃い色をしていた。
 近くで見るとわかるけれど、波の一本一本の色が変わっていて、遠くから眺めるとたしかに水面に見える。いくら油絵の具はどんどん上から被せて塗っていく絵だと言っても、これだけ繊細に色が変わって、なおかつ不安に苛まれる色って出せるんだろうか。
 くぷりと立つ海の泡。表面にだけうっすらと乗った日の光。どれをとっても胸をざわめかせる色合いだった。
 私はその絵を見て、どこから落ちてきたんだと上を見上げて、気付いた。
 こちらをベランダから出てきて見下ろしている人を。でも高層マンションの上のほうだから、顔までははっきりとは見えない。
 私は思わず上を見上げて声を荒げた。

「あ、のー! これ! 落ちましたよ!」

 私が叫ぶけれど、その人はさっさとベランダから家の中に引っ込んでしまった。
 なんだこいつ。あんなところからだったら、落ちてくる訳ない。自分から落とさないと落ちてくる訳ないだろ。私は腹が立って、そのマンションの出入り口を探すことにした。
 その絵を落とした張本人に返したくなったのだ。