いろんな感情がごちゃまぜになって、まるで心がジェットコースターに乗っているみたいだ。響也さんに対する気持ち、母さんに対する気持ち、自分への問いかけ。
大学にいる時間が一番落ち着いていられるなんて。食堂でカフェオレを飲みながら、通学路を歩く人並みを見るとはなしに眺めている。
おーい、と声がした方を見ると、江崎君が手を振っていた。
「相枝、久しぶり!」
「江崎君、久しぶり」
「同じ大学なのになかなか会えなかったね」
「メールもらってたのに連絡出来なくてごめんね。バイトやドラムのレッスンで忙しくて」
「ドラム、まだ続けてんの?」
「うん。ぼちぼちね」
いかに自分が自分のことしか考えていなかったかが分かった。大学に入学してからけっこう経っていたのに、高校の時同じ部活だった江崎君から、入学したら一緒にご飯を食べようというメッセージをもらっていたのをすっかり忘れていたのだ。
江崎君も同じ大学に入学していて、今は音楽とは無縁の手品サークルに所属しているという。
『その後どう? そろそろランチくらい行かない?』
と催促のメッセージを受信したのが昨日の深夜で、ごちゃごちゃに絡まって毛糸玉のようになった自分の感情を放り投げたい気分で、OKの返事を送った。
「江崎君の方はどう? 手品ってどういうことやるの?」
ランチを食べながら、近況報告をし合う。音楽とは関係のないことを考えるのは久しぶりで、少し気持ちが軽くなる。
「テーブルマジックってやつ。コインとかトランプとかでちゃちゃっと出来るやつね」
「へぇ、見てみたいな」
「まだ一個しか出来ないけど、ちょっと待って」
江崎君はポケットからコインを出すと、「タネも仕掛けもないただのコインです」と急に芝居がかり始めた。その様子がおかしくて笑う。何だか笑うことも久しぶりな気がして、いろんなことに力が入りすぎていたのかな、なんてふと思った。
「コインを左手に隠しました。今あなたも確認しましたね?」
「はい」
「では左手を開けてみます。あれ、コインがありません」
「あれ?」
「右手も開けてみましょうか、こちらもありません」
すると江崎君は、僕の飲みかけのカフェオレカップの底からコインを取り出した。
「ここにありました!」
「すごい!」
思わず大きな声を出してしまった。食堂にある視線が集まって、慌てて身を縮める。
「江崎君、マジックの才能あるよ!」
拍手をすると、江崎君もまんざらではなさそうな顔をした。
「まぁね。少なくてもドラムよりは向いてる気がする」
「ドラムだってすごかったよ」
「ううん、相枝に比べたら全然だった。相枝が音楽コンテストに出たら良かったのに、って思ったけど、あれだっけ、お母さんに反対されてたんだっけ」
「そう。実は今もアルバイトしながらドラムのレッスンに通ってる。それで昨日母さんと険悪になってさ」
「うわあそうなのか。ていうか相枝、本当に頑張ってるんだな、ドラム」
「うん、いつかプロのドラマーになりたいんだ」
江崎君がすげぇと身を乗り出して聞いてくれたので、何だか嬉しくなる。
「プロのドラマーってどういうの? よくバンドのツアーメンバーとかで聞くやつ?」
「そういうのもある。あとは、スタジオミュージシャンって言って、アーティストが作った楽曲のドラムパートを演奏したりとか」
「いいね。相枝は真面目な性格のわりに、いざって時の行動力がすごいから、その夢、叶えられると思うよ」
「行動力?」
「うん。だってそうじゃん、急に夜メッセージ送ってきて『音楽コンテストに挑戦してみない?』って。あの時は何を言ってるんだかさっぱり分からなかったもん」
「あはは、たしかにみんなびっくりしてたよね」
「だけどさ、相枝がそうやって提案してくれたから、結果は予選落ちだったけど、みんなで何かひとつのものを作るっていう思い出が出来たじゃん? あれは今でも忘れられないよ。あらためてありがとな」
「ううん、そんなこと。たまたまあのポスターを見つけたからだよ」
エンシオやスタジオの先生、高杉さん以外の人と音楽の話をしてみて、何だか目の前が開けた気持ちになった。
そうだ、ちょっと焦りすぎていたんだ。今の状態の僕で、何を焦ると言うのだろう。
焦ったからってドラムが上達するものでもない。母さんにだって一回くらい説得したくらいで分かってもらえるわけがない。
今までだってそうやってきたじゃないか。今やれることをやる。一度くらいだめでも、何度だってチャレンジする。
そうやってきた僕を、響也さんは見てくれたんじゃないのか。
「そうか、そうだよな」
独り言を呟いた僕に江崎君は「え? なんて?」と聞き返し、僕は「ううん、ありがとう。今日は会えて嬉しかった」と答えて、食堂で別れた。
今日は早めに授業が終わるから、事務所のスタジオが空いていたら、少し音を鳴らしてみよう。きっと響也さんのドラムは、今の僕の気持ちに音で応えてくれるだろう。
大学にいる時間が一番落ち着いていられるなんて。食堂でカフェオレを飲みながら、通学路を歩く人並みを見るとはなしに眺めている。
おーい、と声がした方を見ると、江崎君が手を振っていた。
「相枝、久しぶり!」
「江崎君、久しぶり」
「同じ大学なのになかなか会えなかったね」
「メールもらってたのに連絡出来なくてごめんね。バイトやドラムのレッスンで忙しくて」
「ドラム、まだ続けてんの?」
「うん。ぼちぼちね」
いかに自分が自分のことしか考えていなかったかが分かった。大学に入学してからけっこう経っていたのに、高校の時同じ部活だった江崎君から、入学したら一緒にご飯を食べようというメッセージをもらっていたのをすっかり忘れていたのだ。
江崎君も同じ大学に入学していて、今は音楽とは無縁の手品サークルに所属しているという。
『その後どう? そろそろランチくらい行かない?』
と催促のメッセージを受信したのが昨日の深夜で、ごちゃごちゃに絡まって毛糸玉のようになった自分の感情を放り投げたい気分で、OKの返事を送った。
「江崎君の方はどう? 手品ってどういうことやるの?」
ランチを食べながら、近況報告をし合う。音楽とは関係のないことを考えるのは久しぶりで、少し気持ちが軽くなる。
「テーブルマジックってやつ。コインとかトランプとかでちゃちゃっと出来るやつね」
「へぇ、見てみたいな」
「まだ一個しか出来ないけど、ちょっと待って」
江崎君はポケットからコインを出すと、「タネも仕掛けもないただのコインです」と急に芝居がかり始めた。その様子がおかしくて笑う。何だか笑うことも久しぶりな気がして、いろんなことに力が入りすぎていたのかな、なんてふと思った。
「コインを左手に隠しました。今あなたも確認しましたね?」
「はい」
「では左手を開けてみます。あれ、コインがありません」
「あれ?」
「右手も開けてみましょうか、こちらもありません」
すると江崎君は、僕の飲みかけのカフェオレカップの底からコインを取り出した。
「ここにありました!」
「すごい!」
思わず大きな声を出してしまった。食堂にある視線が集まって、慌てて身を縮める。
「江崎君、マジックの才能あるよ!」
拍手をすると、江崎君もまんざらではなさそうな顔をした。
「まぁね。少なくてもドラムよりは向いてる気がする」
「ドラムだってすごかったよ」
「ううん、相枝に比べたら全然だった。相枝が音楽コンテストに出たら良かったのに、って思ったけど、あれだっけ、お母さんに反対されてたんだっけ」
「そう。実は今もアルバイトしながらドラムのレッスンに通ってる。それで昨日母さんと険悪になってさ」
「うわあそうなのか。ていうか相枝、本当に頑張ってるんだな、ドラム」
「うん、いつかプロのドラマーになりたいんだ」
江崎君がすげぇと身を乗り出して聞いてくれたので、何だか嬉しくなる。
「プロのドラマーってどういうの? よくバンドのツアーメンバーとかで聞くやつ?」
「そういうのもある。あとは、スタジオミュージシャンって言って、アーティストが作った楽曲のドラムパートを演奏したりとか」
「いいね。相枝は真面目な性格のわりに、いざって時の行動力がすごいから、その夢、叶えられると思うよ」
「行動力?」
「うん。だってそうじゃん、急に夜メッセージ送ってきて『音楽コンテストに挑戦してみない?』って。あの時は何を言ってるんだかさっぱり分からなかったもん」
「あはは、たしかにみんなびっくりしてたよね」
「だけどさ、相枝がそうやって提案してくれたから、結果は予選落ちだったけど、みんなで何かひとつのものを作るっていう思い出が出来たじゃん? あれは今でも忘れられないよ。あらためてありがとな」
「ううん、そんなこと。たまたまあのポスターを見つけたからだよ」
エンシオやスタジオの先生、高杉さん以外の人と音楽の話をしてみて、何だか目の前が開けた気持ちになった。
そうだ、ちょっと焦りすぎていたんだ。今の状態の僕で、何を焦ると言うのだろう。
焦ったからってドラムが上達するものでもない。母さんにだって一回くらい説得したくらいで分かってもらえるわけがない。
今までだってそうやってきたじゃないか。今やれることをやる。一度くらいだめでも、何度だってチャレンジする。
そうやってきた僕を、響也さんは見てくれたんじゃないのか。
「そうか、そうだよな」
独り言を呟いた僕に江崎君は「え? なんて?」と聞き返し、僕は「ううん、ありがとう。今日は会えて嬉しかった」と答えて、食堂で別れた。
今日は早めに授業が終わるから、事務所のスタジオが空いていたら、少し音を鳴らしてみよう。きっと響也さんのドラムは、今の僕の気持ちに音で応えてくれるだろう。