今はもうすぐ明日になりそうな時間。明日もどうせ学校には行くけど、眠れないから仕方がない。これが『僕たち』の日常だから…
『私、今日も寝れなさそう(笑)』
『俺もwwどうせ親に学校休むなって言われるからもう諦めてるけどww』
『僕もだよ…結局寝られなかった(笑)』
この時間あたりは、みんなでずっとチャットをしている。僕たちは不眠症になってしまった仲間を受け入れる『24時間営業部』というチャットを開設していて、みんなでさみしい気持ちを紛らわしている。僕がこのチャットを始めたから、僕が部長…らしい。
僕の名前は吉田雄輔。東京に住む中1。チャットでは『ユウ』という名前を使っている。他のみんなも基本的にはニックネームだったりするから、みんなの本名はもちろん、住んでいる場所や年齢も全く知らない。
『そういえばユウって今もクラブには入ってるの?』
今、僕に質問してくれた子は『グミ』。4年前に僕がこのチャットを開設してすぐに入ってきた、いわば古参メンバーだ。今では副部長を担当している。
『この前辞めたよ やっぱり僕には向いてなかったみたい…』
『私もだよ(笑)寝れてない分体力が少ないもんね~…』
この春から中学生になって、頑張ってクラブに入ってみようとした。けど、寝れていないから人に追いつくことができないのが苦しくてすぐに辞めた。
幸いにも、僕の家族はみんな不眠症について理解してくれているから、無理に寝ろだとか学校に行けだとかは言ってこない。それだけでも、僕は周りの人に恵まれているな、こんな僕のことを理解してくれてありがたいなって思っている。
『別に早退したって、学校に行けなくたっていいの。雄輔が決めたことならなんだっていいと思うよ。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも怒ったりしないから。』
『そうだそうだ。眠れなくてしんどい時は、父さんと映画でも見ようじゃないか。』
『勉強だったら私が教えてあげられる分だったら教えられるから。姉ちゃんに任せてよね!』
僕が初めて眠れなかったのは小学3年生の冬。別に誰かにいじめられただとか、学校で嫌なことがあったわけではない。なぜだか急に眠れなくなって、当時の僕は怖くて仕方がなかった。夜中だというのに泣きわめいて、家族全員を起こしてしまったのは本当に申し訳なかったけど。最初に僕の異変に気付いてくれたのは3つ年上の姉、貴穂だった。
『姉ちゃん…僕寝れないよ…』
『そうなの?じゃあ面白い話でも聞く?』
『うん…』
そうやって、たくさん面白い話をしてくれた。授業中にハムスターが先生の頭に乗った話、給食の揚げパンが落っこちる寸前で姉がキャッチした話、休み時間に同じクラスの男の子が池に落ちそうになった話。どの話も面白かったけれど、眠れない恐怖を感じて泣き出してしまった。
『え⁈ごめんごめん!姉ちゃん怖い話…しちゃったかな…?』
『違う…違う…!』
小柄だった僕は姉におぶってもらい、父と母のいる寝室に連れて行ってくれた。泣き止まない僕の代わりに状況を説明してくれて、慰めてくれた姉は女神のようだった。
『明日は休みだし、みんなでゲームでもするか?』
父がそう言った瞬間、僕はびっくりした。
『そうね。ココアも入れようかしら。』
『せっかくなら新しく買ったあのゲームにしようよ!あれ、すっごく面白いから!』
『…みんな、寝ないの?』
僕のために起きようとしてくれているみんなに、申し訳なさを感じてしまった。
『何そんなこと気にしてんの!明日はみんな休みだからこのまま遊ぼうよ!』
その日から、僕は眠れなくなった。だけど、そんなことを気にせずにいてくれた家族のおかげで僕は何も怖くなかった。
4年生になってから、スマホを買ってくれた。
『危ない使い方はしないでね。それ以外だったら良いから。』
母はそう言って、僕の手にスマホを置いてくれた。
『みんなの連絡先も入れてるから、何かあったら連絡するのよ。』
『うん!』
こうして今の僕に至る、という訳だ。家族の言葉のおかげで、学校を休みたいときは休むようにしている。
「もうこんな時間か…」
気づけば朝の5時。学校に行く支度をしてからみんなの朝ご飯を作ろうと思い、チャットにメッセージを送った。
『もうすぐ家族が起きてくるから抜けるね!』
『りょーかい』
『オッケー!』
「今日は何だか、久しぶりに眠たいや…」
そんな僕も、一年に一度だけ眠気が収まらない夜がある。今日は体育もなかったのに、こんなに頭が機能しなくなるの何年ぶりかな…
「雄輔、そんなとこでぼんやりしてたら風邪ひくよ?」
「あ、姉ちゃん…」
「明日は気温が下がるらしいから、ちゃんと部屋の暖房付けなさいよ。」
「分かった。おやすみ。」
「はいはい、おやすみ。」
そう言って、二回に続く階段を上がっていった。そして、部屋に付いた途端に布団へダイブ。
「ね、眠い…」
意識を失いそうなほどに、眠気が襲ってくる。僕は何かに押しつぶされるように眠ってしまった。
「え?ちょっと待って今何時⁈」
僕の起床後一発目の言葉。慌ててスマホを見ると、4時30分と表示されていた。
「久しぶりにここまで寝たれよ…」
寝た時間は5時間ほど。それほど多いわけではなさそうだけど…
「わ、チャットの通知が…」
3桁を超える通知が、僕の目に入ってきた。
『あ、やっとユウ来た!』
『良かった! てっきり何かあったんだと…』
みんなに心配させちゃったな…
『ごめんね…今日はすごく疲れててさ…』
『なんだ、そういうことなら良かったよ!』
『たまに疲れるときあるよね~(笑)』
ここは本当に温かい。みんな優しくて素敵な人達ばっかり。
『そういえばさ、今報告するのもあれだけど…』
グミ?どうかしたのかな…
『私転校するの! こんなに人のいるチャットだから、誰かとどこかで会えるかもしれないなーって思って!』
『おー どこかで合えたら面白いよね!』
『だよね~ 今日からその学校に行くから、もし出会ったらよろしくね!』
グミが転校…そう聞いた瞬間、僕は何かを感じた。
「吾妻くるみです。今日からよろしくお願いします!」
転校生が…来た。しかも僕のいるクラスに…
「はい、じゃあ吾妻さんはあそこの席の、吉田くんの隣の席に座ってね。」
「分かりました、ありがとうございます。」
そういって、吾妻さんは僕の隣に来た。
「初めまして。吉田くんのこと、なんて呼んだらいいかな?」
一度、挑戦してみよう。
「『ユウ』って呼んで。」
「え?」
気まず。絶対やばい奴だって思われた。
「あの…ほんと、違ったらごめんなさい。『24時間営業部』の部長さんですか…?私、そこの副部長で…」
「吾妻さんが…グミなの?」
「まさか…吾妻さんが僕と同い年だったなんて…」
「そうね…まさか隣の席の人がネッ友だとは思わないわ。」
放課後、僕と吾妻さんは図書館にいた。
「私ね、小4の時から不眠症なのよ…」
「あー…僕は小3の頃から。でも今日は久しぶりに寝れた。」
「そうなの?私もこの前寝れた。」
そんな淡々とした会話が続いたが、僕は1つ気になっていたことがあった。
「吾妻さんって、前はどこに住んでたの?」
「私?前までは京都にいたよ。生まれてから何年かは福島にいたけどね。そこから関東を転々としてから、京都に行って、ここ東京に戻ってきたの。」
「そうなんだ…」
「雄輔、おかえりなさい。遅かったわね。」
「ただいま。」
「誰かと遊んでいたの?」
「まあ、うん。今日転校してきた子とね。」
「そう、お友達が増えたのなら良かったわ。」
流石に母には言えない…今日転校してきた子が…吾妻さんがネッ友だなんて口が裂けても言えない。
「もうすぐご飯だから、早く手を洗っておいで。」
「うん、分かった。」
『てか、前までは普通に喋ってたのに急によそよそしくしないでw』
『分かってるけどさ… なんか結びつかない…』
『仕方がないわよ ネッ友と顔をあわせる日がくるなんてw』
ご飯を食べて宿題を終わらせてからは、ずっと吾妻さんと連絡をしている。
『そういえば』
『ん?』
『私がここに引っ越してきた理由だけどね』
『うん』
『親に捨てられた』
は?
『まあ、正確に言えば』
『うん…』
『遠縁の親戚に預けられた』
そう…なんだ…
『でも、別にいいの』
『なんで…?』
『いちいち親の関係で振り回されるのも疲れたし、こっちの方が丁度いい』
『そっか』
『うん もうすぐお風呂に入るから、また明日ね』
『分かった また明日』
『私、今日も寝れなさそう(笑)』
『俺もwwどうせ親に学校休むなって言われるからもう諦めてるけどww』
『僕もだよ…結局寝られなかった(笑)』
この時間あたりは、みんなでずっとチャットをしている。僕たちは不眠症になってしまった仲間を受け入れる『24時間営業部』というチャットを開設していて、みんなでさみしい気持ちを紛らわしている。僕がこのチャットを始めたから、僕が部長…らしい。
僕の名前は吉田雄輔。東京に住む中1。チャットでは『ユウ』という名前を使っている。他のみんなも基本的にはニックネームだったりするから、みんなの本名はもちろん、住んでいる場所や年齢も全く知らない。
『そういえばユウって今もクラブには入ってるの?』
今、僕に質問してくれた子は『グミ』。4年前に僕がこのチャットを開設してすぐに入ってきた、いわば古参メンバーだ。今では副部長を担当している。
『この前辞めたよ やっぱり僕には向いてなかったみたい…』
『私もだよ(笑)寝れてない分体力が少ないもんね~…』
この春から中学生になって、頑張ってクラブに入ってみようとした。けど、寝れていないから人に追いつくことができないのが苦しくてすぐに辞めた。
幸いにも、僕の家族はみんな不眠症について理解してくれているから、無理に寝ろだとか学校に行けだとかは言ってこない。それだけでも、僕は周りの人に恵まれているな、こんな僕のことを理解してくれてありがたいなって思っている。
『別に早退したって、学校に行けなくたっていいの。雄輔が決めたことならなんだっていいと思うよ。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも怒ったりしないから。』
『そうだそうだ。眠れなくてしんどい時は、父さんと映画でも見ようじゃないか。』
『勉強だったら私が教えてあげられる分だったら教えられるから。姉ちゃんに任せてよね!』
僕が初めて眠れなかったのは小学3年生の冬。別に誰かにいじめられただとか、学校で嫌なことがあったわけではない。なぜだか急に眠れなくなって、当時の僕は怖くて仕方がなかった。夜中だというのに泣きわめいて、家族全員を起こしてしまったのは本当に申し訳なかったけど。最初に僕の異変に気付いてくれたのは3つ年上の姉、貴穂だった。
『姉ちゃん…僕寝れないよ…』
『そうなの?じゃあ面白い話でも聞く?』
『うん…』
そうやって、たくさん面白い話をしてくれた。授業中にハムスターが先生の頭に乗った話、給食の揚げパンが落っこちる寸前で姉がキャッチした話、休み時間に同じクラスの男の子が池に落ちそうになった話。どの話も面白かったけれど、眠れない恐怖を感じて泣き出してしまった。
『え⁈ごめんごめん!姉ちゃん怖い話…しちゃったかな…?』
『違う…違う…!』
小柄だった僕は姉におぶってもらい、父と母のいる寝室に連れて行ってくれた。泣き止まない僕の代わりに状況を説明してくれて、慰めてくれた姉は女神のようだった。
『明日は休みだし、みんなでゲームでもするか?』
父がそう言った瞬間、僕はびっくりした。
『そうね。ココアも入れようかしら。』
『せっかくなら新しく買ったあのゲームにしようよ!あれ、すっごく面白いから!』
『…みんな、寝ないの?』
僕のために起きようとしてくれているみんなに、申し訳なさを感じてしまった。
『何そんなこと気にしてんの!明日はみんな休みだからこのまま遊ぼうよ!』
その日から、僕は眠れなくなった。だけど、そんなことを気にせずにいてくれた家族のおかげで僕は何も怖くなかった。
4年生になってから、スマホを買ってくれた。
『危ない使い方はしないでね。それ以外だったら良いから。』
母はそう言って、僕の手にスマホを置いてくれた。
『みんなの連絡先も入れてるから、何かあったら連絡するのよ。』
『うん!』
こうして今の僕に至る、という訳だ。家族の言葉のおかげで、学校を休みたいときは休むようにしている。
「もうこんな時間か…」
気づけば朝の5時。学校に行く支度をしてからみんなの朝ご飯を作ろうと思い、チャットにメッセージを送った。
『もうすぐ家族が起きてくるから抜けるね!』
『りょーかい』
『オッケー!』
「今日は何だか、久しぶりに眠たいや…」
そんな僕も、一年に一度だけ眠気が収まらない夜がある。今日は体育もなかったのに、こんなに頭が機能しなくなるの何年ぶりかな…
「雄輔、そんなとこでぼんやりしてたら風邪ひくよ?」
「あ、姉ちゃん…」
「明日は気温が下がるらしいから、ちゃんと部屋の暖房付けなさいよ。」
「分かった。おやすみ。」
「はいはい、おやすみ。」
そう言って、二回に続く階段を上がっていった。そして、部屋に付いた途端に布団へダイブ。
「ね、眠い…」
意識を失いそうなほどに、眠気が襲ってくる。僕は何かに押しつぶされるように眠ってしまった。
「え?ちょっと待って今何時⁈」
僕の起床後一発目の言葉。慌ててスマホを見ると、4時30分と表示されていた。
「久しぶりにここまで寝たれよ…」
寝た時間は5時間ほど。それほど多いわけではなさそうだけど…
「わ、チャットの通知が…」
3桁を超える通知が、僕の目に入ってきた。
『あ、やっとユウ来た!』
『良かった! てっきり何かあったんだと…』
みんなに心配させちゃったな…
『ごめんね…今日はすごく疲れててさ…』
『なんだ、そういうことなら良かったよ!』
『たまに疲れるときあるよね~(笑)』
ここは本当に温かい。みんな優しくて素敵な人達ばっかり。
『そういえばさ、今報告するのもあれだけど…』
グミ?どうかしたのかな…
『私転校するの! こんなに人のいるチャットだから、誰かとどこかで会えるかもしれないなーって思って!』
『おー どこかで合えたら面白いよね!』
『だよね~ 今日からその学校に行くから、もし出会ったらよろしくね!』
グミが転校…そう聞いた瞬間、僕は何かを感じた。
「吾妻くるみです。今日からよろしくお願いします!」
転校生が…来た。しかも僕のいるクラスに…
「はい、じゃあ吾妻さんはあそこの席の、吉田くんの隣の席に座ってね。」
「分かりました、ありがとうございます。」
そういって、吾妻さんは僕の隣に来た。
「初めまして。吉田くんのこと、なんて呼んだらいいかな?」
一度、挑戦してみよう。
「『ユウ』って呼んで。」
「え?」
気まず。絶対やばい奴だって思われた。
「あの…ほんと、違ったらごめんなさい。『24時間営業部』の部長さんですか…?私、そこの副部長で…」
「吾妻さんが…グミなの?」
「まさか…吾妻さんが僕と同い年だったなんて…」
「そうね…まさか隣の席の人がネッ友だとは思わないわ。」
放課後、僕と吾妻さんは図書館にいた。
「私ね、小4の時から不眠症なのよ…」
「あー…僕は小3の頃から。でも今日は久しぶりに寝れた。」
「そうなの?私もこの前寝れた。」
そんな淡々とした会話が続いたが、僕は1つ気になっていたことがあった。
「吾妻さんって、前はどこに住んでたの?」
「私?前までは京都にいたよ。生まれてから何年かは福島にいたけどね。そこから関東を転々としてから、京都に行って、ここ東京に戻ってきたの。」
「そうなんだ…」
「雄輔、おかえりなさい。遅かったわね。」
「ただいま。」
「誰かと遊んでいたの?」
「まあ、うん。今日転校してきた子とね。」
「そう、お友達が増えたのなら良かったわ。」
流石に母には言えない…今日転校してきた子が…吾妻さんがネッ友だなんて口が裂けても言えない。
「もうすぐご飯だから、早く手を洗っておいで。」
「うん、分かった。」
『てか、前までは普通に喋ってたのに急によそよそしくしないでw』
『分かってるけどさ… なんか結びつかない…』
『仕方がないわよ ネッ友と顔をあわせる日がくるなんてw』
ご飯を食べて宿題を終わらせてからは、ずっと吾妻さんと連絡をしている。
『そういえば』
『ん?』
『私がここに引っ越してきた理由だけどね』
『うん』
『親に捨てられた』
は?
『まあ、正確に言えば』
『うん…』
『遠縁の親戚に預けられた』
そう…なんだ…
『でも、別にいいの』
『なんで…?』
『いちいち親の関係で振り回されるのも疲れたし、こっちの方が丁度いい』
『そっか』
『うん もうすぐお風呂に入るから、また明日ね』
『分かった また明日』