これは、ある晴れの日に見てしまった『小さな青』のお話。

♢ ♢ ♢

「海なんて久しぶり。ここ最近までずっと都会暮らしだったから…」
「そっか。久しぶりに見れてよかったじゃん。改めて、おかえりなさい。」
「うん。ただいま。」

 私は絵里奈(えりな)。最近短大を卒業し、実家のある町まで帰ってきた。この春からは実家ではなく、彼氏の綾人(あやと)と二人暮らしをして、こっちで就職することにした。

「やっぱり、絵里奈の門出の日は晴れだよね。誕生日も、この前の短大の卒業式だって。」
「まあね。なんてったって『晴れ女』ですので。」

 春風が心地よく、話もとても弾んでいた。

「へ、へくしゅ…」
「え…綾人…風邪…」
「風邪はもう治ったよ!花粉、花粉症!ドン引きしないで!」
「あー、そっか。そんな季節か。」

 静かに流れる時は、まるで学生時代に二人で過ごした頃と変わらない、優しくて暖かいものだった。

「…み…」
「ん?」
「久しぶりに海が見たい。そのまま、川をたどって新しい家まで行く。」
「いいじゃん。荷物持とうか?」
「ありがとう。じゃ、このトートバック持って。」

 海辺を歩いてから、そのままコンビニへ。昔一緒に食べたお菓子を、その時と同じように二人で半分こして食べながら、川に沿って歩いた。

「食べ終わったら、この袋に。川にゴミとか落としたくないから。」
「はーい。」
「返事良すぎでしょ。」
「そう?」
「うん。」

 桜の香りが、私たちの頬を優しくかすめた。

「懐かしいね。」
「何が?」
「中学校の入学式。あれから八年だよ?」
「確かに。最初はそんなに話さなかったけどね。」
「ね。」

 小鳥が、桜の木の枝にとまって鳴いていた。

「それから付き合って、進級して、気づいたらお互いに違う高校に入学。」
「そんな感じだったな。なんだか、すっごく早かったな…」
「———そうだね。」

 風景や人の営み、何もかもが同じような違うような…そんな感覚だった。吹く風さえも、どこか違う気がした。

(ほんの二年間、ここじゃない別の場所に住んでただけなのに…)

 気づけば、綾人も少しお兄さんになっていた。昔から変わらない優しさももちろん残っているが、しばらく会えていないだけでとても大きくなったような気がした。

「——りな…?おーい、絵里奈?」
「え…何?」
「あ、良かった…急に立ち止まってぼんやりし始めたからさ…」
「やだ嘘!またぼんやりしてたなんて…」

 私のぼんやり癖は、よくあること。学生の頃なんて忘れ物はしょっちゅうあったし、先生の話を聞かないでボーっとしたりと、並べれば並べるほど出てくる私の悪い癖である。

「そういうところが可愛いの。」
「ん?何か言った?」
「ううん、何でもない。」

 ♢ ♢ ♢

「あれ…?こんな所、あった?」
「あー、それ最近工事して広場みたいにしたらしい。ちょっと休んでいく?」
「うん!」

 そこは河川敷にある、ちょっとした広場だった。桜の木が何本も植えられていたり、可愛らしい花壇があったりと、すごく素敵な風景だった。

「何これ?」

 よく見ると、花壇の横には小さな看板があった。

『四月の花 レースフラワー   大切な人と過ごせることを願って…』

(レースフラワー?初めて聞く名前…)

 小さくて、真っ白な、可愛い花。

「何見てるの?」
「これ。すっごく可愛いの。」

 綾人と一緒に花を見たその時間は、長いような短いような…そんなひと時だった。

「可愛いね、このお花。」
「だね。すごく可愛い。」

 そんなことを言いながら、ずっと二人で花壇の前にいた。

「——あれ?あそこにいるのって…?」
「綾人…?どうかしたの?」
「ほらあそこ!もしかして、勇人(はやと)雪奈(ゆきな)じゃない?」

 本当だ…高校以来かな?しばらく会っていないうちに、何だか変わったような気もした。ていうか、二人って…もしかしてカップル⁈

「何か話してるのかな…?」
「さあ…」